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第5話  『ええいっ、この程度の小銭では話にならんわっ』

 脇道沿いの、木賃宿や茶屋が並ぶ一角に辿り着いた少年と若侍。

 豆の名産地にして、豆のような大きさの町。町の部分は狭いが、領内の大部分は農地で、こちらはかなり広い。

 しかしながら、それなりに人や荷物の往来も多く、こちらに向かって歩いて来る者たちの数も、決して少なくはない。


「なーんか、寂しいとこだね、ここ」


「そうか、脇道沿いにしては、そうでもないと思うが」


「さっきまでいた町も田舎っぽかったけど、ここには冒険者の詰所もないみたいだし」


「ふむ、だが先刻の町は有名な宿場だった。君はいったい、どこのお坊ちゃんなのだ」


 甲論乙駁。ふたりが、それほど大きくはない所謂(いわゆる)合宿の町の中程に差し掛かった頃のこと。

 前を歩いていた旅人たちを目掛けて、茶屋の前で座り込んでたむろしていた数人の柄の悪そうな若者たちが、やにわに立ち上がり、わらわらと寄っていった。


 彼らを取り囲むようにして、何やら揉めていたようだが、暫くすると囲みの輪がすっと切れ、旅人たちは肩を落として戻って来る。

 ふたりは、歩みの調子を落とすことなく、しかし、ゴロツキどもを避けるように道の端へと進んでいった。


「お待ちください。そこのおふた方」


 乱暴狼藉。脇を通り過ぎようとしたふたりの前に、立ち塞がるかのように周りを取り囲む若者たち。


「ここを通るには、往来の証文をお見せして戴かないといけないのです」


 どこからどう見ても町のゴロツキどもとしか思えない者たちの中、頭目とみられる若者は場違いな程に身なりがしっかりしている。

 裕福な商人の若旦那、といった風体。しかし慇懃な態度と口調に反して、貼付けたような笑顔の目は細く鋭く光っている。


「ふむ、このような所で往来手形が必要だとは、とても思えんが」


 威風凛然。取り囲むゴロツキ相手に、若侍は顔色も変えずに応じる。


「こちらも手代様より、正式に委任されてお願い申し上げております。この場で証文をお買い上げいただくこともできますよ」


 証文の代金としては、かなり高い金額が提示される。因に国で発行している証文は身元確認等の審査はあるものの無料である。


「このようなもの、払う道理はない。ここは通してもらおう」


 ふいに懐に手を入れる若旦那の動きを目だけで追いながら、相変わらずの鹿爪(しかつめ)らしい表情を崩さず応える若侍。


「どうしても払っていただけないと、そうおっしゃるのですね」


 囲んでいるゴロツキたちが一斉に、ずいと一歩前に進み出る。少年はそれらをハラハラとした顔で見守るばかりだ。


「うむ、払わねば、いったいどうなるというのだ」


 一髪千鈞。若旦那の不穏な臭いを感じさせる、懐に入れた手を、若侍は、すっと目を細め見つめた。


「いえ、お命でお支払いください。とまでは申し上げる気はございません。金銭がなければ、来た道をお戻りになれば宜しいだけのことです」


 如何様(いかよう)になさるか、後はあなた方にお任せします——。


 慇懃無礼な若旦那は、そう言わんばかりに、ふたりに向かって両腕を広げると踵を返す。

 そして、ふたりをゴロツキどもの前に残して茶屋の中へと消えてくのであった。



  ○ ● ○ ● ○



「ええいっ、この程度の小銭では話にならんわっ」


 この小さな町には不釣り合いに、大きな屋敷の中。小さな領地の手代には不釣り合いな、豪華な調度品を備えた座敷の中。

 そして下卑た顔つきには、やはり不釣り合いな豪華な着物を来た中年の男は、配下の者たちの報告に、逐一声を荒げている。


 この男は、先代の手代が懇意にしていた内のひとりだった。何をどう取り入ったのか、今となっては定かではないが、いつの間にか先代の片腕として収まっていたのだ。

 先代は農政を中心に、元々の名産品の栽培に力を入れ、その質と量の向上に務めていたが、この男には、寧ろ商売の方に大きな興味と、その才能があったようである。


 農業で稼いだ町の資金を元手に、領内に僅かばかりに掛かっている街道や脇道沿いに、手頃な価格の宿や茶店などを次々に出していった。

 大きな宿場と宿場の間にあるそれらは、旅人にとって丁度良い位置にあったのだろう。たいそう繁盛し、この豆のような合宿の町の元となった。


