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第8話  『粗相をした下民は厳しく躾けなくてはいけません』

「ちょっとー、ここ開けなさいよーっ!」


 小屋の外にひとり取り残されたミトは、手のひらで戸をバンバンと叩く。


「お嬢ちゃんの仕事はな、表にいる連中の相手だっ。どこでもいい。とにかく逃げまくれっ」


 ハンゾウのとんでもない返事に、ミトは思わず戸を蹴っ飛ばした。


「ハンゾウったら、覚えてなさいよーっ!」


 捨て台詞を吐き捨て、振り向いた彼女が見たものは、建物の陰から姿を現す正体不明の(やから)ども。

 手に得物はないようだが、何やら、いやらしい笑みを浮かべているようにも見えなくもない。


「こういう時は……、自己流秘技っ! 中央突破ーっ!」


 元気良く、目の前の通りに飛び込み、勢い良く駆け出してゆくミトであった。



  ○ ● ○ ● ○



 ミトの軽快な足音と、それを追っていったであろう複数の足音が去っていった頃。

 ハンゾウが戸を開けると、そこに立っていたのは中年の武士が3人。

 お昼前にジュウベエが、うっかりと倒してしまった男たちである。


「お疲れ様ですな、ハンゾウ殿」


 彼らの挨拶に、軽く一礼を返すハンゾウ。


「この後は、この前話した手筈通りに願う」


「付かず離れず、彼女を見守るのですな」


「ああ。あのお嬢ちゃんの相手をするんじゃ大変だろうが、よろしく頼むぞ」


「はっはっは。では我々もぼちぼち参りますか。ハンゾウ殿にもご武運を」


 踵を返し、歩き出す中年武士たち。その歩みはゆったりと見えて、意外な程の速さで町の中に消えていった。



「なにをやっておるのだ。鬼か、貴様は」


 一連の出来事を呆然として見守っていたジュウベエは、掴み掛からん勢いでハンゾウに詰め寄る。


「あの者たちは公儀の役人、先の宿場の警護役といったところか。しかも腕も立つ。足捌きひとつとってもそれが判る」


「ああ、大体そんなところで正解だな」


「そんな者たちを統べる貴様は何者だ」


「言っただろう。只の冒険者だよ。その仕事のひとつには、家出人の捜索と保護なんてのもある」


「あの娘のことか……」


「ああ、あのお嬢ちゃんを連れ帰るのは一筋縄じゃいかねぇ。しかも悪徳手代の件も同時にかたづけなきゃいけねぇ」


「ふむ」


「だから、お嬢ちゃんのことは地元の者たちに任せた。手代の方もお前さんに丸投げしたいが、そういう訳にもいかんだろう」


「うむ」


「だいたい、お前さんだって、行きずりで出会っただけの嬢ちゃんのこと、守ってたんじゃねぇのか」


「あれは、わたしも家を飛び出してきた身の上。子どもとはいえ、男の旅を放ってはおけなかっただけなのだ」


「ははっ、正体は大志を抱いた少年じゃなくて、跳ねっ返りのとんだお転婆お嬢様だったけどな」


「全くだ」


 口ではそう言いながらも、心配そうにミトが逃げたであろう方向を見やるふたり。


「では俺たちも御役目を果たしにいこう」


「助太刀してやる。有り難く思うのだな」


 ジュウベエとハンゾウは、来る相手に向けて足早に歩き始めた。



  ○ ● ○ ● ○



 その男、元は辺境の小国ながら、その一角を治める一族のひとりであった。

 その辺境の国では、先の大戦(おおいくさ)前までは身分制度が非常に厳しく定められており、力はあれども下級の身分の者が上に取り立てられることはなかった。

 大戦(おおいくさ)の後は、新しい領主が配され、新たな体制の許、その制度も大幅に改められる。合議制によってその職に相応しいものが就くようになったのだ。


 しかし辺境の、そのまた地方の支配を任されいたその一族は、大戦(おおいくさ)の後も何らかの手管を用いることで、その地での変わらない権力を保ち続けていた。

 無論、表向きは合議の結果ということになっているが、反対意見のひとつもなく満場一致での決定という不自然な長への就任は続く。


 一族の無碍なる支配を正そうという、心ある一派が現れようとも、何故(なにゆえ)かその都度彼らは退けられ、その末路は言わずもがなである。

 あまりにも辺境の、あまりにも小さな町での話。その町の惨状は表に出ることもなく、一族の独裁によって、下級階層の民の暮らしは酷くなる一方であった。


 一族にとっては自分たちの優位性は常識であり、下級階層の民を甚振(いたぶ)っているという自覚すらなかった。下級民の犠牲さえ連綿と続く歴史の一つであるという認識だったのである。

 例えば、それは楽しい夕げの時間、その家の末の息子が如何に厳しく、粗相をした下級民の使用人を躾けたか、という話題が武勇伝として笑い話になる程度に、当たり前の出来事であった。


