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【旧版】侍、刀、そして魂。—時代劇風冒険活劇ファンタジー/Samurai, Sword and Souls—【第一・二章】  作者: ノラねこマジン
第2章 刀を抜けない剣士、術が使えない術士、そしてワンパクなお姫様
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第14話 『儂に捌けぬ魚などおらぬわ』

「ワタシに撃てない妖などいないっ」


 山中の鬱蒼と生い茂る背の高い木々の合間、山道に沿って二つに割れた、縦に細長く見える空。

 もう後少しという所にある山の頂きの方角から、その空を埋め尽くさんばかりに、ヌエの群れが押し寄せる。その数は群れというより、最早軍勢とも言える多さであった。

 そのヌエの固まりを目にしたミトは、ジュウベエが止める間もなく、前方へ飛び出した。開いた足を踏ん張り、妖の群れを狙い、両手で構えた拳銃の引き金を引いた。


 ぱあんっ、と思ったよりも軽快な音が木々の合間を駆け巡る。銃を撃った反動で、ミトはよろけかけるも踏みとどまり、ジュウベエとともに弾丸の行方を追った。

 銃から飛び出した白い光の矢は、ヌエの群れに近づくに連れ、次第に丸みを帯び、群れの中心部に到達する頃には完全に球体となった。

 球体になると共に、速度を落としていたそれは、群れの中心部が判っているかのように動きを止め、徐々に朱に染まりながら大きく膨らんでゆく。


 周囲の妖を飲み込みながら、紅く大きく膨みきった光の球体は、その色を桃の花のような薄い紅に変貌させると、一気に破裂するかのように吹き飛んだ。

 遥か空の上、上にも下にも、また右へ左へ、球体から放たれた光のかけらは、まるで宙で花が開くかのように四方八方へと広がっていく。

 その花びらに触れたヌエの群れは、次々と白く輝く固まりとなり、それは風に崩れ、空に消えていった。



「た〜ま〜や〜っ!」


 ミトは、都の川縁で毎年行われる大きな花火大会の見物客のような歓声を上げている。

 まるで花火のような、その光が消えた頃、あれだけいたヌエの群れも、きれいに消えていた。


「どう、見た? すごいでしょ?」


 くるりと後ろを振り向いたミトは、得意気な笑顔をジュウベエに向ける。


「うむ、今のは少し驚いた」


 そう言いながらも、少しの表情を変えないジュウベエ。しかしその口は、心なしか開いているようにも見えた。


「アイツらが見えた途端、あんまりにも臭いし、目がちりちりするし、耳も変な音してるし……」


 もう我慢できずに、思わず撃っちゃった——。そう言ってミトはペロリと舌を出す。


 ジュウベエは、ハンゾウが自分に託したものが、文字通り爆発的な力を伴うものだということに驚いていた。

 しかしながら、空に撃ち放った光は妖のみならず、この山を覆っていたどす黒い瘴気までをも打ち払ってしまったらしい。


 おそらくは——。ジュウベエは思う。あれは破壊の術ではなく、浄化の術か何かを、あの銃に込めたのだろう。

 山の頂きからは、変わらず妖気が流れ出ているものの、山を吹き抜ける風からは邪悪な気配が消えていたのだ。



「こんなすごいものが飛び出すとはおもわなかったわ」


 ミトは、拳銃をひっくり返して、銃口を覗き込んでいる。


「こら。よしなさいっ」


 ジュウベエは、珍しく大きな声を出し、素早くミトの手にある銃の口を顔から逸らす。


「まったく、油断も隙もならないな、君は」


 へへっ——。再びペロリと小さく舌を出すミトに、ジュウベエは山の上方を差す示した。


「頂まではあと一歩だ、このまま登りきるぞ」


「さっきのコレ、ほんとすごかったわ」


 ミトは小鼻をひくひくさせながら、その手に握られた拳銃を眺めている。


「心なしか嫌な臭いも薄まったし、目のちりちりも、耳のきーんってのもなくなってるし」


 ジュウベエは、ミトの話を耳に入れながらも、視線は頂へ続く道のその先を見ていた。

 道の先の急な斜面には、丸太で作られた簡単な階段が設けてあり、その先は拓けた場所となっていると聞く。


 問題は階段を登った先から、ヌエの群れが、まるで待ち伏せるように大挙してこちらを覗き込んでいるのだ。

 虚ろな瞳、虚ろな表情、人の顔に見える別物の何か。こうして見ているだけで、見られているだけでおぞましい何か。


「あれだけの数で待ち構えているのだ。おそらくあの場が、妖どもの本丸だろう」


 ジュウベエは、山の古寺での修行の日々を、再び思い起こす。

 あの時坊主は、山全体を陣にして瘴気を集め、またその集めた瘴気を使うことによって妖を産み出していると言っていた。


