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ドラキュライブ! 百合ハーレム吸血鬼アイドル誕生夜話  作者: シロクマ
F面 終の章

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51/52

記〆、ドラキュライブ!

最終回です。

約二ヶ月間の連載にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

少々毎度の更新より長くなっておりますが、どうか最後までお楽しみください。

これにて本編完結ですが、後々あとがきとキャラクター紹介の更新を予定しております。

「今宵の大成功と音々の無事を祝して――乾杯じゃ! 宴じゃ! 酒池肉林じゃー!」


挿絵(By みてみん)


 神良の掲げた朱塗りの杯をぐるりと輪に囲んで、各々のグラスが掲げられる。

 高木邸のリビングに集った一同。音々、勝利、翼、長島、アクシア、光流、そして神良。といってもグラスにワインを注いでいるのは音々のみ、残る面々は炭酸ドリンク等であるが。


 テーブルには出前と作りおき、お菓子等とはいえ料理が一揃い。ハロウィンライブの流れにちなんで、申し訳程度にオレンジ色のジャックオーランタンに見立てたアレコレや蝙蝠の意匠がちらほら。

 神良はスイッチの切ってあるマイクを手に意気揚々と話す。


「我らは今夜を無事に乗り切って、世界もほんのちょっぴり救い、夢の舞台にも初めて立つことができたのじゃ! これもそなたらの助力あってのこと、感謝感激ひなあられじゃ! 今夜はこの五人で! パーッと盛り上がろうではないか!」


「神良ちゃん、おめでとー」


「私も今夜は外泊許可をもらってきました」


「一時はどうなるかと思ったけど、目立った怪我もなくてホッとしましたよ高木社長」


「え、ええ、神良のおかげでね。それはいいのだけど……


 ひとり浮かない表情の音々。

 神良が「どうしたのじゃ」とたずねると、音々は重苦しい雰囲気で一言。


「今回はずいぶんと、まわりに迷惑を振りまいてしまったわ。助けにきてくれたことはとても嬉しいけど、でも、そのせいで……」


「生きるか死ぬかの瀬戸際だったのじゃ。この場の誰も音々を恨みはせぬ、無論、ひめもじゃ」


 神良が促すと、勝利、翼、長島もそれぞれに落ち込む音々を励まそうとする。


「そうだよ音々先輩! だいじょーぶ! 幸い、わたしみたいに炎上騒ぎにもなってないんだし!」


「炎上を持ちネタにするのは自虐的ですが一種の芸能的成長として私も今回は見逃しましょう」


「成長をチェックされてる!? え、やだ怖いよ翼ちゃん……」


「このまま裏方に徹するのは逃げです。この飛田翼が許しません」


「ひえ……」


 たじろぐ勝利と厳しい翼。そのやりとりをよそに、マネージャーの長島も「社長に死なれたら全社員と所属タレント、関係各社だって困るんですよ! 売れるかもわかんない無名の色物新人アイドルのデビューとどっちが大切かなんて明々白々です!」と身も蓋もないことを言っている。


「糸衣よ、そなたの正直は美徳じゃ。しかし無名の色物というのは……ぐすん」


「あっははははは……」


 わざとらしく神良が泣き真似してみせると苦笑いする長島を相手に、音々が一転、牙をむく。


「長島! あなた私の神良をイジメるつもり!?」


「わー! パワハラ反対!!」


 社長と部下のじゃれあいを眺めて、神良もコロコロと鈴が鳴るように笑う。

 凡庸そうにみえて、長島糸衣には場を和ませたり元気づける力がある。神良は本来、その魅力に気づくことはないはずだった。


 人の輪が、広がっていく。

 ごく限られた間柄、例えば眷属がそうであるように、ほんの一握りの人間と接するだけでも過去の神良は精一杯であった。闇夜に生きるだけならば、親しき者など両手の指で事足りた。


