記F2.どきどき幼女神判
○
神良の遺灰を“せっしゅ”したアクシアは不意に七色に発光する。
きらきら、ぴかぴかと。
「ゲーミングPCみたいになってる!?」
勝利はつい一番見慣れた心当たりを口にするが、実際はより不可思議で神秘的な光景だ。
七色の発光が終息するにつれ、半透明なホログラムのような現実感の乏しいアクシアがより実体感や質量を伴ってみえてくる。ビスクドールのような硬質にみえた白肌が、滑らかでこそあれ、より柔らかで繊細な人肌に近づいてみえるといった変化が、そこかしこに確認できた。
なにか、見入ってしまうほどに幻想めいていた。
(……というか、神良ちゃんの灰、ヤバい粉すぎない?)
アクシアが特殊ともいえるが、神良の死んだ後に残る灰にも特別な力があるに違いない。
勝利がお風呂場のシャワーで神良を殺してしまった時は、流水死だからか灰は生じなかった。
音々がうっかり殺ってしまったという二回の陽光死はどう灰を処理したのだろう。音々の几帳面な性格を考えると、お掃除ロボットや掃除機、はたまた箒や粘着ローラー等できちんと後処理して、ゴミに出していそうである。
(……え、神良ちゃんの死体ゴミでいいの? あの子ゴミ吸って発光してるの? ええ……?)
ヤバい粉でもゴミでも元は吸血鬼の神良なのだから不思議なパワーがあるのはわかる。
けど、自分は絶対に吸わないでおこうと心に決める勝利だった。なにあれ怖い。
「アクシア、あっぷぐれーど。もっと、かんぺき」
くるりと振り返る仕草も、アクシアはどこか釣り糸で操演されているような不自然さがあった。
愛くるしさと不気味さ。
美しさと妖しさ。
「アクシア、もっと、吸血鬼」
勝利はぞくりと背筋を走る寒気に、アクシアの抱かせる恐怖の質が変わったことを悟る。
神良の成分を得て、完璧に近づいた。つまり、より吸血鬼らしくなった。
――善意ある吸血鬼の神良とちがって、アクシアは悪意さえも定かでない吸血鬼もどき。
何を考えているのか推察できない、という恐怖に「ひっ」と勝利は引きつり声を零す。
「ましゃり、かみらのちから、もってる」
フッと消えて、パッと現れる。靴と靴がキスする距離へ。
アクシアに密着距離へ迫られてびっくりすると共に、背丈の低さにも驚く。成人女子としては低めの勝利と比べても、なお低い。小学五年生の翼より低い神良を、なお下回るだけある。
そのアクシアが、ぎゅっと胴に手をまわして抱きついてきた。勝利の胸元の真下に、ちょうどアクシアの頭があるという身長差だ。おかげで自分の胸が邪魔して見えづらい。
「さんぷる、みなもと、どこ?」
「え、ふえ!?」
アクシアはぺたぺたとちっちゃな手を這わせて、身体検査のように勝利をまさぐる。神良の力の源、つまり勝利に与えられた眷属刻印を探しているのだ。
「ここ、ちがう」
勝利は上着をめくられて、おなかを確かめられる。まじまじとおへそを見られて、触られて。
朝っぱらの、人払いされているとはいえ公園のど真ん中で、幼女にイジられてしまっている。
「え、え、うぇ!? や、ちょ、ダメだよこんなこと……!?」
「ましゃり、かくしてる。ダメ、おしえて」
無理やり引っ剥がすのは危険すぎる。アクシアは今のところ無害にみえるが、潜在的には得体のしれない吸血鬼っぽい何か。眷属の力を授かったといわれても、神良や光流のように戦える訳がない。なにより、頭にチョップひとつとしてちびっこに浴びせるのは猛烈な抵抗感がある。
アクシアを少しでも力づくで痛がらせると犯罪っぽさが否めない。気弱な勝利には無理難題だ。
「ここ、げんじゅう。あやしい」
より上へ上へと上着をめくられてしまい、アクシアの魔手がブラジャーを捕らえる。
アクシアは頭上の肉毬を、ぽよんぽよんと生地越しに手で確かめてブラジャーを外そうとする。
「ひゃ、ひゃううう!」
アクシアの指遣いは絶妙に“わかっていない”という感じで、頭上に手を伸ばしてたどたどしくまさぐられるも、主に下側から胸をブラごと持ち上げるような仕草の繰り返し。リアホックのブラジャーの外し方がわからない様子だ。
これが神良ならば、幼くみえて女を脱がすことにかけては百戦錬磨なので巧妙にいやらしく焦らしたり言葉を掛けたりしながらブラを剥ごうとしそうだ。何かにつけて両者は正反対かもしれない。
「アクシア、よくみえない。これ、はずして」
「はずせないよ!?」
脱がされるのは困るけど、自分から脱ぐのはもっと犯罪じみている。
「わかった。あきらめる」
「あ、よかった」
「こっち、しらべる」
ホッとして上着を元通りに整えようとした勝利を、今度は、ずぼっという侵入が襲った。
フレアスカートの内側へとアクシアが小さなカラダを滑り込ませてきたのだ。
