記C7.神良の野望・大志 with ハムスターキャット
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神良さま特別オーディション第三次審査、審査その三。
演技力テスト。
今度はなにをするのかといえば、提示された舞台設定にあわせて演じるとのこと。
「――本来はそうやって演技力を確かめるのだけど、神良の“特性”はよくわかったわ」
ソファーに深々と腰掛けた音々はすくと立ち上がり、ホワイトボードに筆走らせる。
『経験のズレ』
と音々は大きく描きつけて、強調するように丸で囲った。
そしてバン! とボードを叩くものだから怖がりの勝利が「ひゃ!」とびっくりしてしまった。
「神良、あなた女子小学生になったつもりで演技ができる? きっと無理なはずよ」
「ぬぐっ、悔しいが! 悔しいが仕方ないではないか! 江戸時代生まれの吸血鬼じゃぞ!」
「神良の外見年齢から需要がある役柄はローティーン子役の範囲、ほぼすべて小学生高学年か中学生であることを前提にしているのよ。学生の機微がわからないのは致命的ね」
「ぬぬぬ……。はっ! 時代劇、そうじゃ時代劇はどうじゃ!」
神良は苦し紛れに身振り手振り説明する。
「ひめはこうみえて剣術の心得がある。時代劇は昔にもあったからな、殺陣の要領もわかるのじゃ」
丸めた台本を握って、よっ、はっ、と演舞する。
神良なりに見様見真似ではあるが、所作は流麗なつもりだ。しかし音々は首を横に振る。
「どこの時代劇に色白銀髪吸血鬼の殺陣シーンがあるっていうの?」
ぽて、と地に落ちる台本ソード。
「か、かっこいいよ~、ほんとだよ~」と勝利は気休めに応援してくれる。泣ける。
「神良、とても残酷なことをいうけれどね、ドラマや映画の世界には役柄にあわせた需要があるの。あなたの外見はとても魅力的だけど、あなたを想定した役柄が巷にはないのよ。これはハーフや外国人のタレントが抱える問題ね。演技力は磨けばよくても、こればかりはね……」
「そうか、日光の克服もできぬ以上、俳優路線はあきらめるかのう……」
「神良ちゃんだったらハマり役さえ見つかれば、他の人にできない演技ができそうなのにね……」
三者三様にうぬぬと唸る。
「とにかく神良は何につけても規格外なのよ、テレビドラマや映画では強みのチャームも……」
「……あ、舞台演劇は?」
なにやら閃いた勝利はこなれた手つきでまたスマホを素早く操り、映像を流す。
ほんのり暗い舞台上にて、妖精のような綺羅びやかで現実離れした衣装に金色のウィッグを纏った少女が、細糸に吊られて宙を舞いながら華やかに歌っている。
「こ、これじゃ! 妖精の経験はひめにもないが、空を翔ぶのは慣れっこじゃ!」
「舞台演劇……確かに、劇場は屋内だから日光の問題を解決できる。題材も選べる、なにより、神良のチャームボイスもチャームアイも活用できるかもしれない」
「合格、でいいですよね、音々先輩」
「それはまだ、実際に――」
そう音々が渋るのを見て、神良はすかさず黒き翼を広げてふわりと宙を舞ってみせた。
釣り糸こそないが、妖精を真似て吸血鬼は綺羅びやかに空を跳ねて、歌い演じる。
『ららら~♪ 君も翔べるよ、さぁ! おいで! 手の鳴る方へ♪』
抜群の容姿と美声、完璧な空中での姿勢制御、大げさな表現もかえって舞台ならば馴染む。
神良には現実に即した繊細な演技ができない。それは神良も己自身よくわかる。
しかし現実離れした豪快な演技ならできる。それは神良ひとりではわからなかったことだ。
「どうじゃ? まだひめは見込みなしと申すか?」
神良は地に降りながら、勝利の方にポンと手を置いては耳元でささやく。
「お互い、美点をまたひとつ見つけたのう」
にかっと神良が笑ってやれば、ポッと顔を赤らめて勝利は照れ笑いする。
ああ、何と愛いことか。
「あの、合格、でいいですよね音々先輩」
勝利に問われて、音々は渋々と首肯する。
「課題は大いにあるけど、素質ありとしましょう。合格よ、おめでとう神良」
しかし音々は休む間もなく、次の審査を準備する。
神良さま特別オーディション第三次審査、審査その四。
舞踏テスト。