 これから神良の日々に待つのは、電光に彩られた明るい夜だ。

 長島糸衣がそうであるように、神良を特別視してくれない者とも付き合いは増えていく。

 そうした今後のことを省みれば、長島、そして光流と伯爵から得られた神良の気づきは大きい。


「ところであの社長……、今夜は五人でパーティと言ってましたよね?」


「ええ、その予定だったわ」


 長島は指を折って、ひーふーみーと数える。長島自身、神良、音々、勝利、翼、光流、アクシア。


「七人ですけど!?」


「さしづめ七人の乙女じゃのう」


「白雪姫!? 時代劇!? や、そーじゃなくて、百歩譲って岩田さんはわかるんですけど!」


 名指しされて、一心不乱にフライドチキンを食い千切っていた光流が「ん?」と振り返る。

 光流は会話に参加する素振りもみせず、神良を除いて四人分しかないパーティー料理をもう半分は食い荒らしているのだから「害獣」と翼が日頃よく呼ぶ理由がなんとなくわかる。


 もっとも神良にしてみれば“あの姿”を見てしまった以上、今はただ穏便に過ごしたい。食い物を漁る野生動物がそのまま立ち去ってくれることを願うような心地だ。

 さしもの神良とて、『日本列島縦断剣』はごめんこうむる。


「長島、光流はこれでも命の恩人なのよ。私と、それに日本中のたくさんの人達の。いっしょに料理を楽しむ権利くらいあるはずよ」


「あ、ちょ、私のエビフライが全滅!? 十二匹のエビフライがたったひとりに!?」


「もごごもご(食べる?)」


挿絵(By みてみん)


 エビフライを尻尾側から口にくわえたまま光流はぐいっと長島に急接近して、迫る。

 噂に聞く、両端から食べるアレか。

 チョコレート菓子が定番だと聞くが、エビフライでやるのは初めてみる。


「な、なに考えているんですか、もう!」


「ふぁへひゃい?(食べない?)」


「た……」ごくりと息を呑んで「食べます」そう答えて、長島は恥じらいつつも反対側からサクサクとエビフライを食む。前髪を、邪魔にならないよう手で抑えつつ。


「ほほう、これはよい余興じゃなぁ! よいぞよいぞ! ほれ、最後まで食べてみせい!」


「あわわわわ……! え、え、あのふたりってそうなの翼ちゃん!?」


「単なるバカふたりです」


 そしていよいよ油に濡れて艷やかな唇と唇が触れようという時が訪れる。

 いかな結末が待ち受けるかと神良がドキドキワクワクしていると、最後は「ちゅるっ」とエビを吸引して長島が食べきってしまった。


「セーフ、セーフです! どんなもんだい!」


 どやっとなぜか勝ち誇る長島に対して、光流は尻尾を噛み砕きながら楽しげに笑う。


「あっはっはっ! いい食べっぷりじゃん! いいよねー長島さん、僕やっぱ大好き!」


 ごまかし笑いをしていた長島が、鉄砲で撃たれたように面食らう。

 すこし遅れて、かぁ……とわかりやすく頬を赤らめる長島の様子を、神良は脈アリとみた。


「わ、わたし料理の追加を買ってきますので!」


 脱兎のごとく理由をつけて逃げようとする長島の後を、「じゃあ僕もー」と光流はついていこうとする素振りをみせるので理由を問うと、彼女は何食わぬ顔して答える。


「はー? んなもん、夜更けにひとりで行かせるのは危ないからに決まってんじゃん」


「え、いや、わたし大人ですし」


「君はかわいいんだから気をつけろよ、てってんだよバーカ」


「んな……」


 狙った獲物は逃さない、まさに貪狼。

 そして光流は末恐ろしいことに、それが単なる“勘違いさせがち”な何気ない一言なのか、それとも本心を偽装した好意の照れ隠しなのか、そのポーカーフェイスぶりで神良に読み取らせない。


