……どうして悪役令嬢に?
結局、カエルたちに城まで案内してもらうことになった。
城に向かう道は、ゆるやかな坂になっていて、やわらかい色の草花が周りの土地に広がっている。
童話の中のようにのどかだった。
その中で、矢頭がおのれの手を見て呟いている。
「……やはり、俺は物と生き物、ひとつずつしか召喚できないようだな」
そう呟く矢頭に水門たちは、
ゾンビ、生き物ですか……?
と思っていたが、やはり、突っ込めなかった。
カエルに丁重に案内され、水門たちは城の前に着いた。
城だけが空き地に転移してきたらしく、ドイツで見た美しい庭やゴルフコースはなく、いきなり草っ原に城が建っている。
だが、その石造りの佇まいは、確かに祖母や妹も一緒に泊まった城だった。
「間違いない。
あの古城を改築したホテルだわ、五つ星の」
「……お前んち、なにげにリッチだな」
横で矢頭が呟く。
これでおそらく間違いないな、と城を見上げ、水門は確信していた。
この中にいる『姫』は自分の双子の妹、楓子で間違いないだろう。
「この城、現れては消えるらしいですよ」
カエルから聞いたらしい松岡がそう教えてくれる。
水門はカエルたちに向き直り、深々と頭を下げた。
「案内ありがとうございました」
カエルたちは感激し、涙した。
あの傲慢な姫に頭を下げられたと思ってのことだろうか。
カエルたちはその場に跪き、水門に向かい、忠誠を誓った。
城の中に入ると、そこはホテルのロビーでたくさんの外国人が行き交っていた。
「……普通に営業中のホテルだな」
「そうみたいだね」
中世ヨーロッパの雰囲気を残したロビーには大きな暖炉もあって、暑いのに火がついている。
水門は振り向かないまま、矢頭たちに言う。
「ちょっと離れて。
他人のフリして、遅れてついて来て」
水門はひとりフロントに行き、話しかけた。
「Ich habe den Schlüssel im Zimmer vergessen.」
フロントの人間は笑って、別のスタッフを呼ぶ。
水門は彼に、部屋に鍵を忘れてしまったと言ったのだ。
楓子と同じ顔で。
身分証明書を出してくれとか言われたら困るな、と思っていたのだが。
楓子は長期滞在しているのか、フロントの人間は彼女を覚えていたようだった。
スタッフがマスターキーを手に部屋に向かって歩き出す。
彼のおしゃべりに付き合いながら、水門は楓子の部屋まで行く。
鍵を開けてもらい、チップをと思って、お金がないことに気づいた。
しまった。
金の延べ棒も三途の川の渡し賃もない。
水門は部屋を覗いて言った。
「楓子ー、チップ代貸してー」
「持って歩きなさいよ、そのくら……」
普通にそう言って出て来かけた、部屋着らしきワンピース姿の楓子が叫ぶ。
「水門ーっ」
「楓子、チップ代」
水門は楓子の前に手を差し出す。
楓子は叩きつけるようにだが、コインをくれた。
「Danke schön」
水門はスタッフにチップを渡し、笑顔で礼を言う。
「どうやって、ここに来たのよっ」
後ろから楓子が叫んでくる。
だが、水門はスタッフが去るのをドアの前で様子を伺いながら待っていた。
こちらに来る、何人かの足音を聞いて、ドアを開ける。
矢頭たちがどやどやと現れた。
「なんなのよ、そのお付きの者たちはっ」
「楓子こそ、なんなのよ。
なんで異世界に来て、悪役令嬢なんて……」
「いや、やってないわよ、悪役令嬢っ。
ちょっとうさぎやカエルに貢ぎ物持ってこさせてるだけじゃないっ。
って、水門っ。
人が話してるときになにやってんのよっ」
と水門は楓子に怒鳴られたが、水門はミニバーもある小洒落た室内を見回して呟く。
「異世界……
ではないよね、ここ」
そのとき、楓子がハッとしたように叫んだ。
「屈んでっ。
移動するわっ」
全員がなんとなく頭を抱えてしゃがむ。
気がついたら、山のなにもない空き地に、みんなでしゃがんでいた。




