この世界悪くないっ
「最初はどうかと思ったけど、この世界、悪くないわっ。
この高貴な私にふさわしい扱いがここではされるからっ」
「……そうか?
同じ顔だが、俺には紅井の方が高貴な感じがするぞ」
「なんか言ったヤンキー?」
矢頭と楓子が睨み合う。
……ヤンキー同士がメンチ切ってるみたいになってる、と思う水門の前で、楓子が矢頭に言った。
「第一、私も紅井だっつーのっ」
「そうかもしれないが。
俺はこいつを名前では呼べないからな」
「なんでよ」
矢頭はよく響くいい声で淡々と言う。
「恥ずかしいからだ」
「いや、その一言が逆に恥ずかしいよな~」
とぼそぼそ猿渡たちが言っている。
「なにこれ。
私、なに見せられてんの?
このイケメンヤンキーはお姉さ……
水門にメロメロなの?」
「メロメロではない」
ないんだ……。
「ちょっと可愛いとは思っていた。
だが、お前が現れて。
同じ顔なのにイマイチだ。
ということは、どうやら、俺は紅井の顔のみを可愛いと思っていたわけではないらしいと、今、気づいたところだ」
「自分の恋心を物凄い冷静に分析してますね、アニキ……」
と猿渡が呟く。
「もうっ。
なんなのよっ。
みんな水門水門って。
お母様もお父様もっ。
だから、私はドイツに行ったのよっ。
双子なのに、いつも私の方が要領悪くて、成績悪くて、英語も苦手だった。
ずっとドイツにいたら、ドイツ語だったら、しゃべれるようになるかなと思って、ドイツに行ったのにっ。
全然しゃべれなくて、結局、周りのみんなが日本語上手くなっただけだったしっ」
「……周りの友だち、やさしいね、楓子」
水門は苦笑いしたあとで、
「楓子」
と妹の前に進み出る。
「そんな、小テストでHelloをHellって書いて。
それ見た先生を地獄ならぬ絶望の淵に叩き落とすようなあんたが、そんなすぐにしゃべれるようになるわけないじゃない。
でも、楓子は手芸も絵も得意だし。
おともだちにも愛されてるし。
なんにも気にすることなんてないんだよっ」
「お姉様っ」
「なにげに上げながら、叩き落とすな、この姉……」
と矢頭が呟いていた。




