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乙女ゲームの次期悪役令嬢の犬になった私。可哀そうでとても可愛い次期悪役令嬢のために私は絶対に幸せな令嬢へと導きます。

作者: 寝起 まひる

乙女ゲーム、悪役令嬢系の処女作です。不適切な描写が多々あるとは思いますが......飲み込んでください。

ご不満があれば感想にどうぞ。

「よしよーしティティ。涼しいわねー。たまにはこういうのも良いわ」


まだ幼さの残る少女の声が聞こえてくる。


ティティ?ティティって確か私が最近ハマっている乙女ゲーム『幸せの国の恋姫』の公式設定にあった……

確か悪役令嬢フィオナの亡くしたペットだったはず……。


確か公式設定では犬種はパピヨン。簡単に言うと犬。


そして私の特徴も……


私は分かったように両手を目の前に出してみる。


モフモフのおてて。ヒョコヒョコ動かせる耳。フリフリ出来るしっぽ。


間違いない。私、犬だ。

てことは……今、私が乗っている膝は……


私はうつ伏せの小さな身体を捻って視線を上げる。


「あら?どうかしたの?ティティ」


見上げた先には繊細な毛一本一本が輝く白髪と魅了されるくらいに綺麗な紫紺の瞳を持ったつり目で幼い少女が首を傾げていた。


「ワンツ」


フィオナお嬢様!


間違いない。これはフィオナだ。いい臭いする~。

確かフィオナは水魔法の使い手だから、ちゃんとお風呂にも入ってる……と思う。


それよりもこのすべすべの……


何で私こうなったの?

今の今まで大切な疑問を忘れてた。えっと確か私は乙女ゲームをやってて。


私はうっすらとした記憶を掘り起こす。


救いたいの?

そう!救いたいの!


うん……そうだ。確か普通の遊び方に飽きた私はフィオナお嬢様救済ルートを探してて……。

そしたら急に甘い声が聞こえて来て。その後に急な眠気に襲われて寝たらこうなった。。


フィオナはゲーム設定では悪役だけど……後々、発表された公式設定ではただの可哀そうな女の子なんだよね。それに可愛いし。


だからつい救済したくなった。でも助けられない……。

彼女は悪役令嬢の設定のため破滅の運命を辿ることしかできないから。


でも、よく考えてみれば……この世界ならフィオナ救済出来るかも。

だってまだこのフィオナは心が綺麗だ。それにこの犬が生きている。


しかし……少女時代のフィオナなんて始めて。

これくらいの大きさだとフィオナはまだ6歳~8歳くらいかな。


まだ私も子犬みたいだし。


確か公式設定ではフィオナは孤独感を誤魔化すための悪役令嬢化だったはず。

てことはまだ闇堕ちはそこまで深刻じゃない?

もしそうだとしたら……確実に救える!


