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記A3.カミラ メイ クライ

「これから神良さま特別オーディションを開始いたします」


 真夜中、レッスンルーム。

 音々が大事な要件があるという。月光浴を終えて元のカリスマ神良に戻れたところで指定の場所にやってきてみれば、壁面にびっしり鏡の並んだ部屋に一人分の長机が置いてある。


 音々は銀縁アンダーリムの眼鏡をかけて、フォーマルな装い、できる社長っぽさを醸している。


「オーディション……? なんだ、その横文字は。競売か、まさか私を売ろうというのか!」


「それはオークション! 芸能界における登用試験のことをオーディションというのです神良様」


「なるほど、ひめに名誉ある審査委員長をやってほしいというわけだな!」


「残念ですが、神良様は受ける側です」


「なんじゃと!?」


 採用面接、人材登用。雇われる側の立場になれと言っているのか、こやつは。

 音々はいやに冷たい眼差しで、真剣にこちらを見据えてくる。

 ちょっと怖い。


「吸血鬼と眷属という間柄としては私と神良様は主従です。けれども、中堅芸能事務所の社長とアイドル志望のド素人という立場では話が違います。神良様は自覚してください、今はまだ芸能界においてはアイドルという刺し身についてくるタンポポ未満の存在だと」


「ひめを食えぬ飾りにも劣ると申すか!? ……いや、まずアイドルは刺し身でよいのか?」


「新鮮で艶やかで美味しい刺し身の盛り合わせ、そう的外れでないはずです」


 猫の眷属刻印に若干、引っ張られていまいか。

 人間の食事はあまり意味がないので神良には今ひとつピンと来ないが、江戸時代の頃から鯛の刺身といえばめでたき日の祝いに食すような贅沢な品とは心得る。

 ピチピチと跳ねそうな真っ赤な鯛をみれば、鮮血のような鱗の色合いが美しい。竜宮城の話でも優美なものとして鯛やヒラメの舞い踊りというのだから、浦島太郎じみた境遇の神良にもまだ通じるたとえ話か。


「タンポポやひまわりは太陽に似ておるからひめは苦手じゃ……」

「神良様の問題は、吸血鬼が日差しに弱いといった“弱点”の数々にもあります。現に――やはり鏡には映らないことも確かめられたわけですし」


 神良は背後の鏡に映っていない。着衣ごと消えてしまっている。

 その様子を、音々はスマホなる“カメラ電話”で撮影して神良に示してくる。不思議なことに、スマホの鮮明な動画上では鏡に映らないはずの神良の鏡像までもが映っている。


「鏡には映らない。写真や映像には映り、鏡像も映る――。不可解ですが、これでわかるのは映像作品や写真を撮られることには問題がない一方、鏡のある場面では正体がバレるおそれがあるということです。これは……とても大きな障害です」


「ほう、考察が早い。しかしその程度はそなたの手配次第でごまかせるのではないか?」


「ええ、映像に映ることができれば……。吸血鬼ならではの弱点問題は、ひとつひとつ対策を講じていけばどうにかできる自信があります。しかし問題は――神良様のアイドルとしての資質がまだ未知数なこと。これに尽きます。ですから最初にすべきことは適性の見極めです、審査です!」


 ずいっと身を乗り出して、音々は雄弁してくる。


「むう、ひめの美貌と魅力は天上天下唯一無二、そう知っておるじゃろうに」


「“魅了”のお力あってのこと、映像越しだと魅了のベールが剥がれてしまうのです」


「なぬっ!?」


 スマホの映像を再確認する。


 高精細で天然色の映像は何度みても、まるで現実の光景そのもので驚かされるばかりだ。

 映像に映る神良は、客観的にみて高貴で可憐な美少女に他ならない。我ながら自惚れても罰が当たらないほど芸術に等しい造形だ。


 しかしだ。たかが“その程度”なのである。


「こうして直に拝見する神良姫様の素晴らしさに比べて、映像の中の神良様は遠く及びません。臨場感の差。そう、テレビでグルメ番組の絶品料理を眺めるような心地、かしら」


「わからぬ! 吸血鬼のひめにもわかるように説明せい!」


「……そうですね、では」


 音々は背中を向けて、なにやら自分を動画として撮影してから神良に見せてみる。


「こちらが映像で」


 音々は綺麗にこそ映っているが、スマホの小さな画面上の音々がくいっとネクタイをゆるめ、ぱたぱたと白いYシャツの内側に空気を送り込む仕草はさほど感じ入るものがない。


「こちらが実物です」


 音々は映像と同じ手順で、ネクタイをゆるめてYシャツを揺する。

 どこか艶のある息遣い、衣擦れの繊細な音、微細ながら揺れ動く豊かな胸元、谷間を伝い落ちていく一滴の汗、一日働き詰めの大人の女の匂い、そして何より血の通ったあたたかな指先――。


