閑話
「君さぁ、才能無いんだからサッサと退学しなよ」
「………………しっ、しません」
「おいおい、正気かぁ?」
「テメー、スプートニク伯爵家のランド様に男爵家の三男如きが口答えしようってのかあ?」
マイアール帝国高等騎士学園、その校舎裏で複数の少年達が一人の少年を問責している。
それは、問責というよりもイジメにしか見えない光景であり、問責する側の中心にいるのはランド=スプートニク、かつて五英雄ヴォルクの息子であるロードを翼竜への生贄として生き延びたスプートニク伯爵家の長男である。
対する問責されている少年の名はマディクス=オールソン、辺境に小さな領地を持つ貧乏男爵家の三男であり、家督を相続する見込みのない立場から将来を見据え騎士学園に入学させられた気の弱い少年である。
騎士として身を立てる事が出来れば兄の家臣としての将来、そうでなくとも自身の立身出世を見込めると考えた父の愛情といったものではなく、打算による強制入学というのが真相だ。
生来、気の弱いマディクスは学者を夢見ていたが、そんな曖昧な将来よりも騎士爵を持たせる事が出来れば最低でも政略結婚の道具として使えるという打算から、父親から問答無用で騎士学園に入学させられたという経緯を持つ。
そんな自身の意思に反した進学が本人のやる気を引き出す筈もなく、無気力に淡々と日々を過ごすだけのマディクスは、高慢な高位貴族家の子息達からすれば格好の玩具となる。
家格の違いから、自分達に反抗するなんて選択肢がある筈の無いマディクスは、ランド達高位貴族の子息からすれば『虐めて下さい』と鴨が葱を背負って眼の前を歩いているようなものであり、身分制度による差別意識が根強いマイアール帝国の高位貴族が放っておく筈は無い。
結果として、連日のネチネチとした嫌がらせで憔悴していくマディクスの姿は、ランド達の自尊心を満足させると同時に、その加虐心を更に増大させていった。
「陛下が興味を示されない事で存続しているだけの貧乏貴族の……それも三男の分際で口答えとは、また教育が必要みたいだな(笑)」
「今度は僕にやらせろよ(笑)」
「いや、次は僕の順番だったろ?」
取り巻き達が楽しそうにマディクスを脅している後ろで、この場で一番の高位者であるランドはつまらなそうな表情をしている。
別に、ランドは虐めが嫌いであるとか、そういった理由からそんな表情をしている訳ではない。
彼からすれば、彼の実家が一声かければ簡単に潰れるような低位の貴族が自身の同輩であるという事実が納得出来ないだけである。
同じ低位貴族の子息であったロードとは、表面上とはいえ友人面をしていた程度の分別を持つランドではあったが、それはロードの父親がマイアール帝国五英雄の筆頭であり、帝国最強と云われているヴォルクだったからであり、只の低位貴族家の三男相手では表面上を取り繕う必要すら感じないのだ。
つまり、ランドからすればマディクスが自身と同じ扱いを受けるなんて事自体が許されざる不敬であり、排除する理由でもあるのだ。
勿論、自身が主導したなんて証拠を残す程バカではないランドは、黙って傍観者がような顔をする事を徹底している。
しかし、彼の取り巻き達は当然のように忖度してランドの意思を現実化していく。
「おい、自主練に付き合ってやるから感謝しろよ(笑)」
「や、やめて!?」
此処は騎士を育成する為の学園であり、武芸が磨く為の自主練は推奨されているのをいい事に、素手のマディクスに対し木剣で打ち込む取り巻き達。
一対多数、それも素手の相手に武器を持った数人掛かりの虐め。
名目としては、成績が奮わないマディクスが鍛錬を頼んだと口裏を合わせている為、彼等に遠慮という文字は無い。
「せいっ!!」
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ほら、こっちだ(笑)」
「いっ、ぎゃあ!?」
「足元がお留守だぞ(笑)」
「がっ、イイイィがぁ?!」
マディクスに逃げられないように、四方を取り囲んだ状態で一斉に木剣が振るわれる。
正面の上段から振り下ろされる木剣を腕で受けたマディウスが悲鳴をあげるが、お構いなしに脇腹に木剣の突き、続けて膝を狙った横薙ぎの一閃が両脇からマディクスを襲う。
「戦場でボンヤリしている奴は死ぬだけだぞ(笑)」
ガンッ!!
痛みで倒れ込んだマディクスの背後から、トドメの一撃とばかりに後頭部を狙った木剣が振り下ろされた。
「ギッ!?」
人間は傷の重さで命を落とす場合が殆どだと思われ勝ちだが、実際にはショック症状からの落命が多数存在する。
覚悟を持って受けた木剣ならば耐えられたかもしれないが、痛みに昏倒する中で不意に受けた後頭部への一撃はマディクスにショック症状を引き起こす。
口から泡を溢しビクッ、ビクンッ、と身体を痙攣させるマディクスの症状はランド達を焦らせるには十分であった。
「ぼっ、僕は何もしてないぞ!?」
「ぼ、僕じゃない。ディーダだ」
「ディーダが頭を打つから!?」
「えっ、えっ!?」
「僕は関係ないからね、君達が勝手にやった事なんだから……分かってるよね!?」
騎士学園という環境柄、怪我に対しての耐性を持っていた彼等だが、同時にショック症状の恐ろしさについてもよく知っていた。
ショック症状に見た目の傷の重さは関係ない。
しかも、その症状が出た場合は比較的簡単に人が死ぬという事も……
校舎裏での事であり、目撃者がいない事を知っている彼等は被害者であるマディクスを放って我先に逃げ出していた。
いくら、高位貴族とはいえ貴族の末端に連なる者を殺めたとなれば、彼等の将来に暗い影を落とす事は容易に想像出来るから……
「殿下っ、殿下っ、ウワアァァァァァァァァァッガッ!?」
体力の限界まで駆け、洞窟に戻ったマギクスを待っていたのは、首を落とされ血溜まりの中に倒れたアルベルトの身体だった。
アルベルトの身体を抱き締め慟哭するマギクスの心臓を、背中からレイナルドの槍が貫いた。
「人外の獣風情が煩いですよ。大人しく死んでなさい。あなたの役目はもう終わったんですから(笑)」
「……キ…貴様………呪…い……こ…ろし………て……」
「うぜー、サッサと死ね!」
憤怒の表情で最期の呪詛を吐くマギクスの首を、躊躇無くヴォルクが斬り落とす。
『こ、この記憶は!? 夢!? いや、違う』
死の間際で昏倒するマディクスの脳裏に鮮明な、しかし、身に覚えのない記憶が流れ込む。
『ぼ、僕は……マディクス…………マギクス?』
それは、神の意思による必然か?
歪んだ因果律が引き起こした偶然か?
カイトに深く繋がる運命の糸が再び紡がれようとしていた。
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