記C5.ロックオンEXP
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神良さま特別オーディション第三次審査、審査その一。
歌唱力テスト。
マイクスタンドの前に佇んだ神良はまずヘッドホンで二種類の課題曲を繰り返して聴くことに。
「神良様、いいえ今はオーディション受験生らしく神良さんと呼ばせてもらえるかしら。課題曲はまず明るいアイドルソング『向日葵スペクト♪』、次に感傷的で美しいバラード『篝火の蝶』を歌ってもらうわ」
ローテーブルに置いた音響機器を調整して、音々も準備を整える。その手伝いを勝利もする。
神良にはてんでわからない機材をあーだこーだと小難しい専門用語を交えて意見交換する二人。
「神良ちゃん、いいよ。まずは『向日葵スペクト♪』をおねがいするね」
「ふむ、わかった」
向日葵スペクト。
十五年ほど前の流行歌で、古すぎず新しすぎない爽やかで甘酸っぱい夏の定番曲。曲名の通り、向日葵をリスペクトする元気づけられるような曲だ。
闇夜の支配者にひまわりとは、あえて自前のイメージと真逆の選曲をぶつけてきたわけだ。
歌い方に指定はないが、元々の曲調や歌い方の弾むような明るさを度外視するわけにもいかない。神良はイメージをなんとか膨らませようとする。
――そう、神良自身には似合わぬ情景であっても、記憶の片隅にあるはずなのだ。
二百七十年という歳月、眠りについていた頃も長いとはいえ、幾人もの愛しき眷属たちと出会いと別れを繰り返してきた。
咲き誇る向日葵畑なんて見たこともないが、それを手折って見せてくれた少女を思い起こす。
『神良しゃま! 今日の花は向日葵でございます! 明日は何を探してきましょう?』
『神良しゃまの代わりに、わたくしが夏を届けにまいります!』
『ひまわりの種を数えるのお好きですよね、わたしも、いっしょに数えていいですか?』
天真爛漫で、秋冬春と季節を問わず、花を届けてくれる可憐な少女であった。
(歌は……とんと調子っぱずれであったがなぁ、ふふふ)
そして『向日葵スペクト♪』を歌唱する。
その良し悪しを、神良自身はどこか不安に想いつつも真夏の少女と二人三脚で歌い切った。
「次、録音したのを再生してみて勝利ちゃん」
声を掛けられて、うっとりと歌に聴き入っていた勝利が余韻から開放される。
「……は! あ、はい、再生……と」
生歌を聴き終えた後、さらに音々は目を閉じて、録音にとても険しい顔つきで耳を傾ける。
同じように勝利も真似するが、じきに表情が曇ってみえた。
「え、これって……」
勝利は信じられないと目を泳がせ、神良と音々を交互に見やる。
(何をそう驚いておるのじゃ、こやつらは……)
音々は特大のため息をついた。
「神良、あなたね。まさか“チャームボイス”まで備えていただなんて初耳よ」
「ちゃ、チャームボイス? ひめの美声がどうしたというのじゃ」
「いいこと神良、あなたは“魅了の魔声”というべき魔力も備えているのよ。録音と聴き比べてはっきりしたわ。あなたの場合、極端に「生歌」と「録音」の差が激しすぎるの」
責めたいような、戸惑っているような音々の物言い。
作詞作曲家の勝利はより動揺を示しつつも、音々より良い意味で興奮気味だ。
「すごい、すごいよ神良ちゃん! 反則だよ! わたし、訳もなく感動させられちゃって! 吸血鬼の、ううん、神良ちゃんの魔法なのかな! 歌っている時、すごくビリビリきた! ……あ、でも、目を閉じて聴いた録音は、全然ちがって。んと、だから、その、歌っている間にあった音楽の波動みたいなものが録音には残ってない、というのかな! え、なんだろうコレ」
勝利はもう、どうも言語化が追いついてない。
ビジネスライクに商品としての歌唱力を評価したい音々。
アーティストらしく芸術としての歌唱力を評価しようとする勝利。