「あ、あなたもその、かわいい女の子……だとおもうんですけど」


「そう! 僕ってば日本一かわいいんだよねー! ってのは、翼の前だと説得力ゼロかな」


 お前には負けてないけどな、とでも言いたげに光流は神良をちら見して。


「ま、日本一サイキョーな僕がついてってあげるんだから安心だろ?」


「は、はぁ……そ、それじゃあおねがいします」


 と渋々ながら、長島は光流とふたりで買い出しに赴く。

 見送って、自動車が屋敷を離れていく音が聴こえたところで神良はぽそりとこぼす。


「そなたら、送り狼という言葉を知っておるか?」


 三者三様、音々勝利翼は各々ごにょごにょと言葉を濁す。


『オクリオオカミ。やさしいふりしてつきそい、とちゅうで、らんぼうするキケンなおとこのこと』


 そこですかさず、アクシアが淡々と辞書通りに回答する。

 ここで改めて、三眷属(翼は儀式がまだながら)はアクシアを一斉に凝視する。


挿絵(By みてみん)


 ――なぜ彼女がここに居るのか、じつは神良もわかっていない。乾杯の時にいつのまにか紛れ込んでいたのだ。神出鬼没はアクシアの専売特許とはいえ、考えられる動機はひとつか。

 アクシアは小首を傾げて「おとこ? ひかる、おとこのこ? アクシア、未確認」と不思議がる。


「かかか! 神良ちゃん! なんで幽霊さんがここに!?」


「よく見てください勝利さん、首筋に【鳥の眷属刻印】があるようです。つまり彼女は……」


「四人目の眷属!? ど、どういうことなの神良! いえ、神良様!」


 今更に大騒ぎする勝利と音々をなだめて、神良はなんと説明したものかと考え込む。

 当事者のアクシアと冷静沈着な翼はおとなしいが、しかし神良のことをじっと見てくる。


「この眷属契約は、伯爵を討ち果たすために必要不可欠だったのじゃ」


「それは、どういう……?」


「あの時、伯爵は遥か彼方の地、東欧へと逃げ帰った。すぐさま追いかけることが可能な手段はたったひとつ。アクシアに“強制眷属契約”を結ばせて、どこにでも神出鬼没のアクシアを通じてひめは死亡転移……デスワープという勝利のひらめきを実行する他になかったのじゃ。ゆえに、伯爵に加勢する“演技”をして、アクシアの心につけいる隙きを作っておいたひめは――」


 その行為を思い出して、神良は少々、後ろめたさに襲われる。

 必要に迫られていたとはいえ、神良は、禁忌を犯さざるをえなかったのだから。


「アクシアの心を、支配した。洗脳、催眠……。有無を言わさず、意識を奪っておいて無理やりに眷属刻印を刻んだのじゃ。つまりは――ひめは、こやつを単なる道具として利用したのじゃよ」


 自己嫌悪だ。

 この点において、神良は“興味のないもの”を踏みにじる伯爵と同質の悪と成り果てていた。


「アクシアには自由を与えることはできぬ。ひめの支配下にあることが光流の示したアクシアの“生存条件”じゃ。今後こやつはひめの飼い育てる、籠の中の鳥じゃ」


「ちゅんちゅん。アクシア、とり、好き」


 重苦しい気分になる神良をよそに、当のアクシアはどこ吹く風だ。かえって罪悪感をおぼえる。

 神良の一連の説明に気になる点があったのか、音々はこちらを一心に見つめてくる。


挿絵(By みてみん)


「じゃあ神良様、あの時、私のことを“グズネコ”と罵ったり冷たく接したりしたのは……」


「……すまぬ。本当にすまぬ! ひめなりに悪のカリスマを演じようと必死で、つい!」


 神良は床に手をつき座った上で、深々と頭を下げた。

 素直に謝るときは謝る方とはいえ、気位が高いので、ここまで謝罪の意を表すことは滅多にない。


「神良様、顔を上げてください。急にあんなこと言われたって、真に受ける訳ないじゃないですか。最初っから私、なにかお考えあってのことだと信じてましたから」


「しかし、考えつく限りの罵倒を浴びせたのは事実で……」


「かみら、サイテー。ウソつき」


 音々ではなくアクシアに責められる中、ゆっくりと神良は面を上げて正面を向いた。


「どうかお気になさらず。それに、その、神良様、私はむしろですね……」


 意外なことに、音々はなんだか照れくさそうに微笑み、恥じらって視線をそらしていた。


「神良様に罵られて、なんだか、思い返すとゾクゾクしちゃって……」


「え」


「ちょっと“目覚めちゃった”かも」


「えと」


「だから許してあげます。今度お戯れになってくださる時、音々のことをイジメてくれたら……」


 音々の色艶に濡れた表情に、色欲に、神良こそゾクリと背筋を震わせて感じ入ってしまった。

 被虐の愉悦に甘く蕩ける素質を音々はこれまでも垣間見せてきたが、ちょっと神良の想像を軽々と越えてきてしまった。しかも才能を開花させてしまったのは神良なのだから責任がある。


(め、めちゃくちゃエロい空気になってしまっているのじゃが――!)