私は心の中で小さくガッツポーズをした。


よーしよし。この私が孤独感を和らげよう。


「ワンッ!ワンワンワン!」


私はフィオナの膝の上で跳ねてた後、身体をゆっくり擦りつける。


切なそうな表情だったフィオナが少し微笑んでくれた。


「よしよーし。私にはティティだけが唯一の友達なんだから。ずっと傍に居なさいよ」


友達?私が?フィオナの?きゃーーーーー。


私は今すぐにでも叫びながら草原を駆けまわりたい気分だ。

犬とはいえど絶対に近づけないと思っていたゲームキャラと友達になれたんだから。


あ……でも。公式設定ではこの犬は14歳で虐めの味を知ったフィオナに……。


まずい。いじめをするような友達を作る前に孤独感を埋めてくれそうでいい影響を与える友達を作らせないと。


よし!ずはそこからが課題。こっそり街を駆けまわって探さないと。

でも……もう少しだけこのまま膝の上にゴロンと寝転がってていいかなー。


私はフィオナの膝の上にゴロンと転がる。


☆☆☆


そこから2年。私は丁度いい人間を探し続けた。

途中で気づいたんだけどフィオナは8歳だったらしい。

だから今年で10歳。あと4年。

でも……12歳では中等部に入るから正確にはあと2年。


そこで私はとっておきの策を思いついた。

よく考えれば今、フィオナが身を置いているこの王国には主人公・カレンいる。


その子はとっても見た目も心も不気味なほど綺麗な子だから。きっとフィオナにいい影響を与えてくれるはず。


確か少女時代イベントで『王国で襲われそうになった時に伯爵に救われる』的なイベントがあったから、伯爵には悪いけど使わせて貰おう。


あれは伯爵がカレンの美貌に一目惚れする重要なイベントなんだけど。

確かもうすぐ起こるから……フィオナがぼーっと庭の木を見上げている隙に行こう。


私はフィオナにバレないように抜き足差し足で庭の門をくぐり抜ける。


えっと確か……あんまり覚えてないけど。確か裏路地的な危ない場所にいたような。


フィオナのいる庭を出ると目の前には見覚えのある貴族街。

自慢の猛スピードで目を奪われそうなほど美しい貴族街の裏路地を駆け抜け、カレンを探す。


確かカレンがいたのは貴族街と商業エリアの狭間。

ここらへんのはず。


「あんっ?何だこいつ」


私は狭間まであと少しの裏路地で何者かに首輪を掴まれた。


や……やめろお!


