記B5.Gジェネレーショク
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夜空を翔けるお姫様抱っこ。
吸血鬼ならではの夢と浪漫がある等と言ってらんないほどに、速い、寒い、怖い。
ジェットコースターと比較しても、がっしりとしたアームに固定されて集団で滑走するアトラクションに比べて、吸血鬼とはいえ神良の細腕ひとつが頼り。生きた心地がしない。
「だずげて……だずげでぇ……!」
「せっかくの美声を濁らせおって。もうじき着く。まだ十分も掛かっておらぬぞ?」
「五分以上もだよ!?」
「なあに些末なことじゃ。これから待っている出来事に比べればのう」
不吉な、そして期待させるような神良の口ぶり。
何か言い返してみたかったが、勝利はあきらめた。怖いには怖いのだけど、スリリングな体験に心が躍る一面もある。
よく考えてみれば、ジェットコースターよりは幾分マシだ。隣り合って機械に抱かれて絶叫体験するよりは、デート相手に抱き締められている方がずっといい。
(……なんて、終わるまで現実逃避してもいいよね……)
怖がらせるために意図的に不規則な飛び方をしないだけ神良は優しいと信じたい。
「さぁ着いたのじゃ。今はここで暮らしておるが、立派な屋敷であろう?」
くらくらする意識がはっきりしてきたら、勝利が目にしたのは言葉通りの素敵な邸宅だった。
閑静な住宅街、ほどよく広い敷地、近隣家屋に比べて突出しすぎない落ち着いた外観。高級さと穏やかさの両立がなされた住まい。夢の大豪邸ではなくて現実の高級住宅。いっそ吸血鬼の神良が暮らしているといわれると拍子抜けするくらいだ。
神良は玄関の電子ロックを開けて、土間でようやく勝利をおろしてくれた。
廊下が広い、天井が高い、壁紙が汚れていない。勝利の暮らしているボロアパートとは天地の差だ。そしていかにもな吸血鬼の屋敷っぽさが全然ない。
「ここが、神良ちゃんのおうち……」
「勝利は隙きあらばひめのことをあくまで神良ちゃんと呼びたがるが、理由は何じゃ」
「それはその、年上っぽいのはわかるんだけど……ううーん」
「見た目か?」
「それはある、かなぁ……。あ! 気にしてたらごめんなさい! そゆつもりはなくって!」
「ひめは寛大じゃ。バカにしてる訳でないとわかっている以上、強くはいわぬ。親しみある呼び名だとして特別に許そう。しかし時と場合は心得よ」
「と、時と場合……わ、わかりました」
神良は吸血鬼だけど、枕詞に“高貴な”がつく。大正浪漫な袴着であれ、それだって和洋折衷なだけで当方ご令嬢でございと物語る装い。まぎれもない庶民の勝利には及びもつかない人付き合いがあるとしたら、そうした同じ“高貴な”何かの前での『神良ちゃん』は厳禁なのは当然だ。
(……今こうして一緒にいるのがそもそも場違い、身分違いなんじゃ……)
そう考えても、風呂桶をひっくり返すたびに愛くるしい声をあげる銀髪ロリを『神良ちゃん』とつい言いたくなるのも自然なことだと勝利は開き直る。
「勝利よ、そなた買い物帰りであったろう? そなたの血を馳走になったひめはよくとも、血を捧げた勝利が何も食さず空腹にあえぐのは忍びない……、むむむ」
「あ、そっか、買い物……」
ずっと勝利はその手にぶら下げていたのに、強烈な出来事つづきで買い物袋を失念していた。
「冷蔵庫、借りてもいい? 冷食が溶けちゃいそうで」
「レーション? そなた、よもや軍人か?」
「冷凍食品! わたし一般市民! 人材不足すぎだよ軍隊!」
「ほほう、切り返しは鋭いではないか」
面白がる神良。後悔する勝利。引っ込み思案なのでツッコミ的な発言はネットでしか使わない主義なのに我慢ができなかった。
「食事は、じゃあレンジ使わせてもらってこれを食べようかな」
ミートソースのスパゲッティを選んで、残りを冷蔵庫の空きスペースに入れさせてもらう。
勝利はのどが乾いてもいたので紙パックのレモンティーを氷入りで頂戴する。
「そなた本当に食べるのか、そのカチカチに凍ったローションを」
ごふっ。
けふけふと勝利はむせ返って、まずいところに入ったレモンティーに苦しむ。
「れ、れーしょくだってば……。わざと言ってるよね……?」
「ひめは数十年ぶりに目覚めたのじゃ。今時の横文字にはとんと弱い。レーションは聞き覚えがあるが、レーショクもローションもさっぱりじゃ」
「れ、冷食はこうやって電子レンジって調理器具に入れてチンして食べるもので……」
「ふむ、ローションでチン。……チンとは?」
「チンはチンなの!?」
天使か悪魔か。小首を傾げる神良の純真無垢そうな顔つきがちっとも信じられない。
『チン』は『チン』だ。レンチンだ。解凍や加熱なんてパッとでてこなくてもゆるされるべき。
神良がホントに無知なだけだとしたら恋愛経験皆無のクセにくだらない知識だけはネット仕込みで詳しくなってしまった自分が恥ずかしい。演技ならば手玉にとられてすこぶる情けない。
よく考えるとローションの意味だって、本来の意味するところは潤滑剤や化粧水なわけで。
「左様なつまらぬもの食べずともよい。ひめが料理するのでな」
「……はい?」
予想外の発言。
電子レンジも知らない吸血鬼が、料理を作る。
意気揚々と勝利の買ってきた食材を品定めする神良――。
勝利は覚悟した。
夜空のジェットコースターを上回る、吸血鬼レストランというドキドキ体験に挑む覚悟を。
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