挿絵(By みてみん)


 ちらと勝利や翼、アクシアの反応を神良は確かめる。三者三様だ。

 勝利は「あわわわわ……! ま、まぞひずむ……!」と驚きつつ、どこか羨ましそうな目つき。

 翼は「私と演技力を磨いた甲斐がありましたね」と逆に褒める。皮肉りつつ師匠面してくる。

 アクシアは「ねねしゃん、へんたい?」と幼いゆえにどストレートな感想を投げつけてくる。

 どうも助け舟はなさそうだとみて、神良は観念して宣誓する。


「――わ、わかった! ひめ、勉強する! 次はちゃんとやるから! 悪のカリスマプレイ!」


「ふふっ。そんなところも大好きですよ、神良様」


「んなぁー! 大好きの使いどころはもっと他にあるであろう! このマゾ猫が!」


「まだ恥じらいが強すぎます! 歌手デビューの次は俳優デビューが待っているのよ、神良様!」


「かような演技がいつ役立つのじゃ色ボケドアホウ!?」


「あっ、今のちょっと良いかも……」


「まったく、大人はバカばかりですか」


「たかぎねね、へんたい」


「でも神良ちゃんになら、ちょっとソレもいいかも……」


 気づけば、憂鬱な空気はどこへやら。パーティー会場には笑顔が戻っていた。

 くだらない。

 けれど、愛おしい。


 神良がついひとりで暗く思い悩んでしまいがちなことを、彼女らはあっさりと蹴散らしていく。

 パワフルで明るくて、まぶしい輝きに満ちている。

 このぬくもりに恋い焦がれてやまないのが神良という人馴れした吸血鬼の本質なのだと信じたい。


「かみらママ、にやにや。へんなの」


「……ん?」


「い、今、神良様のことをママって言ったわよね、アクシア……!」


 わなわな震える音々、突然の衝撃に凍りつくを気にもとめず、アクシアは淡々と自己認識を述べた。


「うん、かみらママ。ほごしゃだもん。血のつながりもある」


「物は言いようすぎぬか!?」


「神良ちゃんが、お母さん……!?」


「小学生アイドル吸血鬼にせいぜい七、八歳の娘は設定と絵面に無理がありすぎませんか?」


 大騒ぎになる中、アクシアはまっすぐに神良を見つめてくる。

 元より吸血鬼、優美さや可憐さは言うまでもない。あえていえば、同族嫌悪に近いものがあって、吸血対象にそぐわぬこともある。アクシアは、神良には本来あまり魅力的といえない。音々や勝利のように人間味があって、血が美味しくて、自分にはない豊満さがあると好みなのだが――。


 愛娘だといわれると途端に、神良と“似ている”というマイナスポイントが反転する。


「おねがい。認知、して」


 認知。

 産んだはずのない童女に、出逢って半日とせず認知を迫られている。


(ひめが、母親……?)


 全力で否定したいところだが、しかし支配下において保護観察するところまでは神良が自ら言い出したことだ。そうせねば、光流は危険分子であるアクシアを容赦なく始末するつもりだった。

