ヤンキーメガネ矢頭の推理
「泊まったことがあるって城だぞ」
矢頭は突然、とんでもないことを言い出す水門にそう訊き返した。
「あの城そっくりのお城に泊まったことがあるの。
今はホテルになってるドイツのお城なんだけど……」
水門は、とてつもなく嫌そうな顔で城を見上げている。
「あの城にお前そっくりの姫がいるんだよな?」
矢頭はそう確認するように問う。
「ド、ドッペルゲンガーとか?」
怯えたように猿渡は言うが。
いや、と矢頭は銀縁メガネを指で押し上げようとしたがなかった。
ヤンキー仕様の自分には伊達メガネが装備されてなかったからだ。
「おそらく、そういうのではない。
こいつ、ドイツに行ったとき、あの城に泊まったんだろ?
高校生が学生だけで行くとは考えにくい。
家族で行ったんじゃないのか?」
水門は黙っている。
「城にいる、お前そっくりのロクでもない姫はお前の身内だな?
あの城をよく知っているお前の家族か親族の誰かが、この世界に転移して。
おのれの住まいとして、あの城を召喚したんだ。
……違うか? 紅井」
「うう。
バレてしまっては仕方がない」
追い詰められた犯人のように水門は言い出すが。
ほんとうのところは彼女にもわからないのではないかと思う。
自分と同じように、そうではないかなと疑っているだけで。
「城にいるのは、私そっくりの強欲なお姫様なんだよね?
それはたぶん……
双子の妹の楓子じゃないかな~?」
苦笑いしながら水門は言った。
「お前、双子だったのか」
「楓子は普段は、ドイツの寄宿舎にいるんだよね」
「ドイツの寄宿舎?
何者だ、お前の妹は」
と矢頭は言ったが、水門は、いやいやいや、と手を振った。
「単に、うち、おばあちゃんちがあっちにあってさ。
寂しいから、どっちかひとりこっちに来てくれると嬉しいわ、とか言うザックリなこと、おばあちゃんが言ってきて。
楓子が、日本の学校の校則は私に合わないから、とか言って、ドイツに行ってしまったの」
祖母に負担をかけないよう、普段は寄宿舎暮らしで、休みの日だけ会いに行っているのだと言う。
「で、楓子とおばあちゃんの様子を見に、……みんなでドイツに行くときはあの城に泊まったりするんだけど」
気をつけて、と水門は矢頭の手を握ってきた。
「楓子なら、なにをしてくるかわからないから」
「いや、妹なんだろ……?」
その手を振りほどきながら、矢頭は言った。
「いやいや、一度できてしまった姉妹の溝はマリアナ海溝より深いんですよ」
「……マリアナ海溝より深い人工の穴がロシアにあるぞ」
「じゃあ、それはきっと私と矢頭くんの間にある溝ですね……」
そう言う水門を威圧的に見下ろしていると、あの~、と松岡が口を挟んできた。
「我々とあの城の間には海溝じゃなくて関所がありますよ」
関所? と全員で訊き返す。
「あの城のところに姫に手懐けられたカエルたちが関所をもうけてて。
そこを抜けないと、この街から何処にも行けないらしいです。
通るのには姫への貢ぎ物が必要とか」
「お前の妹、悪どいな……。
っていうか、いつからこっちに来てるのか知らないが。
異世界でもすぐに馴染むのは、お前んちの血なのか」
矢頭はそう言ったが、水門は、
「私がいては、楓子の関所、通してもらえないかもしれない……」
と青ざめている。
関所を抜けて先に行かなければ、転移の鳥居が探せない。
「そこまでお前たち姉妹の仲が悪くなった原因はなんだ」
「いや~、これといった理由はないんだけどね。
長年の積み重ねって言うか」
ああでも、直接の原因はあれかな? と水門は言う。
「いつも行くお店に二人ともが気に入った一点ものの服があって。
ジャンケンで私が勝って、その服、私が買っちゃったんだけど。
楓子、地団駄踏んで悔しがってて……」
「今すぐその服、召喚して差し上げろっ」
と全員が水門に言った。




