記F12.ヴァンピール リザレクション
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今宵『HALF MOONハロウィンライブ』の会場は大熱狂の渦中にあった。
大手音楽会社の主催する一大イベントは五万人の収容人数を誇るドームを満席にするだけでなく、生配信の接続数も活況であった。
有名アーティストが多数出演する中、飛田翼もまたその名に恥じぬ喝采を浴びている。――そのさまを、山口勝利は配信動画越しに確認しつつ、楽屋でじっと待機していた。
時刻はまもなく7時45分、神良に与えられた出演時間の十五分間がとうとうやってきた。
「まだかな、神良ちゃん……」
ライブ中継の画面上では、あたかも本来の予定通りだと装って、飛田翼の四曲目がはじまった。
事前に打ち合わせ済みとはいえ、何食わぬ顔してアクシデントに対処する翼はすごい。他の出演者やスタッフの対応も見事だ。
全員が、ライブを成功させるという一つの目的のために自分の役割に全力であたっている。
そして勝利の役目は、この楽屋で、神良を信じて待つことだった。
「……音々さん、きっと無事だよね」
二重の不安と恐怖によって、勝利は今まさに押し潰されそうな心地だった。
最悪の結果――、音々の救出に失敗するということだって考えられるはずだ。
けれど翼は「神良と光流おねえさん、ふたりいっしょなら絶対に負けません」と言い切って、ステージへ上がっていった。
心配の欠片も見せない可憐なパフォーマンスを披露する翼が、勝利には心底まばゆく見える。
絶対の自信。無我の境地。
最高のステージをやり遂げることに全身全霊を捧げ、余計な感情の揺らぎを切り捨てている。
この集中力を持ちながらに、翼は「私は本物じゃない」と自分を冷笑する。
音楽アーティストとしては“偽物”だからこそ、本物そっくりに演じることが翼のこだわり。
翼は今、アイドル歌手を演じる役者なのだ。
そのイミテーションジュエルの輝きを、翼をして「本物」の原石のはずの勝利が見守る――。
(いつか、勇気を取り戻したら――)
神良はきっと帰ってくる。
己の夢を叶えるために、そして、勝利の夢を取り戻すために。
シンデレラは舞踏会へやってくる。必ずや、絶対に。
十二時を告げる鐘が鳴る、その前に――。
(怖くない、怖くない……。怖くない!)
勝利は祈る。信じて祈る。
このまま終わってしまうのではないかという恐怖に抗い、閉じゆく時間の闇に光明を探す。
やがて四曲目が終わりかけた頃、待ち望んでいた光輝が到来する。
【鼠の眷属刻印】が、光る。
「きた、神良ちゃん来た!?」
勝利のスカートがふわっと膨らみ、内側から透ける妖光に溢れていく。
見えない“道”を辿り、死の向こう側より吸血鬼は蘇る――。
「ひめ、復活!!」
ちまっと。
ちいさな妖精のように舞い踊りながら、ちまっこい神良がスカートの外へ躍り出てくる。
劇的な再会によろこんで、勝利は無我夢中でぎゅっとぬいぐるみのように神良を胸に埋めた。
「神良ちゃんっ! 音々さんは!?」
「万事解決! 無事救助! ちゃんと伯爵の野望に終止符を打ってきたのじゃ! 勝利よ、そなたのアイディアがなくば、東欧まで行って帰ってくることはできなんだ! でかしたぞ!」
「東欧!? どんな大冒険してきたの、神良ちゃんってば!」
しかし事は一刻を争う。
報告も悠長にする間もなく、ちっちゃな神良に手首を差し出して、勝利は吸血をさせる。
「なんとか、一曲はいけるかな。でもまさか本当にデスワープで帰ってくるなんて……」
デスワープ。
ゲーム等で用いるテクニックの一種で、操作キャラクターをあえて死亡させることで復活地点に“転移”する移動手段だ。任意の眷属刻印をリスポーン地点に指定して復活できる神良の性質を利用した、まさに裏技といえる芸当である。
どこまで遠くに赴いたとしても勝利がライブ会場で待機していれば、神良はわざと死ぬことでいつでも帰還できる。神良にとって貴重な命の残数を減らすことになるが、それでもなお必要だと判断して実行に踏み切ったのだろう。
どうやって東ヨーロッパまで移動したかは勝利にはまだわからないが、おそらく、デスワープの応用をひらめき、都合二回以上の死亡による転移をやってのけたのだろう。
復活できるといっても、きっと死ぬことには苦痛が伴う。それでも急いで帰ってきてくれたのだ。
「うむ、完全復活じゃ!」
「早く着替えて! 今のうちに通知するね!」
カーレースのピットインが如く、吸血して元の大きさに戻った神良を衣装や楽器といった諸々あわただしく準備させつつ、スタッフに連絡を入れて翼にも情報伝達、準備にかかる。
本来15分間あったデビューライブは一曲と挨拶まじえて5分ちょい。
それでも、神良はようやく、アイドルとして晴れの舞台に立つことができる――。
鏡に映らない吸血鬼の身だしなみを最後に少々整えて、勝利はあわただしく背中を押した。
「さ! 行っておいで! 神良ちゃん!」
「おっと、忘れ物じゃ」
勝利の唇にちゅっと、神良は行ってきますのキスをする。
そして電光石火の勢いで、ステージへと黒翼を羽ばたかせて神良は幽体飛行する。
「――どさまぎに、サれちゃった」
楽屋にひとり置き去りにされた勝利は、今は落ち着いて関係者席へと向かうことにする。
道すがら、唇を、そっと撫でてみる。
幾度となく神良との濃密な吸血という行為を経験してきた勝利のことである。時々、ほっぺやおでこに愛情表現として神良にキスされることはあって、それは決まって、吸血の延長線上のことで。
神良だって、きっとこれから初舞台に立つという昂揚感に舞い上がって、それに時間にも迫れていたのだから無意識に近いか、その事実を失念してのとっさの行動だろう。
「キス、はじめての、だよね、今の……」
じっくり考えてみて、勝利は、今のキスを半分だけ無かったことにすることにした。
芸能活動を通して、神良は勝利へ人と関わる勇気、夢を諦めない勇気を伝えようとしている。
怖がり屋さんのまま、受け身になって奪われたキスだけでは勝利は納得できそうにない。
「――うん、本当のはじめてはこれからだもん」
いつか、夢の舞台でふたりいっしょに音楽を奏でる日が訪れた時に。
勝利の勇気が大爆発したその時に、自分からキスをしよう。
「それが本当のはじめての、でもいいよね」
これから大事なファーストライブがはじまる。
これから大事な初恋もまたはじまるのかもしれない。
恐怖と勇気。友情と恋情。
どっちつかずの勝利はまだまだ、悩み多き乙女であった。
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