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ドラキュライブ! 百合ハーレム吸血鬼アイドル誕生夜話  作者: シロクマ
E面 鳥と狼の章

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記E7.大決戦スラッシュシスターズ!

 繊月の下、秋の夜風に落ち葉が舞う。

 夜闇と静寂に包まれた広々とした公園に待っているのはただひとり、光流のみ。

 樹木に囲まれた公園の広場にはブランコや滑り台などの遊具がすみっこにあり、光流は退屈そうにブランコを漕いで待っていた。


 立ち会いを求めた翼、音々、勝利、長島の四名は少し距離を離して、ベンチに座らせてある。

 神良は白のワンピースに草履、得物はない。光流は日本刀らしき黒鞘の長物をラフな洋服に帯刀ベルトを着けることで腰に帯びている。刀の反対側には小道具用のポーチもある。

 この現代にどこやって日本刀など持ち歩いていたのかと不思議に思うが、ブランコの柱に立てかけられた空のギターケースを見つけて神良は合点がいく。


「改めて名乗ろう。ひめの名は神良姫と申す。生まれも育ちも日の本の吸血鬼じゃ。そなたは?」


挿絵(By みてみん)


 神良の問いかけに光流は厳かに、ゆっくりとした調子で神妙に答える。

 それまでの軽薄な小娘を装う光流の口ぶりが嘘のように、威厳高く唱える。


挿絵(By みてみん)


日本武尊やまとたけるのみことが臣下、大口真神おおぐちのまかみともがら、名を明日香守あすかのかみ岩田光流。古の令によりて邪なる神を喰らい人命を導く者なり」


 呪文のような難解な名乗り口上に、しかし神良は懐かしさをおぼえて「ほう、左様か」と零す。

 とはいえ神良がわかっても見物人が一様に理解できないようでは困るので、とくにちんぷんかんぷんという様子で小首を傾げる勝利や長島を見やって説明してやる。


「二千年という大昔、神々の末裔である英雄ヤマトタケルは旅の途中、悪い神様をやっつけたのじゃ。で、その帰り道に霧に巻かれて困っていたヤマトタケルを白いオオカミが道案内して無事に導いてやった。そして大口真神という守り神としてその地に封じられた――で、正しいかの?」


「大昔のことを現代人の僕に聞くなよ、考古学者じゃないんだぞ!」


「当人もよくわかってないんですか……」


 開き直る光流、呆れる翼。


「無理もない。ひめとてたかだか二百年そこらしか生きておらぬ。大口真神は盗難、魔除けのご利益がある神様として江戸時代に流行った縁起物じゃ。神獣、聖獣の類。人間の真偽を見極め、善を守護して悪しきを罰する。――つまりは悪人や魔物を退けるという力において、日本神話でも有数の権能を有しておる。もし、その神代の真神に等しい力があるとするならば――」


「な? 僕が最強に決まってるだろ?」


 光流の小生意気な口ぶりや乱雑な態度からは想像しがたいが、神良には疑う理由がなかった。

 吸血鬼には、とりわけ神良には【狼の眷属刻印】として狼に化けたり従えたりする能力がある。一部とはいえ、同じ狼の力を有する者同士、本能的に察せられるのだ。


 光流の“匂い”がおぼろげに、古く厳かな太古の老狼を内に宿していることを示している。

 天地の差だ。

 太古の神獣に睨まれているのだと知ってしまえば、神良とて余裕ぶってもいられない。

 少なくとも勝利の産み出してしまった低俗な闇の隣人等とは別次元の怪物だろう。


「して、本物の大口真神なれば戦わずして勝敗は明白ではないか? ひめの負けに決まっておる。吸血鬼を象徴する力の一つ“霧”を攻略した逸話まであるとなれば、まさに天敵じゃ。真に最強だというのになぜ今すぐにひめを始末せぬ」


