魔王が現れました(?)
「この城にラスボスが……」
水門と矢頭は緊張のあまり唾を呑み込む。
猿渡は松岡が、ぼーっとしているときにラスボスを見かけ、追いかけていったようなのだ。
……それを水門が召喚で呼び戻し、床に叩きつけてしまったようなのだが。
身構えるように片膝立てて廊下に座り、猿渡は言った。
「ああ……。
あいつこそ、悪の権化っ。
あいつさえいなければ、俺はこんなところに飛ばされなかったっ」
憎々しげに猿渡は言うが。
待てよ?
と水門は気づく。
「あのー、ちょっと待って。
猿渡くんをこの世界に飛ばした悪の権化って……」
そのとき、
「あれっ? 水門?
なんだ。
お前も来てたのかよ。
さっき、楓子もいたぞ。
カエルがどうとか言って出てったけど。
ってか、矢頭、どうした。
愉快な格好して」
と聞き慣れた声がした。
「このホテル、コンビニねえから困るわ。
部屋の中のミニバー高けえしよ」
この古城に不似合いな茶髪で色白のヤンキー。
いつものように原型とどめぬほど制服を着崩した植木塁が缶ジュースを手に立っていた。
缶ジュースッ、とみんなの視線は、塁よりそっちに集まる。
異世界に来てから、なにも飲み食いしていなかったからだ。
それに気づいたように塁が言う。
「いるか?
って一本しか買ってないんだよな。
下の食堂やってるとこもあるぞ。
腹減ってんなら」
四人は顔を見合わせた。
お互いに遠慮するように。
だが、
「いや……とりあえず、食おう」
と塁を魔王のように思っている猿渡が言ってくれたので、塁について、この時間でもやっている食堂に向かった。
古城の一階に普通のホテルのような食堂があった。
トレーを持って並び、料理を一品ずつとってお会計する方式のやつだ。
「なんで魔王と並んでトレー持ってたってんだよ、城でっ」
食おうと言ったものの、そんな自分にイラついたように猿渡が言う。
「誰が魔王だ、コラ」
猿渡の後ろに並んでいた塁が彼の足首を蹴った。
いてっ、と猿渡が声を上げる。
「魔王めっ」
いや、文句言われて小突くだけの奴、魔王じゃないと思うけど……と松岡の後ろで水門は思う。
「おい」
後ろからトレーを手にした矢頭が声をかけてきた。
「猿渡が植木を異世界に飛ばされた元凶だと言うのはわかる。
植木が猿渡の気に入ってる子をナンパしてるのを見て、ふてくされて山に入り、異世界に舞い込んでしまったんだろうから。
だが、何故、その植木がここにいたんだ?」
「さあ? 塁のことですからね~。
私みたいに山入ってって。
鳥居があったから、なんとなく拝んでみたんじゃないですか?」
「……まあ、お前の幼なじみだからな」
なにも考えてなさそうだ、というその一言は、塁だけではなく、ここにいる全員をぶった斬るものだった。
召喚で呼ばれた矢頭以外、全員うっかり鳥居を拝んだ連中ばかりだからだ。
「植木がここに入り込んだ理由は、たぶん、そうなんだろう」
だが、俺の訊きたいのはそこじゃない、と矢頭は言う。
「何故、植木はこの古城ホテルを知っていたんだ?」
「ああ、この間、一緒に泊まったからですよ。
だから、この古城が異世界に召喚されてるのを見たとき、楓子とどっちかなって一瞬思ったんですよね」
水門は笑ったが、矢頭は笑わなかった。
「……お前、植木と旅行に行ったことがあるのか」
「家族同士でですよ?
ご近所さんで子どものときから一緒だし。
昔からよく休日にはバーベキューとかやる仲なんで」
っていうか、あなたとも今、修学旅行と異世界旅行に来てますよ、と水門は思っていた。
「そういえば、楓子が時折、勝手に城が消えるって言ってたじゃないですか。
あれって、塁も城を呼んでたからじゃないんですかね?」
お互いが召喚し合ってたから、それぞれの許から城が消えたりしていたのだ。
ただ、歩いてやってきたら、片方が呼んだ城にも普通に入れるみたいではあるのだが。
あと、城がドイツに帰らず、異世界の中で移動するときは、そのまま中にいる塁たちも移動してしまうのかもしれない。
だから、塁と楓子も城で出会えたのだろう。
移動もできる空飛ぶ城だな、と水門は思っていたが、
「そうなのか?」
と矢頭は胡散臭げだ。
「それにしても、あの二人はちょっと前の時間に飛んでたらしいし。
みんなまちまちなタイミンクでこの異世界に来ているな。
帰るときはちゃんと同じ時間軸に戻れるんだろうかな」
さあ? とか言っているうちにお会計のところまで来ていた。
お腹が空いていたので、黒パンにスープに牛肉のビール煮込み、それにバウムクーヘントルテ、アップル系の炭酸飲料とがっつり選んでしまっていた。
全員で顔を見合わせると、塁に向かい、
「ゴチになりますっ」
と頭を下げる。
「誰か財布持ってろよっ」
「この世界で使えるお金ないよ」
「このホテルの中は現実だっ」
カードを出しながらも塁は水門に反論する。
「ユーロもないぞ」
「金塊なら出せるけど」
さらに言いつのる矢頭と水門に、
「何処で換金すんだよ、金塊……」
とブツブツ言いながらも、塁は全員分払ってくれた。
だが、その手許を見た猿渡が叫ぶ。
「なんでお前、ブラックカードだよっ。
修学旅行にそんなもん持ってくんなよっ。
花木、それ見せて落としたんじゃねえだろうなっ」
「花木って誰だよっ」
「てめえがナンパしてた可愛い子だよっ」
「俺がナンパしたのは、新田紗夜ちゃんだよっ」
ここ、古城、古城、と水門が止める前に、ぴたりと猿渡は止まった。
突然、
「すまなかった」
と猿渡は塁と握手を交わしはじめる。
猿渡が好きなのは、新田紗夜の隣にいた子だったようだ。
「すまん。
誰でも花木の方を好きになると思って」
「お前、めでたい奴だな。
紗夜ちゃんのが百万倍可愛かったぞ」
と言い合いながら、片手にトレー、片手で肩を組んで二人はテーブルに向かい、歩いていった。
「めでたし、めでたしですね」
と水門は笑ったが、背後で、
「誰も帰れてないのに、なにがめでたい……」
と矢頭が呟いていた。