 アクシアは幼い。善悪の判別も曖昧で、まさにこどもだ。

 そして悪しきにせよ事実上の親である伯爵を殺めてしまった責任が神良にはある。


「ひめが、だれかの親になれるとでも……? そうすべき責任はある、しかし左様な資格など――」


「責任、とって」


 アクシアはほんのり、むっとした表情をしてくる。これがまた困ったことに愛くるしく見えてくる。

 神良は自分一人で決心がつかず、「うーむ」と唸っていると勝利が「あのね」と切り出す。


「家族のカタチを、きっと神良ちゃん、“ごく普通の家庭”を思い浮かべているんだよね?」


「……それはあるのじゃ」


 神良は長い年月を生きてきた。幾度となく、人間の家庭というものを遠巻きに眺めてきた。

 最後に深く接したのは、音々の祖母である小春が高木家へ嫁いでいってしまった先でのこと。あの頃、心の底から愛した女の幸福を願って、神良は身を引いた。


 小春の伴侶は良き人だった。小春は良妻賢母に努め、家庭を支えて、やがて音々の母親をはじめとする何人かの子宝にも恵まれた。友人と眷属としての交友はつづき、赤子をあやしたこともあるが、神良は子育てなど自分には到底無理だと悟った。


 神良が長き眠りについた頃にはもう、すっかり小春は高木家のお母さんになっていた。

 六十年後、現代に神良が目覚めた今、小春は見かけこそまだ年若くとも音々や他の孫にも恵まれたおばあちゃんになっていた。

 あの頃、もしも小春のことを引き止めていたら今の彼女の幸福はなかったはずだ。

 ごく普通の家庭、ごく普通の幸福。

 神良には、吸血鬼には、それをもたらすことができないと二百七十一年の歳月が告げてくる。


「そなたらは皆、人間じゃ。ひめは吸血鬼じゃ。アクシアに至っては吸血鬼ですらない、未知の仮想吸血鬼ときておる。今更、闇夜に生きるひめに人の親の真似事など――」


「神良様……」


 音々は一番神良の事情を知っている。家庭を省みなかった母親、神良をあきらめた祖母。三代に渡るしがらみは神良に近しく、ごく普通の家庭と縁遠いという点では同じ悩みを共有していた。


 勝利は音楽のために家出して上京を。

 翼は恵まれた家庭環境にありつつも親離れしようと芸能活動に打ち込んできた。

 今更に考えてみれば、それぞれに事情がある面々だ。


「吸血鬼の生態は知りませんが、今時、“ごく普通の家庭”なんて概念は古いですよ。江戸時代生まれの神良と違って、私の通う小学校では多様な家庭の在り方があると教えています。子役として、色んな設定の家族を演じてきた私にはさしたる問題には見えませんね」


「ははっ、翼はすごいのう。本当に、ひめの師匠じゃな」


「……ごまかしはいらないです。私は、自分が本当にそうすべきと思ったことはやる他ないと言っているんです。そしてイヤならきっぱり断る方が、お互いのためです」


 翼はあくまで決断を神良に求めてくる。最年少だからこそ、アクシアの側に立ってもいる。


「ね、アクシアちゃん」


「なに? ましゃり」


 勝利はアクシアへ問いかける。ソファーを立って、正面にまわってしゃがみ、目線をあわせて。


「神良ちゃんと親子になるのもいいけど、本当に、それがアクシアちゃんの一番のおねがいなの?」


「……? どういうこと?」


「だって、ふたりとも“仕方なく”親子になるかならないか、なんて悩んでるんだもの。そんなの、つまんないよ。せっかくだもん。どっちにしたって、望んで好きに選ぼうよ」


「スキに……」


 勝利の問いかけは同時に、アクシアだけでなく神良にも届けられた気がした。


「ね、大事なことはスキキライで決めちゃおうよ」


 勝利はこうした時、本当に思いがけない発想とまばゆい表情をする。神良は改めて惚れ直した。

 アクシアは考える素振りをみせ、沈黙する。周囲はじっと待ってあげた。


「はくしゃくさまをころしたの、キライ。かみらのきらきら、スキ。ねねしゃんにひどいことしたの、キライ。わるいきゅうけつき、キライ。のじゃのじゃうるさいの、ダイキライ」


(待て、そこ嫌われておったのか――!?)


