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佐藤純のショートショート  作者: 佐藤純
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1.電車の中の忘れ物

スナック感覚でつまめるショートショートを目指して、ミステリーやSFジャンルの短編を毎週投稿します。

Twitter(X)リンク:https://twitter.com/jun_satoh_novel

「アイスが忘れてある。」


休日、郊外への閑散とした電車に乗り込み、僕は彼女と並んで座る。彼女が対面の座席を見て、先程のセリフをつぶやいた。


小豆色でベルベット調の生地の座席には、無造作にコンビニのビニール袋が置いてあり、中にはミニカップのアイスクリームが二つ入っている。


「ゴミを置いていったのかな?」

「うーん、でも容器の結露が綺麗についてるし、中蓋のフィルムが剥がされてないね。スプーンも未開封。」

電車の中に他のお客さんがいないことをいいことに、彼女は立ち上がり、袋の中身をしげしげと確認しにいく。


「普通、アイスって、電車に乗る前に買うかな?」

彼女は、こっちの座席に戻りながら、僕に問いかける。

「どうしても、食べたかったんじゃないかな?」

僕は、反吐がでそうな程ありきたりの解答を述べてしまった後に、はっとした。『あなたは想像力が足りない』と、いつも彼女に怒られるのだ。


「でも、家に帰るまでに溶けるよね?」

彼女は考えにふけっていて、いつものセリフを忘れてしまったようだ。僕はほっとして、想像力を働かせる。


「本当はその場で食べるはずだったのかも。でも、何らかの事情で持ち帰らなきゃいけなくなったんじゃない?」

「その場で食べる予定だったなら、レジ袋は貰わないと思う。」

彼女は、独自の推理を展開しているようだ。


「レジ袋自体が欲しかったとか?ほら、ゴミ袋にしている人がいるだろう?」

「全然エコじゃないね。」

「そう、エコじゃないね。人間はなかなか生活スタイルは変えられない生き物だからね。」


「じゃあ、このアイスの忘れ主は、わざわざ電車を乗る前にゴミ袋にするためのレジ袋が欲しくて、アイスを2つ買った。そして、その場で2つアイスを食べるはずだったけど、急遽電車に乗らざるを得ない、のっぴきならない事情ができた人ってこと?」

「そうまとめられると、無理があるね。」

「美しくないよね。」


美しくない。これも彼女がよく使う言葉だ。僕には彼女の美しいと美しくないの基準がいまいちわからないときがあるが、今回の美しくないは、たぶん少し共感できている。

彼女はいったい、この何の変哲もないアイスから、何の妄想を膨らませているんだろうか。一度、彼女の頭の中をのぞいてみたいものだ。


「こういうのはどうかな?」

僕は彼女との妄想にできるだけ付き合おうと、普段は使わない脳の一部を稼働させるように、突飛なことを想像してみる。

「とある犯罪をおかしてしてしまって、そのアリバイにアイスを買ったんだ。」


「どういうこと?」

彼女が怪訝そうに、でも少しわくわくしたような顔で聞いてくる。彼女は『あなたとの一見無意味なような会話が、とても楽しいの。』と、僕に言ってくれた事がある。彼女のわくわくした表情を見ると、いつもその言葉を思い出す。


「たとえばさ、死体のそばに、溶けてないアイスがあったらどうする?」

「このアイスが溶けてないうちにお亡くなりになった、と判断してしまうわ。」

「そうだね。警察が来た時には、食べかけのアイスが溶けてなくて、現場は密室だったり、死亡推定時刻があやふやだったり、そんな事からアイスがとても重要なキーになるのかも。」

「でも、なんで犯人はわざわざアイスを買って電車に乗ったの?殺人現場の近くにもコンビニはありそう。」

「少し溶かしたかったのかも。電車に乗るのがちょうどよい時間だったのかもね。」

「名探偵だね!」彼女はふふふと笑って、あたかも自分は名探偵の助手ですと言わんばかりに、腕をくんで、まとめ始めた。

「つまり、密室殺人を犯した犯人は、死亡推定時刻を誤魔化す算段をいっぱいとっていた。その中の一つに、隣駅でアイスクリームを買って、あたかも発見直前に犯行が行われました、という状況を作りたいんだ。」

「そうそう、自分がその間にアリバイを作るのさ。」

彼女がワトソンなら自分はホームズだとアピールをするためにパイプタバコをくわえるジェスチャーをする。

誰もいない電車だからか、いつもより少し大袈裟に会話してしまう。


目的地の駅名がアナウンスされ、僕と彼女は立ち上がる。

「楽しませてもらったアイスさんは、忘れ物だし…、一応駅員さんに届けてみる?」と、彼女はコンビニ袋を持って改札の駅員窓口へ預けに行った。アイスを渡された駅員さんは、保管いておくための冷凍庫などあるのだろうか。そもそも食品は預かってくれるのだろうか。


忘れ物のアイスから膨れ上がった妄想より、現実的な疑問が次々と浮かぶが、それはまた次の機会の彼女との会話のネタにしよう。


「お待たせ。」

彼女が戻ってきた。

「遅かったね。駅員さんは預かってくれた?」

「ううん。忘れた人がその場にいたから渡してきたよ。拾ってくれて喜んでた。」

「え?アイスの落とし主がいたの?」

「そうそう、若い女性だった。とても急いでいたようだから、なんで隣駅でアイスを買ったか聞きそびれちゃった。残念。」


そう言って彼女は、腕を絡ませて体重をかけてくる。夏を過ぎたのか過ぎていないのか、夜になると服装とも相まって少し肌寒い季節だ。

「寒いね、早く帰ろう。」

そう言って、自宅へ帰った。


次の日、僕はトーストを焼きながら携帯でニュースをチェックする。日課だ。

「隣町で殺人が起きたらしいよ。まだ犯人が捕まってないんだって。」

地元ニュースを得意とするSNSが、今日のニュースをダイジェストで発信してくれる。周辺で新規開業したカフェの話題から地元のちょっとした事件まで、地域に特化した情報を様々だ。


「昨日の推理が当たってたかもね。」

芸術的な寝癖を披露しながらトーストを口にする彼女が、寝ぼけているのかボソッと呟く。

「さすがに非現実的だよ。」

あの妄想は、君に付き合っただけさ、という言葉を少し飲み込んで、日常に音を足そうとテレビをつける。


―〇〇県〇〇市のアパートから男性の遺体が発見され…―

―警察は被害者の交際相手を指名手配しており…―

―死亡推定時刻は昨日の…―


「あ、全国ニュースのレベルなんだね。」

「あ、昨日の、アイスを忘れた人だよ。」


彼女曰く、指名手配されている交際相手は、昨日出会ったアイスの人だったようだ。僕たちの今日の予定は、変更する羽目になったのだった。

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