記C1.聖水伝説 トライアルズオブネネ
※これよりC章スタートです
※●は吸血鬼視点、○は眷属視点ですが音々と勝利どちらも○表記ですのであしからず
○
大御所俳優の不倫報道についての謝罪会見。
ワイドショー等で目にすることがよくある下世話なやつ、というのが一般人の認識。
しかししかし、まったくもってしかし芸能事務所の社長となれば立場がちがう。
「この度は大変、申し訳ございませんでした!」
明滅するフラッシュの嵐。
高木 音々《ねね》は醜態を世間にお詫びしながら質問攻めになる中、心の奥でつぶやく。
(うう……早く帰ってまた神良様に甘えたい……)
「た、ただいま……」
夜。落ち武者気分でよろけながら自宅に帰り着いた音々。
音々だって「おかえりなさい」と挨拶してくれる人はもう居ないとわかってはいるのだが――。
かつて亡き母と暮らした豪邸に帰ってくるたび、音々はその広さに霹靂する。ひとりで暮らすには広すぎて、心が弱っている時はなんだか哀しい気分を呼び起こすのだ。
「……電気ついてる? え、なんで?」
玄関には綺麗に二足、見知らぬ履物が並んでいる。
ひとつは牡丹刺繍の草履。神良のだ。ひざまずいて足にキスしたことがあるので記憶に色濃い。
(……いえ、その覚え方はどうなのよ私ったら)
神良にはカードキーを渡してある。吸血鬼には日中の日差しをやり過ごせる安全な屋内が必要不可欠なので自由に出入りしてもらい、昼間は暗室で寝てもらっている。
しかし夜間にこの高木邸にやってくるとは、もしや“おあずけ”期間が終わったのか。
(神良様にやっと、やっと……うう、私がんばった、えらいわ音々!)
問題は、一切心覚えのないパンプスだ。もうひとり、知らない人物がいることになる。
「まさか泥棒ってことはないでしょうけど」
電気が点いているのは廊下と浴室のようだ。嫌な予感がする。
洗濯カゴの上には丁寧に折りたたまれた神良の袴着、そしてちょっと雑な畳み方の洋服も。
「だ、だめ……! 神良さまっ、ぴゃうっ!」
不意の艶声。音々はビクッと驚いた拍子に、非常時にしか出さないつもりの【猫の眷属刻印】の力によって猫耳と尻尾を生やしてしまう。
(な、な、な! なんにゃのコレは!?)
浴室を覆い隠す曇ガラスの向こう側にあるのは二つの陰影だ。
浴槽の中で、人影が重なる。絡み合っている――。
「よいではないか、よいではないか~」
「や、いやっ! こんなのダメだよ、やめて神良さまぁ……!」
エロい。ひたすらエロい。
否が応でも想像が働く。神良と謎の少女、一体ふたりはなにをやっているのか。
あの神良のこと、気に入った女を毒牙に掛けて弄んでいる可能性が高い。とっても高い。
(どうする、どうする音々……!)
こっそり聞き耳だけは立てつつ音々は苦悩する。
(悔しい! 妬ましい! 羨ましい! けど神良が遊びまわるのを責めるのはお門違い……)
音々は神良に仕える眷属。
対等な恋人同士ならいざしらず、明確な上下関係がある。神良に主導権をゆだねている上、他の誰かに吸血を行うことについて音々はすでに説き伏せられてしまっている。吸血と寵愛はセットなのは暗黙の了解。家の使用許可も含めて、すべて道理が通っている。
とすると神良と謎の少女の楽しい一時を邪魔するのは音々の完全なわがまま。見苦しい嫉妬心で聞き分けのないことをいって困らせるのは不本意だ。
(まさか、このまま盗み聞きしていたいの、私……?)
ふたりの戯れる声と影に、音々は自分を重ねてしまう。
神良のほっそりとして少々冷たい指先が、湯浴みして火照ってしまった音々の素肌に触れるのだ。
お願いすれば、いつかしてもらえるだろうか。
ふしだらな劣情と空想が止まらず、音々は一滴も湯に触れぬままのぼせた気分になってくる。
(今愛でられてるのは私じゃない、わかってるのに……ううん、だからこそ?)
悶々とした音々が上着を脱ぎ、自らのYシャツの下に手を伸ばそうとしたその時だ。
「や、やだ、やめ……やめてってばーっ!」
「のわあああぁぁっーーー!?」
絶叫と悲鳴。
音々は驚いて猫の尻尾をピンと立て、あわてて浴室へと踏み入った。
「し、死んでる……!」
ばったんきゅーと倒れて、ちまっこくなったミニマム神良の水死体(?)。
謎の少女が手にする凶器はシャワーノズル、最大噴射。無数の穴から放たれる高速多量の流水に晒された神良は――またもや死んでしまったのだ。
『神良さま』残機×97⇒残機×96。
「わ、わた、わたしそんなつもりじゃ……!」
「落ち着いて! 神良様は一回ころっと死んじゃっただけよ!」
「死んでるんですか!? て、どちらさま!?」
驚いた拍子に裸の少女が手放したシャワーノズルは、あたかも意志を持った大蛇のように猛烈な放水の反動でぐわんぐわんと大暴れ。
音々のYシャツやボトムスを容赦なく温水が襲い、びしょ濡れに。
――大惨事である。
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