記F10.マカミの伝説 スゴイウルフソード
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光流の強襲は神良のピンチを救ってくれる嬉しい誤算だった。
明瞭に、個として最強の光流は、伯爵とアクシアには対処しようのない存在なようだ。
人狼一体の大口真神と化した光流には真っ向勝負など挑むべくもない。元より、伯爵はこの本気を出した神良に敗れ去った結果、肉体を失ってしまったのだ。
アクシアの分体が消滅したことによって正気を取り戻した人々がざわつきはじめる。
ハロウィンの雑踏の中、まるで救急車でも通るかのように無意識下で人波が二つに割れて、巨大な怪物、光流の通り道を作る。
のっしのしと逞しい前脚でアスファルト舗装の地面を踏みしめて、ウルフタウロスとでもいうべき異形の光流は、大熊のように高い目線から伯爵アクシアと神良を見下ろした。
伯爵は気圧されつつ毅然と凄むが、童女の姿のせいもあって迫力に欠ける。
「な、なぜここがわかったのだ、貴様! 魔力は最小限に絞って隠していたはず……」
「そうじゃ! 我も霊的痕跡は残しておらぬ!」
神良は内通を疑われぬよう、そして本心から理由がわからず叫んだ。
すると光流は前脚と片手を「はー? お前らバカなの?」とひらひらさせ軽薄に笑った。
「さてはスマホのGPS機能しらないな?」
「なに」
「それ」
「ばーかばーか! アクシアでも知ってること知らないでやんの!」
「ジーピーエス。全地球測位システム。GPS衛星と受信機の電子通信による位置の測定技術」
自動車に残っていたアクシアが機械的に概要を読み上げる。
伯爵、それに神良も驚愕する他なかった。
「この六十年の間に、左様な最新鋭技術が……」
「僕の生まれた頃にはもうあったけどねGPS追跡システム!」
「アクシアよ、なぜ我輩にそれを教えなかった!」
「だって、ジョーシキだもん」
けろっと何食わぬ顔して答えるアクシアに、同じ顔貌のはずの伯爵が呆気にとられている。
たかが人形だと軽くみていた所有物に、己の無知を思い知らされる気分はいかほどか。
なんだか神良も気が滅入るものの、しかしこれで状況が理解できた。
光流は以前、なにやら勝利や音々の携帯電話に小細工を施していた。その時に盗聴器や追跡装置を仕込み、そばに居ないフリをして身を隠しながら情報を逐一拾っていたのだろう。
最強の闇の狩人が罠を仕込んでいるとも知らず、伯爵は情報戦で後手にまわったのだ。
電子の妖精といえるアクシアはこれに気づいていても不思議でないが、アクシアを道具としてみなして個人として尊重しない伯爵は、アクシアの進言する機会を知らず内に奪っていた。
実用品ではなく芸術品――。その発想が裏目に出たわけだ。
「だが甘い! 全国津々浦々に散った無数のアクシアを貴様ひとりで止められるものか!」
「その通りじゃ! 民草の命が惜しくば武器を捨てよ小童!」
神良は矢面に立って人狼一体の光流と対峙する。
敵対することは不本意だが、光流がやってきたことで状況は好転していない。音々だけでなく日本全土の国民を人質にしている上、伯爵やアクシアはどうやれば倒せるかも不明瞭だ。
「確かにね、僕の最強は万能じゃない。僕ひとりは到底むーりー、でもさ」
光流は携帯電話を手にして一言「そんじゃーおねがい、相田総理大臣♪」と口にした。
(総理大臣。内閣総理大臣。こやつ、今なんと……)
そして左手にスマホ、右手に日本刀を握って、両手に合わせて一振りの光剣を作り出した。
凄絶な輝き。
花火を手にして振り回す子供のように、光流はワクワクとした表情をしていた。
「な、何を考えているのだ、貴様!」
「何じゃ、これは……!」
「ぱちぱち、きらきら。キレイ――」
光の爆流。
草薙の剣が、携帯電話という触媒を通じて、光の道を天に開く。
「絶滅必殺奥義――日本列島縦断剣!!」
それは神良の想像を絶した。
月夜を切り裂く光の柱を振り下ろせば、光の爆流は幾万通りに枝分かれして天空を翔けていった。
流星が、狼の群れが、全国津々浦々に散っていく。
「トラフィックデータの追跡、全ナンバーの座標検知――」
直感的に、神良はアクシアのつぶやく言葉の意味を悟る。
光流の日本列島縦断剣なる攻撃は、アクシアが分体をインターネット回線を通じて拡散させたように、その送信された分体の経路をひとつひとつ辿って、霊気による斬撃を分割発信したのだ。
一撃一撃は細分化されて軽微な威力にみえても、標的であるアクシア分体を確実に仕留められる殺傷力を有することは光流の揺るぎない自信に満ちた表情から察することができた。
