うまそうだろ、スライム!
水門の膝の上で寝たまま水門を拝んでいるヤンキーの肩を猿渡がつかんだ。
「おい、こいつの何処が聖女だ。
見かけに騙されんな。
こいつ中身は悪役令嬢だぞ。
ロクでもないことばっか言ってんぞ。
それに早くそこから退かないと、矢頭さんに殺されんぞ、こら」
え?
矢頭くんがなに? と振り向いたが、矢頭は無表情にそこに立っているだけだった。
そのとき、マジマジとヤンキーの顔を見た猿渡が叫んだ。
「あっ、てめー、二高の松岡じゃねえかっ」
そんな猿渡の言葉にヤンキー松岡が起き上がってくる。
「猿渡じゃねえかっ。
こんなことになったのもお前のせいぞっ」
「ああっ?
てめえが異世界で遭難しそうになったのと、俺となんの関係があんだよっ」
「てめえを修学旅行先でまで見かけたから、腹立って追いかけてったら、変な鳥居があって、こんなところまで来ちまったじゃねえかっ」
「見かけただけで腹立ったのに、さらに追いかけ行くってどういう心理なんですかね……?」
とヤンキー心のわからない水門は呟く。
自分のシマに……いや、修学旅行先なのだが、現れて腹が立ったのなら、もう知らん顔しとけばいいのに。
何故、追いかけていくのか。
いっそ、好きなのか。
ヤンキー、不思議な人たちだ、と水門は思う。
「てめえ、今日こそ落とし前つけんぞっ」
「ああ?
上等だ、こらあっ」
「待て」
よく響く矢頭の一声で二人は止まった。
「松岡とやら。
貴様、鳥居をくぐったのか?」
あん? てめえ、どこ中だ?
という顔で松岡が矢頭をにらみ上げる。
それを見ながら水門は思っていた。
どこ高だって、あんまり言わないの、なんでだろうな……。
高校生同士の諍いでも、どこ中だって訊くんだろうか。
出身校が気になるのだろうか。
今度、塁に訊いてみよう、と思ったとき、松岡が答えた。
「こいつ追って山に入ってったら、鳥居があったんだよっ。
あったら、とりあえず、拝むっしょっ」
「……鳥居は普通拝まないな」
莫迦ばっかりか、と水門もひとくくりに蔑まれる。
だが、矢頭はちょっと笑っていた。
確かに……と水門も笑う。
やんのか、こるあっと巻き舌で常に脅し口調な松岡だが、鳥居などを見かけたら、手を合わせる習慣があるようだ。
なんだか微笑ましい。
「そしたら、地蔵がいっぱいのところに出てよっ。
これ、全部拝むのかよってゾッとしてたんだけど、坂の上で足踏み外してよっ。
転がり落ちて這い上がってきたら、ここだったんだよ。
やんのか、こるあっ」
……最後の『やんのか、こるあっ』は必要ですか?
そう思いながらも、水門は訊いてみた。
「そのお地蔵さんたちは何処に?」
鳥居に来るまでに見たあの地蔵かも、と思ったのだ。
その先が元の世界に通じているかもしれない。
「それがわかんねえんだよ、聖女様よう。
どうも山を上がってくるとき、道を間違えたみたいでさ」
それを聞いた猿渡が、
「お前、なんで山上がってきたんだ。
下りた方が街があるかもしれないだろ?」
と呆れて松岡に言っている。
「下に五色沼みたいなのがあって、周りに、うようよスライムみたいなのがいたんだよ。
怖ええじゃねえかよ」
いろとりどりの沼の周りにスライムがうようよ……。
ちょっと嫌かも、と水門も思う。
「倒せよ、スライム」
旅の基本だろ、となんの旅の基本なのか言う猿渡に松岡が言い返す。
「俺嫌いなんだよ、スライムッ。
あのガチャガチャで出てくるやつを昔、顔に投げられてとれなくて、いつまでもヌタヌタしててっ」
「プルプルしてて、うまそうじゃねえか、スライム!」
「……戦闘がはじまったね」
「口喧嘩だろ」
やんのか、こるあっ、と揉めはじめる二人を見ながら、水門は言ってみた。
「召喚っ」
だが、水門の手のひらには、なにも現れない。
「……現れないね」
水門のそのなにも載っていない手を見ながら矢頭が言った。
「危機感がないからじゃないのか?」
「危機感か。
じゃあ、矢頭くん、ちょっと私を殴ってみて」
「……なんでだ」
「いや、危機感が増すかなと思って」
ほら早く、と言うと、矢頭は迷ったあとで、ぺち、と水門の頬に手のひらを押し当ててきた。
「矢頭くん、それじゃ、蚊も落ちないよ」
うるさいっ、という矢頭はすぐに手を離し、
「もういいから、山を降りようっ。
金の延べ棒に頼るなっ。
街があったら、働いて稼げっ」
と言い出す。
ええーっ? とヤンキーたちから猛反論をくらいながらも、矢頭は先に立って歩いていった。




