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第4話  『断じて、見つめ合ってなどいない』

「それじゃ、これで失礼します」とはいかないよなぁ。——。


 少年は、若侍と肩を並べ、街道と雑木林を隔てて平行に通っている、脇道を歩いていた。

 普段は地元の民が使っているであろう、その道は小街道といった赴きで整備が行き届いている。


 あー、でも待て待て。考えようによっちゃ、これは——。


 何事かに思いを巡らす少年は、若侍が声を掛けているのに気づかない。


「……なのか」


「は、はいっ。何でしょう」


「一人旅なのか。と聞いているのだ」


「そうです。東の方から来ました」


「子どもの一人旅は危ないな。連れはいないのか」


「子どもではありません。確かに大人と認められるには、もう暫くかかりますけど……」


「君も剣を振ってみたはどうだ。その様子では身を守る(すべ)など、何の心得もなかろう」


「いや、剣などは苦手なもので……」


 子ども扱いにぷっと頬を膨らませる少年。若侍はそれには取り合わずに淡々と歩みを進める。

 相変わらず、無愛想で言葉数の少ない若侍。少年は、彼が先ほどからの一件に触れないことが、逆に少し怖い。


「あの、さっきの人たちは……」


 少年は矢も楯も堪らず、それとなく水を向けてみる。


「切先で軽く撫でただけだ。半時(小一時間)程で起き上がることができるだろう」


 そう言ったきり続く、長い沈黙。

 この分では、彼にも己の倒した相手が何者だったのか、察しは付いていそうだ。

 そして、追われているという自分の身の上もまた、大方のところは見抜かれているのだろう。

 わかっていて、こうしているのか。いったい何のために、こうして肩を並べて歩いているのか。


 無口で無愛想で、なに考えてるかわかんないんだけど、腕は立つんだよね——。


 横を歩く若侍の顔を、そっと見上げる少年。


「人目に付かぬよう街道を避けているのだ。今は黙って歩きなさい」


 その心の内を読んだように、彼はこちらに顔も向けず、ぼそりと呟いた。



  ○ ● ○ ● ○



「いや、すっかり騒がせちまって申し訳ねぇ」


 男は、店主の親父と給仕の娘に向かって頭を下げた。


「いえいえ、それが私どもの勤めですから」


 丁寧な態度で、それに応える店主たち。


「さっきの飯と酒のお代だ。また頼むぜ」


「いつも、ありがとうございます」


 一回の食事代としては、かなり多い量の硬貨を袋ごと渡しながら男は言った。


「あー、ついでと言っちゃ何だが、3人前ほど握り飯を作っちゃくんねぇか」



  ○ ● ○ ● ○



 また続く沈黙。初夏の風だけが心地よく吹き抜ける中、ふたりの足音だけが響く。


「あの方は来ないんですか」


 沈黙に耐えきれない少年は、余計なことだと判っていながら口を開く。


「あの方……とは。誰のことだ」


「あの時ご一緒にいた、おかしな格好の……お友達ではないのですか」


「うむ、あの者は友人などではない」


「えっ、でも差し向かいでご飯食べてましたよね。仲いいんですね」


「いや、決して仲など良くはない」


「そうなんですか。でも他のお客さん、誰もいないのにおふたりで食卓を囲んで。しかも飛び込んだ時には見つめ合ってたような」


「断じて、見つめ合ってなどいない。あれはあいつが勝手にわたしの前にやって来ただけだ」


 そう言ったきり、また黙り込む若侍だったが、やがて誰に聞かせるでもない風にぽつりと言った。


「だが、かなりの手練れだった。何の気配も感じさせずにいつの間にか、わたしの前に座ったのだ」



  ○ ● ○ ● ○



 3人の中年武士たちを助け起こしながら、男は彼らに声を掛けた。


「現場の御役目を離れて久しい其方(そなた)らに面倒掛けたな」


 腕を回したり、腰をさすったりしながら、我が身の無事を確認する武士たち。


