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第7話  『か弱い乙女から、ホントに身ぐるみ剥ぐなんて』

「さてさて、お互い名乗ったところで本題といこう」


 ハンゾウが、ぱんぱんと手を鳴らし、ふたりの注意を引き付けると話を始める。


「さっきも言った通り、俺は然るところの依頼でこの町に来ている」


 本当は、もっと別の筋書きを考えていたんだが……。この際だ、ふたりの力も借りちまおう——。


 最近、この町から近隣の冒険者組合に妙な依頼が増えたこと、内偵の結果、その原因は新しい手代の 本分を弁えない無茶な商売にあることなどを簡単に説明する。


「手代や、主立った用心棒たちの素性も調べは付いてる。あちらさんの大体の戦力もな。大半はいろんな町から集めてきたゴロツキばかりだが」


「うむ、妙な依頼というのは」


「新しい手代が町の金を使って商売やって、上がりはてめえの懐に……ってのは、さっきも言った通りだが、お上に訴えるにゃ証拠がねえってんで、手代の商売を邪魔するって手に出たって訳だ」


 街道や脇道にある手代の私設関所を迂回するように、旅人や商隊を通れる道を案内し、僅かばかりの謝礼を貰う。その謝礼を以て冒険者組合に赴き、彼らの短期護衛を依頼する。

 依頼の内容は、町の人々にとっては利益にもならないと思わしき、宿場から宿場までの短かい距離の護衛任務。しかもその道行きは町外れとはいえ農道など、特に危険性のない場所。

 このような妙な依頼が増えれば、冒険者組合を通じて、この小さな町にも、そしてそこを治めている手代にも査察のひとつも入るのではなかろうかと、こう企んだようだ。


「結果、彼らの意を汲み取り、こうして俺が派遣されて来たと言う訳だ。まぁ、もっとも、このところ旅人や商人からこの領の代官のところに苦情が殺到してたみてぇだからよ。ここの通行料が妙に高いってな。中には払えず引き返してるっていう連中もいたみたいだし、遅かれ早かれ調べの手は入ってたと思うぜ」


「ふむ、わたしには何をしろと言うのだ」


「ああ、手代の件だけなら、代官の手の者たちだけで何とかなるんだが。さっきお前さんも会っただろう、怪しいヤツらに」


「怪しいヤツ……貴様のことか」


「そうそう、それは俺……って違うだろ」


「判っている。冗談だ。茶屋に控えていた奴らのことだろう」


「なんだ、お前さん、冗談も言えるのか」


「うむ、貴様のことは胡散臭いとは思っていても怪しくはないと心得ている」


「なんだ、そりゃ」


「うむ、ほんの塵芥(ちりあくた)の如くだが、認めていると言ったつもりだが」


「そりゃ、どうも」


 ハンゾウは何故だか少し嬉しげに、相変わらず鹿爪(しかつめ)らしい顔をしているジュウベエと話す。


「その怪しいヤツらってのは、あいつらだけじゃねぇ。この町のほぼ全員が手代の息の掛かった者たちだと思ってくれていい。何しろいつの間にか町全体が手代の私設関所みたいになっちまってるからな。茶屋も宿屋も形だけだ」