「真神は正しき神、まことの神。……あー、やだやだ、僕こういうのめんどいんだよ本当に」


 光流はブランコから降りると鬱陶しがりつつ黒鞘に手を添えて、鯉口を切る。

 抜剣の構え。


「僕の嫌いな四文字熟語は真剣勝負でね、手加減してやるから本気でこいよ! 本当に弱いのか確かめてやる! もし強かったら……全力で喰い殺してやるから安心しなよ」


「どのみち死ぬではないか」


「さあね、答えはこいつが教えてくれるんじゃないかな!」


 一閃。

 首を薙ぐ。


 神良の首と胴体が切り離された。


 足運びも所作も速すぎる。神速の抜刀術、というのは本来比喩であるべきだ。本当の意味での真神の権能による超高速度での斬撃など、見物人、特に眷属ですらない長島には目に映りもすまい。

 空転する視界。

 あっけなく首を斬られてしまった神良は、そのまま芝生の上に頭を転がして倒れ伏した。


「む、無念じゃ……」


 白刃の露と消えた神良の体が、淡く霧となって消えていく。


「神良様っ!!」「神良ちゃん!!」


 一瞬の結末に、呆然としていた音々と勝利が叫んだ。

 光流は不愉快そうに舌打ちする。


「バカかよ! 僕は寸止めしたんだぞ! 首を刎ねられて死んだフリするんだったら分離が早すぎる! 血糊もないし悲鳴を忘れてる! ふざけんな!」


 そう怒鳴られて、神良は反省点の多い浅知恵であったことを苦々しい表情で認めると胴体を立ち上がらせて頭を拾い、くっつける。


「そなたの剣撃はちと速すぎる。焦って一寸早く避けてしまったのじゃ。しかも寸止めとはな」


 身体の自在な分離結合はこれでも神良の隠し玉のひとつだ。

 切断されたと見せかけて、切り離した片腕を操って後背を狙ったり、狼や猫に変化させて操作したりという奇襲は成功率が高くて重宝するが、まさか初見で見破られるとは。


「死んだフリが通じぬならば、次はひめの貧弱なる攻撃をとくと味わうがよい!」


 ここはひとつ、宣言と乖離する強力そうな必殺技のひとつも見せるとしよう。


回転式多獣身機関銃ガトリングガン!」


 神良の影より現出する、宣言通りの車輪つき速射砲。百年以上前にある銃火器ならば、現代の武器や電化製品に疎い神良にも馴染みがある。


「……はぁ? 僕のことバカにしてんの? この距離で固定砲台が当たるわけないだろ!」


 猛然と迫ってくる光流。

 人外の脚力と流麗な所作、そして精密さ。ジグザグに稲妻の如く不規則に駆け、フェイントを交えてくる。神良の反応速度を以てしても瞬時には、第一に機関銃の砲身を軸合わせ、第二にクランクをまわして発射、第三に標的への飛翔と着弾命中、それらのタイムラグを埋める術はない。


「これは……こう使うのじゃ!」


 ので――銃身の先端を掴み、剣撃へのカウンターで機関銃の車輪を叩きつけることにした。

 特大ハンマーのつもりで、だ。


 鉄色の車輪は激烈に回転することで剣撃を凌ぎつつ、大質量の衝撃によって光流を弾き飛ばす。

 銃剣術のように銃床や銃剣、銃身での格闘術は百年単位の歴史がある。であれば機関銃での格闘はその応用に過ぎない。もっとも、片手でも機関銃をぶんまわせる怪力ありきの発想だが。