暴れながら私が慌てて振り返ると後ろには黒色の剛毛が生えたごっつい手が私を掴んでいた。


これは……もしかして。


恐る恐る上を見上げると黒人のいかつい男たちがいやらしいモノを含んだ目で私を見つめていた。


「クゥン……」


破滅確定。しかし、ここではさすがに終われない。


私は最後のあがきで身体を揺らしてみる。

しかし、首輪を掴む手はビクともしなかった。

男たちは何かを話し合うと、リーダーらしき禿の男がどこかを指さして言った。


「こいつは高く売れる。持ってけ」

「ワンッ!ワンワンワン!」


もうどうにでもなれ。どうせ死ぬなら私は吠えると決めた。


「おい!こいつを黙らせろ」


金髪の冴えない男が何かの液体の入った注射器を取り出す。

その注射器は吠えている私に刺さる寸前で何かの力によって吹き飛ばされた。


「何だ!?」

「一体、誰だ?」


謎の波動に男たちの顔面は恐怖に染まっていく。ただ一人の禿げ頭を除いて。


「お前。何者だ。俺らに手え出すとはずいぶんな事じゃねえか」

「悪いがお前らのような連中にその可愛い子犬は渡せないな」


私とは来た方の通路とは反対側の通路の影から蒼白の髪色に真っ黒の華奢な服を着た剣士のような青年と少年の間くらいの男が姿を現す。


私はその姿を一瞬見た瞬間、良い意味の悲鳴を上げそうになった。


そう……あれは『平和の街の恋姫」に出てくる例の伯爵。

クラエル様……クラエル・アイゼルタイン伯爵様だ。しかもまだ11歳。

このころから大人の風格出てるとか……神ってる。


まさか本当にみられるなんて……。


「ワンッワンッ!」


がんばってークラエル様―。


「くそっ!」


男たちはナイフを持って愛しのクラエル様に突っ込んでいく。


クラエル様は素早く抜刀し、次々とナイフを持った男たちを斬り伏せる。

その姿を見て私の隣の禿男が大剣を構え、ニヤリと笑う。


「その犬を人質に取るなよ。俺は公平に正面から戦うのが大好きなんだ」


私はもう一人の男の手から解放され、地面に着地した。


禿男は大剣を持って素早いスピードでクラエル様の間合いに入るも、クラエル様に簡単に薙ぎ払われる。禿男は壁にもろにぶつかって地面にぐたりと倒れこんだ。


やがてその場の強盗は全て倒れ、裏路地には静けさが戻った。


あ!私……行かないと。早くしないとカレンに会えない気がする。


私は男たちを縛り付けているクラエル様を横目に再び主人公を探し始める。


☆★


カレンは意外と近くにいた。黒髪のロングに緑色の眼。庶民的な服装。

この娘で間違いない。ずっとこのゲームやってきたんだから。


ここにいるという事は私を襲った男たちは本来の設定では主人公を襲うはずだったんだよね。

つまりイベント回避でカレンをどこかに連れて行けるというワケか。好都合。


私はあたふたしているカレンに後ろから忍び寄り、手に持ったカゴを盗んで走る。


「あ!待ってください。それは私の大事な物なんですー」


予想通り運動能力に長けたカレンは私のすぐ後を追いかけて来た。


この罪悪感。私は今、犬だから合法だけど……立派に泥棒やってるんだな……。


さっきの裏路地に戻ると私を探しに行ったのか?クラエル様の姿はなかった。


私は足の速い主人公と一定の距離を保つために精一杯走る。

それでも主人公との距離はなかなか放せない。


速いとは聞いていたけど……規格外なほどに速い。


そのまま貴族街を駆け抜け、ティオナが近くで一人黄昏ている庭の前に辿り着いた。


よし……心優しい主人公ならきっと声を掛けてくれるはず。


私は庭の近くにカゴをおいてそこらへんの茂みに隠れた。

すぐ後にカレンが駆けて来てカゴを拾い上げて庭の方を見つめる。


よし!話しかけて。反応して。


「綺麗な人……あっ。早く戻らなきゃ。買い出しに来ただけなのに」


やっぱりそう上手くはいかないかー。こうなったら奥の手を。


「ワンッ!ワンワン」


ほれ!私が憎いか。憎いならかかってこい。


私は精一杯の鳴き声でカレンの意識を惹きつける。

主人公は私の鳴き声に反応して、ふくれっ面で私の前にしゃがむ。


「この子は悪い子ですねー。人から物を盗ってはいけません!反省しなさい」

「クゥ~~」


とりあえず反省しているようには見せとこ。


「もー。仕方ありませんね。次は気を付けるんですよー」


カレンは私を抱き上げ、ゆっくりと頭と身体を撫でる。



流石主人公。優しい。私でもこの性格には惚れちゃいそう。


「うちのティティが何かしましたかしら?丁度探していましたの」


こちらに気づいたのか黄昏ていたフィオナが歩み寄ってくる。


やばっ!。これってもしかしてあまり良くないパターンに行ったりする?


「あなたの犬ですか?ちゃんと見張ってください!私のカゴを盗んだんですから」


私と不機嫌なカレンの様子を見たフィオナが鼻で笑う。


「その割には随分可愛がっているのね。私の犬なんだけど」


うわ……相手が下の身分だと分かった瞬間に高飛車な態度になった。

その歳でもう悪役令嬢の素質が……。


「あなたは犬がお好きなんですね。私も好きですよ。家庭の都合で飼えませんけど」


流石!主人公。怒らず優しく対応。これに対しフィオナは……もじもじしてる?


「そ、そうなの……。そんなに好きならまたここに来たら。触らせてあげない事もないわ」


あ、押されてる。いけーそのまま持ち込んじゃえ主人公。


「ですが。こんな良い家に私のような平民が出入りするのはあまり良くないかと思います」


そこで引かないでカレンちゃん。そこは遠慮なくとか言ってよー。

そういう選択肢がなかったのかな?