舞い踊りを披露しろといわれて、神良は丸めた台本を扇に見立てると――。
「人生五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか」
そう、堂に入った語り口で歌いながら静かで厳かな舞を披露する。
それを見届けた音々の第一声は。
「織田信長じゃないの!!」
という半ばキレ気味の叫びだった。一体なにが間違っているというのか。
「なーんじゃ、ちゃんと舞を踊ったであろう」
「あなたアイドルの天下一目指してるのよ!? 戦国武将として天下統一するつもり!?」
「ひめの育ってきた時代柄、日本舞踊くらいしか心得はないのじゃ。それに音々よ、そなた途中まで見惚れておったではないか」
そう指摘すると、音々は「それは……」とそっぽを向いてごまかす。
「今時の踊りでなくとも、踊りは踊りじゃ。見惚れるだけの芸当ならば合格にせぬか」
「仕方ないわね……。つくづくあなたのアイドルとしての活用法を考えると頭が痛いわ」
一方、勝利はどうかといえば終始、目を輝かせていた。
「信長、神良ちゃんの信長……!」
なにか、空想の世界に旅立つほどに勝利には衝撃的な組み合わせだったらしい。
戦国の魔王、織田信長といえば今も昔も名高い英傑である。
高貴なる神良と三英傑を重ね合わせているのだから、勝利はさぞや素敵な空想を――。
「そして明智音々の謀反、炎上する本能寺――! 燃える神良ちゃん――!」
「炎上するのはそなたで十分なんじゃが!?」
魔王神良、炎上す。
かくして一通り、アイドルオーディションの第三次審査での定番はやってみたらしい。
音々はメモを読み返しながら「うーん……」と悩ましげに唸っている。
結論がでるまで神良は一息ついてソファーにふんぞり返り、勝利に肩を揉ませることにした。
「んしょ、んしょ。ね、ねえ、神良ちゃんってホントに肩凝ってる……?」
「うんにゃ。しかし心地は良いのでな。あ、そこそこ良い加減じゃぞ~勝利よ」
「審査の結果待ちの間、審査員に肩を揉ませるって神良ちゃんってば……」
そう呆れ顔しつつも勝利はきっちり神良をマッサージしてくれる。
従順で献身的に尽くしてくれるのは神良の眷属として褒めてやりたい良点だ。
「ところであの、アイドルって水着審査もやるんじゃ……」
「ほう、水着審査なぁ……」
神良が興味深そうに一考していると、音々が素っ気なく横から答える。
「あのね勝利ちゃん、神良の素っ裸はもうお互い目に焼きついてるでしょ」
リメンバーバスタイム。
神良と音々の一糸まとわぬ濃密な吸血の一部始終でも思い出してしまったのだろうか。勝利の肩を揉む手が止まって「あわわ」と湯上がりのように頬を赤らめてしまっている。
興味津々なれど恥じらいもする、純粋無垢ともいえず穢れきってもいない塩梅がじつに面白い。
「それにしても勝利よ、そなたの着眼点はじつに面白い」
「ううん、他の人も気づきそうなことばかりだよ。わたしが特別なんてことは……ないよ」
「それはそうやもしれぬ。そなたの才能が唯一無二だというのは過言になる。しかしじゃ」
神良はくるりとソファーの上で半回転して、背もたれに頬杖ついては勝利を見やる。
じっと見つめて、この目で訴える。
「そなたは【鼠の眷属刻印】を受け継いでくれた。ひめの片鱗をその身に孕んでおる。これを特別と言わずしてなんと申せばよいものか。そなたはひめの特別に他ならぬ。特別な者の秀でたる才能はもう、一層に特別にみえるに決まっているじゃろう?」
なんて見え透いた口説き文句であることか。
そう神良は己を冷ややかに心で笑いつつ、相手をしたたかに誘導しようと顔で笑ってみせる。
勝利の傷だらけの自尊心をくすぐるならば、これしきは良薬口に甘しでいいではないか。
「勝利よ、そなたに今よりひめのプロデューサーになることを命ずる」
命令だ。
あえての命令という意思表示を、神良は選んだ。
「プロデューサーに、神良ちゃんの……? わたしが……?」
動揺に瞳を泳がせる勝利。
楽しげに神良というアイドルの卵の可能性をともに夢見ていた時とは何もかもが違う。
炎上騒動にはじまる人間不信。自分の音楽活動を休止中のシンガーソングライター勝利。神良のプロデュースという大業を引き受けろというのは、荒療治もいいところだろう。
