ep.22 焼き菓子は賄賂の如く
「団長……忙しいので、手短にお願いしますよ……」
「まぁまぁ、一旦そこ座れって」
私は団長室のソファーに、渋々腰を下ろした。浅く座ったのは、せめてもの抵抗である。
カインとのドタバタ亡霊洋館調査から、日もそんなに経っていない。
そんな中、わざわざ団長室に呼ばれたということは、絶対に厄介な事案を持ち出されるに決まっている。
「ほれ。貰いもんだが、ラヴィ菓子店の焼き菓子もあんぞ。お前もここの、好きだろ?」
ススス……と賄賂のように、焼き菓子の詰め合わせボックスがテーブルに置かれた。
「……やっぱりカインからあの話を聞いたんですね……?」
団長をひと睨みするが、焼き菓子に罪はないので、私は遠慮なく手を伸ばした。ほんのりとレモンの香りがするシンプルなマドレーヌ、控えめに言って最高。
私はマドレーヌを1つ食べ終えた所で席を立ち、団長室の中に併設されている簡易的な給湯室へ、お湯を沸かしに行った。
「団長も紅茶でいいですか? いいですよね?」
「あ、なら戸棚に入ってるラズベリーティーを淹れてくれ。俺の1番のお気に入りを分けてやろう」
団長の名前がラズである事を思い出した私は、戸棚を開けていた手をピタリと止めて振り返った。
「ラズ団長が、ラズベリーティー……共食い的な……?」
「……お前ってたまにガキんちょみたいな発想をするよなぁ……」
ぶつくさ言っている団長の分の紅茶も(ついでに)注いでいると、団長室の扉を叩くノック音が聞こえてきた。
「お、来たか。入っていいぞー」
え、誰だろう?
ポットを手にしたまま首だけ捻って後ろを振り返ると、何故か副団長とニアが、団長室へとやって来ていた。
……何で!?
「あっつ!?」
よそ見と動揺が相まって、ガチャン、とポットの蓋がカップの中に落ちる。撥ねた紅茶が手に少しかかってしまった。
「そこで何してるんですか、君は……」
耳元に、吐息混じりのどこか呆れたような声がかかる。副団長が身体を屈めて、私の背後から手元を覗き込んでいた。
「……っ!?」
思ったよりも近い距離感に、私は小さく言葉にならない声を発した。紅茶がかかった事よりもびっくりしたのは、ここだけの話である。
……相変わらずいつ近くに来たのか分からないから、心臓に悪い。
副団長はその体勢のまま、蛇口に手を伸ばして水を出すと、私の手首を掴んでそこに当ててくれる。テキパキと、実に無駄のない動きで、私はされるがままだった。
少ししてから水を止め、私の手を眺めたかと思うと、もういいかと言わんばかりに手を離された。
「この程度なら、赤みもすぐ引くと思います。何か拭くものは?」
「あ、持ってます。ありがとうございます……」
私が濡れた手をハンカチで拭いている間に、淹れかけだった紅茶も副団長の手によって、あっという間に淹れ終わる。
驚くべき事に、紅茶はそのまま副団長がトレーに乗せてテーブルまで運んでくれたので、私はその後を追いかけながら、慌てて重ねてお礼を言ったのだった。
「なぁメル、ちょっと夜の洋館の様子見てこねぇか?」
ニアを間に挟んで、副団長と同じ3人掛けソファーに腰を下ろしたところで、団長がオブラートに包む事なく、どストレートに提案してきた。
「嫌ですよ……! いよいよ亡霊洋館じゃないですか!」
「亡霊じゃなくて、精霊動物だったって話、お前も聞いたろ? つーか見たんじゃねぇの?」
向かい側のソファーで、心底不思議そうに小首を傾げる団長が憎たらしい。自分が行かないから、そんな風に軽く言えるのである。
「幽霊の仕業じゃないとは聞きましたし、実際に怪奇現象は見ましたけど、そんな度胸試しみたいな事したくないです」
「そこまで俺も鬼じゃねぇよ。いくらお前に害がないって実証されても、夜に女1人じゃ流石にと思ってな」
「はぁ……」
というか、団長の中で私が行く事が確定してるの自体が解せぬ。
「そこでだ。ニアと一緒に行ったらどうだ?」
「ニアと、ですか?」
『夜の亡霊洋館なんて面白そうじゃない! 行く行く!』
なぜか夜の調査にノリノリなニアである。ソファーの上でぴょんぴょんしている姿は可愛いけど、同じテンションにはなれない。
「えぇぇ……? ニアは怖くないの?」
『全然。だって精霊動物がその怪奇現象を起こしてるだけなんでしょ? 怒りの原因になる人間がいない方が、話も進みそうじゃない?』
「わぁ、正論をどうもありがとう……」
うぐぐ……ニアなら気心もしれてるし、まだ1人じゃないだけいいのかも……?
どうせ行かされる事になるのなら、その方がいいか、なんてそんな風に思い直していると、隣から冷え冷えとした不機嫌なオーラを感じた。
「……私も行きます」
「『えっ?』」
私とニアが声を揃えて、副団長を見た。
その発言に、団長も予想外だったようで、信じられないものを見たかのように目を見開いている。
「は? 勤務時間外の仕事は基本お断りのお前が? 今回も自ら立候補? あっ、ふぅ~ん……?」
「団長、顔やばいですよ……」
先程とは打って変わってニヨニヨしている団長に何となくイラっとした私は、おかわりに濃いめの紅茶を淹れてあげようと思った。
「……最近の団長は、ニアが私のパートナー精霊だって事を忘れてませんか? あぁ……そういえばこちらの書類も事務室に置き去りにされたままだと、下から苦情が私に来ましたけれど、確認と捺印までお忘れに?」
そう言って、ドサッと未確認の書類の束を団長の目の前に置けば、団長の顔色は目に見えて悪くなっていく。
あ、副団長もイラついているんだな。
いいぞ、もっとやれ……!
私は心の中で、こっそりと副団長にエールを送っておいた。




