表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧版】侍、刀、そして魂。—時代劇風冒険活劇ファンタジー/Samurai, Sword and Souls—【第一・二章】  作者: ノラねこマジン
第2章 刀を抜けない剣士、術が使えない術士、そしてワンパクなお姫様
26/28

第15話 『わたしを、その銃で撃ちたまえ』

 ハンゾウは、その大きな顎門を広げ、彼を一吞みにせんとする大ウツボを躱し、妖の頭上高く飛び上がった。

 その勢いで大ウツボの鼻先に着地すると、標的の呪印近くまで一気に駆け上り、ウツホラキリの一撃を加えようと試みる。

 しかし、暴れる妖の頭の上では足下を固めることも侭ならない。頭部を大きく振って、ハンゾウを振り落とそうともがく大ウツボ。

 そのぬめる粘液と固い鱗を力一杯踏み締めて、彼はもう一度高々と飛び上がり、今度は妖の頸の辺りに飛びついた。


 どこまでが頭で、どこからが胴体かはよく判らねぇが——。

 ハンゾウは、目の前の鱗の隙間に目をつけると、そこにウツホラキリを差し込む。

 まるで、蒟蒻か何かに刃を突き立てているかのような奇妙な手応え。

 僅かに刃を押し戻すような感触があるものの、刃はすうっと妖に吸い込まれるように差し込まれた。


 と、その瞬間、足下が大きく揺れる。刃を突き立てられた、大ウツボが苦しんで暴れているのだ。

 とっさに、ウツホラキリの柄を強く握りしめるハンゾウ。

 大きく身体をうねらせる妖から、振り落とされないよう柄を握りしめる彼の身体は、妖の尾に向かって鱗の上を滑り始めた。


 ハバキ近くまで、妖にその身を沈めたウツホラキリは、抜けることもなく、そのまま妖を三枚におろすように切り裂いている。

 大ウツボの尾の付近にまで滑っていったハンゾウは、粘膜に塗れながも妖に喰らいついていたが、その尾の大きなうねりに、ついにウツホラキリと共に宙に投げ出されたのであった。



