第0章 アルベルト
『力が全て』を具現化したかの様な脳筋の世界。
六歳の誕生日の前夜、前触れ無く唐突に、前世『浅井和馬』の記憶を取り戻した僕『アルベルト』は、脳内処理し切れ無い情報量から来る頭痛に目を覚ました。
「あああぁぁぁぁぁっっ!!!!」
割れた頭から脳みそを掻き回されているかの様な、激しい痛みにベッドの上で頭を抱えてのた打ち回る。
「あっあたまがぁぁっ、痛い、痛い、ギャァァァ!!!!」
「でっ殿下、どうされましたか!?」
「お気をしっかりっ!!」
夜中にいきなり響き渡った僕の声に、城中から使用人達が駆け付けて来たが、どうする事も出来ないまま、夜明け前に僕が気絶するまでオロオロと対処を考えているだけだった。
気絶するまでは、『なんとかしてくれよ!』って思っていたけど、目覚めた時には頭痛も治まり、少しは冷静に周りを観る事が出来た。
治癒魔法を掛け続けてくれていた宮廷魔導士達は、魔力切れの症状がみえ、みんなグッタリとしていたのに、僕が目覚めた事に気付くと、中には涙を流して喜んでくれている者までいた。
「みんな……かなり無理をしてくれてたんだね。ありがとう」
気絶前の八つ当たり的な気分は一転、自分でも不思議なくらい自然と感謝の言葉が出た。
本気で死にかけた時に感じる感謝の気持ちって、こんなに大きなモノなんだ……と、前世では知らなかった感情を初めて覚えた。
「殿下……良か…った、良かったです!」
「勿体ない御言葉……しかし、本当に良かった」
前世の記憶では、寂しい一人暮らしのアパートに向かう仕事帰りに、事故に巻き込まれる形で即死したと思われる。
今世では、僕が死ななかった事に涙を流してくれる人達がこんなにもいる。
僕は、幸せな【異世界転生】をしたのかもしれない……
前世の記憶を取り戻してから四年……
僕は現在、自分が置かれている状況、この世界の常識と歴史、種族毎の特徴等、情報を集める事に努めた。
そりゃあ、アルベルトとしての記憶は残っているが、所詮六歳児の知識でしかない。
『浅井和馬』の記憶で、俺の精神年齢は三十歳だったんだから、六歳児の知識なんて何の役にも立たない……事も無く、この世界についての最低限の知識は有難かった。
でも、本当に最低限でしかないんだから、この世界で幸せになる為には『情報』が必要だった。
…………結果、
「何だよ? この脳筋の世界は!?」
思わず叫んでしまうくらい、この世界は酷かった。
一応、僕は魔族の皇太子って立場で、まだ恵まれた環境にいる筈だけど、前世でオタク気質の研究者だった僕に、この脳筋世界は受け入れ難い。
文明レベルでいえば、この国……前世なら部族レベルだが、この国は平安末期レベル……
しかも、文化よりも武力ってトコロまで、日本で武士が力で台頭した平安末期にそっくりだ。
流石に、鎧兜は日本の物とは違い、異世界ファンタジーって感じだけど、とにかく文明的なレベルが低すぎる!
森を挟んだ地域にある人間の国、マイアール帝国はこの国よりも文化が発展しているらしいが、魔族に属するエルフやドワーフ達の扱いを巡って小競り合いが後を絶たない。
とにかく、文明レベルをなんとかしないと、個人戦力が上回っている事で対等なマイアール帝国との戦いも、向こうの発展次第で一気に傾く懸念がある。
なんとかしなきゃ……
「急報! 急報!!」
傷だらけで城に駆け込んで来た兵の様子から、城中が緊張感に包まれる。
異世界ファンタジーで典型的な魔族を具体化したかの様な僕の父、マイアール帝国に対抗して魔帝国皇帝を名乗る『モラード』が玉座で報告を受ける。
「エルフの里『カーディナス』が壊滅! 更に『カーディナス』の非戦闘民の生命と引き換えに……エルフ族の全てがマイアール帝国に降伏! 魔の森を超えてマイアール帝国軍が進行中です!!」
「あのエルフの里が壊滅だと!? 何があった!?」
「人間の中に……皇帝陛下に並びかねない強さを持つ者が数名。更に、エルフの魔法を無力化する魔導具らしき存在を確認致しました!」
「非戦闘民は直ぐに国外に退避! 戦闘可能な者は城を固めよ!!」
非戦闘民を人質にするマイアール帝国の作戦に対し、父は迷わず非戦闘民の避難、退避を命じる。
でも…………
「父上……いや、皇帝陛下。後程、二人でお話し出来ませんか?」
「どうした、アルベルトよ。よもや、戦いが怖いと吐かすのではあるまいな?」
普段は、魔族も人間と変わらない愛情を持っていると認識させてくれた父も、この急報に動転しているのか、険しい表情を見せる。
「父上、国の存亡に拘わる話です。僕の生命は国民の為に使うと誓っています!」
「う、ウム。では後程、時間を捻出するとしよう」
この世界では十歳の僕だけど、精神年齢は三十路を超えているんだ。
これまで、皇太子だからとはいえ……僕を大事にして来てくれたみんなを無駄に死なせたくないって気持ちは本物だ。
結局、懸念していた事が現実になってしまったけど、相手も人間なんだから、絶望するには早過ぎる。
「殿下、執務室で陛下がお呼びです!」
