なにかチートな能力をください
土産物屋で家族にお茶を、昔の友人たちに木刀や手裏剣を土産に買おうかと眺めていたときだった――。
「矢頭くん助けてっ」
と言う紅井水門の声が聞こえてきた。
えっ? と矢頭が振り返った瞬間、鳥居がある赤黒く染まった山の中に飛んでいた。
腰までありそうなさらさらの黒髪ロングヘアで顔の小さな女が地面に倒れている。
黙っていれば、物静かな文学少女風のその美少女は紅井水門だった。
特に怪我もないようだ。
何故か眩しそうに目をしばたたいているゾンビを見ながら、矢頭は思う。
ゾンビもそんな仕草してると、人間っぽいな……と。
まあ、ともかく、ここがまともな空間でないことだけは確かだった。
矢頭は鳥居を見、ゾンビを見、水門を見て、瞬時にすべてを悟った。
自分は今の水門の叫びにより、この異世界に召喚されたのだと。
「なんてことしてくれたんだ……」
だが、水門の方はなにもわかっていなかったようだった。
「何故、俺を異世界に呼び出したっ」
と問いつめると、
「え? ここって異世界なんだ?
なんか変わった場所だと思った~」
と言って、あはは、と笑う。
紅井水門は何処にでも馴染む女だった。
だが、
「ごめんね、矢頭くん。
ピンチになったとき、つい、矢頭くんの名前を呼んじゃって」
と申し訳なさそうに言う水門に、つい、どきりとしてしまう。
「だって、こんなとき頼れるの、矢頭くんしかいないから」
「な、なんで俺なんだ……?」
ちょっと緊張しながら矢頭は訊いてみた。
そんな自分を見上げ、水門は言う。
「え? クラス委員だから。
だって、ほら。
旅行中困ったら、班長かクラス委員に連絡って先生が言ってたじゃない」
うちの班長、塁だよ? と水門は眉をひそめる。
植木塁は学校一のヤンキーで、水門の幼なじみだった。
「さっき、お茶屋さんで他校の女生徒ナンパしてて、忙しそうだったし」
「……そういう理由で呼び出されたのなら迷惑この上ないな」
「そういう理由でなかったら?」
と素朴な疑問を投げかけてきた水門を矢頭はスルーした。
ゾンビが光にやられている間にと、矢頭は水門からここまでの経緯を聞きつつ、周囲を見回した。
問題の鳥居をくぐってみたが、元の位置に戻っくるだけだった。
「この向こうには行けないようだ。
お前がおかしなことを願ったときに異世界に飛んだんじゃないのか?」
矢頭が鳥居を軽く拳で叩くと、水門が鳥居を見上げ、言ってきた。
「ねえ、この鳥居、まだ、ほんのり光ってるよ。
今拝めば、もうひとつくらい願い事を叶えてくれるかもしれないよ」
自分には見えないが、何故か、水門にはこの鳥居が放つ光が見えているらしい。
「よし。
でかしたぞっ、紅井っ」
今すぐ、祈れっ、と矢頭が言うと、水門は慌てて鳥居に向かい、手を合わせる。
ゾンビはうめき声とともに活動をはじめようとしていた。
「神様、鳥居様っ。
異世界に来たんだから、なにかチートな能力をくださいっ」
「お前、なに祈ってんだっ。
ここから帰してくださいだろーっ」
矢頭が叫び終わらないうちに、二人は鳥居から放たれた光に包まれる。