表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧版】侍、刀、そして魂。—時代劇風冒険活劇ファンタジー/Samurai, Sword and Souls—【第一・二章】  作者: ノラねこマジン
第2章 刀を抜けない剣士、術が使えない術士、そしてワンパクなお姫様
23/28

第12話 『ええーっ、もったいないじゃない!』

 崩れ去って消えてゆくヌエを見る、ミトの目に最早恐怖の色はなく、代わりに恐ろしいほどの好奇心で満ちていた。

 さっそく、滅せられたヌエの跡に残る妖石に駆け寄ろうとする彼女を、ジュウベエが手を握り、自身の方へと引き寄せる。


「何をしようと言うのだ。まだヌエが残っているではないか」


 ミトは、目を輝かせ、大きな石を叩いて砕いたかのように散らばっている妖石を指差した。


「アレ! アレは何なの? アレがもしかして妖石ってやつ?」


 ああ——。興味がなさそうな顔のジュウベエ。

「あれは確かに妖石というものだ。金と換えられるらしいが、今は捨てておけ」


 そういうジュウベエとて、この修行の旅に出るに際し、大した額の路銀を持ち合わせている訳ではない。

 道々、現れた賊を捕らえるなり、出会した妖を倒すなりして路銀を稼ぎながら旅をすれば良いという心積もりであった。

 実際、昨日ミトたちに出会うまでの道のりで、何匹かの小物妖を斬ってきたのだが、今はそのような場合ではない。

 買い取り金目当てに妖石を拾って回るより、ミトを守りながら、この妖どもの群れを殲滅する方が先だ。


「ええーっ、もったいないじゃない!」


 鼻息を荒くするミトを軽く往なし、ジュウベエは妖どもを睨む。


「後で拾って帰れば良かろう。今は君自身の安全を考えたまえ」


 表情をころりと変え、小さく舌をぺろりと出したミトの目は、未だ妖石を追っていた。

 そう話している合間にも、ヌエの一体が、ジュウベエたちを目掛けて舞い降りてくる。

 妖の鋭い爪が、ジュウベエを切り裂く寸前、横薙ぎにした刀は妖の四肢を斬り飛ばした。

 どうっ、と地面に転がって仰向けで暴れる妖。ジュウベエは、つかつかと妖に近寄り人に良く似た胸の辺りに刀を突き立てる。


「見れば見るほど、このヌエってヤツは、なんかこう、気に入らないわね」


 息絶えた妖を睨みつけ、ミトは心底嫌そうな顔でぼそりと呟いた。


「妖のくせに、そんなケシカランチチを、見せつけちゃってんじゃないわよっ!」


 最後は、心からの叫びとも思えるミトの言葉。その表情は、既に恐怖から脱している。

 それを聞いたジュウベエは、眉間に皺を寄せた。しかし、その顔には心なしか安堵の色もまた伺えるのだった。



  ○ ● ○ ● ○



 ぞわりと、ハンゾウの背中を冷たい風が吹き抜けていく。

 燃え盛る炎に包まれ、ぴくりとも動かない大ウツボは息絶えたようにも見える。

 しかし、ハンゾウの髪も瞳も紅に染まりかけたまま、元の色には戻ってはいない。

 何より、この妖気はなんだ。転がってるだけのヤツからどんどん溢れ出てきやがる——。

 ハンゾウが、最後の一発を宿した拳銃を油断なく構え、一歩また一歩と妖に近づく。

 折しも、ぱらついていた雨が、本格的に降り出して、彼と妖を濡らしていく。


 火が消えちまうな————。背後から冒険者の誰かが言うのが聞こえた。



 やっぱり、コイツはくたばっちゃいねぇ——。

 消えかけた炎の中、黒焦げになった大ウツボの虚ろな赤い目は、未だじっとハンゾウを見つめていた。

 その不気味な目は、未だハンゾウを捕らえて放さない。ハンゾウの紅に染まりかけた瞳もまた、妖の目を見返す。