「なら!私が友達になってあげる。私の友達なら出入りしても問題ないでしょ」


フィオナが照れくさそうに腕を組む。その様子を見てカレンは微笑していた。


「それならお言葉に甘えさせて頂きます!お友達の握手をしましょう」

「しょ、しょうがないわね」


カレンは両手でフィオナは片手で固い握手を交わした。

私は何となく上手く行ったことと、初めて見るルートににやにやが止まらなかった。


結果良ければすべてよし!意外と可愛い地面も見れたし。


☆★


そこから数十日。

いつものようにカレンとフィオナたちと遊んでカレンが帰った後。

一人の来訪者がこの家を訪れた。


「こんにちは。私、アイゼルタイン伯爵家のクラエル・アイゼルタインと申します」


クラエル様はフィオナのお父さんにあたる人に丁寧にお辞儀する。


フィオナのお母さんは彼女が物心つく前に亡くなったらしく、今はお父さんが一人で育てているらしい。

貴族ならすぐに再婚すればいいのにと私も最初は思った。


だけど……フィオナが再婚するのを相当、嫌がった的な話を盗み聞きした。

子供思いのいいお父さんなのにどうしてその娘は悪役令嬢化するのかな。


でも……もし同じ立場なら。それは考えたくもないほどに辛いと思う。


「あなたのような方がどうして?うちの娘が何かご無礼でも?ならば私が……」

「いえ。そういう訳ではなく。ただお話がしたいと思い、参った次第であります」


クラエル様の何かを含んだような言い方にお父さんは首を傾げる。


「これ以上聞くのも無礼でしょう。案内しましょう」


私は家の中に設けられた部屋からフィオナの部屋に行くクラエル様をのぞき込む。


「ん?見つけたっ!おっと……フォレア様。そこの犬を借りてもよろしいでしょうか?」

「ええ……構いませんが……?」


ドアに挟まって覗いていた私は部屋に潜もうとするとクラエル様に片手で持ち上げられた。


放せーー。処刑は嫌―。ちょっとあとから礼をしようかなと思って忘れていただけだから。


「こらこら。じっとしなさい。何も害は与えないさ」


クラエル様は私に優しく言葉を掛けてくる。

何だか今日のクラエル様は雰囲気が違う。ゲーム内で主人公と一緒にいる時みたい。


「こちらでお待ちください。今、娘を呼んできますから」


お父さんは私たちを部屋に入れ、部屋を出て行った。


部屋に入ったクラエル様はそわそわしていた。


「ワンッ」


どうしたの?


「何だ?私が緊張しているのが気になるのか?」

「ワンッワンッ」


自分から言ってくれるなら好都合。このまま話すように促そう。


「犬に言っても分からないとは思うが、私はフィオナに惚れてしまったようだ」


うんうん?えーーーー。ストーリーの流れが変わっている!!


私が目をぱっちり開かせるとクラエル様は楽しそうに続ける。


「十日前なお前がここら辺にいると聞いて安否の確認だけしに来たんだが……その時にお前と楽しそうに遊んでいる彼女を見つけた。その笑顔に心を打たれたんだ。すぐにでもお話してみたかったが……嫌われないように何を話していいか分からずにいたため遅くなった」


