記D1.メルティドーナツカウンティ
※これより後編開幕です
※文頭“□”表記は刺客――もとい飛田翼視点です
□
天才子役として飛田 翼が一世風靡したのは六歳の頃だ。
ルールを守れること。
様々な素質が求められる上でなお一番に重視されるのは「子役は仕事である」と正しく認識して順応できること。幼くしてプロ意識があり、聞き分けがよい。それが翼の使い勝手のよさだ。
『いいね翼ちゃん、そう、いい笑顔だよ』
CMの撮影も何のその、求められた表情をちゃんと選ぶ。そして欠かさず挨拶をする。
『とびたつばさです、よろしくおねがいします』
『おはようございます』
『おつかれさまでした』
挨拶ひとつこなせるだけでも周囲は褒めてくれる。両親だって喜んでくれる。
あたかも天使のようだと褒めそやされる。
世間に求められる通りに笑い、泣く。
あれもこれもやってみたいという意欲はちゃんと伴っている。
たまに疲れてしまっても一休みすればへっちゃら。
飛田翼は完全無欠のキッズアイドル。高木プロの誇る金看板。
それは今だって、まだ、変わっていない――。
『メルティードーナッツ』のCM契約も無事に更新できて二年目も飛田翼はイメージガールだ。
その翼が、一年分のメルド商品券を貰いながらにして、実店舗で自ら使ったのは初めてのこと。
翼ほどの知名度となればサングラスで変装しないとおちおち外食もできない。できたとしても年中メルドを食べ飽きるほど買っていては健康に悪いので節度を持ちたい。
(……食べづらいです)
天真爛漫にエンゼルメルティドーナツにかじりつく“翼ちゃん”ポスターが視界に入る。
天使をイメージした白い衣装に文字通り、天使の翼まで生やしている美少女。ともすれば冗談にみえる要素が、幼く愛らしいながら神妙な高潔さ、凛とした理知的な顔つきと合わさって、ほどよく芸術と愛玩のバランスがとれている。
昔に比べて、だいぶ手足もすらりと伸びてきて、可愛いさより美しさに傾いてきている。
翼は十一歳、小学五年生になった。
子役は大成しない、とよくいわれる。ドラマでの大抜擢にはじまり人気の絶頂期だったとされる六歳の翼に比べて、十一歳の翼は客観的にみて、もう陰りが見えていた。
「はむっ」
まんまるとした穴のない満月ドーナツを食んで、下弦の月にしてしまう。
じゅんわりと油のまろやかさと甘さ、クリームとホイップが暴力的なまでに訴えかけてくる。
(……撮影の時より、おいしい気がします)
月の満ち欠けのようにして飛田翼の芸能人生はどんどん暗く沈んでいっている。
それでもまだ仕事が絶えず、落ち目だといわれずに済んでいるのは高木芸能事務所のバックアップのおかげだということを翼はよく理解していた。
「ここ最近の社長、長島さんはどう思いますか?」
隣の席に座る、二代目専属マネージャーの長島さんこと長島 糸衣はきょとんとする。
食い意地が張っていることに、右手に定番のいちご味、左手に秋の新作マロン味のドーナツの二刀流で交互に食べ比べているのだからのんきなものだ。
「うん、マロン味かな!!」
「ドーナツの感想は聞いてませんが次の来店時に注文してみます」
「いいね翼ちゃん、いつもながら肯定的で!」
少々呆れるが、ため息はクセになるので翼は代わりに澄まし顔になって黙る。
長島は入社二年目の、新人マネージャーだ。明るさと元気は評価したいがなにかと新米らしく至らないところがある。十歳の年の差があっても、業界歴はずっと翼の方が長い。ことさらに「使えない」と文句を言うよりはむしろ先輩として彼女の成長を見守る側でありたいと翼は覚悟済みだ。
それにいざという時は、長島より頼りになる“先代”に頼ることが翼にはできる。
「私の先代マネージャー、現社長の高木音々さんについて。長島さん、変化に気づきませんか?」
「しゃ、社長かぁ。そう言われても平社員だもん、あたし」
ドーナツ二刀流をキープしたままこの発言である。
「役に立たないと落ち込まないでください、長島さんは頑張り屋さんで素敵です」
「うん、ありがとうね翼ちゃん!」