「ひゃいっ!?」
「ちから、このへん」
鼠の眷属刻印は左ふとももの内側にある。これは二重の意味で大ピンチだ。
ぺたぺたとちっちゃな手に脚をまさぐられて、勝利は「やぁ!」と思わず身悶える。とっさに脚の間を閉じるとむにっとした感触が。これはアクシアのほっぺを挟んだか。
ぐぐぐ、と拮抗する勝利とアクシア。
吸血鬼らしきアクシアが眷属刻印の力を欲しがるのは、奪われた結果より奪い方が問題だ。
十中八九、吸血鬼なのだから吸血される。それは流石に困る。心を許した神良だから吸血という行為に安心や期待できるのであって、もしそこに甘美な快感が待っているとしても、見ず知らず正体不明の童女に噛まれそうで怖がらない勝利ではない。
「はなして。せまい」
「ひ、光流ちゃん助けてー 起きてー!!」
「きょうこうしゅだん」
次の瞬間、アクシアは吸血鬼らしい翼を生やした。正確には、神良の黒い竜翼をトレースしたような大きくて強そうな翼だ。その勢いに、スカートがびりっと破ける。
アクシアは翼の先端を器用にもするりと両脚の内側に差し込むと、アクシア本体の見た目相応に弱々しい力加減ではない強さで押し広げてくる。
「あ、や、やっ!」
「みつけた」
白日の下に晒された左ふとももの眷属刻印を、じっと興味深そうにアクシアは確かめる。
「いただきます」
やがてアクシアは「あーん」とその永久歯なのかも怪しい牙を剥いて、迫る。
(た、たすけて神良ちゃんっ……!)
恐怖や抵抗感と裏腹に、勝利は力づくで殴ってでも止めるという選択肢を忘失してしまった。
吸血鬼の魅了。
神良よりずっと強引に、意図的に、アクシアの魅了の力は勝利を支配しようとしていた。元々人より抵抗力がある勝利であっても、無意識化では、もう心を許しかけている。もし普通の人間がこの魅了に晒されていれば、自ら操り人形になりたがるのではないかというほど強烈だった。
「ましゃり、おとなしくして」
「でも、でも……!」
「おねがい、ましゃり」
アクシアの上目遣いなおねだりは、魅了の魔眼と魔声を明確に行使してきた。
無意識化で侵攻されていた勝利の理性がおぼろげになり、ふわふわとした酩酊感にぐらつく。
恐怖という心の危機警告さえも遠のき、甘い誘惑が、鋭い牙が、勝利を襲う――。
「死ねぇエロガキッ!!」
ガンッ!!
突如ギターケースがアクシアの後頭部にクリーンヒットして、倒れ伏した。
「だめーじ、でっかい。ばたっ」
光流だ。寝起き直後の体勢で、地面に伏せたまま腕の力だけでギターケースを投げつけたのだ。
信じがたい怪力に驚かされるが、やっと目覚めた光流のおかげでもう一安心だ。
「ありが、と……ん、くっ」
勝利はへなへなとへたり込む。緊張がほぐれた瞬間、堰き止めていた濁流がドッと押し寄せてきた。ハァハァと息が上がり、心臓が痛いほどに脈動する。血が熱い。狂いそうだ。
毒が巡るように、アクシアの支配力がじわりと勝利を蝕む。
(やだ、やだ、怖い……っ!)
「くすぐったいぞ、我慢しろよな」
不意に、光流がしゃがみこんできた。勝利と鼻先が触れそうな距離感まで、顔を近づけられる。
(なに、なんで……? ち、近っ)
光流の顔が、神良やアクシアを幻視させる。魅了の残響が、まるで光流までも吸血鬼かのように、そして勝利の血を求めているかのように錯覚させる。
あらぬ妄想と高揚感に勝利の心が暴走する中、神良――いや、光流は、ぺろっと眉根をなめた。
宣言通り、くすぐったい。ねろりとした感触、ほんのり生臭くて、甘い匂い。
「ひゃう……っ!」
最高潮に達していた勝利の半強制的なドキドキが、すっと静まっていく。
「ね? オオカミ様のおまじないだからな、よく効くだろ?」
「う、うん……楽に、なってく」
光流は朝日を背にして、爽やかに元気づけるように笑ってみせた。
これはこれで誰しも惚れてしまっておかしくない魅力たっぷりな言動なのだけれども、勝利は、少し残念だと感じてしまった。もし、実現することはなかった妄想の通りになっていたら――。
「は、離れて! ちょっと離れててね、光流ちゃん!」
「はぁ? なんだよソレ」
「ごめんね、今やさしくされるの、怖くって……」
「意味わかんない、僕そんなに怖い?」
「ち、ちがっ! ……す、好きになっちゃいそうだから……」
勝利は、己を恥じた。目いっぱいに恥じらった。
しかし光流はそれを一蹴する。
「嫌われるよりは良いじゃん! 僕を好きになって何がダメなんだよこのやろー!」
そっちの『好き』じゃない、とは否定できない勝利だった。
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