閑話 マイアール帝国内
――――マイアール帝国 皇帝執務室
「翼竜の襲撃は天災と呼ぶべき事柄であるとはいえ、騎士学園の精鋭をほぼ全滅に追い込んだ者達には、厳しい処分をせねばなるまい」
「現在、たった二人の生存者である、マーベリック家とスプートニク家の子息から、事情聴取を続けております。二人の話を全て鵜呑みにする訳ではありませんが、今回の実践演習における、学園側の下準備、安全確認、演習の内容、全てに於いて処罰の対象とせねばならないかと」
世界最大の覇権国家マイアール帝国、現皇帝であるリカルド帝と、宰相であるノートリアス侯爵家当主ライアスは、皇帝の執務室で、数日前に帝都を脅かした翼竜の襲撃による被害と責任について協議していた。
「これだけの犠牲は、余が帝位についた年以来ではないか。魔帝国を滅ぼした時の犠牲者数と変わらぬ犠牲者数などとは……」
十七年前、先帝の崩御に伴い即位したリカルド帝は、帝国の覇道により国を纏めようと、初代皇帝が遺した『帝国の宝具』を惜しみ無く使い、長年の懸念であった魔帝国を滅ぼした。
『帝国の宝具』とは、初代皇帝のみが知る知識、使えた付与魔法により生み出された武器防具であり、現在でも再現出来ていない異世界技術である。
如何に魔法技術が発展しようと、異世界、しかも技術的に千年近い差のある知識を知る術が無い以上、【転生者】である初代皇帝が生み出した武具を真似て再現する事は不可能だった。
その貴重な武具を惜しみ無く投入した魔帝国との戦争は圧倒的に推移し、戦いの規模からすると犠牲者の数は微々たるものであった。
「陛下の御時世となり、我が国に戦いを挑む愚か者はいなくなりましたが、もたらされた平和により、国内の愚か者による腐敗を生み出してしまった事、宰相である私の不徳であります」
即位するなり領土拡大に動いたリカルド帝に対し、『身の丈を超える野心は国を滅ぼしかねない』との懸念を抱いたライアスは、魔帝国との戦いにより消費した『帝国の宝具』が残り少ない事を理由に、外交による圧迫を帝国の既定路線とする政策を薦めて来た。
その、言の葉だけで他国を従属させる状況は、国内の貴族達の慢心を生み、官兵の慢心、腐敗に拍車を掛けた。
マイアール帝国が覇権を唱える事が出来た理由は『帝国の宝具』の存在によるところが大きい。
しかし、新たな宝具を作成出来ず、消費していくだけの現状では、魔帝国殲滅時の圧倒的武力を喧伝し、欺瞞の武威で他国を従わせる以外に道は無く、ライアスの判断が悪かったとは言い切れないのも事実である。
惜しむらくは、外交、戦略に才をみせたライアスに、内政の才があれば……といったところか。
「臣民の不満が上がらぬ様、しかと処理せよ。特に、ヴォルクが離反するような事態になる事だけは許さん。必要であれば、騎士学園の上層部を全て処刑する事を許可する」
「はっ、しかと承りました」
『下々の者達にも配慮をみせた』とでも言わんばかりの皇帝の発言に対し、恭しく頷く宰相……
まさに『トカゲの尻尾切り』であるが、腐敗の元凶である自覚の無い二人が認識する事は無かった。
――――マイアール帝国 帝都ベンズ邸
「ロードの捜索よりも仕事なの!?」
『翼竜の襲撃による動揺が蔓延しつつある帝都近郊の街を、治安維持のため巡回せよ』と、元帥府からの指令を受け、家を出ようとしていたヴォルクに、妻エミリアがヒステリックな声をあげる。
「元帥府からの命令だ。私事で拒否出来る訳無いだろうが!」
苛立ちを隠す事の無いヴォルクの返事が、エミリアの感情を更に逆撫でした。
「いつも『仕事』『仕事』、もういい加減にしてよ!!」
ライアット元帥から便利屋扱いされている自覚はあるが、民衆から頼りにされ、尊敬されている五英雄の筆頭として、任務を放り出す事は出来ないと忙殺された日々を送って来たヴォルクにとって、耳が痛いと同時に、苛立つ言葉が投げかけられる。
苛立ちの大半は、『お前が言うか?』という気持ちであるが。
『女性皇族の護衛隊長を務め、ロードが生まれて直ぐから、乳母に我が子を丸投げしていたお前が言う事か?』という気持ちが、ヴォルクの表情を更に険しくさせる。
とはいえ、それを今、口にしてしまうと全てが終わると分かっているので口には出せない。
「あなたは、あの子の父親でしょ! たった一人の息子が行方不明なのに、どうして平気で仕事なんか出来るの!?」
「平気な訳無いだろうが!!」
傍から見れば、これまで育児放棄していた夫婦が、今更どの口で子煩悩ぶった事を口にしているのか……
と、いったところである。
実際、使用人達は、口にこそしていないがそう思って聞いている。
ロードを捜索する為、長期休暇をほぼ無理矢理とって来たエミリアではあるが、使用人達からすれば、今更感が拭えない。
仕事と子育てで仕事を採ったから、子供に愛情が無い……と、いう訳では無いと頭で理解はしていても、実際に愛情を注いでいる場面を目にした事のある者は少ないからだ。
『父さん、魔法剣の威力を上げる魔法のコツについて教えて―――』
『すまん、ロード。忙しいから、また今度な』
『お父さんは五英雄の筆頭だから忙しいのよ。ロードも少しは自分で考えて努力なさい』
騎士学園への入学を控え、自身の魔法剣が父親に遠く及ばない事に悩む息子への返事さえ、こういったものだった。
いざ、ロードが行方不明となると態度を豹変させた二人があの時、ロードに魔法剣の指導を行っていれば、結果は違ったかもしれないと、大多数の使用人は思っていた。
ヴォルクなら、翼竜に襲撃されようとも生き残る事が出来たであろう……
その剣技をロードに指導していれば、ロードも行方不明とならずに済んだのではないか?
