記D2.キャプション翼
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変装道具のハンチング帽をひょいと奪って、光流はくるくる指先でまわした。
どうせ奪い返そうとしても無駄どころかおもちゃにされるだけなので翼は帽子をあきらめる。
「さて、吸血鬼についてだけど、僕の名推理が正しければ君は――」
光流は長い黒髪を振り乱して、指を指す。
「吸血鬼にされてしまった! そーだろう?」
「違いますけど夢があっていいですね、吸血鬼役のオファーは歓迎です」
「暖簾に腕押しだーねぇー、あーやだやだ僕ぁーは君のそういうとこ嫌いだなぁー」
「吸血鬼というのは私の所属事務所、高木プロに最近出入りする不審な少女のことです」
「不審ねぇ。吸血鬼だっていう証拠は?」
「目撃しました。会社のエレベーターで、うちの社長、高木音々の脚に噛みついているのを」
翼の証言に、光流はハンチング帽を目深に被って悩む素振りを示す。
「それさ、単なる“お楽しみ中”ってオチは無いよね?」
「……その、困ります」
翼はハンチング帽を奪い返して、顔を隠すことにした。
「アイドルで、まだ小学五年生なので……そういうの、困ります」
ちょっとだけ、恥じらいの演技を交えてみる翼。
清廉楚々としたイメージを売りにしているので、他人に見られていずとも純情を徹底したい。
――本当に、同世代の平均値よりは翼は性的な事柄に疎いつもりなのだけど、それでも小学五年生ともなればお年頃だ。漠然と、エレベーターで目撃したソレがいけないことだとはわかる。
そんな翼の小さな演技を見抜いてか、光流は嫌味ににやけ笑いしてる。
「社長さん、前に会ったことあるけど結構な美人だよね。ふーん。あの人がね。脚に噛みつく行為が見間違いでなきゃ、吸血でもえっちなことでも大問題だよねー。その少女ってのは何歳くらい?」
「――銀色の髪をしていました」
光流に年齢を問われて、翼は髪色を答えてしまう。
それだけ浮世離れした銀髪が目に焼きついていたのだろう。
「……あ、年齢。大人でもない、子供でもない。私と同じか、少し年上にみえました」
「君と同じだったら、それは子供じゃないのかい? と大人のつもりな僕は聞いてみよっか」
光流は薄っすらとにやついている。本当にふざけている。
強く反発するでもなく、翼は、冷たいトーンで返すことにする。
「キスをしました」
「ヴぇ!? だ、だれと!? 早くない!?」
面白いほど大げさに驚いてくれた光流に気を良くして、翼はスマホの画面を示す。
翼の出演する映画のメインビジュアルと公開日がそこに映っている。
「主演じゃなくて子供時代の回想シーンだけですが、そこで相手役と」
「あの翼ちゃんが、ホントに……?」
「はい、ウソかホントか劇場で確かめてください」
「くそう商売上手め! しょうがないなぁー! けど良かったの? 初めてがお仕事だなんてさ」
「……ホントの初めてはナイショにしても、いいですか?」
また演技を交えて翼が可憐そうに振る舞うと、光流が「うわぁぁぁ!」とうめいた。
「やだやだ! 僕よりかわいいぞアピールすんだもん! ずるいぞ全国区! こちとら生まれも育ちも闇の狩人! 僕だってチヤホヤされたいのにアイドルこのやろー!」
自称大人が駄々をこねる。
ホントに、黙っている時と戦っている時の美しさが刀剣ならば、今はハリセンが良いとこだ。
「でさ、吸血鬼だって根拠はそんだけじゃないよね君のことだもん」
「はい。微かですけど、吸血鬼の少女、それに音々さんにも“影”が視えるんです」
「君はどうにも闇の隣人に縁があるね、世話が焼けるなぁーもう」
影。
ほんの薄っすらとだけれども、確かに、あの吸血鬼らしき少女は得体のしれぬ影を携えていた。
嫌な胸騒ぎがする、禍々しい影だ。
「芸能は古く、神事に根ざすんだ。舞や踊り、歌や芝居は神様への捧げものだったり神聖な儀式だったりしたわけだね。今も昔も神職や芸能者がみんなそーゆー才能があるってわけじゃないけど、一握りは“通じちゃう”人がいる。そのせいで翼ちゃんは二度も僕に一生ものの借りを作っちゃったわけだね、あーあ、僕かわいそー、いつ恩を返してくれるのかなー」
「二千万円でどうですか」
「小五で札束ビンタはやめろよかわいくないな!!」
「冗談です、二百万円くらいがせいぜいです」
「生々しい額面もダメ! 小学生の僕なんてポチ袋の中たった二千円でも大喜びだったんだぞ!」
言えない。
芸能事務所に長年出入りしてると年配の大御所がホイホイお年玉くれるとは。
「……その使い道は?」
「ケーキを1ホール買って独り占めした!」
正月にケーキをどか食いする女子小学生――。おバカを通り越して夢がある気がしてきた。
食事量や栄養の偏りに気遣っている翼には到底、できないことではあるからだ。
しかしどうにも光流との会話は脱線しがちで困る。
「“視える”翼ちゃんの証言だからね、僕も闇の隣人絡みってとこまでは疑わないでおくよ。そだ、時期はいつ? それ以降は見かけた?」
「目撃は八月の終わり頃です。以降は吸血鬼と出逢ったことはないのですが、社長に取り憑いてる影は消えなくて。もっと早く相談してもよかったんですけど、ただ――」
「ただ? なんだい?」
「調子が良さそうにみえるんです、社長」
「はぁ? やつれるならともかく元気になる? 輸血鬼とか言わないよね」
「妙に上機嫌な日が続いたりして、かえって不安です。直接それとなく聞いてもうまくごまかされてしまいます。前の彼女さんと付き合っていた頃みたいな、恋する乙女のような……」
「ん、ん? 音々さんの彼女……?」
不思議がる光流。
ややこしい誤解を生んでも面倒なので翼は簡潔に説明することにする。
「社長はレズビアンです。コレ、ナイショですよ」
「さらっと僕に気まずい社外秘リークしてくんなよ! えー、えー、つまりソレってさ、吸血鬼にありがちな“一時の戯れ”じゃなくって……」
必然当然、その発想に至る。
まだマネージャーの長島がドーナツの購入に手間取っているのを確かめて、翼は言葉する。
「社長と吸血鬼、ふたりは恋愛関係にあります」
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