「ぐぁっ! 痛たたっ」


「やはりのう。そなたも流石に、想定外の攻撃には対処が遅れるようじゃ」


 畳十枚分ほど打ち出された光流は難なく着地し、多少は痛がりつつもすぐに再接近を計る。

 そこへ必然、回転式多獣身機関銃をぶっぱなす。

 クランクをまわせば八連装の銃身が回転すれば、絶え間のない一斉射撃が光流を襲う。


「ふはははははは! 吸血鬼も時代にあわせて進歩するのじゃ!」


「百年前の武器だろバカ!!」


 ちらっと一瞬だけ後方確認した光流。射線上の安全を確保したことを神良は見逃さない。

 光流の回避運動を追いかけ、S字を描くように蛇行する芝生の弾痕。

 紅色の光弾が何百発と瞬きつづけ、マズルフラッシュと発射音が花火のように夜中の公園を彩る。

 しかし恐るべきことに一発も掠りはせず畳十枚の距離がもう残すは三枚まで迫られる。


「古いんだよ!」


 機関銃ハンマーも二度目は予測可能、通用すまい。よって次は別の隠し玉――。


「ならばこればどうじゃ!」


 紅色の光弾から一点、灰色の光弾に変色する。発射間隔が下がり、一発が重く弾速も落ちる。

 光流の前方へと偏差射撃。つまり標的を追いかけずに先読みして予測した将来位置を狙い撃つ。これに光流は反応して側方に回避軌道を取る。

 突如、追尾するように弧を描いて歪曲する灰色の光弾。

 その一切を剣閃で斬り捨てる光流。


「ホーミング弾なんて引っかかるかよ!」


「しかし二重ならばどうじゃ?」


 灰色の光弾を切り払った光流の後背、S字に刻まれた弾痕が赤々と発光する。

 一斉に、地を這う紅色の光弾が何百発と殺到する。


「なっ――!」


 灰狼弾と赤鼠弾。

 しつこく精密追尾する狼の性質、地に潜って一斉に大挙襲来する鼠の性質。“動物に変化できる”という吸血鬼の能力を、呪詛の銃弾に応用したのだ。というより、この機関銃は物理的実弾を撃ち出しているのではなくて、情報探索にも用いていた影の鼠や狼を射出する機構なわけだ。


 神良のひとり時間差攻撃は今度こそ、確実に光流に命中した。

 しかしごく当然のように、光流の疾走は止まらず、またもや至近距離に詰められる。

 回避手段のみならず、防御手段もあるわけだ。

 その考察の暇もなく、神良は次なる致命的一撃への対応を迫られる。


「ちぃっ!」


 霧化。つまり気体化と幽体化の合せ技を試みる。

 刀剣では空気を斬り裂いても意味がなく、物理的斬撃は幽体には届かない。


 ――という反則じみた異能は、あっけなく無力化された。


(ぐっ、この刀剣やはり……!)


 霧化を解除してみれば、実体化した神良は左腕をすっぱりと斬り捨てられていた。

 左腕は芝生の上に転がってなどいない。

 光流が大口にくわえていた。

 神良の細腕を、少女の形をしたオオカミが小指から一本ずつ噛み千切っている。


(ぐ、一口ごとに猛烈に痛む……。ただ切断される以上の苦痛、めまいがするほどじゃ……)


 翼の警告通りだ。

 光流は、闇の隣人を言葉通りに喰い殺すのだ。

 生身の人体を有さない神良のカラダを捕食するということは存外、醜悪な光景ではない。血や骨を噛み砕いていくのではなくて、闇色のかたまりを光に還していく。ある種の“浄化”とさえいえる。神良が以前、勝利に憑いていた闇の隣人を食らった時とほとんど同じ現象だ。


 霊的に分解・吸収する。

 単なる物理的切断ならばすぐに復元可能な神良であっても、これは即座には修復不能の負傷だ。


「霧を斬り捨てるとは、笑えぬ洒落じゃ」


「はっ! 僕はちゃーんと大口真神の輩だと名乗ったもんね、うっかり霧に化ける方が悪いんだ」


「たわけ、霧になって分散せねば片腕では済まなかったぞ今のは」


 光流は一片も残さずぺろりと神良の左腕を平らげると、機嫌良さそうに答える。


「この刀は国宝、草薙剣くさなぎのつるぎ――のまがい物さ。バカみたいでしょ? これ二千年も前の刀剣だって言い伝えなのに日本刀だよ? 反りまくりだよ? けど霊験を宿すには実物よりちょうどいい。刀も飯も、太古の昔よりはちょっと昔の方が良いもんね」