「……じゅるり」


「そこ、今はダメですからね!?」


「わ、わかっておる! ひめ冗談!」


 音々に主導権を握られてしまってやりづらいことこの上ないが、神良は血の誘惑を我慢する。


「ひめにも大いに違うのはわかった。映像は目と耳でのみ情報を伝えるが、実体験は五感すべてが訴えかけてくる。ひめの場合、これに魅了の魔眼も加わると」


「加えて、目や耳は無意識にほしい情報を選んで集中できます。……今、神良様が私のおっぱいに釘付けになっていたように」


 じっとりとした音々の上目遣い。おあずけ宣言しておいて小生意気な挑発をしてこようとは。


「そ! そなたわざとひめの視線を誘導したであろう!? この女豹めが!」


「今のは神良姫様の魅力がいかに映像化によって損なわれているか、その実演です。このように対面での魅力がいかに高くても、映像越しにはあるがままでは通用しないわけです。神良様はおそらく、ご自分の魅力があればすぐにでもアイドルとして通用するとお考えでしょうけれども――九州しょうゆで食べる甘えびほどに甘っちょろい!」


「そなた刺し身にこだわりすぎじゃぞ!? 海の幸で育った玉手箱か、そなたの胸は! 揉むぞ!」


「後にしてください! いいですか、大事なのはいかに絶世美人の吸血鬼であってもアイドルの道は一日にしてならず、半端な覚悟で挑んでも“ごっこ遊び”で終わる世界だということです!」


 鬼気迫る音々。

 痛烈な言われように神良はムカつきはするが、しかしかえって穏やかな心持ちになれた。


 音々の言は鋭くて、瞳は険しく、怖いくらいで。

 あたかも美しい白刃のようであった。


「……そなたはひめの願いを、一時の戯言だとは考えぬのじゃな」


「志望動機も何も知りません。どれほどの熱意があるかも、これから審査するつもりです。もしかしたら本気じゃないのかもとは今も考えていますよ、でも」


「でも? どれ、言うてみい」


「でも、オーディションという夢見る者の片道切符は平等に与えられて然るべきです」


 鉄の意志だ。

 音々の気高い志に触れることができて、少し、神良は彼女の奥底に近づけた気がした。肌を重ねた時よりも、ほんの少し。


 譲れない矜持がある。曲げられない信条がある。

 芸能事務所の女社長という己の定義を、眷属として忠誠を誓った上でも守っている。


「やはり血は“鉄分”が豊富であるに限る、か」


 くすりと笑い、気取って締めくくろうとした神良の眼前にバシンと叩きつけられる紙束がひとつ。

 オーディション一次審査、書類選考用紙である。

 記入欄が――ひたすら多い。


「今ここで合格基準に達するまで、書類選考用紙を何度でも書いて貰います。名前、住所、年齢、履歴、志望動機、自分のアイドルとしての注目点、特技、資格……。客観的に、自分がいかにアイドルになりたいか、アイドルとして何が売りになるかを自己分析してください」


「……今夜の吸血は?」


「ご褒美として楽しみになさってください。私は仮眠します。寝てる間に襲うのは禁止ね」


 ジンベエザメ型の寝袋にすっぽり収まって、アイマスクをつけた音々は宣言取りに寝てしまった。

 絶妙にムラっとさせておいて、無責任に寝た。


 神良の悶々としたやるせない気持ちに対して、あるのは積み重なった記入用紙のみ。

 試しにかりかりと必要事項を書き記してみるが、考えずしては書けぬ志望動機の欄で止まった。


「ぬがぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 一枚目を書き上げるのに一時間半、そして即ボツを食らっては注意点を丁寧に教わり書き直し。

 すやすやと寝息を立てる音々を、ごちそうをおあずけされながら何度も、何度も。

 そして夜が明けた――。


「……お見事です、神良様。一次審査、合格とします。本当に、がんばりましたね」


 冷徹な審査員に徹していた音々が、ようやく微笑んでくれた。


「ああ、ついにやったのだな……」


 神良は燃え尽きた。


 空腹と達成感、そしてカーテン越しで微弱なはずの朝日の光が、背面の鏡によって前後から襲い。


 燃えた。

 燃え尽きた。

 真っ白な灰になって――。


 『神良さま』残機×98⇒残機×97。

第三話、お読みいただきありがとうございました。

第四話までは同日更新予定です。


もし面白かったと感ずるならば、そなたの血を捧げるのじゃ!

こほん……、もとい、感想、評価、ブックマーク等お待ちしております。

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