やんわり交えた嫌味は聞き流して褒め言葉だけ受け取る長島。これはこれで鈍感力が羨ましい。
長島にはカピバラのようなぬぼっとした愛嬌があると解釈すれば魅力はある。
芸能界の第一線を渡り歩いてきた翼は美男美女こそ見飽きているが、長島は一般人としては上玉といえる。大学ではモテた、と天才キッズアイドルの翼を前にして豪語するのは勇者すぎるが。
やはり、真実に迫る上では長島糸衣は頼りにならない。
「これから私がお逢いするのは“専門家”です。社長について気がかりなことを相談します。長島さんは専属マネージャー兼保護者として相談に付き添ってください」
「え、メルド食べにきたかったんじゃなかったの!?」
「いつもダッシュでパシってくれる迅速さ、素敵です」
「いやぁーそれほどでも……えへへ」
照れる長島、黙する翼。
これはこれで良好な関係といえるが、先々を考えると不安しかない。
このまま芸能界の第一線を羽ばたきつづけるには、翼の自助努力だけでは足りない――。
(もう、消えて無くなっちゃう)
まんまるドーナツを食べ進めれば、当然ながら最後には一欠片しか残らない。
そう、訳もなく感傷に浸っていた時にだ。
“専門家”はやってきた。
長く艷やかな黒髪をふわりと軽やかに躍動させ、専門家は無造作に向かい側に着席する。
しなやかな体躯と澄んだ空気感、豹や狼といった肉食動物を彷彿とさせる少女。年の頃は、もう中学は卒業しているはずだから十六歳ほどか。
以前と変わらず、ぞわりと寒気立つほどに研ぎ澄まされた白刃のような美しさを宿している。
「あ、噂の専門家さんですか? 音楽関係の人だったんですね」
外見上、とりわけ目につくのは黒塗りのギターケースだ。
専門家のラフな服装も相まって、中身を知らない長島は当然の勘違いをする。
訂正しようか迷うが、まさか“本物の日本刀”を隠し持っているとは説明する訳にもいかない。
専門家――岩田 光流。
「はい、減点ぼっしゅー僕のものー」
光流はひょいっと長島の食べかけマロンドーナツを横取りしてぱくっと一口で平らげる。
黙ってさえいれば芸能人顔負けの美人なのに、気ままに喋らせると光流は化けの皮が剥がれる。
「あ、あああ……あたしのマロンメルドが!」
哀れ、食べかけを横取りされたドーナツ二刀流の長島は口をぱくぱくさせて悲痛に訴える。
「あ、そっちも僕もーらいっ♪」
そうしてる間にいちご味のドーナツを、長島がまだ手にしたままなのに光流は一口で食べる。
つまり、指ごと口に含んだのだ。
「えひゃ!? え、え!」
初対面の謎の美少女にいきなり指を食まれれば当然、混乱もする。長島は目を渦巻かせて驚く。
けれど翼は動揺しない。過去に二度も、光流とは事件を共にしている。
翼と光流は旧知の仲というわけだ。
「報酬にメルド食べ放題は含んでも、長島さんは食べちゃダメ……いえ、別料金ですよ」
「柔軟な対応しないで!?」
「はもも、あも」
最後に人差し指の腹をちろっと舐めあげて、光流はくすくす笑いながら離れる。
開放された長島は不意の出来事に固まっている。カチンコチンだ。
ギターケースを抱き枕のように抱いて、光流は悪戯げにこちらへ目配せする。
「僕は光流おねいさん、“化け物”の専門家だよ。よろしくねぇ~☆」
バカにしてる。
バカげている。
しかし過去の事件を鑑みれば、翼にとって光流ほどに頼れる専門家はいない。
「光流おねえさん、吸血鬼を食べたことはありますか?」
不意の質問に、光流は目の色を変える。
獰猛で静かな、狩人の目だ。
「いやー僕もさすがに無いなぁ、たった五回しか無いや~。ごめんね~?」
光流は冗談ぶりつつ、興味深そうに翼の方へと身を乗り出して、迫る。
「ね、詳しく聞かせてくんない? あとメルドおかわり」
「長島さん、メルドおかわり」
「は、はい、ただいま!」
光流と翼の間に横たわる神妙な空気も何のその、長島は元気にドーナツを買う列へとパシった。
毎話お読みくださり誠にありがとうございます。
もし面白かったと感ずるならば、そなたの血を捧げるのじゃ!
こほん……、もとい、感想、評価、ブックマーク等お待ちしております。