 そして一族の搾取により疲弊した町から、遂に他国へと逃げ出す者が出始めた頃に事は起こった。支配者一族の屋敷が次々と炎上。何人かは生き残ったらしいが、その後は行方知れず。一族は、ほぼ全滅となったと伝えられている。

 町中の重要な拠点に点在していた彼らの屋敷は全てきれいに燃え尽きたものの、近隣の建物には一切燃え広がることはなかった不思議な火難。


 立ち上る煙と、燃え上がる炎の中、鬼のような影が蠢いていたなどと言い出す者まで現れたが、それは恐ろしい火難の中で見た幻であろうと思われた。

 町の民の多くは、ようやく一族の悪事に気がついた小国の領主が、何らかの方法で彼らを粛正したのだろうと噂した。


 そんな曰く付きの一族の生き残り。今は遠く離れた地で、悪徳手代の用心棒を生業としているのが、この男である。



  ○ ● ○ ● ○



 ハンゾウから聞いた、手代の用心棒の中でも、その過去も含めて、最も注意すべき人物。

 日頃、感情を(あらわ)にしないことを(むね)とするジュウベエも、その話には嫌悪感を隠さなかった。


「その後、その町はどうなったのだ」


「何かしらの特産品があったらしくてな。まぁ、それまでは上がりをその一族が独占してたんだが、辺境領主の直轄地として持ち直したそうだよ」


 手代の屋敷を目指している最中。こうして話をしている間も、ふたりには数々の敵が、手に手に得物を携え、断続的に襲い掛かってくる。

 それを叩きのめしながらふたりは歩みを進める。もっとも、来る敵来る敵を片っ端から切り伏せているのはジュウベエひとりであったが。


「少しは貴様も戦ったらどうだ。避けるのだけは巧いようだが」


「俺は戦闘向きじゃなくてね。それよりコイツらはヤッちまうなよ。後でじっくり話を聞かなきゃならん」


 地面には屍が累々と転がっている。いや別に息はあるのだが。ひくひくと身体を痙攣させ、正に虫の息といった様相を呈していた。


「こやつらは、このまま転がしておいて構わんのか」


「おお、後で仲間が来ることになってる。捕縛は任せて、そのまま放っておいてくれて構わんぞ」



  ○ ● ○ ● ○



 一方、その頃のミトはといえば。

 壁際に追いつめられ、ジリジリと迫る追っ手と睨み合っていた。


 追っ手の何人かは、まだ少年といっても良いくらいの若者たちだ。


「ご、ごめんなさいっ。仕事なんです」


 抱きつくかのように掴みかかってくる相手を、ひらりと躱す。


「何やってんだっ。全員でいくぞっ。せーのっ」


 一斉に飛びかかってくる、その手が触れる寸前、ミトは彼らの頭上遥か高くに飛び上がっていた。


 信じられないような跳躍力。猫のように、宙でその身を回転させた彼女は、追っ手の背後にふわりと降り立つ。


「ほらほら。左側包囲薄いよー。ナニやってんの」


 追っ手たちの間を、するりと駆け抜けていく。

 ミトはまだ、追いかけっこの真っただ中だった。



  ○ ● ○ ● ○



 町中にある、目指す屋敷も間近に迫る路地。しかしそれは、曲がり、突き当たり、なかなか屋敷には近づけない。


「ふむ、まるで迷路のようだな」


「ああ、城の下に作られた町と同じだ。俺たちみたいなのが容易に入り込めないようになってる」


 すると突然、頭上から無数とも思える矢が、雨あられと降り注ぐ。

 塀の向こうから、気配を頼りに無闇と放っているのであろう。


「あぁ、面倒臭ぇなぁ、全くよう」


 ハンゾウはひょいひょいと器用に矢を避けながら、矢の飛んで来る心配のない、手近な長屋の軒下に逃げ込んだ。


「ふむ。ならばこうすれば良かろう」


 飛んでくる矢を刀で叩き落としていたジュウベエは、たんっと踏み込むとハンゾウの脇の壁を切り裂く。


「どうせ、やつら一味のものだ。気にすることもなかろう」


 ほう——。ハンゾウは、一瞬意外そうな表情をするが、すぐにその目には笑みが浮かんだ。


「でかしたっ! さっ、いこうぜ、ジュウベエ」


 大きく崩れ始めた壁の隙間から、ふたりは一気に中へと飛び込む。


 飛び込みながら、ハンゾウは矢の飛んでくる方向へ、何かを投げ込んだ。


「今、何か投げたであろう。あやつらに何をしたのだ」


 問いかけるジュウベエの背後で、塀の向こう、大きな爆発音と白い光が上がるのが見える。


「面倒だから、ちょいと寝てもらったのさ」



 飛び込んだ先は、手代の用心棒たちが、日頃から(たむろ)していると思わしき長屋であった。

 足下の酒盛りの跡を蹴散らして、辺りの気配を伺う。案の定、手代一派の姿はどこにもなかった。


 そのまま襖を蹴破り、壁を切り裂き、長屋の中、手代の屋敷を目指し、前へ前へと進んでゆく。