意外とシャイ!確かにゲームでもそういうと所あったよね。

堂々とガツガツ迫ってくる王子に対し、シャイで関わっていくうちに積極的になる伯爵。

確かもう一人いたんだけど……忘れた。


その3人のイベントが作りこまれてて楽しいんだよねー。


「そして今も緊張している。正直、何を話せばいいかは分からない」

「ワンッワンッ!」


その気持ち……よく分かるよ。


「やれるだけやってみる」


するとお父さんが扉をノックした後、フィオナが部屋に入ってきた。


「失礼します。伯爵様自らいらっしゃってどうかしましたの?」


私はクラエル様の膝に沈むように座る。


推しではないけど……。イケメンだし好きー。今の機会しか楽しめないなら楽しんどこ。


「この犬が盗賊に襲われていましてね。しっかりと管理するように注意しにきた次第です」


本当の気持ち伝えられてねー。本当にシャイ。


「そうですの。分かりましたわ。こちらにいらっしゃいティティ」

「ウゥン」


えーもう少しだけ。イケメンと触れ合える機会なんて今だけなんだから。


「ティティ!迷惑を掛けたらいけませんわ」


はい。美女で我慢します。


私はクラエル様の膝を飛び降り、フィオナの膝の上にジャンプで飛び乗る。


唯一のつなぎを失ったクラエル様は少し残念そうな表情で私を見つめる。


「いい子よ……あれからしばらくはちゃんと大人しくしてるわね」


さて。クラエル君。何とかしなさ……。


「では……私はこれで……また用があればここを訪れます」


クラエル様は涼しい顔で椅子を立ちあがる。


「もう帰られますの?使用人は……確か今日は休んでいますのね。いいですわ。私がお送りしますわ」

「本当ですか!?あ、いえ。私の事はお気になさらず。女性の方に外まで送っていただくのは失礼ですから」


自分をかっこよく見せようとして、本当の想いを口に出せないクラエル様も大変だな。


クラエル様は足早に私たちの家を出て行った。


応援します。その恋を。


その後、数か月間何度もこの家を訪ねてきて、友人まで近づくことが成功したみたいだ。


そこから2年後。フィオナは12歳になった。

このころになると私も少し大きくなって中犬に進化した。中くらいの犬と忠実な犬を掛けてね。


最初はままならなかった犬の操作も上手くなった。野外であれやこれも出来るようになった。


そんなネタはどうでもいいとして……私は重要な問題を抱えていた。


それがフィオナの悪役令嬢化だ。孤独感がないからそこまで酷くはないものの、何かに影響されたのか少しずつ態度が悪くなっている。


そこで私が目を付けたのが一年前にフィオナの友達になった注目3人衆最後のヒーロー

グレリア・アスパレスという隣の領地の性根が悪そうな少年だ。


彼はいわゆるずる賢い人間だ。ヒロインにもいろんな人間を利用して近づいている。

最近になって思い出したんだけど。このフィオナもグレリアイベントでは上手く扱われてた。


しかし、彼は悪役令息。付き合ったら主人公も死亡。付き合わなかったら王子によって破滅。

いろんな手を使って王子になろうとしているからあまり単純なフィオナには近づけさせたくない。


という事で私はいたずらしたり罠を仕掛けたりと数日前から追い払おうと試みている。

でも……未だに離れようとしない。だから今日も罠を仕掛ける。


私が一番の悪役だけど……純真無垢なフィオナを助けるためだから。

イベント フィオナのためなら私は今日も穴を掘るってね。

墓穴を掘るようなことだけにはならないでほしいけど。


「なあ。君はフィオナの所の犬だろ?何してる?」


まだ完全に声変わりしたてのようなガラガラボイスが耳に響く。

この声はグレリア。性悪貴族。


「この穴。あぁ……君か。最近落とし穴によくハマると思ったよ。僕の思惑に気づくなんて君は天才のようだ。ふざけやがって」


私はグレリアに蹴飛ばされて近くの地面に一回転で着地した。


