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記A2.スーパーカミラサンシャイン

「●:吸血鬼視点」

「○:眷属視点」

となっております

 ふわり、さらり。

 灰になった。


 伝説の吸血鬼――神良は朝日を浴びて灰になってしまった。


 真っ白な神良の灰――、真っ白な音々の思考――。


「神良さまーーーーっ!?」


 朝チュンの流れでついカーテンを開いてしまったがために神良が灰になって死んでしまった。


 缶コーヒーを呑みながら朝日を拝むのは大人のルーティン、不可抗力。

 つい、うっかり、余韻に浸ってやってしまった。殺ってしまった。


「これは殺人!? 事故!? あ、あわわ! バレたらおばあさまに殺されちゃう!」


 妄想踊るネットニュース。

 速報、都内大手芸能事務所社長 音々(3X歳、女性)銀髪ロリ吸血鬼を殺害の容疑で逮捕!

 凶器はカーテンか! 動機は痴情のもつれ!?

 怒涛のフラッシュとシャッター音に責め立てられて、親の代から受け継いだ会社が倒産の危機に!


 ……日頃なにかと芸能記者との戦いになりがちな女社長の音々は、もう、混乱の極みだ。


 これがサスペンスドラマならば隠蔽工作か、それとも自首か。

 刑事ドラマは企画段階から関わることもあったが、吸血鬼の死体をごまかす脚本は見たことない。死体、というか灰だ。波しぶきをあげる崖の上からパラパラと撒いてしまえばいいのか。そうなると最後は自分が崖の上で犯行を自供させられる末路ではないか。


 ぐるぐると渦巻く視界は、テレビマンとの付き合いの飲み会で味わう二日酔いより強烈だ。

 音々がついに「神様仏様スポンサー様!」と灰に手をあわせて冥福を祈りはじめた時――。


「ふわっ!? こ、刻印が光って!」


 白のYシャツに黒の大人下着という格好の音々の左ふとももの内側には、猫を象った刻印がある。

 妖しげに眷属刻印が発光する。


「なんでそこが光るの!?」


 左ふとももの内側にある刻印が光る、ということは半ば股間が光っているようなものだ。

 絶対に、今、絶対に人に見せてはいけない光景になってしまっている!

 黒や紫の妖しい輝きが最高潮に高まった時、ぴょこんと小動物が刻印から飛び出してきた。


「な、なにか産まれた!?」


 小動物は翼を広げて、日の当たらぬ社長机の影に降り立ち、こちらを見上げてくる。

 刻印の発光が収まる。音々は小動物をじっと目を凝らして、見定めた。


 ちっこい。

 ちっこくて、かわいい、神良さま。


 元々幼くて愛くるしい吸血鬼の神良姫を、さらに三頭身のデフォルメマスコット商品化したような姿になって復活している。即グッズ化してキーホルダーやぬいぐるみにしたいキュートさだ。


 ちま神良はカッと目を開き、ちいさなクセに仁王立ちして音々をにらみつける。


「うひーかわいいー食べちゃいたい、みたいな顔で見下ろすでないわバカ眷属めが!!」


「思ってません!? 商品化は考えましたけど!?」


「おぬし! おぬしおぬしおぬし! 眷属の忠誠を誓って初日に主君を死なせるとは何事か!」


「おゆるしください神良様!」


 土下座である。

 音々は社長になって久しく遠ざかっていたが、社会人として研鑽を積んだ丁寧な土下座である。


 てしてしてし。ちまっこい短足が、音々の頭を蹴る。音々とちま神良のサイズ差ゆえにハムスターに噛まれるよりも痛くない。


「小春の教育はどーなっておる! 吸血鬼は直射日光、とくに朝日を浴びると灰になるのは一般常識であろう!? 学校のテストに出ぬのか!? まったく近頃の若いもんは!」


「は、はい、すみません、すみません……!」


 音々だって祖母の小春には吸血鬼の弱点をきちんと教わっている。失念していたのと、まさかここまで弱いとは思わなかったのだ。ああもカリスマチックに神秘的で強大な雰囲気を醸していれば、朝日ひとつで即死するとは想像つかない。


