第0章 アルベルト 2
マイアール帝国軍が本格的に近付く前に情報を手に入れ、対策を練る必要がある。
僕とマギクスは夜陰に紛れて城を出た。
『無事に出られたのは良いけど、出られたってのも問題だよねぇ』
『対策は無事に戦いを終えてからですな』
城の見張りの目を盗んで抜け出す事が出来たって事は、逆もあり得るという証左でもある。
苦笑いしながらの僕の発言に、真顔のマギクスが返答して来た。
今更ながらに、個人の武勇頼みな国風が悩ましい。
軍の規律が緩過ぎる。
まあ、今はマイアール帝国軍の規模、進行具合、規律や指揮の度合い等、少しでも早く情報を収集する事が優先だ。
攻められるにしても、後…数年時間が有れば僕の身体も問題無かっただろうけど、嘆いたトコロで現実は覆らない。
今は、この四年で鍛えた魔法でなんとか凌ぐ事を考えないと……
『コレは…………あっ…あぁ…………』
魔の森と城を繋ぐ街道沿いにある宿場町に広がる惨状に、僕とマギクスは絶句した。
既に生存者は望め無いであろう宿場町は炎に包まれ、その周囲を囲む軍隊からは、略奪後の昂ぶった空気が溢れていた。
『陛下の退避命令が出ていましたので、住民は避難していたと思われます。殿下、落ち着いて下さい!!』
産まれて初めて観る戦争の現実に、僕は只々恐怖する事しか出来なかった。
錯乱気味の僕を落ち着かせようと、マギクスが声量を抑えてはいるが力強い声で叱咤してくる。
『僕の生命は国民の為に使います』なんて、父上に偉そうな事を言ったのは誰だ?
自分は子供じゃないって自惚れてたのは僕か?
前世の日本では考えられなかった本物の戦争、ソコから溢れる悍ましい空気。
テレビでしか知らなかった世界を、知ってる気になって甘く考えてた事をまざまざと思い知らされた。
前世のラノベで散々使われてきたテンプレに近い話も、現実の持つリアル感の前では笑い話だ。
いや、テンプレ通りに、小説やゲームとリアルの線引が、本当の意味で分かって無かった僕こそが笑い話の主人公か?
自分が本当に魔法を使えるって事で、リアルな世界を空想世界の延長線上に考えてなかったか?
本で読んだ兵法程度で、自分がこの国を救えるなんて……甘い考えで舐め過ぎてたんじゃないのか?
怖い………………
怖いっ、怖いっ、怖いっ、怖いっ、怖い――――――
―――――――――パンッ!
頭の抱えて震える僕の頬に衝撃が走った。
『殿下!』
ハッと、我に返った僕の目の前にマギクスの顔がある。
『やはり……殿下には、まだ早過ぎたようですな』
あぁっ………マギクスに失望させてしまう……
いや、まだ間に合う!
『ごめん、マギクス。取り乱してしまったね。…………もう大丈夫!』
怖いって事に変わり無いけど、このままじゃ遅かれ早かれ死ぬって現実からは逃げられないんだ。
死にたくないなら、ココが踏ん張り所だ!
『殿下、ご無理をされる必要はございませんよ』
マギクスから見れば、まだ十歳の皇太子……
そんな子供、それも究極のお坊ちゃまが、戦場の空気に咽まれ怯えるのは当然……予想の内だろう。
下手をすれば、戦場の空気を感じさせて、僕を大人しくさせるつもりだったのかもしれない。
『大丈夫! 初めての空気に混乱してしまったけど、僕は皇太子だ。父上の……陛下の後を継いで、国民を守る義務を持っているんだ。こんな事で逃げる訳にはいかない!』
そう、何を怖がってたんだよ僕は?
死ぬのが怖い?
もう、既に一度死んでるのに?
人間はいつか死ぬんだ!
なら、前世みたいな意味の無い死じゃなく、意味のある生き方をした上で死んでやる!!
『マギクス、この部隊はこのまま野営に入るだけだ。他の部隊がどうか探りに行くよ!』
『ハッハハハハ……殿下、殿下には本当に驚かされますな。とても一国の皇太子殿下とは思えぬ行動力。何処までも御一緒致しますぞ!』
この脳筋が(笑)
どれだけ智将に育てようとしても、やっぱりコイツも脳筋だ。
単純馬鹿は嫌いだった筈だけど、僕まで毒されてきた気がする。
『勘弁して下さいって言ったところで、逃がさないから大丈夫だよ。僕の護衛なんだから、僕を残して勝手に死んだりしない様にしてよ? コレは命令だからね』
『いつもの殿下に戻られましたな(笑)』
ニヤリと笑うマギクスと連れ立って、敵軍の斥候の網に掛からないよう、慎重に離れていく。
コイツ等が敵軍の先鋒部隊だとすれば、軍の中心部は更に後方だし、右翼左翼を担う部隊も存在するかもしれない。
前世で読んだ本を参考にするなら、さっきの部隊の野営は陣法に則った物ではない。
人間の国も、これだけの大攻勢は初めての経験だろうし、戦術的にもそれ程熟れてはいない筈だ。
なら、軍と戦術の要になるのは、報告にあった数名の強者の可能性が高い。
そいつ等を見付ける事が最優先だな!
状況次第だけど可能なら、僕が改良した異世界チートの魔法を喰らわせてやる!
初見の最新兵器と同じくらいの衝撃を与える事が出来れば、撤退させる事も出来るかもしれない。
とにかく、ヒャッハーしてやるよ!
