記F4.ドラキュラクエスト シアトリズム
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デート当日、午後七時、保護者同伴Wデート。
ストリートパフォーマーの多い駅周辺に、変装した翼と神良と勝利、そして長島が付き添いだ。
神良は狐のお面に着物、翼と勝利はサングラスにコートだ。いつものスーツ着の長島だけ高身長なので不審なちびっこ集団になってしまっている。
――というのは普通の場所ならばの話しで、公然とそれぞれのパフォーマンスを披露する奇人変人揃いの場では木を隠すなら森の中ということわざが実践できている。
「なんじゃこの魔宴は……!」
「ここで演奏してください。目標額はいちまんえんで」
事前に概要は伝えたはずなのに神良は「むぐ」と露骨に嫌そうな顔をする。
「はぁ、そなたとの逢瀬はいつも邪魔が多くて敵わぬのじゃ」
「お邪魔さまでごめんなさいね、神良さん。私もお仕事だもんで」
長島はテキパキと簡素な設営をこなす。植え込みの縁に折りたたみ椅子にシート、最小限の音響機材、おひねり箱などを置かれてしまうと早くも路上演奏家らしくなってきた。
勝利も手際よく撮影準備を済ませてはりきってカメラを構えている。他人事になると意欲的だ。
人ごみは苦手、というのは相変わらずながら変装して裏方の黒子気分だと気がまぎれるらしい。
「いつでもいけるよ、神良ちゃん!」
「プロデューサーのそなたまで乗り気では参ったものじゃ」
神良は三味線を手にして精神統一する。
今回、神良には仮面と演奏という条件を翼はつけた。神良の美貌や美声は反則めいている。それは本番では大いに武器にすべきでも、路上演奏では過剰な力になりかねない。神良の吸血鬼としての能力を封じつつ、人前での演奏をこなして緊張に慣らしたいわけだ。
それには人集りができるより、まばらに人が立ち止まる程度の方がちょうどいい。
――ただ、なぜ得意楽器が三味線なのか翼は聞き及んでいない。一体だれに習ったのか。
「やむない、はじめるのじゃ」
神良の三味線が爪弾かれる。
選曲はハムスターPこと勝利の百万回再生ミュジロ曲『ナイアガラクタ』。疾走感重視の激しい曲調だ。ガラクタの大滝というイメージを中心に、人生の激浪に流されるうちに大好きだった過去の趣味収集品を手放していく喪失感や葛藤が歌われている。
勝利の楽曲センスは当人の印象と裏腹に、尖ったものが多い。ネガティブな共感性を刺激する、毒気がある。それでいて露悪的になりすぎず、暗闇の中に希望を見出すような世界観の曲が多い。
与えられた楽曲を大人の指導に沿って歌う翼とは、明確に一線を画する。
親しみやすさやセールス、知名度は翼に軍配に上がるも、勝利の曲は狭く深いところを抉れる。
「……巧い」
神良の三味線は流麗に旋律を奏でる。
譜面通りに弾ける、というレベルではない。自己解釈で『ナイアガラクタ』のアレンジを完成させている。純粋に演奏技能がとても高いだけでなく、情感が伴っている。
ちらりと盗み見れば、勝利の誇らしげな横顔が真相を物語っていた。何のことはない。作詞作曲者自ら、入念に時間をかけてレッスンを行っているのだ。三味線の基礎技能は過去に習得しているにしても、楽曲との一体感は他に説明がつかない。
演奏しているのは神良ひとりに他ならないが、心は勝利と一緒にある。いや、それだけでなくて、翼にはまだ知る由もない神良の過去が折り重なっているように聴こえた。
狐面のこどもが軽やかに三味線を弾き鳴らす。物珍しい光景だ。
吸血鬼の魔性を発揮せずとも、一曲目を弾き終える頃には少しずつ足を止める人が現れてきた。
正念場はここから――。
「今、ミスりましたね」
「うん、大きく外しちゃってたけど、大丈夫。今の私もたまにミスる難所だし」
観客の小さな輪ができる。聴衆は黙って見守ってくれるわけではなくて、聴き入る者も多い中、話し声も混じってくる。雑音。注目。演奏を動画撮影する者も現れる。