 この地にも、同じような仕組みのものがあるのではないか——。

 早くも銃を構えているミトを片手で制し、ジュウベエは刀を握り直す。


「君の銃には、使いどころがある。後のために取っておくが良い」


 息を大きく吸い込み、腹に貯めた気を練り上げる。その力を上段の構えからすいっと振り下ろした刀に乗せて放った。

 一度の振りで、一際大きな三つの斬撃が放たれ、顔を覗かせていたヌエどもは、悉く四方へ吹っ飛んでゆく。


「君は後から来い。決して慌てるな」


 傍らのミトにそう言うと、更に刀をもう一撃。新たに顔を出し、こちらを見下ろす妖を切り裂く。

 急な階段を駆け上がりながら、一撃、もう一撃と上空にいた妖を斬撃を放ち、悉く撃墜する。

 そのまま頂まで一気に駆け抜け、最上段に足を掛けたジュウベエだが、突然動きを止めた。

 ゆっくりともう片方の足を引き上げると、その場で仁王立ちとなる。

 そこには、先ほどの妖の視線にも増して、おぞましい光景があったのだ。



  ○ ● ○ ● ○



「儂に捌けぬ魚などおらぬわ」


 ハンゾウが手にしているウツホラキリが、ぽつりと答える。


「おお、やる気になったか。うれしいぜ」


「儂は、はなからやる気満々じゃ」


 ウツホラキリの刃先が、キラリと妖しく光った。


「俺は得物を持たず、拳ひとつで戦うんだ。剣技の心得なんてないんだが」


「安心せい。儂は己の扱いをよーく心得ておる」


 遠くの水際で、大ウツボが、砂に塗れてのたうちまわっているのが見える。


「ああいう、ぬるぬるして長い魚を捌くにはな」


「おお」


「まず長いまな板を用意するんじゃ」


「おい」


「そして、大きな目釘でじゃな……」


「おいって」


「なんじゃ」


「なんだじゃねぇだろ」


「冗談じゃ。先刻の仕返しじゃ」


 顔などないウツホラキリが、ぺろりと舌を出したような気がするハンゾウ。


「お前、性格変わってねぇか」


「さあ、どうかのう」


 ぼすっぼすっと、のたうつ大ウツボが、じわじわと近づいてくる気配が感じられる。



「儂の巧い使い方はのう」


「おお」


「力を入れないことじゃ」


「はあ、何じゃそりゃ」


「決して力まぬこと。力任せに引いたんでは、絶対切れはせん」


「俺の得意技は、力いっぱい全力でぶっとばすことなんだが」


「儂を軽く握れ、ということではない。其方は、自身の拳の先に儂が生えとるとでも思えば良い」


「どういうことだよ」


「なに、其方ならそう難しいことでない。其方の拳に儂の刃が繋がっておるつもりで真っすぐ刃を入れるんじゃ」


「判るような、判んねぇような話だな」


「あやつに対して、力まず、すっと真っすぐに刃を入れるんじゃ。真っすぐにな。そうしたら儂の重みを利用してすぅっと引けば良い」


 彼奴は真っ二つじゃ——。ウツホラキリが話終えたか終えないかという瞬間、間近でどすんっと大きな重い音がなった。

 言うまでもなく、大ウツボがハンゾウを狙っている音だ。


 既にそこまで迫った大ウツボに、ウツホラキリの切っ先を向け、二度、三度と突きの練習をしてみる。

 どうも、ただ突き出すだけじゃ、しっくりこねぇな——。

 今度は、腰も入れ、さらに腕はウツホラキリの重みを生かして、自然に前へ踏み出すようにしてみた。

 さっきよりマシだが、なんだこのヘッピリ腰は。でもまぁ、こんなもんか——。

 腰に差したままの鞘が邪魔になるので、引き抜いて放ろうとするとウツホラキリから待ったが掛かった。


「何てことをするんじゃ、其方は」


「いや、邪魔くさかったんでな。後で拾って帰りゃ良いかと」


「今や、儂とその鞘は一心同体じゃ。この罰当たりめ」


 仕方ねぇなぁ——。ハンゾウは、ばかに長い下げ緒をするすると解くと、鞘を背中に背負う。

 前に回した緒を、しっかり結わえると、殊の外しっくりと身体に馴染んだ。


「おお、こりゃ調子いいぜ」


 両肩をぐりぐりと回し、身体の動き具合を図るハンゾウ。


「あとひとつ言い忘れておったがのう」


「なんだよ」


「儂の刃の先の方、一番尖ってるところじゃ」


「切っ先か」


「そうそう、それじゃ。そいつが妖に触れた折り、最初だけ少し力を入れると良いぞ」


「また、面倒なこと言い出したな」


「なんの、魚を巧く捌くこつじゃ」


 これは妖退治なんだが——。ハンゾウは、その場で軽く飛び跳ね、脚をほぐす。


「まあ、いろいろとありがとな。それじゃ、一丁頑張ろうぜ」


 ハンゾウは、最早眼前に迫る勢いの大ウツボの向かって、ウツホラキリを構えるのだった。

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