マイアール帝国軍の最後尾は未だ魔の森を進軍中で、森の中で窮屈な野営をしていた。
「エルフをドナドナして行った奴等はつまみ食いしてるんじゃないか?(笑)」
「羨ましいよな。俺もサッサと帰還出来るドナドナ部隊に入りたかったぜ」
「ドナドナドーナド〜ナァ~♪」
「まぁ、お貴族様達がお楽しみする為に、サッサと帰って来いって命令だったからな。お溢れに与りたいもんだ」
これまた、異世界テンプレな展開で盛り上がってやがるが、現在の僕の立場からすれば、非常に腹立たしい話だ。
それよりも、【ドナドナ】だって?
僕の他にも【転生者】がこの世界にいるのか?
それも、こんな言葉が一般兵にまで広まるくらい前に?
異世界チートが僕だけの有利じゃないどころか、ハンデがある状況かもしれないって、かなりマズい状況なのか?
『エルフが降伏したとの報告はありましたので、彼奴等は捕虜の後送を行っていた事で足留めされてた様ですな』
マギクスは冷静に現状を把握しようと考察を続けているが、
『コイツ等、此処で殲滅してしまった方が良いかな……』
『でっ、殿下!? 何かございましたか!?』
ボソッと呟いた僕の葛藤を耳にしたマギクスは、珍しく慌てた様子で振り返った。
『何かあったんじゃなく、何かが出てくる前にケリを着けた方が良いって気がするんだよ』
マギクスに詳しく説明するよりも前に、僕は自分の過去を思い出していた。
―――――土魔法による磁界レールの生成……
―――――雷魔法を使い電力の確保……
―――――ローレンツ力によって加速・発射される飛翔体の速度が流す電流の2乗に比例するって事は……
―――――レールが短ければ反動も大きくなっちゃうなぁ……
―――――絶縁体なんて用意出来ない……
―――――いや、土魔法でなんとか生成出来ないかな?
―――――う〜ん………こんな感じで……どうだ!?
―――――B=√2mE/eD………
―――――いや、コレは惨過ぎだろ!?
―――――ホントにアニメのグロ描写が現実になっちゃうよ!?
―――――超振動剣ねぇ……
―――――科学を否定するファンタジーでしか実用化は無理だね
―――――まぁ、試してはみるけど(笑)
前世の記憶を取り戻した後、異世界チートの定番である、魔法と現代科学の融合にのめり込んでいた僕……
マイアール帝国にいるであろう【転生者】も、僕と同じ様にヤバい改革を考えてたら?
しかも、その期間は僕よりも長い可能性が高い!?
自分の目が冷たくなっている事に気付いたけど、ヤラれる前にヤラなきゃ……取り返しがつかなくなる。
『殿下、先ずは説明を! 頭を冷やして下さい!!』
僕の纏う空気が重く暗いモノになった事で、マギクスは僕を落ち着かせようとしてくる。
『説明……ねぇ。マギクス、僕の魔法……【レールガン】みたいなのを、マイアール帝国も使える可能性があるんだ。もし、奴等が僕よりも倫理観に欠けてたら……いや、今の時点で欠けてるのは判りきった事か。僕の使う魔法と同程度の魔法を、僕達に向けられる前に殲滅する必要があるんだ』
落ち着いて冷静に現状を把握しているからこそ、僕には現状のヤバさが理解出来る。
【転生者】がいる国が、個体能力が遥かに上回る相手に戦争を挑んで来たんだ。
切り札があるか探る必要なんて無い。
寧ろ、切り札があるからこそ、兵を起こしたんだ!
さっき見た、街道の宿場町はどうして燃えていた?
住民の避難が済んでいるのなら、あんなに大規模に燃やす必要があったか?
只の嫌がらせじゃないなら、何の目的が?
新しい魔法の試し撃ち!?
クソッ、あの時もっと深く考えてれば!!
『状況は極めてマズい。コイツ等を足留めして、直ぐに城に戻るよマギクス!!』
人間だった僕が人間を殺す?
罪悪感?
僕の、僕の家族が殺されるかもしれないんだ!
顔も知らない、ましてや……僕達を殺す為に来た奴等を殺したところで何を気に病む必要がある!?
後悔なら、後で幾らでもしてやるさ!
『いくぞ! 【超電磁砲•改】』
躊躇無く発動した魔法術式により、この世界じゃ計測不能な速さの弾丸がマイアール帝国軍に向けて飛び出した。
――――ズガアァァァァァァンッッッッ!!
野営中だった、マイアール帝国軍の中心部で衝撃波を放つ爆発が起こり、悲鳴と怒号が飛び交う修羅場が現出する。
超音速で発射された弾丸が放つ衝撃波は、着弾点までにいた人間を跡形もなく吹き飛ばし、僕の前から着弾点までに一直線の道を拓いた。
森の木に遮られる事も無く、僕の目にハッキリと、僕が起こした惨状が映るが、それを気にしている時間は無い。
もうすぐ夜が明け、あの宿場町にいた部隊が城に向けてヤバい魔法を撃ち込んでしまう。
それだけは阻止しないと!
焦りの中にいる僕達に対し、雄叫びの様な怒声が響き渡る。
「テメェがヤッたのかぁぁっ!!」
踵を返し、城に向けて走り出そうとした僕達に向かい、【超電磁砲•改】の弾道により拓けた森の道から、黒髪の若い男が剣を振り被り吶喊して来た。
怒りを隠そうともせず…………
お読み頂きありがとうございますm(_ _)m
この章は、主人公とマイアール帝国、そして英雄ヴォルクとの因縁の始まりとさせて頂きます。
少しでも、皆様に楽しんで頂ければ幸いです。
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