記B6. しゃべる! BBAお料理ロリ ※特別挿絵つき 10/26ファンアート更新
※今回は飯テロ含みますので、空腹時の観覧にはご注意ください
※某所にて割烹着神良のファンアートを頂戴いたしましたので許可を得て挿絵掲載させていただいております
21/10/26 ファンアートの清書版を頂きましたので、差し替え掲載させていただきました
○
割烹着。
銀髪ロリ吸血鬼に昭和テイストあふれる割烹着を重ねる、というミスマッチ。
これがまたいかにもコスプレです、という感じでなくて妙に似合っているのはなぜだろう。
「何じゃそなた、ひめの手料理がそうまで不安かや? そりゃ本格的な料理は六十年ぶりじゃが」
「ろ、六十年……、ホントに昭和なんだ」
未経験でないのは安心材料だが、現代っこの勝利に六十年前の料理が合うのだろうか。
「ふんふんふふーん♪」
鼻歌を奏でつつ、神良は手際よく料理をはじめる。食材は冷蔵庫にあるものと勝利の買い物袋から選んでいるが、レシピを見る様子がないのが早くも不安だ。
黒魔術よろしくグッツグツに煮えた紫のモザイク必須な毒物だってありえる。
あるいは見た目は普通だけど塩と砂糖を間違えるベタなやつで食べた瞬間に噴くやつか。
「あ、あの、わたし手伝おうか神良ちゃん……?」
「んにゃ、おとなしく座っておれ。そなたに手伝われるとひめの手料理と胸を張れぬではないか」
「は、はーい……」
割烹着に袖を通した後ろ姿をじっと見守るうちに、ふと気づく。
銀髪、老獪な喋り、小さな背丈、割烹着。これらのビジュアルを統合するとある結論に至る。
(……おばあちゃん?)
勝利の、というよりは一般的な古い昭和家庭の調理風景のイメージに近いのだ。調理場は新しいシステムキッチンでパネル操作を使いこなしてもいるが、背中姿がまさしくそれ。
見掛け倒しかもしれないが、吸血鬼は長生きしてるから永遠に幼く可憐なルックスとは裏腹に、古風な内面なのかも。そう考えると、割烹着で後ろ姿まで覆い隠すとおばあちゃんっぽくても自然か。こと料理ではかえって安心かもしれない。
割烹着ではなくて今風のエプロンドレスやコック服を着ていれば、お料理アイドル番組で「まじかるカミラの~! ラブリーブラッディクッキング♪ 今日の料理は鶏レバーソテーの血まみれ風クランベリーソース和えじゃ♪」なんて似合いそうなのに。
汁物を作るのか、神良はおたまに琥珀色のしずくをすくい、小皿に注いでくいと口にする。
ちろっと唇を舐める舌。
何気ない仕草に垣間見る神良の艶めかしさは老いや幼さのいずれにも属さない。
(咬まれた影響かな、なんか気になる……)
「ふむ、出汁はちゃんと効いておる」
「え! 神良ちゃん、吸血鬼なのにおダシの味わかるの?」
「くっふっふっ、妙なところで物怖じせぬやつじゃなー? ひめの場合、甘いものは甘い、辛いものは辛いとわかる味覚をちゃんと持ち合わせておるのじゃ」
「じゃあ普通の食事もできちゃう?」
「それはできぬ」
包丁をトントンと規則正しく鳴らしつづける神良。
「空腹と満腹をいったりきたりするのが食事の欲求だとして、吸血鬼のひめにとって食物はどちらにも寄与しない。そうさな、血に飢えている時でもそこな食器棚に飾ってある白磁の皿を食べたいとは思わぬじゃろう? しかし木皿と白磁の皿を舐めれば味の差がわかる。そういう感覚じゃ」
「あ……、ご、ごめん」
「勝利よ、すぐに謝るのは……いや、そなたらしくてそれもよいか。ひめは“格別の血”を食して上機嫌なのじゃ。そなたらに即していえば、極上のステーキなりを食した直後に“甘いものが苦手”でデザートが食べられぬという話になった程度のことじゃ」
まな板を滑り落ちていく角切り豆腐。
「そして甘いものが苦手だとて、好意と感謝の印にケーキやチョコレートを手作りしてはならぬ道理もあるまいよ。ひめの手料理とは、そーゆーものじゃ」
白味噌を溶く神良。
バースデーケーキと味噌汁が彼女にとっては同じものなのかもしれない。
「……いい匂い」
考えてみれば、勢いで仲良くなりたいと願ったものの、勝利はまだ神良のことを何も知らない。神良は勝利のことを理解しようと努力してくれたのだから、自分からも歩み寄りたい。
その第一歩が、この夕食。
いざ完成した夕食のメニューはびっくりするほど純和風だった。
絹豆腐と油揚げのみそ汁にさといもがころころり。
ふっくら炊きあがった白米。牛肉とにんじん、れんこんのきんぴらピリ辛ごま炒め。
油揚げで具材を包んだ巾着煮は、うずらの煮玉子と刻んだにんじんやしいたけ入り。
(――ちゃ、茶色い!)