「うたってるの、スキ。きらきらしてた。やさしいの、スキ。演じてるの、キライ。こわい。ふるくさいふく、キライ。のじゃのじゃ、キライ」


(二度も!? え、すごい傷つくのじゃが……)


「かっこいいの、スキ。かわいいの、スキ。土下座してくれるの、スキ。あと、えーと」


 アクシアはもたもたと考えついたそばからいくつもいくつも「スキ」「キライ」を繰り返す。まるで花占いのような調子だ。

 そして最終的に、かなり好き放題に言ってのけ、三度目の「のじゃキライ」が出たところで。

 アクシアなりの結論として「けっこうキライ、わりとスキ」と言い出した。


「なんじゃ、そのあいまいな感じは……それでは何も決まらぬではないか」


「そーでもない、きめた」


 音々勝利翼の見守る中、アクシアはたどたどしくもはっきりと言ってのけた。


「アクシア、神良ママと“体験版”やる」


「……たいけんばん?」


「お試しプレイってことよ神良様。ふーん、即断即決じゃなくて先延ばしだなんて、ゼロとイチだけじゃない人間くさい選択をするのね、アクシアって」


「神良ちゃんママ(仮)ができちゃった……」


「ぬ、ぬう。うまく丸め込まれた気がするが、しかしそれならよいか……」


 神良が納得したところで不意にアクシアが最接近、そしてほっぺにかわいげのあるキスをした。

 何食わぬ顔で、さも当然の権利のように。


「かみらママ、ちょいスキ」


「ちょい!? いや待てなぜキスしたのじゃ今!」


「おやこのふれあい」


 そう言い切って、アクシアはべったりコアラのように抱きついてまた神良にキスをする。

 なんだかんだ“体験版”とはいえ親子になれてアクシアは嬉しいのか。甘え上手なところはデータとして神良の血を継いでいるのか。べたべたと鬱陶しい小娘のようでいて、愛情に飢えて心細い内心は同じ吸血鬼として理解しうるところではあり、魔性の魅惑を秘めた少女である。

 神良には通じないはずではあるが、金色の無垢な瞳にまっすぐ見つめられるのは誘惑が強い。


「ええい、やられっぱなしは好かぬのじゃ!」


 神良は仕返しに、アクシアのおでこに親愛のキスをしてやる。

 すると意外なことに、いつでも淡々とローテンションなアクシアが少々といわず驚いて、やや遅れて、今まで見せたこともないような恥じらいに満ちたほの赤い顔で、瞳を泳がせたではないか。


「あ、あ……」


(こやつ、攻められるのは慣れておらぬのか……?)


「かみら、キライ」


 ぷい、とそっぽをむくアクシア。しかしくっついたまま神良から離れるわけでもなく。

 冷静に考えれば、アクシアは神良の支配下にある。アクシアからの魅了は通じないが、逆は直撃だ。そして他の眷属より精神が幼い分、神良の魅力が否応なく通じる。


 これは危うい。もし神良が本気になってしまえば、仮初の親子愛を本物かのように上書きすることも容易く、だからこそアクシア本来の心を大事にせねばならないと強く意識することにする。


「キライだけど、もっとシて。かみらママ……」


 アクシアはあどけない顔立ちにそぐわぬ、恍惚として艶めいた表情をしていた。

 金色の瞳を妖しく輝かせ、アクシアの腕がするりと神良の首にまわる。


「お、親子はどこまで許されるのじゃ……!? ひめ知らぬのじゃが!?」


「おっぱい吸われる程度は覚悟すべきですね、母親でしたら」


「翼あなたねぇ! ダメよ神良様! アクシアも離れなさいこの泥棒ネコ!」


「わー! 音々先輩もストップ! ケンカはダメだよ!」


 ふかーっとケモノミミを生やして暴れそうになる音々を、勝利がなんとか食い止める。

 そして神良とアクシアを切り離すように翼がするりと間に割って入る。


「アクシア、物事には順序があります。神良と親子になるにしても、あなたは四番目の眷属でもあるわけですから。この神良の百合ハーレムに留まりたければ私達のことも考えてください」


