第9話 『飛び道具……か』
「飛び道具……か」
男の手に握られているのは、不穏な匂いを漂わせる、鈍い光を放つ黒い筒。
それを左手を台座のように使い、交差する筒を握った右手を手首の位置で固定する。
「これは、あのお方から授かった、私を上級民へと還すための道具、回転式連発拳銃です」
そう言って、彼は自身の眼前で銃を構えると、ジュウベエの眉間に向けて照準を合わせた。
ジュウベエは正眼の構えをとる。その切っ先もまた、男の眉間にぴたりと狙いを定めている。
「なんですか、その構えは。道場で剣術を習いたての童でもあるまいし」
嘲るような薄笑いを浮かべる男。無言で、じわりじわりと摺り足で間合いを詰めるジュウベエ。
「的が、自ら近づいて来るとは愚かな。私が、貴男に当てやすくなるだけですよ」
男が引き金を引き絞る瞬間、ジュウベエは俊敏で力強い踏み込みを見せる。
放たれた弾丸を刀を立てて弾き飛ばし、その刀身はそのまま男の銃を持つ手を跳ね上げる。
刀を握った右手は振り切り、更に踏み込んで左の拳による一撃を放ったかのように見えた。
が、その間際、ジュウベエは、握った拳を開くと、男を突き飛ばして大きく後方へ飛ぶ。
のけぞる男の、もう片方の手に握られた銃は、天に向かって虚しく音を響かせた。
「これには、撃てる数が決まっていましてね。こうして予備を持っているのですよ」
蹌踉けた態勢を立て直しながら、両手に銃を持った男は、不気味な笑顔を浮かべ不遜に嘯いた。
「貴男が近づいて来たときを狙って、不意打ちを仕掛けたつもりだったのですが……」
話しながらも、男は両手の銃を続けざまに放つ。それをまた難なく、刀で弾き返すジュウベエ。
「おや、こちらはもう弾切れですか。仕方ないですね」
男は撃ちきった銃を腰に差すと、残った銃を両手で構え、撃鉄を引き起こした。
ここで刀を抜くべきか、いや抜けるのか——。一瞬の逡巡。
だがジュウベエは、再び、すうっと正眼の構えをとった。
「次は外しませんよ。しかも私には、まだ奥の手も……」
男が言い終わらないうちに、ジュウベエは先ほどの上をゆく、疾風迅雷の勢いで踏み込んだ。
一撃目とは、比べ物にならない速さ、そして強さ。瞬きひとつの間に勝負の行方は決まる。
一度の踏み込みで、右手・左手・鳩尾へと三度の突き。男は一度も引き金を引くことなく仰向けに倒れた。
「勝負の最中に口数が多いのだ、馬鹿者」
ジュウベエは、倒れた男を見下ろし呟いた。動かなくなった男の乱れた懐からは、少し形の違うもう一挺の銃が見えている。
「もうひとつ隠し持っていたのか。こんなものが奥の手だったという訳か。実に、つまらん」
いずれにせよ、刀を抜く程の相手でもなかった——。そうジュウベエは思うのだった。
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暮れかけた陽も夏の始まりでは、屋外はまだ充分明るい。
しかし閉め切った屋敷の中には陽光が届かず、邸内は淀んだ空気と共に、より一層暗さを増している。
手代は一番奥の間に隠れているだろう——。そういった見当のもと、広い邸内を、慎重な足取りで進むハンゾウ。
屋敷に辿り着くまでは、鉤手・丁字路・袋小路……。城下町並みの仕掛けが満載だったが、ここには罠のひとつもなかった。
「その代わり、と言っちゃナンだが、壁といい床といい……無駄に豪華な造りだね、こいつは」
ひとり呟くハンゾウの前に現れたのは、蔵のように厚そうな漆喰の壁と、重そうな鉄の扉。
「邸内に蔵か……。ここがヤツの文字通り、最後の砦って訳だ」
ハンゾウは、軽くコンコンと扉を叩き、ふんと頷くと、無造作に扉の取手辺りを殴りつける。
扉の内で、次々に何かが壊れる音が静かに響く。音が鳴り止むと同時に扉は静かに開いた。
蔵の中には、脇差しと思しき、短くはあるが、異様なほど妖しい光を放っている刀を構えた手代が、こちらを睨んでいる。
「怪しい妖術使いめ。この儂にいったい何用だ」
「俺は別に妖しい術なんぞ、使ってねぇよ。まぁ、存在が怪しいってのは認めるけどな」
「うるさいっ!『ウツホラキリ様』の餌食となるが良い」
手代は上下左右、滅茶苦茶に『ウツホラキリ様』を、幾度も幾度も振り回し始めた。
その素人同然の切っ先を躱しながら、手代に近づいていくハンゾウの頬の横を何かが掠める。