「あなたもまた、何か厄介な任に就かれたようですな」


 彼らの言葉に、苦笑いで返す男。


「しかし、あの若者はむやみと強かったですな」


「何と言っても、あの流派の継承者ですからな」


 武士たちが談笑する中、男もそれに加わる。


「さて、頼んでおいたもうひとつの件も手配できそうか」


「ええ、体力のありそうな者が何十名か待機しております」


「相手はやたらすばしっこい上、目端も利く。子どもだからといって油断するなよ」


 暫くの合議の後、男は武士たちと別れ、どこへともなく走り去っていくのだった。



  ○ ● ○ ● ○



 夏の始まりとはいえ、陽が真上に来る頃はかなり暑くなった。

 脇道の両側にあった雑木林はいつの間にか途絶え、辺りには不自然な空き地が広がっている。

 日差しを遮るものもなく、明るい光に目を細めるふたり。

 少年は沈黙に耐えられない性分なのか、先ほどから、言葉数の少ない若侍にあれこれと話し掛けていた。


「あれれー、おかしいぞー。この辺りは、確か一面大豆畑だったと思うんだけど」


「そんな、身体は子ども頭脳はおとなの名探偵、みたいな物言いはやめなさい。恥ずかしいから」


 ぽつりぽつりと雑草の生えた耕作地を横目に眺めながら、ふたりは歩く。

 荒れ具合から耕作が放棄されたのは、ここ最近のことだろうか。


「これじゃ、お豆腐食べられないよー。この辺の名物だからって楽しみにしてたのにー」


「ふむ、確かに確かに名産品の畑を手放すなど、普通なら考えられないな」


「近頃お代官様が代替わりしたみたいだから、そのせいかなー」


「この辺りの代官が代わったなどという話は聞いてはおらぬぞ」


「お代官様ってのは、皮肉を込めてそう言ってるだけで、ほんとは三下手代らしいよ」


「ほう、やけに詳しいな」


「へへっ、お前らの悪事はまるっとするっとごりっとお見通しだー、ってね」


「だから、そんな自称超売れっ子な美人奇術師、みたいな言い方はやめなさい。恥ずかしいから」


 ほんの少々だが、自分の相手をしてくれるようになった若侍の態度に、嬉しさを隠せない少年。

 このまま、なんとか旅の仲間になってくれると良いんだけど——。



  ○ ● ○ ● ○



 さてさて、あいつらいったいどこまでいっちまったんだ——。


 雑木林の間を抜けている脇道を、素早く駆け抜けながら男は考える。

 あんな騒ぎを起こした後だ。街道をそのまま進んでいるとは思えない。

 おそらく、こちらの脇道を進んでいるのは間違いない筈なんだが。


 それにしても、あいつら思ったより随分と足が速い——。


 とにかく急がねばなるまい。彼らがまた何かやらかす前に。

 男は、駆ける足にいっそうの力を込めるのだった。

————とある町の『冒険者組合だより』より


 冒険者組合は、都にて組織された本部より枝分かれし、その町その町で運営されております。

 大きな町に置かれた組合支部は、その近辺の小さな町や村からも依頼を受け、仕事をしております。

 我々冒険者組合への依頼は多岐に渡ります。報酬金額も決して高いものばかりではありません。

 町の自警に始まって、商隊の護衛、害獣の除去、第二級災害扱いの案件への対応、果ては迷い人探しまで。

 決して本部所属の冒険者たちが行う第一級災害扱いの妖討伐などという派手な仕事ばかりではないのです。

 近頃では、組合を通さず、依頼者から直接報酬を貰う、所謂『闇営業』を行う者が多くなっていると聞き及んでおります。

 しかも、無茶な借金の取り立てであるとか、捕縛すべき賊の用心棒といった下衆な案件を引き受けているとも言われています。

 実に嘆かわしいことであります。我々は、自身の腕だけを頼りに生きてはいても、決して無頼漢の集まりではないのです。

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