『たら』『れば』の話ではあるが、後悔先に立たずを地で行く現実の前では、考えずにいられないのが人間なのだから。
「もういいわ、貴方は仕事でも何でもして来たらいいじゃない。私は魔の森にロードを探しに行くわ! 怪我で動けないロードが待ってるかもしれないんだから!!」
「勝手にしろ! 俺は俺で街道沿いの街や村を探すつもりなんだよ。自分だけがロードの心配をしてるみたいに言うな!!」
既に絶望的な時間が過ぎているが、怪我や何らかの事情でロードが動けない、もしくは連絡する手段が無い等、ほんの僅かな希望に縋ってロードの無事を祈るエミリアからすれば、一緒に魔の森へ行こうとしないヴォルクの態度は許し難いものだった。
しかし、部下と共に、翼竜襲撃直後から魔の森を捜索していたヴォルクは、ロードが生き残っている場合、なんとか退避出来たは良いが、翼竜に襲撃され殺された仲間を見棄てた罪悪感から、人から隠れているのではと考えていた。
集まった遺体、遺品の中に、ロードの物と思わしき物は何一つ無く、残された遺体を見る限り、翼竜が人間を丸呑みしたとは考えれなかったからだ。
『ロードは必ず生きている』
想いの根拠となる部分は違えど、夫婦の想いは一致していた。
しかし、それをちゃんと言葉にしなければ相手に伝わる事は無く、そこから発した『すれ違い』が、夫婦の絆に楔を打ち込む事になるとは思いもしないで…………
――――スプートニク伯爵家
「ヴァン、ちゃんと打ち合わせ通りに話してるのか?」
「ランドこそ、変に口を滑らせないでよ」
高等騎士学園は翼竜の襲撃により、演習に参加した生徒のみならず、多数の教官を失った為、未だに休校が続いていた。
そんな学園の都合とは関係無く、ヴァンとランドに対する事情聴取は連日続けられていた。
予測出来ない天災の様な事件のために、自身が責任を負いたくない者達が責任逃れの口実を探すため、事件の全容を目の当たりにした唯一の存在である二人の発言を、自分達に不都合が無い方向へ誘導しようとしていたからである。
何度も、不特定な相手から同じ質問を受け続けている二人は、これが尋問の一種である事に気付いている。
貴族家の子息である二人からしてみれば、珍しくもない駆け引きの一つに過ぎない事情聴取ではあるが、今回は自分達が脛に傷を持つ身である為、慎重に打ち合わせをし、お互いの発言を確認しあっていた。
「ホント、しつこいよね。ロードの事ばかり何度目だよ」
「怪しまれている感じじゃ無いんだよな?」
「僕がそんなマヌケに見える?」
「今回は、金銭で解決出来ないから、慎重に警戒を重ねる必要があるって分かってるだろ? とにかく僕の足を引っ張るような事はしないでよね」
帝国五英雄の息子ロードの行方不明は、二人の予想以上の影響をみせている為、当初は、簡単に誤魔化せると踏んでいた二人も、少し対応を間違えれば自身の身に災難が降り掛かる事を認識し、お互いに責任を擦り付け合うようになっていた。
「僕は帰るよ、とにかく普段から発言には気をつけてよね」
「君こそ、直ぐに表情に出るんだから気をつけてくれよ」
イライラを募らせたヴァンが席を立ち捨て台詞を吐くが、揚げ足をとるようにランドが言い返す。
お互いに弱みを握った関係となる現状は、この二人の関係性にも罅を入れていた。
ロードを簡単に裏切った現実は、二人がお互いに疑心暗鬼に囚われる理由としては十分な事柄だった。
ロードが行方不明になっただけで、マイアール帝国内がこれだけ揺さ振られている事をカイトが知れば、こう言うであろう………
『マイアール帝国、ヴォルク、ザマァ……ウヒャハハハハハハハ!』
しかし、そんな事を知る由もないカイトは、今日も復讐を考えながら【異世界ヒャッハー】を楽しんでいるのだった。
お読み頂きありがとうございますm(_ _)m
今回は、第三者目線によるマイアール帝国内部でのアレコレでした。
子供の悩みを親が本当に理解しているなんて、現実でも僅かな事でしかない。
筆者の捻くれた経験、考えが基になっていますので、不愉快な方もいらっしゃるかもしれませんが、ご容赦下さいm(_ _)m