  ○ ● ○ ● ○



 その山の頂きは、聞いていた通り、(ひら)けた広場となっていた。

 大きな円形のそれは、日頃この場まで登ってきた旅人は一服つけ、商人などは背負って来た荷を改めたりしているのであろう。

 しかし、今はヌエどもが巣食う、忌むべき地と化している。

 頭上には何体かが旋回し、また地面には何体かが寝そべる。そしてその殆どのヌエは——。


「やーねー。あれは共食いしてんのかしら」


 ジュウベエに追いついてきたミトは、彼の背後から怖々と、そのおぞましい光景を覗いている。

 ある妖は千切れ飛んできた四肢に齧りつき、ある妖は吹っ飛んできた腹に頭を突っ込み、同族の肉を貪っていた。

 辺り一面には、異臭が漂い、赤黒い血だまりが広がり、臓物のようなものまでが、あちらこちらに転がっている。


「うむ。だがあれは血のように見えるだけだ。妖に血など通っておらんからな」


 ああやって妖力の回復でもしておるのであろう——。吐き捨てるように言ったジュウベエは、足下の地面をじっと見つめている。


「なに? なんかあるの、地面に」


 踏み込もうとするミトを、手を上げて制すると、ジュウベエは顔を上げ、広場のあちこちに視線を走らせた。


「この場の全てが陣となっているようだな」


 彼が、刀の先端で足下の地面を軽く突くと、刀に纏わりつくように火花が走り、地面には陣の一部が浮かび上がる。


「そして……あそこを見るが良い」


 全体的に黒い靄越しに見ているような広場の、彼が刀で指し示された先には、どす黒い煙の大きな固まりのようなものが見えた。


「うわー、あの広場の真ん中の黒いのが、この臭いのモト?。どおりで臭い訳だよ」


 おまけに、また目も耳も痛くなってきた——。鼻をつまんで、顔を顰めているミト。


「ちょっと拳銃を撃ってみなさい。あの黒い煙の下辺りの地面に向かって」


 吹き溜まる瘴気と、ヌエどもから漏れ出る妖気で、咽せていたミトだったが、懸命に銃を構えた。

 ややあって、引き金を引いたミトの銃から、白い光の矢が放たれ、見事狙い通りの場所に吸い込まれていく。

 次いで、ふたりの足には地面の深い方から、ずんっという軽い音と振動が伝わってくる。


「よし、命中っ!止まってる的なら当てやすいや」


 ジュウベエを見上げようとした、ミトの得意気な笑顔が途中で凍りついた。

 それまで同族の肉に貪りついていたヌエどもが、その血飛沫の飛んだ顔を一斉にふたりへと向けたのだ。



  ○ ● ○ ● ○



「この小僧は何をやっとるんじゃ。元の使い手は、もうちっと、ましじゃったぞ」


 はて——。そこまで考えて、ウツホラキリは、見えない首を傾げる。

 儂の前の主は慢心しおった料理人だった筈だが、いまの記憶は——。


「よっと」


 宙で二転、三転として勢いを削ぎ、浜にひらりと着地するハンゾウ。

 大ウツボの横腹には、きれいな横一直線の傷がぱっくりと開いている。

 傷からは血の一滴も流れてはいないが、赤黒い肉塊のようなものが見えていた。


 妖の腹ん中ってのは、何回見ても気分のいいもんじゃねぇな——。

 ハンゾウは独り言ちる。目もそうだが、腹ん中まで人か獣に似せてやがる。

 人や獣かに成り代わろうってのか。まったくアイツらにゃ腹が立つ——。


 ハンゾウは握っているウツホラキリを見る。

 血糊も脂もなく、きれいな鎬。刃先には刃毀(はこぼ)れひとつない。

 妖相手なのだから、当たり前といえば当たり前であるのだが。


 妖によっては、妖気が血や肉のように斬った刀に残ることも多い。

 鋭い切れ味を見せた、その刀身から冷たい光を放つウツホラキリに彼は思う。

 お前、本当に名刀なのかもな——。


「さて、今度こそ引導を渡してやるぜ」


 まだ息はあるものの、自然に滅するのも時間の問題かと思われる大ウツボ。

 だが、このまま妖気を撒き散らしながら、くたばって貰ったんじゃ、この浜が新たな妖の温床になっちまう——。


 ハンゾウはトドメを刺すべく、大ウツボの呪印目掛けて、その巨大な身体に飛び乗った。

 順手に握ったウツホラキリの切っ先を、真っすぐ捉えた呪印に突き入れる。

 厚い粘液も固い鱗も難なく通る。一瞬、何か固いものに当たる感触があったものの、刃はそのまま妖の奥深くに届いた。


 ハンゾウはウツホラキリを通して、大ウツボの奥深くに力を送り込む。と同時に呪印からは、目映い真っ白な光が溢れ出した。

 光が収まるのを確認したハンゾウは、大ウツボから飛び降りると、振り返ってその巨体を仰ぎ見る。

 呪印のあった辺りから、大ウツボの身体は徐々に白く、まるで塩の結晶のようなものに変質してゆく。

 その身体は、自身の重みに絶え切れず、白くなった端からざらざらと崩れ、浜の上へと落ちていった。

 巨大な身体が、全て崩れ落ちると、そこにはひとつの大きく亀裂の走った大きな妖石が残されていたのだった。



  ○ ● ○ ● ○



「うひゃー。みんな、こっち見てるよ、ジュウベエ」

 ミトはヌエを指差し、わたわたと大慌ててで、ジュウベエとヌエを順番に見比べる。

「ふむ。この場のヌエどもはすぐには襲ってはこないようだな。おおかた、この場を守っているつもりなのだろう」

 既にジュウベエは刀を構えて、臨戦態勢に入っており、その視線は、広場中央のどす黒い煙の固まりへと注がれている。


 どす黒い煙は、人に似た顔を変わり、胴に変わり、獅子に似た四肢に変わる。遂に獅子の背中からは鷹のような翼が生え始めた。

 ふたりが見ている間に、どす黒い煙は妖を産み出し、その妖はゆっくりと翼を羽ばたかせ、頭上で旋回する群れに加わる。


「ヌエってあんな風に生まれるの? 気持ち悪ーい」


 ミトは、自身の胸を抱き、ぶるっと小さく震えた。


「ふむ。先刻と同じところを、もう一度撃ってみたまえ」


 彼女の怯えなど目に入らないかのように、ジュウベエの表情は変わらない。


 なに、呑気なこと言ってんのよ——。ミトは文句を言いながらも、陣に向かって引き金を引いた。

 再び、白い光の矢は陣を打ち抜く。続いて、先ほどより大きな音と振動がふたりの足下に響く。

 虚ろな瞳で、ふたりををじっと見つめていたヌエどもが、のそりとふたりの方へ向かってきた。


「あーっ、アイツら、こっちに来るじゃないっ。どうすんのよ」


 ふむ——。ジュウベエは陣の中へと一歩踏み出す。

 途端に、ジュウベエの足首には纏わりつくように火花が飛び散り、足裏からはちりちりと煙が上がる。

 だが、彼はさして意に介した様子もなく、力強く踏み込むと、構えた刀を大上段から振り下ろした。

 振り下ろされた刀から、打ち出された一撃は、暗い靄を切り裂き、道を塞ぐ妖を吹き飛ばし、淀むどす黒い煙さえ振り祓った。


「ジュウベエ、上っ、うえっ!」


 背後からのミトの声にジュウベエは、急降下してくる妖どもを一瞥すると、脇から構えた刀を斜めに振り上げる。

 彼の放った特大の斬撃は、宙の妖を一掃し、ぼとりぼとりと千切れた妖どもの肉片が落ちてきた。

 つかつかと、どす黒い煙が湧き出していた辺りに歩み寄ると、しゃがみこんで何やら刀の先で何度も地面を突き刺している。


 やはり直に撃ち込むのがよかろう——。ジュウベエは、やにわに立ち上がると、ミトを振り返った。

 ミトに向かって上段の構えをとったジュウベエから、彼女には信じられない言葉が届く。


「わたしを、その銃で撃ちたまえ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