思わず飛び退いたハンゾウの後ろで千両箱が真っ二つに割れ、中から黄金色の小判がザラザラと零れ落ちている。
「ふっはっはっはっは。見たか『ウツホラキリ様』の力をっ!」
『ウツホラキリ様』を振り回し、斬撃を飛ばす手代。しかしハンゾウは、ひょいひょいと器用に悉く斬撃を避けた。
「くそっ、くそっ!」
尚も次々に飛んで来る斬撃を、まるでハエでも追い払うかのように、無造作に手の甲で叩き落とすハンゾウ。
彼は少しだけ、紅を差したように見える瞳で、手代というより寧ろ、その手にある『ウツホラキリ様』を睨む。
「まぁ、術ってのも色々あってね」
ハンゾウは手代に向かって歩みを進めながら、まるで子どもに何かを教えるような口調で彼に語りかける。
「言霊を重ねて発動させたり、精霊の力を借りて発動させたり……。そいつみてぇに何か力の込められた道具なんてのもある」
肩で息をする手代は『ウツホラキリ様』の力が通じないことに呆然として、構えたままの姿勢で立ち尽くすばかり。
「俺は訳あって近頃じゃ、そんな術が使えなくなっちまってな……。ただ力を集めるのと、それを体ん中で練るのは得意なんだよ」
近づいてくる気配に、遠くを見る目をしていた手代は、はっと構え直すも、ハンゾウは既に間近に迫り、その手を振り上げる。
「だから俺はこんな時、力を込めた拳で相手を思いっきりぶっ飛ばすことにしてるのさ」
ひっと声を上げると、その手の『ウツホラキリ様』を放り出し、背を向け両腕で頭を抱え蹲る手代。首筋にちょんと手刀を入れると、呆気なく失神した。
「今までやってたのは、力を使っちゃいない只の体術だけどな。ま、聞いちゃいねぇか」
手代が放り出した『ウツホラキリ様』を拾い上げ、転がっていた鞘に収めながらハンゾウは笑った。
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「もう夕方近いのかな。だいぶ涼しくなってきたね」
すうっと大きな深呼吸するミトだったが、どこからか漂ってくる異臭に顔をきゅっと顰める。
どうやら自分自身が匂いを発する源だと判ると、胸元や脇などを盛んにクンクンと鼻をひくつかせた。
それが羽織の裾辺りからだと知ると、うげっと顔を歪めたが、その表情は次第に笑いに変わる。
匂いの付いた原因、つまりは馬丁通りでの起きた、事の次第をひとつひとつ思い出したのだ。
あの時のやつらの顔ったら——。
匂いのコトも忘れ、残り少なくなった握り飯を頬張ると、また元気が出てくる気がした。
手近にあった大きな石の上に腰掛け、今日半日の出来事について、あれやこれやと考えを巡らす。
思えば、町の山側の端から、脇道や街道を横切り、海側の端まで追いかけっこをしてきたのだ。
「これもまた、立派な冒険よね。あんまり、やりたくはないけど。少し楽しいかも」
やはり残り少なくなったお茶を一口飲むと、彼女は再びすっくと立ち上がるのであった。
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屋敷の広い庭が良く見える長い濡れ縁に、運んできた手代をどさりと転がすハンゾウ。
庭を照らしている眩しかった陽も、先ほどまでと比べれば少しだけ和らいでいる。
縛り上げられた手代は、先刻より気を失ったまま、ぴくりとも動かない。
ハンゾウは腰に差していた『ウツホラキリ様』を鞘からするりと抜くと言った。
「さぁ、『ウツホラキリ』。御取り調べの時間だ」
————とある町の武器・防具屋に置いてある『初心者のための刀剣目録』より
我々が、冒険の際に使用する武器のひとつに刀があります。
刀といえば、皆様にもお馴染みな、お武家様の大小二本差しが思い浮かばれることと思います。
そして、まだまだ昔ながらの大太刀を一振り、腰に佩いている方も、剣士の中にはいらっしゃることでしょう。
しかしながら刀は威力も絶大ですが、道場などでしっかりとした鍛錬した方でないと、使用は難しいと考えられます。
そこで、切れ味はそのままに、脇差しよりも更に小さく軽く扱いやすい短刀・小刀は如何でしょう。
それぞれ小型ながら、用途・持ち味が違い、使いこなすことで討伐依頼の幅も広がることと思われます。
冒険者の皆様は、是非一度ご検討くださることを願います。