「このオーディションを通じて、そなたがひめを審査するように、ひめもそなたを審査させてもらったのじゃ。無論、合格じゃ。ひめが見極めたのじゃから間違いはあるまい」
「けど……わたしにできるわけないよ、自分ひとりだってうまくいかなかったのに」
ひとつ間違えば大泣きしそうな、勝利の潤んだ瞳がじつに愛おしい。
大きな葛藤に苦しんでいる。
酷だが、このままずっと眺めていたいとさえいえる繊細な心は一瞬の芸術だと神良は羨む。
より顔を近づけて、頬に手を触れる。
「勘違いしてくれるな。これはそなたの自由意志に委ねる問題ではないのじゃ。そなたは我が眷属になる際、ひめに忠義を尽くすと誓ったはずじゃ。忠心からひめがために断るならいざしらず、そなたが迷うておるのは己が傷つき失敗することを恐れてのことであろう? それでもなお己がために命令に背くというのならば、眷属としての契約を自ら破棄することじゃ。――どうする、勝利」
「破棄、契約破棄……」
勝利は怖がり屋さんだ。
プロデュースに失敗するという恐怖を、神良と袂を分かつという恐怖と比べさせてやる。
残酷な選択。
勝利の答えるまでじっくりと、神良は彼女の洗いたての赤髪を指先でくりくりと弄んでやった。
ちらと視線を流せば、神良と勝利のことを音々が固唾を呑んで見守っている。
「つ、慎んで……」
かわいそうに、とても怖かったのだろう。勝利の声は哀れに上擦っていた。
「慎んで、お受けいたします――!」
神良は黙って、勝利のことを抱きしめては愛しく撫で擦ってやった。
彼女は捨てられたくない一心で決意したのか。それとも神良の真意に気づいているのか。
そのうち、勝利は泣いてしまった。ぽろぽろと、大玉の涙を流す彼女を神良はあやす。
「ごめんなさい神良様、わたし、わたし……」
「失敗を恐れるのもまたそなたの美点じゃ。勝利が無責任でない証左であろう。プロデュースの大業、きっとそなたの夢にも繋がる。知っておるか? 成功を夢見るのがひめの美点なのじゃ」
勝利が泣き止むには今しばらく掛かるだろうか。
神良は鋭角に振り向いて、この一部始終を見届けた音々に対して妖しげに微笑んでみせる。
「で、そなたはどうする音々よ?」
「――認めるわよ、あなたのアイドル活動を正式にね。ずるいわ、神良様ったら」
不機嫌そうに振る舞う音々を、神良はちょいちょいと手招きしてやる。
すると音々は少々ためらうが、すぐに神良の座るソファーにまでやってきて背を屈めた。
神良に、自分も愛撫されるためにだ。
音々は感情を隠しきれず、いつのまにか生えてしまった猫の尾や耳に欲求が駄々漏れている。
「うりうり、甘えたがりめ。そうさなぁ、音々もこうして欲しいよなぁ」
神良の指先が、音々のそこかしこを愛でる。
「もう、うまくやれるか不安なのは私だって同じなんですからね、神良様」
音々が目を細めてうっとり愛撫に浸りはじめると、今度は、勝利も同じように求めてくる。
「ほう、勝利の刻印はこういう風に発露したか、どれどれ」
感情の昂ぶりに呼応して、勝利に生えたのは鼠の耳だ。ネズミといっても、ハムスターに近くてちょこんとした三角形。撫で比べてみると猫の耳とはまた違った愛嬌がある。
「ん、これ、どうなってるんだろ……。ネズミミ生えちゃって、うずうずしちゃう……」
「ふふっ、しようがない甘えたがりの眷属どもめ。今宵はそなたらが寝つくまでパジャマパーティーなる魔女の宴に興じるとするかのう」
かくしてめでたくも愛でたき初夜は更けていく。
前途多難なアイドルデビューへの道のりは、満ちては欠ける月明かりに照らされていた。
毎話お読みくださり誠にありがとうございます。
今回でC章および物語前半のおしまい、オーディション編を経ていよいよ後半になります。
連載開始一ヶ月以内にここまでこれたので無事想定の二ヶ月内完結を目指せるよう頑張りたいとおもいます。
もし面白かったと感ずるならば、そなたの血を捧げるのじゃ!
こほん……、もとい、感想、評価、ブックマーク等お待ちしております。
一区切りついたところですので、この機会にぜひ!