 何件目かの壁をぶち破ると、ついに手代屋敷の側面に沿う、やや広い路地へと出ることができた。


「あそこの角を曲がれば、この屋敷の正面に出る」


「ふむ、承知した」


 ハンゾウは辺りの気配を油断なく伺いながら、ジュウベエの握る刀を見て嘆息する。


「それにしてもお前さんのそれは、すごい威力だったな」


「刀の力ではない。わたしの鍛錬の賜物だ」


「さっきの相手の息の根を止めず、足腰を立たなくしたアレもか」


「うむ、鍛錬の賜物だ」


 だが——。ハンゾウはいつになく真面目な表情で、ジュウベエ得物に目をやりながら話す。


「ヤツが現れたら、迷わずそいつを抜け」


「先刻の話に出て来た、用心棒の(かしら)か」


「ああ。ヤツだけは人の命を取るのに躊躇ねぇ」


「ふっ、心配ない」


 嫌な目つきだったな——。ジュウベエの頭の片隅に何刻か前に会った、商家の若旦那風の慇懃無礼な顔が浮かぶ。

 とその時、邸内から出てきたのだろう。路地の角から、手に手に得物を握った用心棒たちが、わらわらと現れた。


「じゃ、そういうことで、ひとつ頼まぁ」


「貴様、どこへっ」


 ジュウベエが、ハンゾウの方へ視線を向けた時、既に彼は煙のように消えていた。



  ○ ● ○ ● ○



 ふむ、やつは屋敷の中へでも飛んだか——。


 ハンゾウの行方を推し量るジュウベエに、容赦なく、次々に切りかかる用心棒たち。

 それを一刀両断のもと切り捨てる。例によって、口から泡を吹いているものの命に別状はなさそうだ。


「囲め、囲めえーっ!」


「一気に行くぞ、一気にっ!」


 前方から取り囲むように迫り来る相手を、優雅な動きで横に薙ぎ払う。


「愚かな。この道幅でわたしを囲める筈なかろう」


 左右から周り込もうとする相手にも、刀を一閃。声を上げる間もなく敵は倒れていく。


「広い庭にでも、待ち伏せていれば良かったのだ」


 そう言い捨てると、素早く前方へ踏み込んで鳩尾に当て身をくらわす。

 相手の目には一瞬のうちにジュウベエが目の前に現れたように映っただろう。


「もっとも、囲まれたところで、どうということもないが」


 あれだけいた用心棒たちも動けるのは残り僅か。その殆どが地面に倒れ込み呻き声を上げている。


「くそっ、覚えてろよ」


 用心棒たちは口々に、お決まりの捨て台詞を吐くと、踵を返して屋敷の方へ逃げていった。

 彼らが屋敷の角に姿を消した途端、パンパンッという何かが破裂するような音が響き、次いで、どさどさっと人の倒れるような音がする。


 すると、先ほど逃げ出した用心棒の一人が両手を上げて、後ずさりするように一歩、また一歩と戻ってきた。


「いけませんねえ。お願いした仕事は済ませていただかないと」


 後ずさりしていた用心棒の背が塀に当たり、それ以上退がれなくなったとき、何か不穏な雰囲気を全身に漂わせたその男は姿を現した。


「た、助けてくれ。兄貴」


 顔は青ざめ、手は震わせた用心棒は、首を左右に振りながら懇願する。


「いいえ、粗相をした使用人は厳しく躾けなくてはいけません」


 慇懃な物腰に、冷徹な目つき、口元だけが凶悪に嗤う。

 その瞬間、用心棒は若旦那に背を向け、ジュウベエの立つ方へ逃げ出した。

 と同時に、またもや一発、パンッという何かが弾けるような乾いた音が鳴る。

 前のめりに倒れ込む用心棒。その後ろ頭には、小さな赤黒い穴が穿たれていた。


「それに、あなた方のような下民に兄貴……、などと親し気に呼ばれる筋合いはございません」

————とある町の冒険者組合に置いてある『銃器のご案内』より


 山の民により(もたら)された、数多くの技術。鉱物の採掘や加工に始まり火薬の発明と、その恩恵は計り知れません。

 海を越えた西の大陸より、遥か先の国から伝来したという鉄砲を、独自に改良したのも彼ら山の民と言われています。

 後装式の鉄砲や、弾薬と弾丸を一体化した薬莢の発案など、銃器の発展に多いに貢献したのもまた彼らの業績でしょう。

 最新の情報によりますと、銃器の小型化と軽量化に成功し、片手でも扱える拳銃なるものを作り上げたそうです。

 まだ都のほんの一部にしか出回っておらず、詳細は不明。当組合にも話だけ伝わっているだけで入荷はしておりません。

 ですが聞いたところに因りますと、弓よりも扱いが簡単で、山間部付近に出没する害獣退治などには重宝するそうです。

 新しい情報が入り次第、また続報をお知らせいたします。

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