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第3話  『つけられている?!』

「助けてよ、お侍さん。追われているんだ!」


 緊迫した空気をいとも簡単に打ち破り、ふたりの間に割って入る少年。ふたりの袖を引き、縋る様な瞳で見つめてくる。


「うむ」


 少年の真剣な表情に、傍らの木刀を手に若侍はすっと立ち上がり、彼と共に店の外へ歩み始めた。

 ふと振り返ると、鬼燈(ほおづき)色の作務衣の男は、まだひとり杯を片手に、呑気に皿なぞ突いている。


「貴様は来ないのか」


 若侍の声に答える代わりに、作務衣の男は少年の台詞を繰り返した。


「助けてよ、お侍さん」


 どうぞ、とでもいうように、手の平を若侍に向けると、男は繰り返した。


「お サ ム ラ イ さ ん」


 ため息をひとつ、少年を促し、出てゆく若侍に男が声を掛ける。


「頑張ってくれよ、(あん)ちゃん」


 再び歩き出す若侍の眼の片隅に、彼の残していった皿に手を伸ばす男の姿がちらりと残った。


 わたしとて、厳密に言えば、未だ侍とは呼べるような身ではないのだが——。


 文字通りの押っ取り刀で、店を飛び出したふたりだったが、町中は至って平常通り。怪しい者の姿は、どこにも見受けられない。

 しかし少年は油断することなく、辺りを見回している。若侍の袖を掴む手には、更に力が入り、事の次第を事細かに訴え始めた。


「町の出入り口前の冒険者詰所を過ぎた辺りで、いきなり何人かの男たちが、こちらを指差すなり走り寄って来たんです」


「ふむ」


「それで驚いて、無我夢中で大通りを走って来て、この横町を曲がって、あのお店に入ったんです」


「そうだったか」


 若侍は、手にした木刀を腰に差すと、少年に横丁の奥を視線で示し、そちらへ歩き始めた。

 少年は、心配そうに後ろを気にながら、若侍の陰に隠れるように、やや後方をついて来る。


「君に追いかけられる覚えはあるのか」


「いえ、勿論ないです。全然ないです」


「では人違いの可能性というのはないか」


「それもなさそうです。あの時あの場にいたのは自分だけでしたから」


 町の出入り口付近、人の往来の一番多い場所。そこにいたのが、この少年だけとは……。

 若侍は、ふっと立ち止まり、少年の顔を見つめた。不安げに見つめ返す少年の眼に、嘘はないように見える。

 少年の顔を見つめたまま、ふいに若侍が呟いた。


()けられている」


「えっ?!」


「走るぞ」


 そう言うなり、若侍は少年の手を引き、走り始めた。


「ちょっ、ちょっと待ってください」


 若侍は、少年の言葉には答えず、握る手を強めて走り続ける。

 ふたりは暫くうねうねと路地を走り続けて、町の外れに近い倉庫街に辿り着いた頃、若侍はようやく握った手を緩めた。


「そこの建物の陰に隠れていなさい。話をつけてくる」


 言い残すと、彼は追っ手らしき人影に話をつけるため、ずんずんと力強い足取りで歩き出したのであった。



 追っ手の男たちを前に、腰のものも抜かず、構えも取らずにふらりと対峙する若侍。

 追って来たのは、きちんとした身なりの武士が3人。屈強な体付きながらも、歳のせいなのだろう。軽く息が上がっているように思われた。


 彼らを仕切っているのは初老に差し掛かった年頃の男。残りのふたりも、やや若く見えるものの、いずれも中年と呼んで差し支えないように見える。

 歳の割に、ここまで追いついてきたのは日頃の研鑽の賜物か。しかし現場の御役目からは離れて長いようだと、若侍は冷静に当たりをつけた。


 それにしては——。と若侍は考える。彼らとて旅の子どもを拐す(やから)には、とても見えないのだが。


「貴公らは何故わたしを追って来る」


 息を整えながら、初老の武士のひとりが答える。


「追っているのは、其方(そち)の方ではない」


 残りのふたりが若侍の横を通り過ぎ、あの少年が隠れているであろう方へ向かおうとした。


其方(そなた)らの事情も、概ねの事は判っておる」


「今は黙って、その者をお渡し願いたい」


 その瞬間のことだ。突然そのふたりの中年武士は膝を着いた。

 いつの間にか若侍の手には、件の木刀が握られている。


「待て待て、話をすれば判る」


「問答無用」


 音もなく木刀は振られ、残ったひとりの中年武士もどうっと倒れた。



 ありゃー、やっちゃったよ——。


 物陰から様子を伺っていた少年は、予想の遥か上を行く出来事に目を白黒とさせている。


 なんか、とんでもないもの見ちゃった気がする——。


 始めから少年は彼らが揉めている隙に、こっそりとその場から離れようという企みだったのだ。


 そもそも、話合いとか言っといて、「問答無用っ!」はないだろ——。


 おそらく追いかけて来た武士たちは、町の警備を任されている公儀の役人だ。

 しかも、年齢的にみて位も高く、腕の方もかなり立つように見受けられる。

 向こうに敵意がないとはいえ、それを3人、ほぼ一瞬で切り伏せたのだ。しかも木刀で、だ。


 少年は自分の目は良い方だと思っていたが、それでも彼が何をやったのか、その目では追い切れなかった。

 いつの間にか腰から木刀を抜いて、それを何回かすいと横に薙いだようにしか見えなかったのだ。

 しかも、その間ずっと彼の注意は、こちらにも向けられていたのである。


 逃げ出す隙など、ひとつもあろうはずはなかった。



「無事だったか」


 若侍は、ことを終えると何事もなかったかのように、それまでと変わらぬ鹿爪らしい表情で少年の方へ歩いてきた。


「あ、ありがとうございます」


 少年は、その場から一歩も動くことも、若侍から視線も外すこともできず、やっとの思いでその一言を口にするしかなかったのであった。

————とある町の『この町のご案内』より


 この国の宿場町は、大抵の場合、町の中心部分を突っ切るように街道が通っています。

 いえ元々は東西の都同士、そして都から地方へと繋がる道として、始めに街道が整えられました。

 その街道を行き来する人々や荷物のため、後から補給や宿泊の施設が設けられたのです。

 ですから町の真ん中に街道を通したのではなく、街道の上に町を造ったとも言えるでしょう。

 そういった訳で、その町一番の大通りというのは、そこを通る街道そのものということになります。

 町の両端の出入口には見附と呼ばれる見張り台が置かれ、それぞれ冒険者詰所が併設されております。

 東方見附から町に入り、その大通りを奥へ奥へと進むと、いずれ西方見附にたどり着くと言う訳です。

 大通りに交わる横町や路地に入ると、本来の意味で町の奥の方へと行くこともできますが、進みすぎると、普段はあまり人の来ない町外れに行き着いてしまいますので、ご注意ください。

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