記C4.第三次スーパーアイドル大選α
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自宅にレッスンルームがある、というのは流石に高木邸は豪奢といえるであろう。
広々とした木目の床、壁面レッスンミラーに音楽機材、ピアノに本棚、ホワイトボードもある。
専用の音楽やダンスのレッスンスタジオには見劣るとのことだが、個人宅では稀有な設備だ。四、五人くらいなら問題なく歌い踊ってしまえるトレーニング空間といえる。
時刻は午後十時。
これからはじまるのは神良ひとりのための第三次オーディション審査だ。
審査員席代わりのソファーに座るパジャマ姿の音々、勝利。
神良もまた少々ぶかぶかな音々のパジャマを着せられて、一面の姿見鏡の前に佇んでいる。
「先延ばしにしていた三次審査をやるのはいいとして……、勝利よ、そなたなぜそこに座らされているかなーんにも理解しておらぬのではないか?」
「あ、はい、置いて木彫りのくまさんです……」
八の字眉の困り顔に冷や汗。これもまた勝利のかわいいところながらいつまでも眺めてられない。
眼鏡を掛けて神妙に睨んでくる。そんな音々のかっこいいくらいの真剣さを二の次にもできない。
ここまでは勝利のトラウマを考慮して説明を避けてきたが今一度、彼女も向き合うべきだ。
窓辺側にまわって、カーテンを盛大に開く。
「ひめはアイドルになりたい。夜空に輝く星々が羨む、天上の月になりたいのじゃ」
煌めく月夜を背負って、神良は宣言する。
それがどれだけ“無謀”なことか、大言壮語か、当の神良がよくわかっていた。
勝利にとっては苦い思い出に繋がるアイドル――彼女は驚き、意外さに目を見開いていた。
「神良ちゃん、ホントにアイドルになりたいの? きゅ、吸血鬼なのに?」
「困難は多かろう。日中の活動が実質できぬというだけでない。音々よ、答えてくれぬか。客観的にみて吸血鬼にアイドルが務まるかを」
問われて、音々は怜悧に答える。
「無理ね」
「それはなぜじゃ? くふふ、遠慮せず言うてみよ」
「そうね。正確にいえば、アイドルを名乗ることに資格はない。自ら志した時、誰だってアイドルのたまごになれるの。これは残酷なことよ。大規模オーディション等の場合、応募は十万通を越えることもザラなの。かつて私のお母さんが挑んだ当時の一大オーディション番組は応募総数百二十万人、その頂点に立つことでトップアイドルとしての伝説がはじまった――」
「ひゃ、ひゃくまんにん……」
スケールの大きさに勝利が戦慄く。
神良とて、百二十万人という数はにわかに信じがたいと思うほどだ。たったひとつの席を、百二十万人が奪い合うなど想像を絶する。時代をも象徴する熱狂のなせる現象だ。
「“神良”が目指すのはトップアイドルの座でしょう。その階段を登る王道中の王道、大規模オーディションに挑むことができない吸血鬼のあなたは、さながらお城の舞踏会に着ていくドレスのない灰かぶりの娘、シンデレラのようなものよ」
「そのお伽噺は知っておる。――勘違いされやすいが、シンデレラは舞踏会に行きたかったのであって別に王子に見初められたかったわけではないのじゃがな。そこはおまけじゃ」
等と神良はつまらないことを言っておく。
神良の立場がシンデレラだとして、舞踏会が芸能界ならば、目的が王子では恋愛や財産のためということになってしまう。断じてそうではない。
「問題は、私は魔法使いのおばあさんじゃないということよ。かぼちゃの馬車も魔法のドレスもガラスの靴だって用意はできない。大規模オーディションで合格を勝ち取るというのはね、そういう魔法を与えられるってことなのよ」
「光り輝く王道のシンデレラストーリーは夢のまた夢、と申すか」
理解してはいる。
純粋な吸血鬼の弱点のみならず、成功への階段を駆け上ることが他人と同じ方法では許されない。
神良はすぐに日光に焼かれて、灰になる。
“灰かぶり”のシンデレラに例えるとは、なるほど音々も上手いことを言うものだ。
神良は不敵に笑った。
「勝利よ、そなたはひめにアイドルの頂点、神の座が狙えぬと思うか?」
不意に問われて、勝利の瞳が揺らぐ。
勝利はじっくりと考えて、まっすぐにちゃんと答えようとする。
「――きっとなれるよ、なんて無責任には言えない、かな。わたしも神良ちゃんも、きっと希望に満ちたお日様みたいな夢見る少女になれないって気がするんだ。お互い、日陰者同士だもん。けど、そうだね、神良ちゃんの神アイドルだったら、わたしでも応援してみたくなる、かな」
勝利の右手がぎゅっと自らの左腕を掴んで、少し、痛々しげにみえた。
傷心のシンガーソングライター。
夢の階段から転げ落ちてしまった彼女もまた、神良とは違う苦悩の道半ばにあるのだろう。
「ひめは己の身の程を知らぬ。アイドルとは何か、いかなる武器を有するか。これからはじめる応募総数1名のオーディションは難関じゃ。その大切な審査を、そなたにも願いたいのじゃ」
「わ、わたしに審査を……!」
真剣に、じっと勝利を見据えて願う。
勝利も迷うところだ。本来は審査をする立場ではない。審査をするということは嘘偽りなく、想い慕っている神良に意見することを誓うということだ。そこには責任がある。
見かねて、音々が助言する。
「勝利ちゃん、アイドルという夢の残酷なところはね、半端に叶ってしまえることなのよ。現実には天地の差があっても、ね。オーディションで大事なのは通過させることじゃない。落とすことよ。次々に落として、“篩い”にかけ続ける。選別する。ホントに残酷な人達はね、夢につけこんでいいように利用しようとするものよ。そうして半端に夢を叶えることができてしまったアイドルくずれの仲間入りなんて、神良には似合わないと思わない?」
重たげな言葉遣いだ。
音々は芸能事務所の社長として、業界の光と影を知っているのだろう。
神良は現代の芸能事情を知る由もないが、勝利はなんとなく察したようだ。
「……わかりました。わたしなりに感じたことを言わせてください」
膝に手をつき、ぐっと身を乗り出して勝利は声を震わせる。
「わ、わたし! 今夜は一生懸命、がんばります!」
その一言に、緊張していた場がほわっと和んでしまった。
神良も音々も、思わず笑いをこらえる他ない。
当人は真剣この上ないが、審査員のクセにまるで審査されるべきアイドルのセリフだからだ。
「え、え、なんで笑うの……!?」
「なー音々? 勝利はホントかわゆいであろう?」
「ええそうね、案外バラエティ番組もイケるかも」
ずっとしかめっ面だった音々がようやく砕けた表情になるも、変わらず凛々しさはキープする。
ほどよい空気感ができあがったところで音々が号する。
「これより神良さま特別オーディション第三次審査をはじめます」
「うむ、ひめの才覚とくと審議に計るがよい」
神良は大胆不敵ににやりと笑った。
さながら三日月のように口許を歪ませ、月影に濡れた牙を覗かせて。
毎話お読みくださり誠にありがとうございます。
物語も折返し地点に近づきつつあります。
いよいよはじまるオーディション! はたして神良の才覚やいかに?
もし面白かったと感ずるならば、そなたの血を捧げるのじゃ!
こほん……、もとい、感想、評価、ブックマーク等お待ちしております。