「ふむ、そやつらを倒せば良いのだな。とは言え茶屋で会った程度の者たちばかりなら、稽古の相手にもならんが」


「そいつは頼もしいな。敵はならず者ばかりだ。相手が死なない程度に思う存分やっちまってくれて構わねぇ」


 彼は、どこからか取り出した町の大雑把な地図を広げ、やはり大雑把に今回の計画を話し始めた。


「と言う訳で、この町は狭いようで広い。今、俺たちのいる場所はここ。ここから先ほど来た方向へ戻れば脇道に出る。お前さんたちが大立ち回りをしたあの辺りだ」


 地図を指し示しながらハンゾウが説明する。大雑把に見えながら、その地図には所々に細かい書き込みがあり、内偵の成果を伺わせる。


「その脇道を横切って更に進めば、程なく街道に出る。その近辺がヤツらの本拠地だ。手代は屋敷もその少し手前、要するに街道と脇道の間にある」


 東西の方向へ真っすぐに伸びている街道に対して、それまでほぼ平行に並んでいた脇道は、ある地点から町のある方にぐっと婉曲していた。

 お上が国のために造った街道と違って、脇道は地元の連中が、それを使う自分たちのために整えた道である。

 街道を動かすのは御法度だが、脇道を地元の都合で動かしたところで何ら問題はない。そこが手代たちの巧妙なやり口だ。


 地図中の手代の任されている領内の端と端、今は農作地だと思わしき場所を、すっと指でなぞり彼は言った。


「本来、昔からの脇道てぇと、こっちの道程を使ってたんだが」


「ふむ、手代が商売に有利なように変えたという訳か」


 なるほど地図の上では、街道とそちらに寄せられた脇道の両方へと跨がるように、この町は広がっている。


「街道上で、ドンパチやるのは避けたい。よって勝負はここ」


 地図上のある箇所をとんとんと指で叩いて、ハンゾウはその場所を示した。


「手代の屋敷だ」



  ○ ● ○ ● ○



「ときに嬢ちゃんは、さっきから何をやってるんだ」


 ふたりが、先ほどから妙に静かなミトを見やる。


「いやー、余っちゃうともったいないからねー」


 ミトは、せっせと残りの握り飯をふたつに割ると、小振りなものに握り直し、それを細めに割いた竹皮で器用に包んでいる。

 既に、小さな丸い竹皮の包みがいくつもできていた。そこそこ残っていた田楽は、彼女が全て平らげてしまったらしい。


「お茶も貰うねー」


 そう言うと、ミトは鼻歌まじりで、腰に下げていた竹製の水筒に卓上の樽に入った冷茶を、これまた器用に移し始める。


 暫く顎髭を撫でながら、彼女のすることを眺めていたハンゾウは、何やら意を決したように声を掛けた。


「嬢ちゃんにも、ひと働きお願いしたいところなんだけど、どうだろう」


「いやっ」


 ハンゾウの問いかけを、即座に断るミト。


「そう言わずにさぁ。力を貸してくれねぇかな。俺だって慣れてねぇんだよ、こういうのはさ」


 助力を請うハンゾウは、いつになく真剣だ。


「いつもはこんな荒仕事はしてないんだよ。こうもっと平和な、迷い人探しとかばっかりでね」


「だめっ」


 しかしミトの返事は、やはり素っ気ない。


 ハンゾウは精一杯の誠意の籠った視線を送る。それを躱すように目を逸らすミト。

 ジュウベエには、胡散臭い男が馴染みの店の娘をからかっているようにしか見えない遣り取り。


「どうしても、やっちゃ貰えねぇか……」


 だがミトの目には、好奇心の光が宿り始めていた。いや、実は彼女の好奇心は始めから一杯だったのだ。

 当然この話にも乗る気は満々であった。先ほどからの弁当作りに余念がなかったのも、そのためだったのである。


「でもーワタシはー、見ての通り、か弱い女の子だしー」


 そういう年頃なのだろうか。ミトの思わせぶりな態度は、彼女が更なる誘いを待っているようにも見て取れる。

 わざとらしく肩を落としてみせるハンゾウは大きな溜息をひとつ。彼もまた始めから、その光を見逃してはいなかったのだ。


「……そうだな。やっぱり子どもには、ちと荷が重過ぎるかもしれねぇな」


「だーかーらー、子どもじゃないって何度言えば……」


 ちらりとミトを伺いながら発するハンゾウの言葉に、彼女は、それまでの勿体振った態度を大きく翻した。


「あーもー、しょうがないなー。そんなに頼むんなら、やってやろうじゃないの」


「すまねぇな。お嬢ちゃんは……、ほら小柄だからさ、いろいろと」


「だから小さくないって、これから育つんだって」


 ミトには見えないよう、舌をペロリと出すハンゾウ。やれやれといった顔のジュウベエは、彼に釘を刺す。


「何をさせようというのかは判らぬが、子どもに危ない真似はさせるなよ」


「アンタたちって、ほんっと失礼よね。別にアンタたちのためにやるんじゃないんだからねっ。ワタシがやりたいから、やるんだからねっ」


 むくれるミトに、今度は本心からか、初めて見せる神妙な表情をしたハンゾウが言った。


「悪かったって。危険なことはさせねぇ。その代わり、今身に付けてる物騒なもんは置いてきな」


 ミトは一瞬虚を突かれた表情をするものの、そのすぐ後には一転して顔色を変えて彼に詰め寄る。


「何でワタシが、ナニか危ないモノ持ってるって思うのよ」


 ハンゾウは焦った様子の彼女を、しれっとした顔で受け流すと、さらっと言った。


「そりゃ、子ど……いや、女の子の一人旅は何かと難儀だろ。色々準備していて当たり前だ」


 彼女が何か暗器のようなものを身に付けているのを、ハンゾウは見抜いていたようだ。


「男の格好してんのも、そのひとつなんじゃあないのか」


 ジュウベエも、ハンゾウの言葉に大きく頷く。


「うむ、身を守るためとはいえ、生兵法は怪我の素だぞ」