料理のあとかたづけをこなす神良の後ろ姿をちらと見やって、勝利は意を決して食す。
はじめはみそ汁をおそるおそる一口ずず……とすする。
「……おいしい」
大げさに驚くような絶品ではなくて、ほっとする、懐かしさや温かさをおぼえる味だ。
創意工夫や贅を凝らしたわけでもなく、昨日やおととい食べたような錯覚をおぼえる平凡さ。この一品で記憶に残ろうという“爪”のないまんまるな味だ。
さといもを口に運ぶと、そのまろやかなねばり気やもたっとくる食べごたえでようやく個性がでてくるのだけど、これがまた田舎っぽい。淡白な豆腐と油揚げの濃さも調和がとれている。
(なんだろう、これ)
牛きんぴらに箸をつけてみる。
茶色いけど、こっちは刺激に満ちている。輪切りにした鷹の爪とごまの濃い風味づけ、適度なあまじょっぱさは強烈に白米が欲しくなる。
シャキ、サクサクというれんこんの歯ざわりに比べて、安めの牛肉のほどよい硬さ。とろけるほどには柔らかくないおかげで白米をかっこむと最後まで噛みごたえがごはんに負けず、じゅわっと牛の旨味が染み出してくる。
ここでまたみそ汁をすすると鷹の爪と甘辛さに燃え立った舌にじんわり優しく効いてくる。
(“ゆったりしてる”んだ、この献立)
勝利はこれより夢中になれる食事を知らない訳ではない。夢中で最後まで食べてしまう病みつき料理は心当たりが多いけれど、神良の夕食はまるで違った。
勝利は箸を休めて、一声あげる。
「か、神良ちゃん! 食器洗い、あとで手伝ってもいい、かな?」
「ふぬ、流水は苦手じゃからな。それは助かるのじゃ」
「ね、席についていっしょに食べようよ。せっかく作ったんだから」
「やれやれ、休憩がてらそーするか」
この献立には、会話ができる余裕がある。そして勝利は今、会話がしたくて仕方なかった。
――半年間どころか上京して長らく、こんなおだやかな食事から遠ざかっていたからだ。
冷食。一人飯。打ち合わせ会食。買い食い。居酒屋。喫茶店。
ひとりでも誰かといっしょでも同じ、他人メシ。
自分のために料理してくれた相手といっしょに食べるだなんて、いつぶりだろう。
「これこれ、ひめの手料理がいかに美味といえど泣くのは大げさすぎはせぬか?」
――巾着を食めば、じゅわっと雫がこぼれた。
厚い衣にたっぷりと染みた出汁。しいたけの旨み。にんじんの甘み。ちいさなうずら煮を噛み転がせば、砕けた黄身の粉っぽさが汁気とまじわって――。
「ううん。そこまでは」
「さて、ではなぜに泣く? 泣くほど美味しいわけではないのじゃろう?」
「だって、泣くほどうれしいんだもん」
舌の上で、黄身はほろほろと溶けていく。
涙ににじんだ勝利の世界の真っ只中で、神良もまた嬉しげに微笑んでくれた。
毎話お読みくださり誠にありがとうございます。
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