記D5.魔イクラダンジョンズ ※特別掲載ファンアートつき
※今回は飯テロ含みますので、空腹時の観覧にはご注意ください
※某所にて神良のファンアートを頂戴いたしましたので挿絵掲載させていただきます (なお問題がありましたら掲載を取り下げます)
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都会のオフィス街にある高木プロの入居する総合ビルからほど近くに寿司九重はある。
正確にいえば、この寿司九重もまた商業ビルに間借りする飲食店のひとつである。
不慣れな人間には到底、地図なしには辿り着けないわけで。
「僕ここさっきも通った気がするんだけど!」
「あ、あれ、おかしいですね」
「誰だよこんなクソダンジョン作ったの! 僕がぶっ倒してやる!」
「不動産の所有者ひとりひとりを気長に倒してまわすのは新発想のレベリングですね」
光流と長島のダメ大人ふたりに任せていると夜が明けそうだ。
と、翼は過去の記憶と地図情報を照らし合わせて、ちゃんと正しい寿司屋の位置に到達する。
夜七時のまわらない寿司屋。少々奥まったところにある分かりづらい店構えながらも玄関にまで来ると和風の暖簾に白い招き猫が出迎えてくれて、雰囲気がある。
「高木様のお連れの皆様ですね、どうぞこちらへ」
出迎えてくれた和装の店員さんに連れられて、個室に通される翼たち。
高木音々、それに知らない少女がひとり隣に座っていた。
(誰……? なんだか居心地が悪そうにしてるけど)
吸血鬼の神良とは別人だ。謎の少女は、ぽわんとしたゆるやかな秋物コーデの私服を着ている。ほの甘いカジュアル系のいでたちは、フォーマルスーツの音々や長島とは大違いだ。会社に属する人間ではないとみえる。
やや挙動不審な少女は、翼ら一行を見るに早くもぎょっと驚き、そわそわする。
年下の子役と仕事する時、人見知りなこどもが翼や共演者に緊張してしまった様子にそっくりだ。
一方、音々の方はさして平素と変わりなく、いつもの柔和で凛々しいお姉さんだ。
「よく来てくれたわね翼。長島も、今日は私のおごりだから遠慮せず食べていってちょうだい」
「ごちそうになります、音々さん」
「は、はい社長!」
吸血鬼の一件という本題を除けば、翼は会食くらい慣れたものだ。幼い頃、音々には色んな場での礼儀作法を手ほどきしてもらった師弟に近い仲である。
一方、中堅と言っても業界序列第十二位(※翼の個人的イメージに基づく)の高木プロは従業員が五十人を超える。そのそれなりに大きな会社組織の下っ端に位置する長島には、自社の社長と仕事ついでに会食というのは希少な機会だろう。
そして何食わぬ顔して「よっ! おひさっ!」とあぐらでどかっと座る無法者が岩田 光流だ。
平静と緊張と奔放。三者三様である。
「あなたは……たしか、翼の親戚の」
「そ、光流おねいさん! 翼がどーしてもって言うもんだから保護者としてついてきちゃったんだよね、いやーごめんねー僕にもお寿司おごってくれるなんてさすが社長だよねー♪」
「いえ、翼にはお世話になってますから……」
翼は知っている。いかに中堅芸能事務所の社長といえど、私費で五人分のコース寿司は手痛い。稼ぎ頭や社員への労いは必要経費と割り切れても、光流にごちそうするメリットは一切ない。そこをちゃっかりノリと愛嬌で押し切るのだから光流の自称する「僕かわいい」も捨てたものでない。
(なぜあの時ゴミ箱漁るアライグマみたいな害獣を親戚設定にしちゃったの、バカなの私……)
そして光流は強引なことにいきなりテーブル越しに身を乗り出して、謎の少女に迫る。
「ねえ! 君だれ!」
「ひっ!」
「僕は岩田光流! で、こっちがご存知あの飛田翼! 僕その親戚! ねえ君は?」
「わ、わたしは、や、やままま……!」
明らかにしどろもどろ、涙ぐんでいる謎の少女に、ぐいぐいと光流は物理的にも近づく。