「そなたの力も、本物ではない、と」


「ちょっと違うね。わかる? 僕は本物だけど実物じゃないんだ」


「左様な哲学めいた問答は、せめて食い散らかす前にせぬか。痛くて理解がついていかぬのじゃ」


 光流との会話が成立する、というだけでも手負いの神良には希少な時間だ。

 今の神良はさぞ痛々しい姿に見えることだろう。不安げに見守っている愛しの眷属達に心配を掛けさせるのは心苦しいが、この劣勢はチャンスだ。

 なにせ“強すぎる”という疑惑を晴らすには、これが神良の精一杯に見せかけるのが得策だ。


「ひめの降参じゃ。そなたには勝てぬ。吸血鬼としてのひめの限界はここまでじゃ」


 演技力の勝負だ。

 本当に痛いのをいいことに、悲壮で痛ましい敗者を演じるのだ。

 息遣い、眼差し、表情、仕草……。


「僕に言ってみろよ……。ここまで強くなるのに何人、喰い殺してきたのか」


「……なぬ?」


「吸血鬼の強さは犠牲者に比例する。“伯爵”は千人から先は覚えていないと言ってたっけ。お前の強さは五人、六人のもんじゃない。けど五百年生きてた伯爵よりはまだ弱い。力も技も経験も、積み重ねた数だけ死体を築き上げてきたんだろう?」


「な、何を言っておるのじゃ。吸血鬼とは左様なものではない!」


「左様だよ! 狼が肉食動物だってくらい当たり前のことに決まってんだろ! 言え! 何人だ!」


 霊剣を突きつけて、光流は懺悔を迫る。糾弾する。

 遠巻きに見守る音々達も、神良の言葉を待っているかのようにみえた。


 神良は暫し、己の記憶を振り返る。


 もしも、長き眠りのうちに自分に都合のいいように記憶を書き換えでもしていないかと。

 記憶の忘却や美化は恐ろしい。正確無比に己を記録できる術など、神良の生まれた時代にはありはしなかったのだ。

 休眠から目覚めるたびに、神良の世界は様変わりする。


 そう、記憶の連続性が絶たれているのだ。

 今回など六十年と長きに渡ったせいもあって、神良を知る者はほとんど残っていなかった。

 闇の世界に生きる神良なればこそ、尚更に、自分を証明してくれる他人がいない。


 ――漠然とした動機すぎるが、アイドルに憧れた理由のひとつは、そこにあるかもしれない。


「……無い。ただの一度も、人を喰らったことなど無い」


「何人だ」

「無い」


「何人だ」

「無い」


「何人だと聞いてるんだよ!」


「無いと言っているであろうが!!」


 幾度か、他の闇の隣人に誘惑を受けたことがある。神良よ、仲間になれ、と。


『いっしょに人間を喰らい、長き時を一緒に生きようではないか』


『いつまで人間とじゃれ合うつもりだ、なぜ我らを拒絶する』


 その記憶も希薄だ。いかなるモノに言われたかも正確には思い出せない。

 赤子はいついかなる形で生まれたかを記憶していないように、神良は、自らがどうやってこの世に誕生したのかを知らないのだ。


「……証明ができぬ。説明がつかぬ。もう誰も、昔のひめを知らぬのじゃ」


 弱い己を演技するつもりが、本当に弱い己を暴き出されてしまった。


「ひめはまだ他の吸血鬼と出逢ったことがない。吸血鬼とは、そうまで罪深き者か」


「……神良だっけ、お前さぁ、都合の良いもの、好きなものだけ集めたがるタイプだろ?」


 光流の目が、真神の眼が問い詰めてくる。


「音々、勝利、翼、アイドル。君は好きなものには夢中になるけど、嫌いなもの、興味ないものは眼中にないんだ。長生きしすぎちゃそうなるのもわかるよ。……長島さんのこと、居ないも同然に扱ってたのを僕は見逃さなかったぞ」