その絶技を、光流は独力ではなくて、国家中枢機関に協力させて実現させたということか。計算、検知、それに出力の増幅もあるはずだ。
「3。2。1。着弾」
めでたき秋祭りの夜に、まばゆい流星群が降り注ぐ。
「ナンバー152番から12万9021番までの消滅を確認――。ぜんめつ、です」
神良の知覚もまた、文字通り、全国津々浦々百二十万箇所での霊撃の炸裂を、漠然とした霊的衝撃波のようなものとしてほんの微弱に感じ取った。
日本列島縦断剣は文字通りの意味だった――。
「え、へへ。ね? 僕って最強でしょ?」
ぐらり、と体勢を崩した光流の異形が明滅、そして四散する。
通常の、人間らしい姿に戻ってしまった光流は苦しげにふらつきながら刀を構える。いかに光流が最強といえど、仮にも人間、負担もまた絶大だったようだ。
だがしかし、光流の眼光までは輝きを失うことはなく、その絶対的殺意は伯爵を見定めていた。
「貴様は、貴様はどこまで我輩の邪魔をするのだ!」
「二度と蘇らないように斬り殺してやる! 僕の嫌いな四文字熟語は不完全燃焼なんでね!」
「五文字ではないか!!」
神速の剣撃を、アクシアに憑依した伯爵はフッと消失して空振りさせた。
そして無作為な一般市民の携帯電話を経由して再出現する。電気通信の速度で逃げ回られる芸当は、光流や神良でさえも追随を許さない。
約十三万体のアクシアはどれも単一の命令を機械的に実行するのみで自律した回避行動さえ条件づけられていなかった。日本列島縦断剣の殲滅率100%は動かない的だからの結果にすぎない。
「どうした狼女! 我輩を斬るのではなかったか!」
「切ればいいんだろ、切れば!」
光流はそう吠えて、即座にスマホを操作してなにかのアプリケーションパネルをタッチした。
数秒後、異変が起きた。
現代社会において通常の人間には知覚できない波長――つまり電波の流れに変化が生じた。
「何じゃ! 何をした!」
「携帯通信網、遮断。ネットワーク、接続不能」
「貴様……まさか」
にやっと毒々しく笑った光流は、超高速の斬撃を返答として伯爵に浴びせていた。
直撃。
携帯電話を媒介とした電信回避は失敗に終わり、アクシアの、伯爵の首が刎ねられる。
神良の十八番、自己分離による死んだフリ等でもない。正真正銘の一撃必殺剣であった。
「現代人なめんなよ」
「ぐがぁっ!」
断末魔の叫び。通常のアクシア分体が単なる無人機ならば、伯爵の操るアクシアは有人機。やはり直接の操作にはリスクがあり、それを危惧して自ら行動することを避けていたのだ。
そして光流はいかなる手段を用いてか、電話回線を遮断してしまった。先程、当代の総理大臣の名を口にしていたのはつまり、国家ぐるみで事前準備を済ませて作戦を実行しているということだ。
一匹狼にみえて、光流は狼らしく組織と組んでの“狩り”を決行していたのだ。
「だめ」
アクシアが動く。
正確には、首を刎ねられた胴体側のコントロールをアクシアが行い、光流に組みつこうとした。
これを難なくかわしつつ光流はとっさに呪符らしき紙片を投擲する。
しかしほんの一瞬の妨害のせいか、着弾寸前で伯爵の首がまたもや電信によって消失した。
「はぁ!? こっちは国内の通信網ぜんぶ掌握してんのに、どうやって!」
「ほう、真上か」
神良の示唆に釣られて、光流もまた夜空を仰いだ。
街明かりのまぶしさに星々はまばら、月だけは煌々と輝いている――。
その夜空の向こう側に、人工の鉄の星がある。たしか、通信衛星、というものであろうか。
「衛星通信……!? 反則だろふざけんな!!」
怒号をあげて悔しがる光流の大きな隙き。
――ここだ、と神良は不意に右腕の竜爪を切り離して射出する。
「しまっ!」
鋭利な爪が、光流の左腕に深々と突き刺さる。それは回避に失敗したのではなくて、限られた行動猶予の中、背後の一般市民への被害を防ぎつつ致命傷を避ける術が他になかったのだ。
「おま、くそっ! 神良お前なぁ!!」
「ふはははは! 闇の狩人よ、ツメの甘いそなたに我がツメを煎じて飲ませようと思うてな!」
続けざまに、神良は無数の影の動物たちを現出させ、光流を襲撃させる。
消耗と負傷、そして守るべき一般市民という弱点を背負った光流は防戦を“演じる”。
「アクシアよ、今のうちに案内せよ。そなたと伯爵の“棺”の元へ」
「ひつぎ……? どうして?」
事の成り行きを見守っている助手席のアクシアに窓越しに近づき、神良は大芝居を打つ。
この世界のどこか。
