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第6話  『ワタシは……、いやボクは……』

「おい、おい、おい」


 何事かと振り向いたふたりに、慌てた様子で駆け寄ってくるのは、先ほどの宿場にいた鬼燈(ほおづき)色の作務衣の男。

 相変わらずの、胡散臭い雰囲気を撒き散らす男に、ふたりは咄嗟に身構える。


「何を呑気に、そんなとこに突っ立てやがる。ヤツが出て来ると面倒だ。こっちだ。来い」


 男の只ならぬ気配におされ、思わず彼の差し示す路地に駆け込むふたり。

 ふたりを誘導するように、前を走る男。まるで予め道順が決められていたかのように、右へ左へ複雑な路地を抜けてゆく。

 暫く走り続けると、元より小さな町の、そのまた外れにある家、というより小屋が並んでいる場所に出た。


 そのうちの一件の前に立つと、男は戸を開けて中に入るよう促した。最後に男が注意深く辺りを見回しながら入ってくる。

 戸を慎重に閉じ、男が振り向くと、若侍が彼の鼻先に木刀の切っ先を突きつけて言った。


「さて、どういうつもりか聞かせてもらおう」


 男は、鼻先の木刀を手の甲で無造作にひょいっと払い除けると、おどけた調子で答えた。


「そういう危ないもんはしまっといてくれ。こっちもお前さんたちには話があるんだ」


 少年は興味深そうに、小屋の中のあちらこちらに足を向け、辺りをきょろきょろと見回している。

 室内に大きな窓はないが、天井近くにいくつか設けられた小さな明り取りから光が差し込んでいる。

 周りは、簡素ながら頑丈そうなつくりの壁。辺りの土間には、農具の数々が雑然と並べられていた。


「ここは、俺が然る筋から借り受けた、今回の任務の拠点だ。安心してくれ」


 少年の好奇の目に応えるかように、男は部屋の中央付近に据えてあった作業台の上の包みを広げながら言った。


「まぁ要するに、ご近所の農家さんの作業所兼物置といったところだ」


「どうりで、さっきから何か臭うと思ったよー」


「暫くすりゃ慣れるさ。それよりどうだ。朝から何も食べてないんだろう」


「大丈夫。嫌いな臭いじゃないよ。こういう土の匂いは、どっちかって言えば好きかも」


 そう言いながら、少年の目は、早くも包みに釘付けとなっている。

 包みの中には山積みになった握り飯。香の物まで添えられていた。


「お前さんもどうだ。さっきは飯の途中だっただろう」


 腰に得物は納めてはいるものの、未だ警戒を解いてはいない若侍にも男は勧めた。


「安心しろ。毒なんざ入っちゃいねぇよ。まあ、具も入っちゃいねえが」


 そう言って、男は自ら握り飯を旨そうに頬張り始めた。


「冷やした茶もあるぞ。それからこれも持ってきた」


 もう一つの包みを開くと、そこには豆腐の田楽が並んでいた。


「おおー。もしや、それはあの店の」


 少年は、右手に握り飯、左手に田楽と、あたかも餌付けされた雛鳥のような勢いで食べ始める。


「うむ、たまにはこんな食事も良いかもしれん」


 その様をみていた若侍も、握り飯に手を伸ばした。彼はこんな所でも優雅さを失わない。


「あーこれ食べたかったんだよねー」


 ひとしきり味わった少年が、懐から大切そうに取り出したのは、丁寧に糸で綴じられた紙の束。


「何だ、それは」


「これはねー、兄様から預かった、当家秘伝の旅で食べたいものと見たいもの帖」


「君の目当ては、物見遊山の旅だったのか」


「やー、ほんとは西の都に用事があるんだけどね」

 