「それは! ……その通りじゃ。ただの従者と軽んじていた。……すまぬ」

 不意に名指しで謝罪されて、翼の従者――長島とやらはびっくりした様子だ。

 蚊帳の外だと心の準備がなかったのか、長島はあわてて「い、いえ!」と逆にぺこぺこ謝り返す。


「あの、決闘の最中に水を差しちゃうけど、部外者っぽいあたしが今あれこれ話しちゃっていいのかなーって思うんだけど、ちょ、ちょっといいかな?」


 平静を取り繕っているが、長島はあきらかに冷や汗まみれ、表情も強張っている。

 それでも長島は勇気を出しての挙手だろう。場の主導権を握る光流は「いいよ」と許可を出した。


「あのー、神良ちゃん様は六十年、眠ってたんだよね」


「そ、そうじゃ」


「で、光流ちゃんは昔の罪を問い正したいんだよね?」


「そうだけど」


「長島さん、あの、何考えているんですか……」


 傍らの翼も不安そうに見つめる中、長島はおそるおそる神良と光流へこう提案した。


「“時効”じゃダメかな、それ」


 時効。

 神良には聞き慣れぬ単語なれど、他の面々は一発で腑に落ちたらしく音々が「それよ!」と妙案だと言い、勝利も「言われてみれば……」と得心、翼も「……なるほど」と首肯する。


「はぁぁぁぁぁぁぁーーー!? 時効だって! 刑事ドラマかよ!!」


 猛反発する光流をよそに、神良はそれとなく音々に時効について説明を受ける。

 要約すると、犯罪を法廷で裁くには公訴期限というタイムリミットがある。というのだ。

 神良が困惑するうちにここで翼が立ち上がり、雄弁に語った。


挿絵(By みてみん)


「光流お姉さん、あなたは言いました。大口真神は正しき神、まことの神。だったら……」


 少々不安になったのか、翼は一度スマホを開いて何かを確認し。


「時効の存在理由のひとつは“立証の困難の救済”だとあります。だから、ですから……」


 お子様には難しい文言が多いのだろう。引き継いで、勝利が翼の言いたいことを代弁する。

 あの怖がり屋さんの勝利が、人類最強にして最凶のオオカミを相手に、落ち着きを払って物申す。


挿絵(By みてみん)


「光流ちゃん、さっき“考古学者じゃないんだぞ!”って言ったよね? 今回の場合、もし裁判だとすると光流ちゃんの方に“立証責任”があるんだけど、……大昔のことはわからないんだよね?」


「んなっ……!」


 想定外の反撃。

 神良にも全く予想のつかないところから空気が一変してしまった。一体何が起きているのか。


「バカ言うなよ! 吸血鬼も闇の隣人ダークネイバーも法律の範囲外じゃないか!」


「確かにその通りだわ、じゃあ、これでどうかしら」


挿絵(By みてみん)