共通見解はつまり――神良の歌声には、やはり、魅了の魔眼に等しい魔力があるということだ。
しかしこれが神良には直感として理解しがたい。
なにせ、ここまで正確無比に歌声を記録して再生することなど、神良の知る六十年前までの音響機器では不可能だった。蓄音機やレコードの、不鮮明ながら味わいのある歌声。それでさえも神良の長い人生の中では驚きに値する大発明だったのだから。
神良の過ごしてきた過去の時代において、生歌以外を人に聴かせることこそが例外なのだ。
「要するにひめは下手なのか、上手いのか、どっちじゃ」
「生歌は120点、録音では80点……かしら。生歌は私も驚かされたけど、録音の、チャームボイス補正のない歌声はギリギリ合格点ってところね。並みのアイドル歌手としては即戦力になるけど、歌姫を名乗って歌唱力だけで勝負するにはまだ弱い。――とても悩ましいわ」
「て、点数をつける勇気はないんですけど、本格的なボイストレーニングなしでこの実力だったらまだ伸びしろがあるんじゃないかな、て。天然の声質も良くて、情感も伴ってる。テクニックや正確さに課題があるけど、うん、うん! イメージと違う曲でこれだけ歌えるのは立派だよ!」
審査員の音々と勝利の見解がわかれたまま、二曲目へ。
『篝火の蝶』でも同じく高評価となる。
生歌と録音。魅了の魔声。
音々はやや冷静に、勝利はとにかく情熱的に、お互いの見解を話し合った。
そして結論が出る。
「神良、歌唱力テストは合格よ。魅了の魔声については今後の課題だけど、少なくとも三次審査の選考で落とす程度の低いレベルではないことを保証するわ」
「特別といえば特別かもだけど、生歌だと格段に魅力が増すミュージシャンは稀にいるんだよね。なんとなくだけど、大なり小なり、吸血鬼じゃなくても発揮できる才能……かも。伝説的なスターはライブで観客が何人も興奮しすぎて倒れたなんて逸話があるくらいなの」
「――このご時世、生歌ライブ以外では発揮できない才能というのは音楽や動画の配信が重視されるご時世には大いに不利なんですけどもね。生歌がいまいちでも現代だと音声を加工してしまえるからアイドルの歌唱力はごまかしが利くのが実情よ」
「し、辛辣です音々先輩……」
「よい。ひめは歌声のみで勝負しようと志しておる訳ではないのじゃ」
そう落ち着いたことを言ってみるが、しかし。
なんだかんだ歌声を褒められて、神良はこっそり嬉しがっていた。
(しかしまぁ、あやつらにはまだまだ及びそうもないのう……)
『篝火の蝶』を歌う間、また向日葵の少女とは異なる過去の思い出を神良は心に描いていた。
三味線の弾き語りを生業とする芸者の女。
二百年以上も昔とはいえ、逢瀬のたびに手取り足取り歌と三味線を教わったことを思い出す。
夜遅く、行灯の明かりを頼りに爪弾いた日々を――。
『やはり、ひめはそなた程には上達できぬ。こんなこといつまで続けよというのじゃ!』
『いいから口答えせず覚えやがれっての。いいかい? 歌も三味線も書物にゃ遺せねえもんだ。あたいが生きてる間に誰かに継がなきゃ、途絶えちまう。そりゃ三味線弾きは他にもいるが、昔の上手いやつが血や汗たらして脈々と継いできたおかげなんだよ。あたいひとりが放り捨てていい責務じゃねえんだこういうのは』
『そなたが教えたい理由と、ひめが教わりたい理由は別じゃ! ひめはそなたと――』
『頼むよ。こう病で弱っちまったカラダじゃあ、もう姫さんにあげられるもんは他にないんだ』
『押しつけるの間違いであろうに。女狐の芸なぞひめが覚えても、他の女に聴かせるだけじゃぞ』
『それがいいのさ。姫さんみたいな上玉に爪痕つけて死ねるのは気分が良いに決まってらぁ』
篝火に舞う羽虫を、蛾というべきか蝶というべきか。
夜闇の暗さに判ずることかなわねば、篝火に舞うは夜の蝶であったと心得るがよかろうか。
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