逃げ腰な彼女の手を引いて、光流は天真爛漫に笑って。
「君ってばシャイだね、僕けっこう好み! 守り甲斐のありそうでいいよね! ほら、この超絶かわいい僕が認めてやってるんだから頑張ってみなよ、待ってあげるからさ」
光流から急接近したクセに、手を握りながら黙って待つこと五秒、十秒――。
緊張と恐怖に戦いていた少女が、少しずつ、閉じた蕾が花咲くように可憐な恥じらいの色をみせる。
「や、山口勝利っていいます。音楽、やってます。……あの、手を……」
「へぇ、名前もイケてるじゃん! まさりんって呼んじゃうけどいいよね!」
「ぴゅえ!? こここ、困ります!」
迫る光流、退く勝利。
「じゃあ勝利ってちゃんと呼んでやるけど僕のことも光流って呼んでよね! 岩田ってかわいくないんだよね! 地属性かよ! 地味かよ! あ、でも山口も地属性っぽい!」
にへっと得意げに光流は言ってのける。
「僕ら“おそろい”だね!」
ぽかーんと口をあんぐり開けたまま固まった勝利は「……は、はい」と遅れて返事する。
それは呆れたり迷惑がるようにみえて、どこか、嬉しそうにも翼にはみえた。
(……私、何を見させられているんですか)
悪癖だ。光流はとにかく距離感を迅速に詰めてくる。なおかつ誰にでも親しいわけではなくて、好き嫌いがはっきりとしている。嫌いな相手には素っ気ないか悪態を、好きな相手には好意を遠慮なく示す。その落差の激しさに勘違いさせられてしまう人が多い。
その新たな犯行現場を翼は目撃してしまった。
ドラマだったらいつ包丁ぶっ刺されてもおかしくない素行だ。いっそ光流には翼より天性のアイドル気質がある。それを台無しにする破天荒ぶりを制御するとなれば、マネージャーの気苦労は翼の想像を絶するだろうが。
――本当に恐ろしいのは、光流はいざとなれば音々や勝利を殺めてしまう覚悟だということ。
じつはもう、翼は微かながらに“影”を目にしている。音々と、そして勝利からだ。
光流は“匂い”と表現するが、翼とはまた違う感覚によって、闇の隣人にまつわる事柄を捕捉している。
バカげた振る舞いにみえても、すでに“探り”を入れている。
光流は勘違いさせようとしているのだ。
老婆の皮を被った狼のように、光流は勘違いをさせようとしてくるのだ。
もっとも、赤ずきんの物語と違うのは、彼女こそが狩人である点か――。
(恐ろしい人……)
そう、一端の演技者として翼は光流を評価する。
「はー……! 僕これ好き!! おすし大好き! ありがとー音々さん!!」
ひとつふたつ運ばれてきた寿司を食べた光流は大げさに感動して、わざわざ席を立つ。
そして光流はとてとて小走りで回り込むと今度はあろうことか音々に抱きついた。
子犬のように光流がじゃれつくさまは、翼にはぱたつく尻尾が幻視できるほどだ。
「ちょ、ちょっと光流さん……!?」
「毎日こーゆーごちそう食べれるんだったら僕もう高木さんちの子になるぅ~♪」
「ええ……」
困惑する音々、この場の一同が光流の一挙一動から目が離せない。
しかし普通ならば悪ふざけを注意すれば終わるところが、そうならないのは音々の性癖だ。翼はよく理解してる。高木音々は――かわいい女の子にかなり弱い。
(お固そうにみえてチョロいんですよね、音々さん……)
五十人の従業員を抱える敏腕経営者という肩書は、高木音々に望まぬ人付き合いを強いる。砂漠にオアシスという要領で、親しげに年下の同性に接されると気が緩みやすい。それでも仕事場では公私を分けるが、この会食は半ばプライベートだし二年前に出逢った時、光流は女子中学生だった。
翼にはまだ感情は理解しがたいが、アラサーがJKに甘えられる構図の凶悪さはわかる。
重ねて、光流は黙っていれば妖艶で凛々しい美人さんだ。
――音々の別れた彼女さんの顔立ちを思い返せば、たぶん、光流は“刺さって”いる。
「ほーら社長の大好きいくら軍艦だよ、あーんして、あーん♪ 僕が食べさせてあげるからさ」
