目のいい男は嫌われるよ?
「では、猿渡。
一緒に転移の鳥居を探そう」
「わかりました、アニキ」
猿渡にそう言われた矢頭はフリーズしていた。
「誰がアニキだ」
と言い返している。
「あんたに付いて行くと誓ったんだ。
アニキと呼ばせてくれ」
「結構だ」
「アニキと呼ばせてくれ」
「結構だ」
「猿渡くん」
と水門が二人の不毛なやりとりを止めた。
「その人、クラス委員だよ。
しかも、うちの学年のクラス委員長なんだ。
委員長とか呼んであげて」
「……お前たちの学校はヤンキーがクラス委員になるのか。
全員がヤンキーなのか」
違うよ……と思った水門は猿渡に事情を説明した。
「なんだ。
アニキの正体は優等生だったんですか。
どうりでヤンキーっぽくないと思った……
なんで手を握ってくるんですか、アニキ」
「いや、わかってくれて嬉しかったから。
このまま自分の心までヤンキーに染まりそうだったんで」
そんな風に友情を深め合っている二人の横で、水門はちょっと悩んでいた。
召喚したものは戦闘に使ったあと、すべて消えているのだが……。
「木刀、茶筒、手裏剣。
なんでこの三つが順番に出てくるのかな?」
「木刀、茶筒、手裏剣……」
口の中でその言葉を繰り返した矢頭は、
「俺がここに召喚される直前、土産物屋で見ていたものばかりだな」
と言う。
「意外な物見てたんだね、矢頭くん。
茶筒はともかく、木刀とか手裏剣とか」
「他校の友人への土産にしようかと思ってな。
喜ぶだろう? 高校生男子とかそういうの」
「……なにその年寄り目線」
でも、確かに猿渡くんとか喜びそうだな、と水門も思う。
「アニキのご友人でもそんなもの喜ぶんですか?」
と猿渡が訊いた。
「アニキのご友人ってことは、優等生なんでしょ?
他校の友人って、塾のお友だちとかですか?」
水門の頭の中で、詰襟黒髪銀縁メガネの集団が分厚い参考書を小脇に抱えてザッザッザッザと歩いてきた。
「……ゾンビの集団より怖いね」
「お前、俺の友だちをなんだと思ってるんだ……」
そう呟く矢頭の顔を見ていた水門は、あれっ? と思う。
「そういえば、矢頭くん、ヤンキー化してからメガネかけてないけど。
見えてるの?」
水門は矢頭の前で手を振ってみた。
鬱陶しそうに払われる。
「……あれは伊達メガネだ。
俺の視力は2.0だ」
「矢頭くん、目のいい男は嫌われるよ……」
修学旅行中で睡眠不足の肌を見られたくない水門は思わずそう言っていた。
「でもそうか。
矢頭くんが土産物屋で直前に見たものが召喚されてるのか。
もしかしたら、ここにそれが実際に召喚されているというより。
リアルに思い浮かべることで、この世界で新たにその物質が作られてるのかもしれないね。
だから、直前に見たものしか召喚できないとか。
それで戦闘が終わったら消えるのかも」
そう言いかけ、水門は気づく。
「あれっ?
じゃあ、私が召喚した矢頭くんもニセモノ?」
水門は、パンパン、と矢頭の腕を叩いてみる。
「……ホンモノだ。
大体、お前、リアルに俺を思い描けるほど、俺という人間を知っているのか。
思うに、物に関しては、即座に細部まで思い描ける物が転移してきてるんじゃないか?」
だから、直前に見た物なんだ、と矢頭は言う。
「ってことは、矢頭くんがゾンビを撲殺した……」
「ゾンビなんだから倒れただけで、死んでないだろ」
「矢頭くんがゾンビぶっ叩いて、ゾンビの肉片がついた木刀とか、袋開けられてバラバラになった手裏剣とかが店に戻ってるわけだよね?」
「……あとで金払いに行かなきゃな」
と言う矢頭に、
「三途の川の渡し賃で?」
と訊く。
「……ゾンビの小銭が現実世界で使えるか」
と睨む矢頭に水門は言った。
「でもまあ、お土産物屋さんで直前に見たものが召喚できるって法則がわかっただけでもよかったよね。
他には、なにか見なかったの?」
矢頭はなにか思い出すような顔をしながら、手のひらを広げ、
「召喚」
と言う。
だが、なにも現れなかった。
「……戦闘状態にならないと現れないのかもしれないな」
そう矢頭が呟いたとき、あっ、と水門が声を上げた。
「そうか、わかったっ。
今すぐ誰かと戦って矢頭くんっ」
待て。
何処に敵がいる……という顔で矢頭と猿渡に見られる。
水門の目が猿渡を見た。
猿渡が慌てて手を振る。
俺はもう味方っ、という顔をして。
余程、矢頭と戦いたくないらしい、と思いながら、水門は今来た道を振り向いてみた。
あ~、あ~、という低い声が聞こえてくる。
ゾンビが復活したようだが、こちらまで追ってくる気はないらしく、ずっと上の方で声がしている。
役に立たないな、ゾンビ……。
敵が現れないと確かめられないんで困るんだが。
いっそ、私が矢頭くんと戦おうか、とチラと矢頭を見上げたとき、それは現れた。