痛ッーー。内臓潰れちゃうじゃない。


私が腹を抱えている様子にグレリアは陽気に笑う。


「犬程度が。調子に乗るからこうなるんだ。それでは失礼」


だめ。フィオナには……フィオナにはお前だけは近づかせない。

私の中に闘志がわきあがってくる。


「ガルルルッグゥゥゥ」


私は唸ってグレリアにとびかかる。


「ちっ!何だ。離せ!汚れるっ」


私はグレリアの肩に捕まっていたのを無理やり振り落とされる。


こういう時の私の戦闘能力の低さを公開した。


「この犬ごときが。何しやがる……」


私は改めてグレリアに飛び乗り、噛み付く。

かぷり。かぷり。と弱々しく。あんまり強くするとね……怪我するから。


「うえっ唾液が。やめろ」


今度は激しく地面に振り落とされる。


今ので寿命が5年は縮んだかも。


「もういい。どこかに隠しておけば問題ないだろう。死して罪を償え」


グレリアは背中に隠していたナイフを引き抜く。

笑いながら私に突進をしてきたが、どこかで見たような波動で十数メートル先に吹き飛ばされた。


「この光景。前にも見たような気がするな……ティティ。犬なんだから立派に命張るなよ」


疲れ切っている私の背後から少し成長したクラエル様が氷剣片手に現れる。

その姿は数年前に助けられた時とほぼ何も変わっていなかった。身長と氷剣を除いて。


「グレリア。お前にはフィオナ……嬢に近づく資格はなかったようだな」


クラエル様は未だに他人の前でフィオナの事をフィオナと呼ぶことが出来ない。

こういうとこ好きかも。


「ちっ!もう帰る。忘れるなよ。犬」


グレリアが少し不満げに帰って行く。

しかし、クラエル様が一歩前に出て、グレリアに言葉を掛ける。


「お前に2度目はない。この事はお前の父親 ターリン・アスパレスに苦情として入れさせて貰う。伯爵家の俺が男爵家に苦情を入れたらそれはそれはお前に大きい罰が下るだろうな」


それを聞いたグレリアは乾いた笑い声をあげる。


「それで?俺を学園追放したところで俺の手からは逃げられないぞ?」

「誰が学園追放なんて言った。お前みたいな人間は二度とフィオナ……嬢に近づけないように国外追放だ。国民の方々の幸せのためにも」


その瞬間、余裕に接していたグレリアの表情に陰りが見えた。

それでもクラエル様は冷静に接する。


「お前は進む道を違えた。その人を操れるほどの能をどうして正しく使えなかった?」

「黙れっ!!」


グレリアはナイフを強く握りしめて怒りの表情を露わにする。


「俺は一度たりとも道を間違えたことはない!これが俺自身の臨んだ道。俺は王様になって全てを跪かせるんだ!!今まで馬鹿にしてきたやつらも!全員だ」


確かにこの世界は幸せとはいえない。身分という肩書きだけで全てにおいて優劣が決められる。

それでも……上に行くためにどんな手を汚すような事だけは絶対にしてほしくない。


きっとこの世界では綺麗ごとだけではやっていけない。そう分かっててまだあんな子供に手は汚して欲しくなかった。


「あーあ。全てぶちまけたよ。もういいか。ここでのことは何も無かったんだ。だからお前らは二人まとめて謎の魔物に殺されるんだ!!」


グレリアは何かの錠剤ポケットからを出し、口に入れる。


「待てっ!それは!」


クラエル様が苦虫を嚙み潰したような表情をする。


今がどういう状況なのか全く理解が出来ない。


私の頭は駒くらいのスピードで回転をしていたけど、それでもこの小さい脳では理解が出来ない。


「ティティ。下がれっ!ここは犬を守りながら戦える相手じゃない」

「ワンッ!ワン」


あとは任せたよ。シャイ王子。


私は小さい歩幅で1歩2歩と少しずつ下がる。


クラエル様は深呼吸をして静かに剣を構える。

その時の姿はゲーム内で主人公に襲い掛かる魔物を叩き斬ったときそのものだった。


名シーンの再現最高!