「あのねぇ岩田さん、私達そこまでの仲じゃ……」
勝利の時より一層に近い、というより半ば絡みついた状態で、光流は音々に密着する。
醤油をちょんちょんとつけたいくら軍艦を箸で摘み、口に近づける。
卑怯千万なことに、赤い宝石を包んだ黒々とした海苔に塗られた醤油の雫が少しずつ下方に伝い、このまま食べずにいると溢れてしまう状態になる。食べねば服が汚れるのだ。
「逆だよ? 僕まだ親しくないのにお寿司ごちそうしてもらったんだもん、お酌代わりにこれくらいサービスしてあげないと無作法ってもんだよ! ね?」
「そ、それもそうね……」
(今のどこに納得する要素があったんですか音々さん……)
「はい、あーん」
光流に言いくるめられて、音々は周囲の視線を気にしつつも目をつぶって、黙って口を開ける。
邪魔にならぬよう髪を抑えて舌を覗かせる仕草は、幼心に翼でさえドキッとする色香があった。
(え、演技の参考になります……)
しかし追い打ちを掛けるように光流は小声で「僕だけの“あーん”じゃ、やだなぁ」とささやく。
「あ、あーん……!」
「そそ、素直で良い子だね。さ、あーん♪」
いくら軍艦を一口に食べさせられた音々は、目を開けてとろんと美食に酔い痴れる。
翼としては理解したくないが、焦らされた分だけ開放感があったりするのだろう。ただでさえ海鮮系が大好物、美少女にも弱いので二重三重にごほうびなはずだ。
「おいっ……しぃ」
うっとり、恍惚とする音々。によによと満足げな光流。長島と勝利も箸を止めて、あまりの光景に食い入るように見守っている。
海苔の薫りが潮風の頼りを届け、ぷちぷちと海の赤き宝石が弾けて、舌の上でとろける。
そんな幻想さえ想像できるような音々の食べっぷりに、さしもの翼も息を呑む。
(……だからですね! 私、何を見させられているんですか!)
無性に湧いてくる悔しさに、翼も試しにいくら軍艦をぱくっと一口食べてみる。
「んむっ!」
おいしい。おいしい。おいしい。
あれこれと難しい思考を放棄して翼がただの小学五年生みたいな語彙力のない、食レポ失格の感想しか言えなくなるほどにお寿司が美味しい。
ごちそうにありつく機会はたまにあっても、翼は小学生、日頃一番食べるのは学校給食だ。
素晴らしい。
きっと芸の糧となるに違いない。寿司九重で食べたのは初めてじゃないのに感動させられる。
ひとつ食べてもまだ多種多彩な寿司が綺麗なお皿に並んでいる。私を食べて、と口々にささやく。
翼がエンガワにそっと箸を伸ばした瞬間、その皿がすっと逃げた。
――光流の仕業だ。
「翼ちゃん、あーん♪」
「な、なな、なんで私まで!」
「だって羨ましそうに見てたじゃん? ほら、自分に素直になるって気持ちいいぞー!」
「や、やめ、翼は堕落しきった大人たちとは違うんです!」
ぐさっ、と流れ弾が誰かに刺さった気がしたが、今の翼には確かめる余裕がない。
エンガワの真珠にも勝る真っ白な淡い輝き、そして光流のすらりとした指先が誘惑する。ただひとりで食べる以上の味わいが、好意を抱く相手に食べさせてもらうことで得られると本能が訴える。
これを食べたらダメな大人に一歩、近づいてしまう。
それはまるで禁断の果実――。
翼の揺れる幼心は、鼻先をくすぐる薬味の匂いによって悪に屈した。
「あ、ん……っ」
翼は心の海の中、人魚姫になってしまった。
悪い魔女にそそのかされて、禁断の味を知ってしまった人魚姫はもう、海のお友達とは遊べない。
ごめんね、エンガワくん。
いただきます、エンガワくん。
幼き人魚の涙は、一滴の九州さしみ醤油のようにあまじょっぱかった。
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※おまけの特別掲載ファンアートはこちらです
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