「つばしゃ、きびしー」


 事実上そうといえるが、妙に軽薄な百合ハーレムという表現に神良は眉根をしかめる。

 爛れた関係にあるのは音々ひとりで、あとはまだ本気のキスもままならないというのにおおさげだ。


「……返事は?」


「わかった」


「よろしい」


 翼の眼力に気圧されてか、すんなりアクシアがおとなしく従う。今この瞬間に、翼はアクシアと自分の序列をきっちり白黒つけてしまったのだからまだ小学生のクセに末恐ろしい。

 そして吸血鬼の神良すらビビるような鋭い眼光で、翼は睨んでくる。


挿絵(By みてみん)


「眷属契約、私まだしてません。三番目は私でいいんですよね?」


「な! いや、それはその、お互いをよく知ってからと長島や光流と約束を……」


「今、シてください」


 翼は――。

 国民的アイドルとして今宵、無名の新人アイドルである神良のアクシデントを見事に補い、最後まで舞台上で待ち続けてくれていた翼は、もうお互いをよく知らぬ仲だとは言えないだろう。

 順序を守っていないのはまさに、先にアクシアへ契約の刻印を授けてしまった神良の方だ。


「……そなたに授けるつもりだった【鳥の眷属刻印】はアクシアに与えてしまった。こやつには少々、狼は似合わぬと思えて。すまぬ」


「べつに【狼】でもいいですよ。この名前も、天使だって言われることも気に入ってはいますけど」


 翼は美しい。凛々しくて、賢い。

 神良の好み等という個人的嗜好がどうでもよくなるほどに、決定的に美少女だ。吸血鬼という例外を除けば、翼に勝るものは日本に百人といないだろう。それは容姿のみではなくて、築き上げてきた経験とイメージの産物でもある。


 国民的キッズアイドルの翼に迫られて、憧れの象徴に求められて、神良に拒める理由はなかった。

 あえて言うならば、憧れるあまりに少々気後れする点とまだ少々幼いという点くらいだ。


「しかし、そなたに【狼】が似合うであろうか……?」


「選ばれた役は全力で演じる。それが私、飛田翼です。イメチェンは芸の幅を広げるきっかけになりそうですし、それに――狼はキライじゃないです」


「それは、すこし妬いてしまうのじゃ」


 ソファーに背を預けて、翼が待つ。神良はひざまずいて、顔を、スカートの下へ潜り込ませる。


(皆に見られながらというのは、いささか倒錯めいておるのじゃ……)


 音々が、勝利が、アクシアが。

 固唾を呑んで、これからはじまる甘美なる儀式を見守っている。

 それぞれの心中は察するに余りある。各々が、異なるカタチで神良の寵愛を求めてやまないとはわかっている。日時を改めて、必ずや、薫陶を授けてやらねば酷というものだろう。

 しかし今一番に考えるべきは、翼のはじめてだ。


「……そなたも緊張するのじゃな」


「慣れて、ませんから」


「ひめの顔は見える方がよさそうじゃな」


「え?! ちょ、待っ! い、いえ、どうぞ……!」


 スカートを下ろそうとすれば、翼は不意のことに大慌てするが観念した。いつも冷静沈着という感じの翼とはいえ、音々や勝利にまで見られながら神良に脱がされるのは例外だ。

 ライブを終えて、汗だくになっていた翼は高木邸で念入りに入浴してから今に至るのだが、その素肌を神良が嗅ぐ分にはソープの薫りでは新たな汗の匂いまでは隠しきれていなかった。無論、歌唱と舞踊による爽やかな汗とは趣が異なるものだ。


 露わになった太ももは瑞々しく、見かけの印象に反して、ほんの少し締まっている。うっすらとした年相応の皮下脂肪と、ダンスレッスン等で適度についた筋肉からなる健康的なふとももは、疲労から少しだけ強張っていた。


「愛いのう、素敵な脚じゃ」


「あ、うう、なんで頬ずりしてるんですか……!」


「興奮しておるからじゃよ。ひめとて、そなたを欲してやまぬのじゃ」


 神良は上目遣いで、愛嬌たっぷりに妖艶さを意識して見上げる。演じて、魅せる。

 ぞくぞくと翼が抗えない刺激に打ち震えるさまがじつに面白い。いかに天才子役といえど、大人をバカにしようとも、所詮は色を知らぬ生娘だということをじっくりと理解させてやるのは愉悦だ。

