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佐藤純のショートショート  作者: 佐藤純
2/3

2.平和

スナック感覚でつまめるショートショートを目指して、ミステリーやSFジャンルの短編を毎週投稿します。

Twitter(X)リンク:https://twitter.com/jun_satoh_novel

「ロン!一盃口ドラ、もひとつドラ、役満だ!」

古びた雑居ビルの2階で、今日も大学生4人が麻雀に励んでいる。今は北野が勝ったようだ。


「クソっ!しかも親じゃねーか!」

北野のロンに振り込んでしまった東田は、苛立ちをぶつけるように、乱暴に点棒を引っ掻き回した。

手持ちの点棒を掴み取り、「とんだぜ!!今日はついてねぇ。」と北野の目の前に投げつける。


「おいおい、点棒にあたるな。たかだかゲームに一喜一憂するのはだらしないぞ。」

投げつけられた点棒を回収し、北野はひょうひょうと評する。


「北野、そこまでにしとけ。」

目の前の牌をジャラジャラと混ぜながら、東田の対面に座る西田がたしなめる。言外には、東田がまためんどくさくなるからやめとけ、というニュアンスを含んでいた。


北野は、そのニュアンスを汲み取ったのか、軽く息を吐いて、椅子に座りなおした。

「今日は負ける気がしない。もう半荘するか?」


北野はその宣言通り、意気揚々と牌を並べ始めるが、対面に座っていた南野がすっと立ち上がった。

「すまん、これからちょっと用事があるんだ」

「そうなのか?華祥で夕飯食べようと思ってたのに。」

雀荘の一階に構える中華料理屋の名前を出し、北野は南野を引き止めようとした。


「あぁ、ごめん。また今度な。今日の酢豚はどんなだったか後で教えくれ。」

南野は中華料理と天秤にかけるまでもないのだ、ということをやんわりと伝え、代わりに、行くたびに味が変わる名物酢豚の感想を求めて帰る準備をする。


「そういえば、あの中華料理屋!こないだ酢豚にパイナップル入れてやがった!」酢豚で思い出したのか、東田が悪態をつく。


「嫌いなのか?酢豚にパイナップル。俺はあり派だけどな。」北野がまたしてもひょうひょうと意見をのべる。


現代人類の二代戦争の一ついってもいい酢豚パイナップル論争だが、ここで火種が勃発か?と、ニヤっとしながら西田が少し前のめりになる。


俺たちのような崇高で暇な大学生は、使い古されて手垢まみれの話題でも、自分達が話せば全然違う新鮮な料理に早変わり、と信じているのだ。


「いや、なんかアレルギーなんだ。」

苦虫を噛み潰したような顔で東田は答える。

「パイナップルにもアレルギーあるんだな。」

勃発すると思った戦争は、あっけなく終了した。この手の論争は、あくまでどちらも単品素材として好きな者同士でするのが一番楽しいものだ。


「じゃあ、帰るよ。」

帰る支度をすっかり終えた南野が出口に向かっていった。


――


外に出ると雪が降っていた。

ビシャっとしたまとまりのない雪が、頬に当たってすーっと落ちる。土と混ざったドロドロの雪を踏みしめながら、近くの下宿への帰路に着く。シンと静まり返った深夜の街に、救急車のサイレンが遠くの方でけたたましく響いているのが聞こえた。


寒い、と思ってコートのポケットに手をいれると、百点棒が入っていた。どうしようかな、と思案して立ち止まったが、来た道を戻ろうとはしなかった。まぁいいだろう。きっと今日はそれどころではない。


北野と西田はどんな反応をしただろうか。あの二人には申し訳ない事をした。けれど、東田がいけない。


あんな彼女を見ているのはもうたくさんだった。

東田はいつからか半グレ集団と付き合うようになり、はぶりがよくなったが、だんだんと苛立ちを隠さないようになり、情緒不安定になっていった。

留学したいんだよね、という東田の夢を支えようと、献身的に付き合っていた彼女をあんな風にしてしまったのを、俺は許せなかった。ひまわりみたいな笑顔の女性だったのに。


大丈夫だ、俺は容疑者にはならない。北野も西田も、もちろん。ただ、これから事情聴取がなされるだろう。


下宿に着く頃に電話がなった。

単調なコール音は、深夜の閑静な住宅街に響きわたる。


「南野さんですか?警察ですが、先ほどの雀荘に戻ってもらえますか。」

「え?何かあったんですか?これは西田という友人の携帯なんですが…。」

「ご友人の東田さんが、お亡くなりになられました。少し事情をお聞きしたいです。」

「え?東田が?さっきまで一緒に麻雀を打っていたんですよ?とにかく、今から戻ります。」


北野と西田は青い顔をして雀荘の外にいた。二人とも上着を着ていない。俺の顔を見ると、雪が降るのも気にせず近づいてきてくれた。

「南野、お前が帰ってから、急に東田が苦しみ出したんだ。すぐに救急車を呼んだんだが、死んでるって言われて…」

「あぁ、死因は即効性の毒物の可能性が高いって。今、救急車で運ばれたよ。」

北野と西田が、俺が帰った後の状況を説明してくれた。


警察から東田の実家の連絡先や、所属の研究室、東田が倒れた時の状況を聞かれ、ようやく解放されるかと感じたのは午前3時を回っていた。


「最近よくない噂を聞いてたからなぁ…、東田。」

もう提示する情報もない、となった時に、人間は手持ち無沙汰のように取り留めもない話をするもので、ぼそっと西田がつぶやいた。

「どんな噂ですか?」

人間の緩急をよく知っているであろう警察官が、ゆっくりと質問をする。

「いやね、最近、すごく羽振りがよかったんです。かと思ったら急に金の無心をしたりと、よくわからなくて。噂では半グレ集団と付き合いがあるとか、反社に所属しているとか。まぁ根も葉もない噂ですけどね。でもだんだん東田がめんどくさくなってきていたのは本当なので…今日を最後に付き合いを控えようと思ってて…。」


西田は誰に話すでもなく、追悼するように淡々と最近の東田の様子を吐き出していた。


これから警察は東田の部屋へ捜索に入ることになるだろう。そこでいろいろなものが見つかるはずだ。我々が警察と関わるのはこれでおしまいだ。


東田の死因はアナフィラキシーショック。

―ラテックス・フルーツ症候群―

パイナップルやキウイにアレルギーがある人が、ラテックスゴムをアレルギー源と誤認してしまう交差アレルギー反応だ。


東田がパイナップルアレルギーであることは、しばらく前から知っていた。ゴム素材は世の中に溢れているが、最近ではラテックスフリーが多くなり、あまり見かけなくなってきたところだ。どうしようかと数日間思案した。


―数日前―

授業の空きコマに、南野は雀荘の店長を訪ねた。

「店長、この滑り止めスプレー、おすすめですよ。サイドテーブルのマットがズレるってぼやいてませんでした?」

「南野くんか、ありがとう。そっか、そういうものがあるんだな。最近の若者はネットからいろんな情報をとってくるからなぁ、すごいよ。」

「いや、いつもお世話になってますし。」

「こっちこそ。みんな丁寧に麻雀をしてくれて助かってるよ。行儀の悪い人もいるからね。」

「そう言ってくれるとここに通いがいがありますよ。暇だし、このスプレーでサイドテーブルのマット直してもいいですか?」

「お、ありがとう。なんか食べてくか?炒飯ぐらいしか作れないが。」

「店長の炒飯、うまいから嬉しいですよ。じゃあやっときますね。」

俺はサイドテーブルや椅子、東田が触りそうなところに丁寧にスプレーを吹きつけた。

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