記C6.あさめしまえにゃんと!?
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神良さま特別オーディション第三次審査、審査その二。
声優演技テスト。
レッスン室を暗くして、音々はプロジェクターなる壁面に映像を投射する機械を作動させる。
「ぬわ、家庭用の映写機じゃと……なんと贅沢な時代じゃ」
白黒テレビの時代から進歩の著しい映像機器に神良は何度でも驚いてしまう。
映像の内容もまた衝撃的だ。
白黒のアニメーションが驚嘆に値するほど色彩美に溢れている。線も細く、映像を構成するコマ数も格段に多い。なんて贅沢であることか。
――などと驚いてばかりいる神良に、音々が次の審査について説明する。
「今時のアイドルは活躍分野が多種多様かつ複合的になってきているわ。こうしたアニメーションに声の演技をつける仕事、声優業もアイドル声優という形で活躍が目覚ましいの。マルチな才能があれば活躍の場が増える。歌唱とは同じ声の技能でも大きく違ってくるわよ」
「ものは試しじゃ。やってみるかのう」
神良は簡素なセリフメモを手渡されて、少々の発声練習を挟んでいざ演技へ。
「おはよう千葉くん、いい天気だね」
朝の登下校シーンでの第一声、女子中学生が男子に親しげに話しかける。
ほんの一分間もない演技を終えてみて、はじめての経験に戸惑う神良は不安げに問う。
「ど、どうじゃ……?」
音々、通夜の面構え。
勝利、苦笑い。
「な、何じゃ? 正直に申してもよいのじゃぞ」
「何もかも、よ」
「えとね、もしこのままアニメの主演声優に抜擢されたりしたら数年間は炎上しちゃう、かも?」
炎上ミュージシャンの勝利にそこまで言わせるほどか。
「ぐっ。言い訳するのはカンタンじゃが、ここはひとつ、おとなしく敗因を聞こうぞ」
音々と勝利は二人して頭を抱えてうーんと唸っている。
「棒読みは覚悟してたけど、あなたの“おはよう”はなぜ悲壮感が漂っているのかしら?」
「うむ、死を覚悟して演じたのじゃ。朝日の下でおはよう等と、さぞや覚悟の上で――」
「主人公は吸血鬼じゃありませんからね!? フツーの女子高校生なの!」
「わ、わかっておるが本能的に仕方ないではないか! 題材が悪いわ!」
ぺんぺんと台本を叩く神良。
呆れ顔の音々に代わって、勝利がぎこちなくフォローしてくる。
「神良ちゃん声質はとても素敵だから個性はあるよ、うんうん。発声も聞き取りやすいよ。けど映像や台本から状況や心情が想像つかないのかな。これは仕方ないよね、吸血鬼だもん。わたし達とは暮らしてきた時代も環境も全然違うんだもんね……あ、そうだ」
勝利はなにかを閃いて、別の映像をスクリーンに投影する。
夜闇の森、数匹の恐ろしげな狼の群れに囲まれて、少女が松明を手にして怯えているシーンだ。
「この映像を演じてもらえるかな、神良ちゃん」
「それは構わぬが、台本は――」
「ううん、演じるのは狼だよ」
窮地の少女が迫真の演技で叫ぶ中、狼が牙を剥いて吠え立てる。今だ。
「うるるるるる……ウォンッ! ウォンッ!!」
神良は夢中で狼を演じる。狼は馴染み深く、場面は夜。現代風の言葉遣いも心情の解釈もいらない。
松明の少女の一挙一動にあわせて強弱つけて吠えるだけだ。
(こんなカンタンな演技ができたところでなぁ……)
「ウルルルルッ、バウッ! キュンッ! キャヒンキャインッ!」
突然現れた狩人の男の猟銃に一匹が撃たれて、怪我をした狼たちは逃げ去っていく。
「こんなもの“あさめしまえ”じゃ。ひめは主役を演じたいのであって狼畜生なぞ――」
呆然とする音々、拍手する勝利。
「やっぱり!」
駆け寄ってきた勝利が彼女にしては大胆なことに、興奮気味にぎゅっと抱きついてきた。
「神良ちゃん、動物の声アテはできるんだよ! すごい!」
「はぁ? 当たり前じゃろう、鳥や狼は百年そこらで鳴き声は変わらぬ。こんなの誰でも……」
「できないよ!? あ、待って、じゃあこれできる? これとこれとこれも! 」
スマホで示される画像はネコ。大熊。ゾウ。そして最後はドラゴンだ。
「猫と熊と竜はわかる。ゾウの鳴き声は……直に聴いたことがないからダメじゃ」
「じゃあ猫やってみて、猫。ほら行くよ!」
勝利にせがまれて、希望通りに猫の鳴き真似をやってみせる。
それだけで勝利はいつになく大興奮するものだから神良には訳がわからない。
「すごい、完璧に猫だコレ……」
「はぁ、猫なぞ声で演じるまでもない。こうして――」
神良が念じれば、自らの影が間欠泉のように噴き出して勝利の視界を遮る。
たちまち神良は黒猫に化けて、勝利の足元で「なあお」と鳴いてみせた。
「高貴なる吸血鬼はいくつもの動物に化けることができるのじゃ。犬猫の鳴き真似なぞ、猫そのものに化けることに比べれば子供騙しもいいところじゃ」
すると勝利は黒猫神良をすっと抱き上げて、べたべた全身を触ってなにやら確かめる。
「ほ、本物そっくり……これ、使えますよね音々先輩!?」
「勝利ちゃん、あなた天才だわ」
ごくりと喉を鳴らす音々、目を輝かせてやまない勝利。
神良にはちっとも話がみえない。
「そなたらふたりで合点せず、ひめにもわかるように説明せよ! 猫がどうした!」
「神良様、動画再生サイトについてはご存知ですよね?」
「ちらりとはな。勝利の曲を聴くために小春に少々観させてもらったが……」
音々は小刻みにスマホをいじり、ネコ神良に画面の一点を示す。
「例えばこの勝利ちゃんの投稿動画、再生数はミュジロPとしては高い方ね」
「ミュジロ?」
「ミュージックロイド。機械仕掛けの歌手よ。で、次にこちらの動画を見てちょうだい」
この動画はネコである。
ネコ以外の何者でもない。愛くるしいのは認めるが神良には退屈なものだった。
「これがどうしたというのじゃ」
「勝利ちゃんの動画の十倍、このネコの動画は再生されているのよ」
「……にゃ、にゃんと!?」
ちらと勝利を見やれば、曇り具合からみてホントのようだ。
神良には信じがたいことに、工夫と熱意溢れる勝利の楽曲にたかがネコが勝るのか。
「どうぶつ動画は大人気なのよ。けど動物として人気を得ても、それは神良の望んだスーパーアイドルとは程遠いから今は特技のひとつに留めておきましょう」
「はぁ……神良にゃんかわゆすぎだよねぇ……」
肉球を執拗にくにくに揉んできたり、勝利のじゃれつきに神良は(……怖っ)と寒気をおぼえる。
この六十年の歳月のうちに、ネコはいかほど大躍進を遂げたというのか。
人間なしに生きれぬ生命としてみた場合、吸血鬼よりネコの方がいっそ恵まれてはいまいか。
次また何十年後かに目覚めた時、人類は、この地球は――。
「にゃんてことじゃ! いずれ地球は、猫の惑星になる!」
黒猫神良は空恐ろしさに尾を震わせて、そう叫んだ。
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