二曲目になって明確に乱れる箇所が増えた。
――吸血鬼として闇夜に生きてきた神良には、おそらく、初めての体験だろう。
三曲目が終わる頃、ちらほらとおひねり箱に小銭が投げ入れられるようになってきた。
『この曲なんだっけ、どっかで聴いた気がすんだよなぁ。教えてよ』
『テクやばっ! ねえあなたいくつ?』
観客が、四曲目に入ろうという幕間に明確に話しかけてきた。
狐面に顔を隠した神良はおろおろと困ったように翼たちを見やる。そこで翼は合図を送った。
「……い、今のは『コルネオレルネ』じゃ。年は……ヒミツじゃ」
可憐な神良の声色に、ほんの一言だけで観客が色めき立つさまが翼にも伝わってきた。
声を出してもいいのは最後の一曲のみ。
本邦初公開の、ハロウィンフェスで正式に初披露となる神良の最初のオリジナルソング。勝利は音楽機材を使い、三味線以外の音源も加える。
「最後の一曲、『影楼』……参る」
結果、失敗した。前半に一度演奏の乱れから歌まで止まった。後半は素人にもわかる演奏ミスが三回、事前に翼が聴いていたサンプルと比較して、歌詞間違えや歌い損ないが四回以上あった。
もし機械採点したとすればよくて七十五点がせいぜいか。
演奏が終わり、しんと場が静まった時、神良はひとり悲痛そうな雰囲気を醸していた。
仮面の下では、もしかしたら光流に痛めつけられていた時よりも苦しげな表情を隠しているのか。
「……拙い演奏、平にご容赦あれ」
拍手、声援、投げ銭。
頭を下げた神良を待っていたのは、心温かな観客の祝福だった。神良は意外そうにしていた。
『ステキ!』『今のすごくね?』『よくがんばったね!』
事が終わってみれば、演奏は失敗したというのにパフォーマンスは大成功といえる結果だ。
ボロが出ないうちに早々と撤収する神良一行、立体駐車場にそそくさ逃げ帰っては興奮覚めやらぬままにアイドル好きの長島が「やったね!」とはしゃぎつつ機材を積み直す。
「なぜじゃ。ああもボロボロだったというのに……」
好評を博したはずの神良当人は狐面を外さず、動揺を隠している。普段なら励ます立場の勝利も同じ苦悩にうつむいて、浮かない表情だ。
「うん、けっこう失敗しちゃったのにね……」
「皆さんいつまでも初々しくていいですね、その心は邪魔にならない程度に大事にしてください」
肯定的否定を挟んで、翼はため息ひとつ吐くとサングラスを外して、神良と勝利を見つめた。
「私をよおく見てください。美少女ですよね?」
質問の意図に戸惑いつつ、ふたりはこくこくと首肯する。客観的な事実だ。否定材料がない。
翼は大げさに身振り手振りを交えて、舞台劇のつもりで高説する。
「かわいいは正義です。未熟は武器です。アイドルは成長するものです。神良の失敗を、みんな可愛いから許してくれたのです。それは仮面を着けても、魔力を使わなくても、かわいいを自己演出できていたってことなんですよ」
「そんなの、許されるのかや……?」
神良はそっと仮面を外して、悔し涙を流す。勝利が黙ったまま、ハンカチで涙を拭いてあげる。
翼は短かな人生と長き芸歴を以て、神良を射るように睨む。
「失敗も欠点も未熟も、完璧じゃない自分に何度だって嫌気が差します。それがアイドルです」
「……そなたはほんに、音々の良きところを受け継いでおるわ」
吸血鬼も涙するんだ。
十秒で泣ける天才子役の翼は、またひとつ、演技の糧を得た気がした。
――役者は他人の人生を学ぶ。吸収する。己の血肉とする。
ああ、だからこそ神良に興味を抱いてやまないのかもしれないと、翼は想った。
役者とは、限りなく吸血鬼に近しいモノなのだとしたら――。
翼は今、神良の血と涙を啜ったのだろう。
それはとても甘美で、翼の幼心を夢中にさせてくれる一滴だった。
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