記F1. がんばれアクシア きらきら回収 〜僕がハンターになった理由
これより終章開幕です!
○
朝焼けの、肌寒い秋の公園。
朝日を浴びて灰になった神良――。
弱点のことを忘れるほど遊び疲れて寝てしまったのはわかるが、勝利は青ざめていた。
「ほ、本当に灰になっちゃうんだ神良ちゃん……」
死んでいる。
といっても神良が灰になった場合、その場か、眷属刻印を基点にして復活できる。
そして積もった灰から神良がぷはっと顔を出す様子もなく、勝利にも身体にも異変がない。
「えーと、つまりこれは……」
勝利はレモンティーの熱々ペットボトルを頬に寄せつつ、想像する。
昨日、マネージャーの長島と天才子役アイドルの翼はそれぞれ夜ふかしができない事情があるので自宅に帰ってもらう運びになった。眷属になる、という重大事を即日決心するというのはちょっと急ぎすぎではあるのでゆっくり考える時間を持つことは良いことだ。
(ん、つまり、神良ちゃんの復活先はひとつ……音々さん、なのかな)
音々はただでさえ仕事帰り、会食で軽い飲酒、社会的即死級の恥ずかしいことを暴露されつづけては悶て、最後は命懸けで光流のことを説得するという怒涛の一夜を過ごした。
そして音々は不良漫画みたいな喧嘩をはじめた神良と光流についていけず、そのまま家に帰る。
きっと疲れ切って、泥のように眠ることだろう。
日の出の時刻だとまだ音々は寝室でぐっすりすやすや。そこに突如としてふとももの眷属刻印が発光、いきなりちっちゃな神良が復活してくることになる。
(……新手の寝起きドッキリ?)
神良のそばは退屈しないというか、ドッタンバッタン騒動が尽きそうにない。
「ふふっ」
今頃ふたり神良と音々がどうしてるかと妄想して、勝利は自然と笑ってしまった。
「あ、でも、元通りになるにはまた吸血しないといけないから……」
寝室で、ふたりきり。そして必然性のある吸血――。
吸血鬼と眷属同士、何も起きないはずがなく――。
「……お、おうち帰れない」
ホットレモンティーのせいもあって、勝利のほっぺは真っ赤になっていた。
同居生活は快適この上なく、創作の刺激も多くてなにかと仕事が捗るものの、一つ屋根の下でこっそり神良と音々が仲睦まじく“やることやってる”のを勝利はよく知っている。
ネズミの五感は、聴覚と触覚に長けている。夜間行動のために耳がよく、さらにヒゲや体毛で鋭敏に振動を感知できる、らしい。
勝利は意識を強く働かせるとネズミの能力獲得、つまり聴覚と触覚が強化される。
音楽方面では役立つが、感覚を澄ませていると大きな屋敷の何部屋も離れた一室からであっても、ふたりの愛の語らいが聴こえてきてしまうのだ。
ギシアンで疑心暗鬼なのだ。
「盗み聞きじゃないです! ふ、不可抗力ですからぁ……!」
居候の身でごくプライベートな時間にとやかく言う訳にもいかず、つい無性に気になってしまい、勝利は悶々とした夜を一ヶ月以上になる同居生活の間、たびたび経験してきた。
神良に吸血されることで開放、発散される勝利の欲求不満。しかし少しずつ、神良との間にある友情と恋情のあやふやな境界性がグラグラと揺らいできてる感は否めない。
(翼ちゃんにもつい、カッコつけちゃって……)
ほんのり冷めてきたレモンティーを一口呑むと、当然、甘酸っぱい味がした。
「すぴー、くぴー……」
神良は音々に任せるとして、のんきに芝生で寝てる光流はどうすべきか。
「不思議な人……」
一夜まるっと戦いに明け暮れるふたりの様子は、勝利には遊んでいるようにみえた。
もし勝利が巻き込まれたら百万回でも死に続けそうな壮絶な戦いなのだけれども、逆にいえば、それほど強大なふたりは可哀想でもあった。
光流の“最強”は、たぶん、百万回再生を達成できる勝利の音楽動画よりも人に評価されない。
「いいね」って言ってもらえない。
もし感謝されるとしても、きっと『大口真神』というありがたい神様にこそ感謝が集まる。
あの大仰な名乗り口上は単なる箔付けじゃなくて、そういうクレジット表記で。ソロボーカルの裏で名前も明かされないバックバンドのように、光流は看板を背負うことができないのだろう。
そして光流は最強でありながらにして歴史に名を残すこともなく、平穏無事に生涯を終える。
孤高、そして孤独。
いきなり親しげに接してくる性急な距離感は、さびしさの裏返しなのかもしれない。
そうだとしたら、無意味にみえた喧嘩ごっこはとても大切な時間だったのだ。
誰も辿り着けない孤高の領域に、神良だけは踏み入ることができる。
音楽家として同じ高度な領域での交流ができた時のうれしさを、勝利はよく知っている。
(……友達になれるよね、きっと)
寒々とした秋の朝風に身を震わせつつ、勝利は、そうおだやかにベンチでくつろいだ。
やっぱり、レモンティーは甘酸っぱい。
――等と、いつまでも誰もやってこない人払いの結界が放置されっぱなしの公園や起きる様子のない光流の後始末から逃避する勝利の元に、着信が鳴る。
「まさか、音々さん……?」
おっかなびっくりスマホを手にすると通話ボタンを押さぬうちに声が聴こえてきた。
抑揚のない、電子合成音声にも似た、幼い声――。
『わたし。アクシア。あなた、だれ?』
昨夜の、謎の童女の声だ。
「ひゃいっ……! な、なんでぇ……!?」
突然の恐怖体験。またもや勝利を襲う謎の電話。どう反応すべきか頭が真っ白になる。
なにか逃げ道はないか見回せば、光流の寝姿を見つけた。これだ。
(さ、最強さんが隣にいるんだから今が一番安全なはず!)
