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閑話


―――――――――マイアール帝国宮廷


「ふむ、グスタフ? …………あぁ、ヴォルクの部隊に潜らせた間諜だったか? その者がどうかしたか?」


 宮廷内の一室、マイアール帝国の諜報を司る帝国情報部で一人の男が顎に手をやりながら胡乱な表情を見せる。

 

「はい、グスタフの素性に気が付いたヴォルクは特殊任務という型で彼奴をオーネスト王国へと派遣致しましたが、其処で行方不明となったとの報告が上がっております」


「…………ヴォルクの手の者の仕業か?」


「いえ、彼奴は己の職分を忘れヴォルクに心酔していましたので……その線は薄いかと」


「そのような愚か者が消えたところで何を大袈裟な反応をして居るのだ? 帝国情報部に相応しく無い者が淘汰されたのならば、我等にとって悪い話ではなかろう」


「その消え方に少し疑問があるのです、閣下」


「…………詳細を聞こう」


 部下から『閣下』と呼ばれた男、年齢は五十になるかならないかといったところだが、その肉体は三十路と言われても納得出来る程に鍛え抜かれている。

 ファフニール侯爵、マイアール帝国情報部を束ねる帝国五英雄の一人であり、文武両道を体現した男である。

 白髪が七割となった金髪をオールバックに纏め、品のある口髭が特徴の男であるが、その眼光の鋭さは若い頃と比べ衰えるどころか増していると噂されている。


「は、グスタフはヴォルクより『有望な新人の発掘』という任務を授けられハンターとしてオーネスト王国へと潜入しておりましたが、其処で新人ハンターと諍いを起こし、オークの討伐数を争っていた最中にハイオークに襲撃され行方不明となったらしいと報告が上がって来ました」


「ふむ、ハイオーク? ヴォルクの部隊に潜入させた者であれば問題無い魔物ではないか?」


「はっ、グスタフ達の実力ならばハイオークであろうと後れを取る事は無いと思われますが、森の中で不意の遭遇戦となると不測の事態も有り得るかと……」


「あのヴォルクが、部隊の人間をそのような軟な鍛え方をするとは思えんがな。……まぁ良い。それで、その愚か者共の顛末の何処に不審な点があると言うのだ? 貴様自身も不測の事態は起こり得ると口にしたではないか」


「それが…………、彼の者は我々の想像以上に短慮だったようで、『自分達はマイアール帝国最強の部隊、ヴォルク=ベンズ率いる独立部隊の人間だ』と名乗ったとの事です。…………素性を知ったオーネスト王国の情報部に消された可能性も無きにしもあらずかと」


「…………彼の者を情報部に入れた者には降格を言い渡せ」


 部下の報告を受けたファフニール侯爵は、眉間を揉みながら頭の痛そうな表情を見せる。

 グスタフの愚行を糾弾する以上、感情に流された対応が出来る筈もなく、『自身の素性を公言する諜報員が何処にいる』と叫びたいくらい頭に血が上った事を自覚してはいるが、努めて冷静な対応を行わねばならない。

 

『平和ボケしている雰囲気は感じていたが、我が情報部もここまで劣化していたか』


 部下の手前、本音を口にする事は避けたが長年の懸念が現実になっている事を再認識させられると頭が痛い。

 冷静な表情と対象的に、顳かみに浮かんだ血管が血圧の急激な上昇を物語る。


 そもそも、『独立部隊』として独自の判断権を一部とはいえ認められているヴォルクに対する目付けとして送り込んだ諜報員が、あろう事か諜報対象に心酔した上で自らの素性を知られるという失態だけでも粛清に値するとファフニール侯爵は考えている。

 それを報告されていなかった事は更に問題だが、関係者全員に処分を加えると情報部そのものが立ち行かなくなる可能性がある。

 グスタフを採用した者、ヴォルクへの目付けとして推薦した者、グスタフの心様の変化に気付いていたにも関わらず報告を上げなかった者、その個人を処罰したところで、それが普遍な状態となっている組織そのものが改善されるとは思えない。

 今回の事態を招いた元凶を処分するとなれば、それは情報部に所属する人間の何割になるだろうか。

 『腐敗』という言葉がファフニール侯爵の頭を過るが、それは情報部だけに限った事ではない。

 今や、マイアール帝国中枢に蔓延した病巣のようなものなのだ。

 

 公に認める事は出来ないが、マイアール帝国で『腐敗』という言葉と縁遠い存在は、ヴォルク率いる独立部隊だけではないのか?

 そんな考えがファフニール侯爵の頭を支配する。


 同じ五英雄に数えられながら、自分とヴォルクの何が違うというのか…………

 あのような、政治力皆無の猿が自分よりも部下の扱い、組織の維持で優れているとでもいうのか?

 そもそも、あの猿は情報部を束ねる自分の指示で動くだけの一部隊長に過ぎない。

 猿が人間様を超えるだと?


 マイアール帝国中枢部では比較的良識を持ったファフニール侯爵ですらこのように考える程、マイアール帝国では貴族は特権階級という認識が根深い。

 元平民であるヴォルクに対する『猿』という表現がそれを如実に物語っていた。



 しかし、今はヴォルクや組織の『腐敗』について悩んでいる場合ではない。

 愚か者がマイアール帝国の諜報員を名乗った上で行方不明となった事実が最優先の問題である。


「アーノルドを呼べ」


 頭に昇った血を揉み解すように眉間を揉みながら、ファフニール侯爵は部下に指示を出す。

 自身が鍛え上げた諜報員、アーノルドをオーネスト王国へと送り込む事を判断したファフニール侯爵は、この問題の大きさを正しく認識していたと言える。


 オーネスト王国はマイアール帝国と比べ小国とはいえ、他国と戦争になりかねない事態に対し、信用ならない部下の推薦など聞くつもりはない。

 自身がこの十年目を掛けて育てあげたアーノルドを送り込む。


 ファフニール侯爵の表情を見た部下は直ちにアーノルドへの伝令を手配した。

 表情の消えたファフニール侯爵の恐ろしさを誰よりも知るのは、側近として秘書のような役割を担って来たこの部下だったからだ。





 マイアール帝国帝都を本拠とするA級ハンター、アーノルドが帝都を発ったのは三日後だった。

 自身が率いるパーティー【黎明】を引き連れ目指すのは、マイアール帝国とオーネスト王国の国境に近い街リーファンス。

 愚かな同僚が行方不明となった街であり、自身が求める情報が最も得易いと思われる街である。

 【黎明】は過去に翼竜(ワイバーン)を討伐した実績を持つ【竜殺し(ドラゴンバスター)】であり、マイアール帝国を代表するハンターパーティーの一つである。

 パーティーリーダーであるアーノルドの実力も然ることながら、パーティーメンバーも一流のハンターと呼んで差し支えない実力派パーティーといえる。

 次期五英雄と情報部で噂されるアーノルドは槍を得意としているが、魔法の腕も世間ではかなりなものとされている。

 当然、自信に溢れた表情で彼等は出立していった。




 そこで自身を待つのは、この世界の創造主とその眷属である魔王である等とは想像も出来ないまま…………

いつもお読み頂きありがとうございますm(_ _)m

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