序章 ロード=ベンズ1
「何を呆けている、さっさと起きんかぁ!」
『うるせぇ、このハゲッ!』
息も絶え絶えな状態で地面にへたばる俺に向って、ニヤニヤと下卑た顔でがなり立てる教官に、心の中で悪態をつきながら、プルプルと震える腕を立てなんとか立ち上がる。
マイアール帝国高等騎士学園―――
帝都の中心部から西に外れた場所にある、広大な敷地を誇る帝国騎士を養成する為だけに存在する学園。
身分を問わず、帝国に貢献する優秀な人材を育成する為に設立された学園…………だったはず?
設立の立派な理念も、時間の経過と共に形骸化……いや、劣化しているのが現状だ。
基礎魔力値が基準を満たす十二歳以上の子供に門戸を開くという部分は今も受け継がれているが、【身分を問わず】【全ての者に平等な機会を】という御題目は何処へやら。
俺が十二歳で入学してから、生徒達だけでは無く、学園の教官達からの扱いは……お察しだ。
十二歳〜十六歳迄、学園で基礎訓練、軍学、サバイバル技術を学んだ生徒達は卒業後、各配属先で二年間の研修期間を経て帝国騎士に任命される。
勿論、学園生の全てが騎士となれる訳ではない。
卒業までに、怪我で将来を諦める者、訓練の厳しさに耐えられず逃げる様に去っていく者、騎士爵よりも自由を求めて冒険者になる者、様々な理由は有るが、この学園を去る者は毎年一定数以上の割合で出てくる。
俺も『父さんみたいな帝国の騎士になって、帝国の人達を周辺の国家や魔物達から護るんだ』と希望を抱いて入学したが、この三年間で、現実に絶望している一人だ。
俺……ロード=ベンズの親父は、平民からの叩き上げながら帝国騎士団独立部隊隊長を拝命し、帝国五英雄などと呼ばれている騎士ヴォルク=ベンズである。
帝国騎士団独立部隊とはその名の通り、帝国騎士団の中でも遊撃隊としての役割を担う為、特定の拠点で任務に就く訳では無く、良く言えば遊撃隊……実態は帝国中を走り廻る何でも屋といったところだ。
そのため、俺は幼い頃から親父の顔を見る事も殆ど無く、その功績を他人から聞かされるばかりだった。
元平民とはいえ、騎士爵を持つ親父は屋敷と使用人を持つ貴族の端くれである為、俺は日常生活、教育等の面では不自由無く育って来たといえるだろう。
ただ、親父と顔を合わせる機会すら碌に無かった俺が、親父から何か教わる機会など有る訳も無く、剣や魔法について親父から教わった事など皆無と言っても過言では無い。
それでも、周りの人間は常に親父と俺を比べ……俺を評価しやがる。
『あれでもヴォルク卿の子息か?』
『やはり、平民の血か…………』
『甘やかされて育ったのだろう。あの家も一代限りだな(笑)』
『英雄の血を継いでいないのだろう。間近で英雄を観ている者が……あの程度とは』
偶に顔を合わせる親父ですら、
『ロード、お前は根性が足り無いんじゃないのか? 俺がお前の歳には、魔法剣でオーガくらい簡単に倒していたぞ。《誰かに教えて貰え無いから仕方無い》なんてのは只の言い訳だ。俺は魔法剣を自分一人で磨いたんだぞ?』
なんて、真顔で宣いやがる始末だ。
確かに、平民だった親父は誰かから剣、魔法について教わる機会も無かっただろうけど…………俺が努力して無いみたいな物言いをされるのは納得できねぇ。
そもそも、俺がどんな鍛錬をしているのかも知らねえだろうが!!
俺が何で行き詰まって、何を悩んでいるのかも知らねえくせに、勝手な事言ってんじゃねえ!!
相談しようとしても……碌に顔も見せねえ上に、偶に顔を合わせれば何も話を聞かず『根性が足り無い』だの『努力してるのか?』なんて吐かしやがって!!
そんな親父の言い草に同調する母さんも母さんだ!
あんた等がそんなだから、周りの眼もそうなってんだろうが!
『本当に…………もう少し、あの人を見習ってくれれば』
じゃ、ねえんだよ!!
母さんがそんな事言ってるから周りの奴等も、俺が努力もしないドラ息子って眼で観て来るんじゃねえか!!
あんたも帝国騎士団親衛隊なんて役職に就いてんだから、周りの人間は、あんたの言葉通りにしか解釈しねえんだよ!
夫婦揃って謙遜してるつもりかもしんないけど、それを言われる俺の気持ちを考えた事があんのか?
ガキの頃は自慢の両親だったけど、騎士学園に入って……
初めて、そんな事を言われてるって知った時の、俺の気持ちが分かるか!?
何かある度、
『エミリア様から、聞いてた通りの根性無しだな』
『少しは両親の事を見習え』
なんて……なんで他人から言われなきゃなんないんだ!
「ヴォルク卿とエミリア様の為にも、貴様の根性を…………この儂が叩き直してやる。ありがたく思え!」
粘着質なハゲが、あんた等の言葉を鵜呑みにして…………いや、言い訳に使って俺に絡んで来やがるじゃねえか!
昔、母さんに惚れてたって聞いたが、その粘着質な想いのはけ口にされてる俺の気分が分かるか?
そんな性格だから、騎士団にいたってのに結婚すら出来ねぇし、こんな左遷紛いの扱いを受けてんだよ!
親父譲りのこの黒髪が羨ましいのか?このハゲが!
学園の演習場をひたすら走らされる俺を観る同級生達の眼もムカつくだけだ。
蔑んだ眼、哀れんだ眼、興味の無い眼…………
共通しているのは、俺の事を自分達よりも下に見ているって事だ。
何で……
俺が何をしたってんだよ!!
希望を持って…………
みんなの希望といえる存在になって…………
親父みたいになりたくて…………
それが現在じゃ…………
『死ねば楽になれるのか?』
なんて、本気で考えてる始末じゃねえかよ………………