二度あることは三度ある。行動するなら今だ、と勝利は通話に応じる決心をした。
「もしもし、や、やまぐちましゃりです」
震える声。どんな返事をしてくるか、勝利はざわざわと落ち着かない心地で待つ。
『やまぐちましゃり、おぼえた。かみら、そこ?』
(どうしよう、名前を訂正しづらい……! いや、そうじゃなくて、なんで神良ちゃんを?)
勝利は迷う。
この口ぶり、返答次第ではここに現れる気か。電話の幽霊……、アクシアの質問をうまくさばいて、狙いを探らなくては。
「どど、どうして神良ちゃんを探しているの? 教えてもらえるとうれしい、かも?」
「ましゃり、かみら、しってた。やっとみつけた」
「ふえ!?」
しまった。てっきりこの幽霊は確証ありきで勝利に電話してると誤解していた。向こうも手探り、知らんぷりも通じたのだ。勝利は失態に青ざめる。基本的に生電話は苦手なのだ。
「アクシア、吸血鬼になりたい。かみら、さんぷる、だいじ」
「きゅ、吸血鬼に?! それはつまり、色々おしゃべりしたい、教わりたい、みたいな……?」
「アクシア、不完全。でーた、あつめる。血、あつめる。がんばる」
「そ、そっかー。え、えーと、神良ちゃんは灰になって死んじゃったから会うのは難しいかなぁ?」
かろうじてウソはついていない。死んだのは事実だ。九十九の残機があるだけで。
「……かみら、しんじゃった」
電話の幽霊、アクシアは不意に沈黙する。ショックを受けたのだろうか。
アクシアの口調や声色に勝利は心当たりがある。合成音声機材のミュージックロイドに近い、人工物っぽさ。そこに極端な幼さも合わさる。一種のダメ絶対音感と豊富な知識のおかげで、もうどの音声ソフトがベースかも二種類くらいまで候補を絞り込めた。
しかし完全に同一ではない。電子音声には時おりノイズが走り、逆に肉声のような鮮明さが乗る瞬間もあって、不安定だ。それがつまり、アクシアのいう「不完全」なのか。
「アクシア、そっちにいく。さんぷる、あつめる」
「え!? ちょ、ま、ここに!?」
通話がぷつりと途絶えて、数秒の静寂の後、アクシアは幽遠の世界からやってくる。
あたかも3Dプリンターが高速で立体物を出力するように、脚先からふくらはぎ、ふとももと順序立ててアクシアのボディが投影されていく。
「0」と「1」の膨大緻密な集積体が、幽霊のように薄ぼんやりとした半透明のカラダが、勝利のスマートフォンを基点にして出現する。
ヴァーチャルリアリティーや拡張現実、CGといった技術が当たり前にある現代であったとしても不可思議であり、そして神秘的な光景であった。
翼、いや神良よりも更に幼い童女は芝生の上に降り立つと、一言も発さず周囲を見回す。
その造形美は、まさに電子の妖精だった。
神良の幼くも妖しく艶めかしさとは正反対の、純粋無垢な幼さ。真新しく買ってもらったばかりのお人形さんみたいに一点の穢れもない、可憐にして無機質な美しさ。
金色の髪はまるで宇宙遊泳中のように宙を漂い、電子の申し子といわんばかりの登場に反する時代錯誤な古めかしいフリルのついた洋装は、それこそきせかえ人形を彷彿とさせる。
「……あった」
アクシアは芝生の上に積もった神良の遺灰に近づいて、しゃがみ込む。真隣に光流が熟睡してる。
「かみらの、さらさら」
「あ、あなたがアクシア……ちゃん? な、なにしてるの……?」
「せいぶん、せっしゅ」
成分。摂取。もしくは接種。
ストローをその手にどこからともなく“製造”したアクシアは、小さな牙の生えた口に宛てがって。
すぅーーーーーーーーーーーーっと。
遺灰を、吸った。
朝日を浴びて、きらきら光る白くてヤバそうな粉を、吸った。
白い粉を、吸った。
神良を一服、キメている。
「……絶対ダメなやつっぽい絵面になってる!?」
勝利がツッコミを入れた時にはもう手遅れ。塵一つ残さず、遺灰は吸い尽くされていた。
アクシアは勝利を見やって、不思議そうに首を傾げる。
「さんぷる、おいしいのに」
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