神良の想定では“国外”に伯爵らの本拠地がある。最強と豪語する光流にも難点があって、おそらく光流は“国外に移動できない”はずだ。
大口真神は日本固有の守護神獣、伝承では一つの土地に封じられている。草薙の剣の桁外れの神威も、大口真神の権能も、そして連携する内閣総理大臣の権力も、外国の地では通用しない。
だからこそ電波封鎖をして逃げ場を奪い、ここで仕留めるはずが、アクシアのスペックは想定以上だったわけだ。
生贄を得ることには失敗しても、アクシアの吸い上げた大量の心血はどこかに転送されている。それを礎にアクシアを強化、あるいは伯爵の復活という手段に出られた場合、光流にも神良にも打つ手がなくなる。
――正しくは、“もう日本にはやってこない”はずだ。
金塊を盗み出した銀行強盗が国外逃亡して南の島でバカンスでもするかのように、警戒されている土地を離れてほとぼりが冷めるのを待ちつつ悠々自適に過ごせばいい。このまま伯爵は一方的に奪うだけ奪い、勝ち逃げするのが最善。もう光流や日本へこだわる理由は何もない。
(音々の救出だけならば、それでもよいのだがな)
神良は、伯爵を討つと決めた。
初めて出逢うことのできた同族ながら、危険を犯そうとも伯爵を討つ理由ができてしまった。
ここで彼奴を討たねば、神良は、己を己たらしめる何かを失う気がしたのだ。
「そなたを完成させるには今しがたの儀式だけでは不完全じゃ。我が強大なる血を分け与えねば、我ら吸血鬼はおしまいじゃ。絶滅じゃ! あの恐ろしいオオカミに食い殺されてしまうのじゃ!」
「ぜつ、めつ」
限りなく勝利に近い自陣の状況を、あたかも敗北寸前のように神良は騙る。
翼の指導を礎にして、神良は演技力と想像力を駆使する。
「そう、恐怖じゃ! わかるか! 彼奴は大口真神! 吸血鬼の天敵! そなたも我や伯爵を痛めつける悪逆非道、破壊の権化たる暴れぶりを知っているであろう!」
「オオカミ、はかい……」
無感動な表情を常とするアクシアの瞳に、不安感による揺らぎが生じた。
恐怖を煽る、という着想は怖がり屋さんの勝利のおかげで閃いた。勝利を散々に怖がらせてくれたアクシアにはちょうどいい意趣返しだ。
「今ならまだ間に合うのじゃ! 事は一刻を争う! そなたはバラバラに噛み砕かれて死ぬ! 地獄に落ちて云万年と苦痛を味わうことになるであろう!」
「アクシア、いきものじゃない」
「知るか! どうみても生きておるではないか! ひめは今時のハイテクをよー知らぬのじゃ!!」
「わたし、生きてる。ホント?」
切羽詰まった状況で、アクシアに哲学的なことを問われて神良はやけっぱちに叫ぶ。
「たわけ!! 死ぬのを怖がる死人はおらぬわ!」
「……たわけ」
アクシアは暫し、胸に手を当てるような仕草を真似る。
そして何かを納得したのか、ある座標図を立体映像として掲示した。
「ひつぎ、ここにある」
「ウソではなかろうな!?」
「しんじて」
神良とアクシア、ふたりの吸血鬼は互いを見つめ合った。
五秒とない時間が、とても長く思えてならなかった。その膠着状態を打ち破ったのは運転席で目覚めた音々の「かみ、ら……?」という一言だった。
(無事であった……! 音々じゃ! 音々がひめの名を呼んでくれた!)
演技がために昂揚させすぎていた神良の精神が、不意の嬉しさに演技を乱しそうになる。
しかし最善を尽くすために、神良はあえて悪辣に低い声でささやく。
「黙って寝ておれグズネコ」
「か、神良……?」
「貴様がグズのせいで狩人にまんまとしてやられたではないか。そのちぃとまんまるな腹ぁ三味線の革にされたくなくば口を開かぬことじゃ、バカネコ」
極端にオーバーな調子や言葉選びになってしまったが結果として、アクシアの表情を伺うに、伯爵と同類の嫌なやつという認識は維持できたらしい。
しかし音々の表情を確かめるのはあまりに恐ろしくて、怖くて、神良は背を向ける他なかった。
そしてドラキュラの竜翼を拡げて、一気に飛翔、超音速領域まで加速する。
目標地点は――東欧某国、古城。
時差は約六、七時間、移動距離にして約7500km。あちらの時刻は今、真昼である。
「……よもや、最後の敵が太陽とはのう」
いかにして陽光に燃え尽きずして、地球儀の反対側へと移動したものやら。
神良はこんな時にもまだ、ライブの時間をつい気にしてしまう己の未練がましさを自嘲した。
毎話お読みくださり誠にありがとうございます。
もし面白かったと感ずるならば、そなたの血を捧げるのじゃ!
こほん……、もとい、感想、評価、ブックマーク等お待ちしております。