私がそんな事を考えている瞬間に戦闘はケリが付いた。

たった一瞬。グレリアが魔物化しようとしたその時。クラエル様は光にも勝る速さで

グレリアまでの間合いを詰め、斬った。


辺りにはその痕跡と言っていいほどの氷が地面に散布していた。


グレリアは氷の欠片になって消え、クラエル様の腕は凍り付いていた。


「これは魔剣だな……なにか熱のあるものは……」

「ワンッ!」


はーい私に任せて。イケメンのためなら何だってやります。

私はクラエル様の腕の上に乗っかる。

クラエル様は私を落としそうになるも慌てて抱える。


「ティティ。意外とあったかいな。毛布を被っている気分だ」


私とクラエル様はそのままフィオナの家へと帰る。

私がしばらくの間クラエル様の腕の上に乗っていたせいか氷は徐々に溶けて行った。


「へえ~。そういう事が……とっても腹が立つわ!この私を利用しようだなんて」


フィオナは発散しようのない怒りからか地団駄を踏んでいた。

二人の距離もかなり近づいたせいかフィオナは敬語を使うのをやめた。フィオナは。


「しっかりと処罰は与えました。あんな人間は世の中にゴロゴロといます。簡単に騙されていてはこれからが危ないですよ」


相変わらず距離感の掴めてない。少なくとも今の関係は友達以上恋人未満なんだから名前で呼ぶとかためで話すとか無いのかな。


「別にいいわ。私にはあなたがいるんだから何も心配ないわ」

「それはっ遠回しの婚約……ですか?」


フィオナがポッと顔を火照らせる。

ついさっきまで余裕を演じていたクラエル様は呆然としている。


「別に……そういう訳じゃないわ」

「あぁ……そうですか。今日は一旦帰ります。またなにかあれば……」


フィオナは少し残念そうな目で、帰ろうとするクラエル様を見つめていた。


これだからこの人の攻略はめんどくさい。自分から積極的に攻めることが出来ないから。

本心を見せて嫌われるのが怖いんだね。


しかーし!ここでやらなきゃ一生の恥。雰囲気は最高なんだから……決めちゃおう。


私はドアの前にどっしりと座ってクラエル様に威圧感を送る。


「何だ……ティティ?何か言いたそうだな」

「ワンッ」


フィオナはクラエル様を異性として見ているから頑張って。


「少し時間をくれ。覚悟を決めたい」


クラエル様は小声でそう言って部屋を出て行った。


ここからは二人の関係が良く分からなくなるくらいに特に進展は無かった。


私はその期間もフィオナに近づく厄介者たちを追い払い。フィオナが悪役令嬢っぽいことをしようとすれば吠えて。フィオナが寂しそうなときは傍に寄り添って。

彼女をサポートしまくった。


とにかく破滅しそうなルートのフラグも折っといた。


そういえばフィオナはただの馬鹿な悪役令嬢だと思っていたけど、中等部では五本の指に入るくらい成績が良かったらしい。


そのせいかやたらと婚約を申し出る人間が多い。だから私とクラエル様が協力し、外ではクラエル様が威圧感を掛けて家では私が門前払いをするという方法をとった。


今考えるとめちゃくちゃ無礼。犬であるから許されるけど。


そういえば最近、主人公のカレンがこの国の王子様候補との婚約があるんじゃないかと話題になっている。

フィオナは応援しているみたいだけど……なんかプレイヤーの側だと変な気持ちになる。


だってカレンはモブに値する悪役令嬢に嫌がらせを受けそうだから。


でも……私の目的はあくまでフィオナを救う事。他の人間の事を考える暇はない。

彼女が破滅したらそこでゲームオーバー。いろんなものを利用して彼女を守らないと。



そして3年後。中等部卒業式の日。


私にとっては願ってもない話が飛び込んでくる。


「ねえティティ。私ね。クラエル伯爵と婚約したの」


フィオナが静かな声でそう言う。この頃の彼女に昔のような尖りはなく、口調はかわっていないけど性格には丸みがある。


幸せそうで良かった。


「ワン……」

「クラエル伯爵が卒業のダンスパーティで直々に婚約してくれたのよ。『これ以上君への気持ちに嘘は着けない』って。私は今が一番幸せだと思うわ」


どうでもいいけど私はもう結構年を取っている。最近になって動くのすら億劫になってしまった。生い先が長くないからかと思う。


でも……私はあの日までは生き延びなければならない。

クラエル様とフィオナの結婚式のイベントの日。違うルートではフィオナが断罪される日。


その日のために私はクラエル様に気持ちを整わせていた。