 先代も、農業より商売に熱心な男に対し、思う所がなかった訳でもないが、町が潤うのなら、ということで彼の勧める事業を認可したという。

 もっとも、町の人々は先代同様、農業に従事する者が大半で、男の事業には興味がなく、町の懐が暖かくなるなら良しと考える者が大勢を占めた。


 しかしいつの頃からか男の周りには怪しい連中が増え、彼の給金では賄えないような屋敷を建て、段々と召し物も派手なものとなっていく。

 それらが、町の上層部含め、人々の間でおかしいのではないかと目され始めた頃、先代は原因不明の病で床に伏せる日々が増えていった。


 そしてついに、先代の今際の際にこれを賜ったと、次代の手代をその男を推すという先代お墨付きの推薦状を手に、男は現手代の座に着いたのだ。

 同時に、この合宿の町で働く人々はほぼ全員男の息が掛かった者ばかりになり、行き交う商隊や旅人を相手に、先代が禁じていた通行証商売を始めた。


 小さな町で通行料を取る、というのは中央に届け出を出せば、それ自体は違法ではないが、自ずと相場の額がある。男は絶妙に人々が損得勘定の上ぎりぎり払える額を課した。

 この商売もやはり繁盛したように見えてはいたが、町へ収められる額は以前とあまり変わらない。それどころか近年減り続ける一方なのだ。


 その代わりに男の横には怪しい取り巻きが増え、屋敷は更に大きくなり、どこに出掛けるにも豪華な駕篭で乗り付けるようになった。

 もともとが農業で暮らしていた町。先代が苦慮していた農政を全く顧みない現手代の下では、苦しくなるのは当たり前のことだろう。


 男の着服は明らかであったが、証拠がない。今更ながら、先代との手代交代の際の諸々も怪しいものだが、それもまた証拠がない。

 そこで町の農民を中心とした者たちは、その季の農産活動を一時停止。付近の大きな町の冒険者組合に掛け合い、別の商売を始めたのだった。

 それが功を奏し、男の通行料商売の上がりは日に日に目減りしていった。これが、ごく最近の話である。


 ()くして手代の男は、今日も屋敷の奥深くにて配下の者たちを相手に、醜悪に喚き続けるのだった。



  ○ ● ○ ● ○



 一触即発。残された若侍とゴロツキ連中は睨み合う。

 ふっとため息を着くような表情をした若侍は、突然傍らの少年をひょいと持ち上げると、ゴロツキどもの頭上高く、遠方へと放り投げた。


「えーーーっ」


 緩やかな放物線を描き、遥か先に驚嘆の声を上げ飛んでゆく少年。ゴロツキ連中も呆気にとられて、それを見ているしかできない。


 紫電一閃。若侍は力強く踏み込んで、素早く木刀で正面の敵を薙ぐ。返す刃で残りの敵もあっさりと一蹴。

 遥か宙から、その様子を見ていた少年の目には、彼がとても優雅な動きで、舞を舞うように身をくるりと一周りさせたようにしか見えなかった。


 少年が、顔に似合わず手慣れた動きで地面を数回転、衝撃を緩和しながら見事に着地を決めた頃には、敵は全て地面に転がっていた。

 立ち上がって、お尻の埃をぱんぱんと払っている少年に、若侍は腰に木刀を納めつつ、先ほどからと表情も変えずに歩み寄ってくる。


「さて」


「さて、じゃないよ。いきなり放り投げるなんてひどいじゃないかっ」


「うむ、刀を振るうのに邪魔だったからな」


「そういう問題じゃないでしょー、まったくもうっ」


 侃々諤々。その時、ふたりのやりとりを遮って届く声があった。


「ありゃー、お前ら、もうやっちまったのかっ」

————とある町の『私塾講師の授業用覚え書き』より


 この国は、その中でまた小さな国に分かれ、それぞれの小国でそれぞれの民が暮らしています。

 それらの小国は、この国を統べる都より命を受け、その地を任された領主により治められており、

 小国もまたいくつかの地区に分けられ、領主より任命された代官が、その地の(まつりごと)を取り仕切っています。

 また代官の下僚となる手代という、武家の出ではなくとも地元の有力者から採用される役職もあります。

 主に辺境の地を任される手代ですが、大半の者は職務に忠実に勤め上げ、更に上の役職に取り立てられる例もあります。

 しかしながら、お上の目が届き難いことを良いことに不正を働くものが増えてきていることが、昨今の問題となっております。

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