 時おり、視界の端でもじもじと身悶える音々や、「わぁ……」と感嘆を漏らす勝利の声が聴こえる。


「つばしゃ、かわいい」


 怖いもの知らずのアクシアはソファーの背もたれ側から直に、翼の顔を覗き込んでいる。


「は、恥ずかしいんですけど……」


「アクシア、もっとしりたい。ダメ、かみらママ?」


「もうちっと離れて、手を握ってやってくれ。やさしくな。勝利、そなたもじゃ」


「あ、うん……! 大丈夫だよ翼ちゃん、最初は痛いけど、すぐにすぅーって引き潮みたいに気持ちよくなってくの。その、いっしょでも平気……?」


「今ここでシてと言ったのは私ですから……ひゃっ!」


 ちろっと内ももに舌を這わせると釣りたての鮮魚みたいに翼はびくっと跳ねた。


「ちっちゃかった翼が、あんなに乱れて……」


「音々、そなたは“撮影”を頼む」


「神良様、あなたって人は……。仕方ないです、私も、翼の成長記録は残しておきたいですし、翼は“観られると興奮するタイプ”ですから」


 音々は立派なビデオカメラを引っ張り出してくる。翼は「ウソでしょ!?」「正気なの!?」と最初は抵抗を示すが、神良に「素直になってみよ」等と吹き込まれると、やがて渋々と「……いいですよ、もう。でも流出は絶対ダメですからね」と折れて、覚悟を決める。

 直感的に、これが飛田翼にとって一番“感じる”スパイスだと閃いた神良の発想は正しそうだ。


「ひめに身も心もゆだねよ。高貴なる者の薫陶を受け、寵愛を知るのじゃ」


「……大仰なセリフまわしですね」


「嫌いかや?」


「古めかしくキザったらしいですけど貴方になら似合ってますよ、神良様」


 期待と不安のないまぜになった翼の笑顔を、白牙の与える強烈な痛み、そして甘美さが歪める。

 はじめての吸血に、翼は悲鳴をあげた。


 一瞬、力加減を間違えたかと神良は不安になるが、やがてそれは翼の“演技”だと理解した。

 積極的に吸血というはじめてを楽しむために、翼なりに、悲鳴や嬌声、痛がったり甘い声を漏らしたり、そういう一挙一動をギリギリのところで理性的にコントロールしているのだ。


 吸血という激しい快楽に身をゆだねつつ、この瞬間を共有する皆を楽しませようという心意気でもって、翼の思い描く初体験を演じていた。

 演じるとは、ウソと同義ではない。ホントのことをより魅力的に演じることだってできる。


(ひめを夢中にさせようと、こうまで必死になってくれるとはな……)


 ライブと入浴の直後もあって、翼の若き血はこころなしかとびきりに熱く、甘美さに一抹のピリ辛さに近いアクセントがある。

 その心は晴れやかにみえて、音々や勝利とはまた違った暗澹さを秘めている。コク深い心の闇の深さは、初めて出会った時から想像していた以上に、神良を満足させるものがあった。


 そして刻みつけられる、狼の眷属刻印。ついに四つの眷属刻印が揃ったという感慨など、翼との最高のはじめてに比べればどうでもよいことだった。


「はぁ、はぁ……神良様、私、まだ」


 翼は、アクシアにいいこいいこと撫でられて、勝利の手をぎゅっと強く握って、音々の向けるビデオカメラに録画される中、神良にもうひとつの初めてをねだった。


「ごほうびのキス、してもらってない、です……」


「くふふっ。なるほど、はらぺこおおかみも存外、そなたに似合いそうじゃな」


 そしてふたりは大人のキスを交わした。

 神良は丁寧に、時には手荒に翼と戯れて時を過ごす――。


 いや、音々や勝利、アクシアも最後まで黙って見るに徹するべくもなく、か。

 そこは想像力を働かせていただきたい。


 吸血鬼神良と四眷属の愛の交わりの仔細については絶筆する。

 華々しき吸血鬼の生活ドラキュライブは、かくて続くのである。



                            ――〆――

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