なるべく可愛い女の子も別の男と結ばれるように仕向けた。

まさかクラエル様に限ってそんな事はないとは思うけど


なんとか最後の力を振り絞ってラストステージに向けて準備をしないと。


私はそれから婚約中に婚約を申し込んでくる輩を追い払い、二人の愛をもっと深められるように努力をした。


もちろん長生きするために使用人さん達にはしっかりと手入れをしてもらっている。


最近になって学業が忙しいのかフィオナとはあまり話す機会が無くなった。

いつかは経験することでも実際にそうなるとツライ。


でも彼女を救えるなら私の本望。それ以外の無駄な気持ちは捨てなければいけない。


そこからさらに3年後。フィオナとクラエル様は高校を卒業した後の6月に結婚をする。


流石に婚約が完全成立するまでに3年という月日が掛かったことに私は驚かされた、


そして今日、私はもうほとんど動かない身体に鞭を打って陰ながらその様子を見守る。


本来のストーリーなら彼女が縛り付けて婚約を結んだはずが、最終的に結婚式も日に婚約破棄された後に全ての罪を告白されて断罪されるというストーリーもあった。


お願いだから上手く行って。

私ももうすぐ高齢期。この結婚が成立した後にゆっくり眠ろうかな。


「おい。女が出てきたら撃つぞ。息子の仇は私が打つ」


あれはっ!絶対にそんな事はさせない。

破滅。破滅……破滅っ!


私は自分でも驚くようなスピードでフィオナの前へと駆けていく。


フードの男たちから放たれた魔法は私の身体で全て受け止め、フィオナには傷一つ付かなかった。


周りの叫び声、悲鳴を上げる声でフィオナが何かを言っているのが聞き取れない。


「捕まえろっっ!!一人たりとも逃がすなっ!抵抗する人間は殺せっ」


クラエル様の怒号が聞こえる。兵士たちが散らばり、周りの人達は逃げてようやく周りの音が静まり返った。


「ティティ?」


やっとフィオナの声が聞こえた。


これがラストピース。彼女が破滅しないための必要な犠牲。

本来私は彼女の傍にはいてはいけない。だからこれで良いんだね。神様。

身体が痛いし熱い。この感覚まではさすがに要らなかったかな……


「ティティっ!!」

「もうゆっくり眠らせてよ……」

「ティティ?喋れるの?」


えっ?あぁ……神様のサービスね。


「いいフィオナ。あなたは私がいなくなったら嘆き悲しむかもしれない」

「そうよ……だからいなぐならないで……」


あれフィオナはどこにいるの?見えない。


「でもフィオナには仲間がいる。運命的に出会った仲間がいる……だから大丈夫」

「でも……ティティがいないと……上手く出来ない」


あれ?遠くから光が駆け寄ってくる。あれはカレンと隣にいる青クラエル様かな……。


「私は本来いてはいけない存在。だからこれでいい……喋れるのは私とフィオナの秘密だから。フィオナ。最後に私を膝に乗せてくれない?私、もう周りが見えない」

「分かったわ。ティティ……」


私はフィオナの温かい手に抱え上げられ、お腹に温かく柔らかい感触が来る。

最後に最推しに触れられて良かった。何か眠くなってきた。


「温かい……」


☆★


唐突に目が覚めた。慌てて周りを見渡すとそこにはフィオナの姿もなく、私には犬特有の身体の重さが無くなっていた。


モフモフの毛も。かわいいおてても。全てがない。


私は現実に戻って来たんだ。

開いた窓から朝日が差し込んでいた。時計の針は朝7時を指している


確か……私が乙女ゲームをやっていたのは夜7時くらい。結構寝ちゃったかも。

しかし……いい夢見たなー。ん?


私が昨日の夜開いていた乙女ゲームの画面には『幸せの国の恋姫~令嬢救済編~ true end』

と書かれていた。


そうか……夢じゃなかったんだ。私、本当にあの世界に………。

まだ感触が確かに残っている。


「面白い物を見せてくれてありがとう」


ぼーっとしていた私の耳に甘い声が響く。

私はおかしなことが起こりすぎてさすがにもう驚かなかった。


結局。この人の正体も分からなかった。まあ仮名で乙女ゲームの神様ってとこかな。


やばっ!もう……7時半。電車間に合うかなー。買い弁して行かなきゃ。


私は事前に用意していた鞄を持って慌てて家を出た。


「ありがとう。乙女ゲームの神様。これでスッキリしました」


呼んでいただきありがとうございます。

良ければ......押していきましょう!

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