さあ、ひれ伏しなさいっ
防災訓練みたいな体勢になっている水門たちに楓子が言う。
「頭抱えろとは言ってないわよ……」
カエルたちの姿はもうないが、そこは彼らに案内された異世界の草原だった。
立ち上がって、ワンピースについた草を払いながら楓子が言う。
「夜、寝るとこないし、くつろげないから、ホテルを召喚するんだけど。
古いホテルだからか帰りたがるのよ、故郷に。
まあ、中の人までついて来ちゃうから、マメに返さないと騒がれるかもしれないしね。
でも、ホテルについて来た人がホテルから出ると、ここじゃなくて、ドイツのホテルの前庭に帰るみたいではあるんだけど」
自分たちみたいに異世界からホテルに入り込んだ人間は、異世界に。
ドイツから来た人はドイツに。
どちらも自分の帰るべき場所に帰るものらしい。
「……帰るべき場所に帰る、か。
なんかしんみりするね」
「しんみりするか……?」
胡散臭げに訊き返す矢頭を見て、楓子が訊いてきた。
「なにそのヤンキー。
塁の友だち?」
うん、と水門は頷いたが、
「誰が植木の友だちだ。
知り合いではあるが。
おい、お前」
と矢頭は楓子にいつも通りの横柄さで呼びかける。
「何故、水門と双子のお前までこの世界にいる?」
腕組みして立つ楓子はあまり水門とは視線を合わせずに言う。
「……修学旅行で日本に来たのよ」
えっ、と水門は声を上げた。
「帰ってくるのなら、言ってくれればよかったのにっ」
そう言う水門の後ろで猿渡が、
「ドイツにも修学旅行ってあるんだ?」
と妙なところで感心している。
「東京、広島、京都と移動してきて」
「なんか行ったり来たりなスケジュールだな」
と矢頭が呟く。
「お寺の裏をお地蔵さんの数数えながら歩いていたら、古い神社があったのよ」
「神社!?」
と全員が訊き返していた。
「赤い鳥居が見えて。
それをなんとなく潜ったら、その先に怪しい雰囲気の神社あって。
あ~、歩き疲れたし、寝不足だし。
なんかこう……ここじゃない何処かに行きたいなあって思いながら、1ユーロ投げて拝んだら――」
「ユーロだったのが気に入らなくて、こんな世界に飛ばされたんじゃないのか?」
と矢頭が横で呟いていた。
「この世界に来てたのよ。
召喚の能力が使えることにすぐに気づいたわ。
だから、私はこの世界でみんなにかしずかれて過ごすため、細部まで覚えているあの古城を呼び出したわ。
城の姫として、私自身に箔を付けるためにねっ。
そして、そのお城の前で、うさぎやカエルたちに私の力を見せつけてやり、服従させたのよっ」
お前、いたいけなうさぎたちになにをしたんだっ? と責めるような目で松岡たちが楓子を見る。
「商店街のうさぎたちに、そろいの前掛けを作ってやりっ。
全裸でウロウロしていたカエルたちに着物を作ってやったわっ。
奴らは感謝して、私にひれ伏したっ」
「……それ、ただの親切じゃないの?」
「なんで、うさぎたちは、こいつにあんなに怯えてたんだ?」
と松岡と猿渡が話し合っている。
「たぶん、この物言いと態度の悪さのせいだろう」
矢頭が冷静に楓子を観察し呟いていた。
「えーと。
誤解されやすいけど、いい子なんですよ~」
と水門は苦笑いしてフォローを入れる。
いやまあ、カエルをこき使い、うさぎたちや関所の通行人から物を脅し取ってたようではあるのだが。