 今時もうちょっと耐えてもよさそうなのに、まさか、虚弱体質なのか。

 いや待て、死んだのなら今ここでキーキー騒いでいる小動物は一体、何なのか。


「ひめは死にとうない! こんなくだらぬことで幾度も死にとうないのじゃ! わかるな!?」


「神良姫様、その、死んだはずなのに今、お元気なのは一体どういう……?」


 音々の疑問。神良は「そち、胡坐をかいて座れ。刻印が見えるようにじゃ」と命じする。


「こう、でしょうか」


「……太いのう」


 ぺちぺち。ふとももを叩かれる。ちまっちい神良は目線から見れば、背丈ほどもある音々のふとももはさぞ大きく太くみえることだろうが、それにしても言いようが他に。


「太いのう! 太いのう!! なんじゃこの美味しそうな駄肉は! ひめを誘っておるのか!」


「二度も言わないでくださいますか!?」


 眷属という立場と死亡させた負い目で強くは出れずとも、大事なことだとしても三回もいわれたら流石に気にする。気恥ずかしくもなる。

 単にぺちられるだけならともかく、ちいさくとも神良に触れられると昨夜の記憶が蘇ってくる。

 誰が主人かをすっかり“理解させられた”音々は、もう神良にはてんで逆らえる気がしない。


「ひめを“やっちまった”失態の罪はこのふとももに免じて許す。実際問題、これのおかげで事なきを得たと言えんこともないのじゃ」


「やっぱり、この刻印にはそういった力があるのね……?」


「うむ。今時の言葉でいえば“バックアップ”や“リスポーン地点”として機能する。――と、説明すればわかるとそなたの祖母は申しておった」


「ああ……私とおばあさまはたまにネット対戦してますからね、シューティングゲームで」


 祖母の小春は若々しい。

 八十代の実年齢に比べて、外見年齢はごまかせば四十代でも通る。眷属の力のせいだ。小春の娘である音々の母親もまた、祖母ほどでないが実年齢より若い。孫の音々については二十代前半とまだ言い張れなくもない、という程度で、どうも世代を経るごとに眷属化の影響は薄らいでいる。


 小春は外見のみならず、好奇心も若い。余暇が多いこともあって、音々よりずっとゲームが上手い。百人バトルロワイヤルの銃弾と怒号の飛び交う射撃戦で優勝できる八十代は反則、反則だ。


「あの目まぐるしくてうるさい訳のわからん射的遊びか、目覚めるたびに世が様変わりするのは毎度のことながら今回はとくに浦島太郎の気分じゃ。して、わかるな? 【猫の眷属刻印】はひめの蘇生に欠かせぬ基点なのじゃ」


「……お亡くなりになるたび、私のふとももから復活なさると!?」


 想像するだに恥ずかしい。

 神良が死ぬ(?)とそのたびに内腿が光って小さくなって復活するというのは――。


「毎回とは限らぬ。ひめの復活にはその場か、眷属刻印かを選べる。しかし往々にして死んだ直後の復活は死亡と復活を交互に繰り返すハメになりかねん。安全に復活するためには【狼の眷属刻印】をはじめとした残る三つの継承者を探さねば。さすれば、毎回そなたに頼らずともよいぞ?」


「あ、あと三人も……まるでハーレムね」


「うむ。ひめが求めるのは妖しくも甘美なる花園よ、夢があるであろう?」


 小動物サイズの神良は大言壮語、胸を張る。

 この大きさのままであってくれれば、ウサギやネコを当番制で飼うように小学校でもなんとかなりそうにみえるが、元に戻れば童女でも毒牙にかけるかもしれない。


「……あの、元には戻れるのですか? ずいぶん小さくなられてしまって……」


「少量でもいいので血を吸うか、月光を浴びれば元には戻れる。眷属刻印を施したそなたからは吸血を経ずとも力を徴収できるが、前夜に二度、吸っているからな……。なにかと制約は大きいが、小さいままなら消費が減るという利点もある。しばらくは我慢じゃな」


「意外です、てっきり今すぐ元に戻りたがるかと……私のことを気遣ってくれるんですね」


「吸血鬼は人の血なくして生きてはいけぬ。人間とて、食事にあたっては米粒ひとつ大事にせよ、海山の恵みに感謝せよと学ばぬか?」


(……立派な考えだけど、それ、私のおばあちゃんがいつも言ってたやつ――!)


 二百年以上も昔から生きているということは、神良は明治どころか江戸時代の生まれ。神良の見た目はJCJS、子役やローティーンアイドルみたいにみえて大御所女優より年上なのだ。


 それなのに今は限りなく無害そうな、ちまっこいマスコット状態だから訳がわからなくなる。


「とかく気をつけよ。ひめの蘇生も無限にはできぬ。命の残数が少なくなれば、長期休眠に入って回復せねばならぬ。また目覚めるのは数十年後じゃ」


「命の残数……ゲームの残機みたいなものかしら、回数は?」


「九十九回じゃよ」


 『神良さま』残機×99。⇒残機×98。


 よくあるレトロアクションゲームの上限残機数と同じ。

 『百』や『九十九』は昔から意味のある数字だから二の累乗であり電子データの容量基準などに用いられる『16』『32』『64』『128』『256』などに比べたら実際は古風なのだろうか。


「音々よ、そなたら眷属の使命は、第一に血を捧げること、第二にひめの命を守ること、そして第三にひめの寵愛を受けることじゃ。あとは元ある生き方を続けてもよい。ひめのことを最優先にして生きよともいわぬ。どうせ昼間のうちは寝ておるからな」


 そう言葉すると、「ふわーう」とあくびを噛み、神良はすぅと音々の影に腰丈まで沈んでいった。影の中に潜めば、暗所でなくても日中をやり過ごせるということか。


「そなたは“アイドル”についてひめの意志に逆らうだけの信念がある様子。次はゆるりと、眷属の使命ではなく音々にしか頼めぬひめの個人的願いを聞いてもらうのじゃ。ではの」


 ぽちょむ。

 音々の影はちいさな波紋を波打たせ、神良を暗闇の世界へと飲み込んでしまった。

第二話、お読みいただきありがとうございました。

第四話までは同日更新予定です。


もし面白かったと感ずるならば、そなたの血を捧げるのじゃ!

こほん……、もとい、感想、評価、ブックマーク等お待ちしております。

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