しばし、若侍にとっても久しぶりに、賑やかな心和むひととき。いつになく口数も多い。


 それまでふたりを黙って見守っていた男は、頃合いも良しと見計らったのか、ふたりに声を掛ける。


「腹も満ちたところで、ふたりには相談があるんだ」


 若侍は、待てとでも言うように手を男の前にかざし、男の顔をじっと見つめる。


「うむ。だがその前に、貴様は何者だ。何故わたしの前に何度も現れる」


 彼の問いに、男は姿勢を正し、頭を下げた。


「おれの名前はハンゾウ。冒険者だ」


 その名乗りに、残りの田楽を手にした少年が笑い出す。


「はっはっは。ハンゾウー。昔近所にいたガキ大将みたいー」


 そんな少年を、若侍は軽く(たしなめ)める。


「そんなに笑うものではない。冒険者が任務の時に使う通称に決まっているだろう」


 頭をかきながら苦笑いをしている男に、若侍も名乗る。


「わたしはジュウベエ。訳あって、都の家を出て流浪の身だ」


 飲んでいる茶を吹き出しそうになりながら、少年が笑い出した。


「今度はジュウベエだって。昔のおサムライさんみたーい」


 まだ笑い転げている少年に、ハンゾウが苦笑しながら尋ねる。


「で、お嬢ちゃんの名前は」


 一瞬、狼狽した表情を見せるも、少年はいつもの笑顔でハンゾウを見た。


「やだなー、ボク男ですよー」


 ジュウベエも、少年を一瞥すると、少年に同意する。


「うむ、わたしにも小柄なれど男のように見えるが」


 ハンゾウは、少年を指差すと即座に意義を唱えた。


「いやいや、この子はどっからどう見ても女の子だろう」


 再度、先ほどよりは丁寧に少年を見やると、ジュウベエは言った。


「ふむ、女性的な身体の特徴が全く見当たらん。男の子どもだろう」


 彼らの言葉に、少年は眉毛をぴくりと動かす。


「いやいやいや、子どもは子どもでも、女の子どもだろ。子どもだから、こう何つうか女性的な特徴に乏しいとしても」


 その後も続く、ふたりの丁丁発止のやりとりに、次第に拳を固め、肩をわなわなと震わせ始めた少年。


「ワタシは子どもじゃないやいっ! でもって、男でもないやいっ!」


 遂に爆発したかのように、握り締めた拳をぶんぶん振り回し、両足をだんだんと踏み鳴らしながら猛抗議を開始する。


「背はこれから伸びるのっ! 胸もこれから成長するのっ! だいたいアンタたちは×××××」


 ひとしきり騒ぎ立てると、肩でぜいぜいと息をしながらふたりを睨みつけた。


「君は女の子……だったのか」


 本気で男だと信じて疑わなかったジュウベエは驚きの表情を隠せない。

 ハンゾウはにやにやと、してやったりとした笑みを浮かべるばかり。


「ワタシは……、いやボクは……」


 はたと正気に帰り、取り繕うが時既に遅し。


「ミト。と言います」


 彼女は諦めたように、小さな声で呟いたのだった。

————都で人気の噺家の『ある人気演目の枕』より


 いつの時代も女性の一人歩きは危険なもの。今も昔もそれは変わることはござんせん。

 男だって、腕っ節に自信がなけりゃ、一人旅になんかにはそうそう出るもんじゃない。

 しかし、どうしても旅をしたい。あるいは出なきゃいけない。なんて時はどうするか。

 そりゃあ、もう、巷の冒険者を用心棒に就けるってのが定石でしょうな。

 近頃じゃ、通行証を出すお役所で、護衛の冒険者の手配までしてくれるってんだから便利な世の中になったもんだね。

 昔は、冒険者なんていうと荒くれどもばかりだったんだが、今じゃ女の冒険者もいるんだから驚きだ。

 でもって、女性の一人旅には、女冒険者が就くってのが当たり前になってきたのが、このご時世。

 そこに目を付けたある男が、女冒険者を目当てに女の格好して護衛を申し込んだってんだからバカな話だよ。

 意外なことに化粧した自分の顔を見て、こりゃあ、我ながら別嬪さんじゃねえか。などと悦に入る始末。

 その格好で護衛を申し込む。暫し待てば、やってきたのは慣例に従い、男装をしている女性冒険者。

 女性が旅する時は、用心のため男の格好で出掛けるのが常識ってのを知らなかったんでしょうな、この男。

 きりりとした男装の麗人と化した護衛の冒険者を前に、びっくりするやら、なんやらで挙動不審も甚だしい。

 当然、女性冒険者の方もまた、女装した男に男装をするよう求めるのが、またややこしい……。

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