 音々は悠然と、神良と光流の間に立ち塞がる。

 そして音々は躊躇なく、神良に突きつけられた刀剣の峰を握り、そっと首筋に這わせた。

 月影に濡れた白刃が、その冷たさが触れぬままに伝わりそうなほど素肌に近づく。


「岩田光流さん、貴方は人間よ。私もそう。殺人という不正義は成立する。最強だとか、闇の狩人だとか、何も関係ない。神良を殺したかったらまず私を殺しなさい」


「な、なに言ってんだよ! 危ないだろ!! は、離れろよバカ!」


 刀剣を無傷で音々から遠ざけることが光流にはできる。しかし音々の覚悟がそれを阻止していた。


「もう貴方自身わかっているはずよ。神良を斬るには、神良を知るしかないんだって」


 凛として、たおやかな横顔だった。

 神良は、音々のことを自分には過ぎたるものだとさえ想った。強く、想った。


「……あー、やだやだ、また僕いじめっ子みたいじゃん反省しよ」


 刀を納めて、光流は一式をギターケースに片付ける。

 軽々しい言葉遣い。寂しげにみえる背中。このまま黙って見送るのは忍びなかった。


「のう、光流よ」


 神良に呼び止められて、光流は苛立たしげに振り返りもせず「なんだよ」と返してくる。


「今宵このまま今一度、ひめと戦ってはくれぬかや」


「……なんで?」


 神良の世迷い言には光流以外の面々こそ「なんで」と言いたげにみえた。

 光流が振り返ると、そこには失った左腕をもう復元してしまった神良の元気な姿がある。


 そして神良は黒き竜翼を広げて羽ばたき、脚と尾は禍々しく豪壮な竜魔と化していた。

 演技をあきらめた神良の、本来の基本戦闘スタイル――魔人ドラキュラとしての姿だ。


「ひめも時効というのは釈然とせぬ。かといって無実の罪で死ぬのはいやじゃ。そうさな、三文芝居の種明かしをせずに帰すのは惜しい。お互い、不完全燃焼のまま終わるより、心ゆくまで喧嘩してみる方がさっぱりすると思うてのう」


「はー? 僕に君を今すぐ殺せる理由がなくなった途端それかよ! 白黒つける気さらさらなしの茶番じゃん! そりゃ暴れたりないけどさ!」


「けど嫌いなんじゃろ? 真剣勝負」


「そうだけどさー! つーか何だよそのかっこいいやつ! ドラゴンじゃん!」


「ひめは竜の子、ドラキュラじゃからな!」


「そーゆーの早く言えよテメェ! 僕の考察やりなおしじゃん! ふざけんなたたっ斬る!!」


 にっ、と光流と神良は闘志をたぎらせて睨み合い、火花を散らした。


 ――光流を理解するには、これが一番てっとり早そうだったと神良は自分に言い訳する。


 徒労感と疲労に音々がくらくらと立ち眩みを起こし、勝利はわたわたと「や、やめようよ! ご近所迷惑だよ! みんなの公園だよ!」と右往左往しながら必死に説得する。長島は「あー、そろそろ翼ちゃんおうちに送らなきゃ」と現実逃避し、翼も「……ですね」と呆れ返っている。


「っていうか翼はダメだろ十一歳だぞ! ロリコン死ね!」


「知るか! ひめの方が背ぇ低いのじゃ! くたばれ小姑!」


 そして神良と光流は一夜中、ちょいちょい休憩を挟みつつ激闘を演じた。

 夜型人間の勝利だけは公園に残り、光流のわがままのためにコンビニで軽食やドリンクを買いにパシったり、へとへとになった神良に吸血させてくれたりしたのである。


「んっ、神良ちゃん、いつもより激しい……っ」


「うわ、完全にエロじゃん。エロエロじゃん吸血っ……! こんなの翼にするつもりかよ!」


「はーん羨ましいか? そなた翼をかっさらわれて悔しいのか? そなたも眷属にしてもよいぞ?」


「やっぱ喰い殺すぞこんにゃろー!!」


 やがて暴れに暴れて、戦い疲れた光流は芝生の上で子犬のように丸くなって寝ていた。

 なんだか晴れやかな光流の寝顔を見守りつつ、神良もおだやかに目を閉じて眠りにつく。


 そして夜が明けた――。


「し、死んでる……!」


 徹夜の眠気にうとついていた勝利が気づいた時、神良はもう死んでいた。

 光流との超絶バトルとはまるで無関係に、朝日で灰になって――。


 『神良さま』残機×96⇒残機×95。

毎話お読みくださり誠にありがとうございます。

山場のE章が終わって、残すはラストのF章のみとなります。

本作完結は11月上旬中を目指しております。

ハロウィンには一足遅くなりますが、早く神良たちのハロウィンライブをお届けできればと思います。

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