 ふたりの大人たちに諭され、ミトは不承不承応えた。


「判ったよ……。置いてく……」


 すっかり諦めた様子のミトは、懐から何やら彼女の拳大の丸いものを幾つか取り出すと卓上に置いた。


「うむ。何なのだ、これは」


「これは爆裂弾。ここのこれを抜いてから敵に投げつけると、中で自動的に火が付いて、こうドッカーンと……」


「危ない。没収」


 次に背中から、笛のような筒状のものを引き抜き、腰から取り出した革の巻物のようなものと共に卓上に置く。


「これは吹き矢ね。こっちの革に巻いてある矢を、こう差して、こんな風にふっと……」


「ふむ、これはまだ可愛い方か」


「でも、こっちの矢には森で採れた茸から抽出した毒が塗ってあって……」


「じゅうぶん怖いじゃねぇか。これも没収だ」


「でも、この毒は当たっても笑い出すだけで……」


「余計怖いわ。没収没収」


 その後も袖口から裾口から、次々と怪しげな暗器を取り出すミトであった。


「うむ。これで、全部か」


「はい、全部でーす」


 ジュウベエの言葉に、心なしか目を泳がせるミト。彼女の態度は判りやすい。

 今一度ハンゾウがミトに目を向けると、腰には細かい装飾を施した柄が見える。


「その腰から下げているのは、小刀のように見えるのだが」


「これだけはダメっ。これは武器じゃないんだからっ」


 ミトは腰の小刀をぎゅっと押さえ、ふたりに取られまいと身構えた。


「兄様から授かったお守りみたいなものだし、これがないと森の中で困っちゃうの」


 必死な様子のミトに、ジュウベエとハンゾウは顔を見合わせて頷く。


「うむ、ならばそれは持っておくと良い」



 卓上の暗器の山から、ジュウベエは興味深気にその中の一つを手に取っている。

 同じように暗器の山を眺めていたハンゾウは、ふと思いついたようにミトに尋ねた。


「ところで嬢ちゃん、お財布は持ってるかい」


「お財布ならあるよ。ほらここに」


「じゃ、それをこっちに置いて飛び跳ねてみな。それぴょーん」


 思わず釣られて、ピョンピョンと飛び跳ねるミト。どこからか、カシャカシャと何かが擦れるような音が溢れた。


「む、何の音だ」


「それはきっと、お財布の小銭が……」


「財布ならここに置いてあるが」


「ちっ、バレたか」


 羽織の中、腰の後ろへと手を回すと、どこからか彼女はふたつの革の袋を取り出した。


 そのうちのひとつには、一枚一枚植物の葉に包まれた小さな四角い板状のものが何枚も入っている。


「なんだ、こりゃ。薬か」


「それは、うちの秘伝の非常食だよ。良かったら一枚ずつあげるよ」


「うむ、ならば良し。持っていきたまえ」


 もうひとつから出て来たのは、先の尖った固そうな三角錐状の形をした木の実。


「ふむ、これはまた面妖な。これも非常食か」


「そ、そうだよ」


 今度は、あからさまに目を泳がせるミト。当然、ハンゾウの目はごまかせない。


「撒菱か。通だな、お嬢ちゃん」


「でしょー」


「撒菱……と言えば、立派な武器ではないか。没収だ」


「ううっ、か弱い乙女から、ホントに身ぐるみ剥ぐなんて。ヒトデナシっ!オニっ!おたんちんっ!」


 これ見よがしに打ち拉がれた素振りを見せるミト。ハンゾウは彼女に宥めるように懐から何かを取り出す。


「人でなしも鬼も認めるけど、おたんちんではないぞ。でもまぁ、代わりにこれをやるから、機嫌を直せ」


「何それ」


「閃光弾だ。思いっきり地面にでもぶつけりゃ辺りは真っ白な光に包まれる」


「光るだけなの?」


「敵の目眩しになる。逃げられるだろ、その隙に。いらないなら、やらない」


「……いる」


 ハンゾウから受け取った閃光弾と一緒に、ミトは先ほど作った握り飯も懐にしまってゆく。


「仕方がないから、やってあげる。その代わりこれが終わったら、ふたりとも今度はワタシのお願い聞いてよね」


 思わぬミトの言葉にふたりは驚くが、どこ吹く風とばかりに、彼女は澄ました顔で言った。


「それで、ワタシはナニをすればいいのよ」


「ああ、それなんだが、ちょっとこっちへ来てくれ」


 ハンゾウは、出入り口の戸を開けると、中から慎重に周辺の様子を伺った後、ミトを手招きした。


「あれ、見えるか」


「あれって、どれよ」


「だからあれだよ」


 最初は首だけ突き出して辺りを見回していたが、徐々に小屋の中から表へと出てゆくふたり。

 そして完全に出てしまった瞬間、ハンゾウはミトの背中をぽんと押して、小屋の前へ送り出す。

 と、同時に体を翻すと、素早く小屋の中に戻り、戸をぴしゃりと閉じて鍵を掛けてしまうのだった。


「さぁ、お嬢ちゃん、お仕事の始まりだ。頑張ってくれ」

————とある山の民の町の『山の里だより』より


 初めての邂逅から幾星霜。永らく反目し合っていたのも昔の話。

 今では、森の民との交流も盛んなこの町ですが、最初の頃はうまくいかなかったようです。

 というのも、彼らは、とても寿命が長いのです。古の森の民ともなると何千年という時を生きるそうです。

 もっとも、今では古の民も数を減らし、私たちが出会う森の民の寿命は、数百年と言われています。

 それでも、私たちの倍程の長さを生き、森と共存するその知恵は、私たちも目を見張るものがあります。

 しかしながら、彼らの高慢ちきなその態度に、鼻持ちならないものを感じる方も多いでしょう。

 しかし、こう考えてみるのは如何でしょう。傲慢不遜。それが彼ら森の民の矜持なのであると。

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