自室で声が掛かるのを、今か今かと待っていた僕に漸く父上からの呼び出しの声が届いた。
魔法、学問の分野では、前世の知識のある僕は【神童】なんて呼ばれているが、所詮は十歳の子供であり、具体的な作戦立案には参加させて貰えていない。
とはいえ、前世では某企業がシリーズ化していた歴史シミュレーションゲームにハマり、各種の兵法書を読み込んで来た僕からすれば、現状はかなりマズい事態になりつつあると思える。
「失礼します。お時間を頂きありがとうございます」
「少し落ち着け、アルベルト」
執務室に入り挨拶をした僕は、意見を伝えようと意気込んでいたのだが、父は不安に怯える子供をあやすかの様に、優しく声を掛けて来た。
前世の父親と違い、常に子供を気に掛ける優しい今世の父モラードに対し、僕が好感を持っている長所ではあるんだけど、今は短所に為りかねない。
「父上、戦いは……多くの兵を率いる集団戦は情報が全てです。幸い、地の利はコチラにあり、敵の人質を捕る戦法に対し我が方の志気は高まっています。後は、天の時を得る為に情報を集める事が急務です」
「落ち着けと言ってるであろう、アルベルトよ。お前が言った通り、マイアール帝国の汚い遣り方に対し、我が兵達の志気は気焔万丈といったところだ。この気焔を全て纏めた上で敵を殲滅させてくれるのだ。そんなに怯える必要は無い」
「怯え……違います、父上! 少人数の戦い……これまでの小競り合い程度の戦いであれば、父上の仰る通り、身体能力、魔力共に勝る我等が優位に戦えるでしょう。しかし、敵はその差を知った上で大規模な戦いを挑んで来ています。『勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む』と云う言葉が示す様に、敵は必ず勝機となるナニかを―――」
「黙れ、アルベルト! 怯懦こそが敗北を呼ぶ。今後、作戦に口を挟む事は赦さぬ。……話は終わりだ。部屋に戻るがよい」
俺の提言を、言葉を被せる形で無理矢理おさめた父は、話は終わりだと席を立ち、部屋から出てしまった。
あああああぁぁぁ――
心配していた状況が現実になってしまった。
この世界というか、この国……魔族に括られる種族の国は、人間に比べ個体差が有り過ぎた結果、大規模な戦争の経験が殆ど無い。
僕が言ってる兵法と、父が考えている兵法の違いをやはり理解して貰えない。
漢字にすると、前世の日本でも知らない人間の方が多かったかもしれないが、コレはゲームじゃない現実だ。
『へー、初めて知った。アハハー』
で済む話じゃないんだ。
『どうする…どうする…どうする…どうすれば…………』
「どうかされましたか? 殿下?」
頭を抱えながら部屋に戻る僕に声を掛けて来たのは、俺の護衛マギクスだった。
漆黒の肌に蝙蝠の様な翼、頭には太い角……
前世の記憶を取り戻した直後には、
『異世界魔族キターーー!!』
って興奮させてくれた偉丈夫だ。
「部屋に戻ってから話すよ」
父上も、僕が怯懦に晒されていると思ったくらいだ。
城の廊下で、誰が聞いているか分からない状況で話せば、いらない誤解を生む恐れがあると考えた僕は、足早に部屋を目指した。
「――――と、僕は考えているんだけど、どうすれば良いと思う?」
このマギクスは、見た目からは想像出来ないインテリ系で知勇兼備、僕の懐刀と言っても過言ではない。
この四年間、将来僕が皇位を継いだ時に将軍として活躍してほしいと、少し某十四才病が入った願望を持って、少しづつではあるが、僕が覚えている限りの兵法を叩き込んで来た逸材だ。
「現状は、陛下の赦し無く兵を動かせる状況ではありません。と、なれば……殿下直下の自分以外には難しいでしょう」
流石にマギクスは、現状のマズさを僕と同様に認識してくれているが、僕の唯一の直下である彼を送り出すとなると色々懸念が出る。
「ん〜、マギクス……感情を抜きにして大局で判断してほしい。この国は父上さえ健在なら、…………僕に何かあっても後継ぎの心配さえいらない。だか―――」
「殿下!! 御自分の仰る事の意味と重さをかん―――」
僕の発言を、顔色を変えながら遮るマギクスの発言を、僕は無言で手を挙げ留めさせる。
「『感情抜きの大局』って言ったよね、マギクス。……続きを話させて貰うよ。…………何も僕だって自分から死ぬつもりは無い。現状、君が情報を持って帰る事が出来たとしても、その時には城に戻れる状況である保証は無い。なら、その情報を活かす為に、君と僕が一緒に行動するべきだと判断する。君も僕の魔法については知ってるだろ?」
「仰る事は分かりますが、しかし―――」
尚も喰い下がろうとしたマギクスだったが、僕の目を見て説得を諦めてくれたみたいだ。
大丈夫、『異世界チートでヒャッハー』を果たして無い現在、僕も死ぬ訳にはいかない。
お読み頂きありがとうございますm(_ _)m
序章では、殆ど出番のなかった主人公の物語の始まりになります。
ノンビリと更新予定ですが、宜しくお付き合いをお願いします。