 暫く睨み合っていたが、ハンゾウは構えていた拳銃を降ろし、ふっと視線を外すと、踵を返した。


 雨を呼びやがった。この辺りが潮時か——。

 再び満ち始めた潮が、足下の岩礁に波を打ち付けていることばかりを言っているのではない。

 ざあざあと降り続く雨の中、ハンゾウは妖を遠巻きに見守る冒険者たちの元へと戻っていった。



「今日は皆良くやってくれた。見事この妖の討伐は成された」


 ハンゾウの号令を聞いた冒険者たちは、一斉に歓声を上げる。

 矢も油も尽き果て、爆裂筒も使い果たし、犠牲になった者も少なくはないが、この大妖を討伐したのだ。

 お互いの健闘を称え合い、帰って祝杯を上げても罰は当たらない。冒険者たちの誰もが疲れた中に笑顔を見せる。

 彼らは、今日の経験をもとに、今後大ウツボや大ダコの妖が現れたとしても、無事に討伐を果たすことだろう。


 後始末なら我々も————。居残ろうとする数名の冒険者たち。

 ハンゾウが雨が上がったら大掛かりな陣を浜に描いて海を浄化する旨を伝える。

 冒険者たちは何度も頭を下げ、何度もこちらを振り返りながら帰っていった。



 冒険者たちが浜から姿を消すのを見届けると、ハンゾウは大ウツボの元へと戻る。


「俺は本気になって妖とやりあってるのは、あんまし人には見せたくないんだ」


 誰に聞かせるでもなく呟いたハンゾウの瞳と髪の色は、一歩、また一歩と大ウツボに向かって歩みを進める度に紅に染まってゆく。

 かつては、その瞳と髪の色のせいで、化け物呼ばわりされることも多かった。それ故人前では、できる限り気を鎮め、平静を保つように心掛けた。


 彼は妖の討伐などを始めとした多岐にわたる依頼も、そのほとんどを単独で請け負う。しかも必ずそれを成功させて依頼者の元へ戻ってくるのだ。

 次第に、単独活動を続けていたハンゾウの元に、噂を聞いた依頼者たちが、彼を指名して依頼を申し込んでくることが多くなった。

 遂には、小国を動かしているような立場の者から、表沙汰にできないような仕事を組合を通さずに、彼に直接依頼をしてくる者たちも出始める。


 彼にとって、唯一と言って良い上役は、事後であっても必ず自分に報告をすることを条件に、違法となるもの以外は依頼を直に受けることを認めた。

 もっとも何故だか理由は判らぬが、その時以来ぱったりと直の依頼をしてくる者は途絶え、代わりにその上役からの仕事が大半を占めるようになった。


 都に置かれた冒険者組合本部が認定した階級も上がり、その地位を確固たるものにした今もそれは変わらない。

 表向きは本部所属の特級冒険者だが、事実上自由な立場で依頼を引き受け、またしばしば断りながら活動していた。


 今回のように大きな依頼の合間に起こる、行きずりとも言える討伐依頼では、地元の冒険者たちと共同で()なすこともある。

 しかし、大概は策を授け、指揮を執り、実働は冒険者たちに任せることで、任務の遂行を成功させることができた。


 この大ウツボは、そういった行きずりの仕事としては破格の相手である。

 これ以上の犠牲者を出さないためには、ハンゾウがひとりで立ち向かう必要があった。

 すっかり炎も治まり、雨のそぼ降る中、彼は倒れた大ウツボの眼前に立つ。


「さあ、二回戦だ。今度は本気出そうぜ。俺も本気でいくからよ」



 ハンゾウの言葉が妖に届いたとも思えないものの、途端に大ウツボの包する妖気が膨れ上がる。

 真っ黒に焼け焦げた鱗がばりばりと音を立てて剥がれ落ち、その下からからは新しく無傷な鱗が姿を見せた。

 全身を覆う粘液も取り戻され、ぬめぬめとその身を光らせる。赤々とした目は虚ろさを増し、大きな顎門からは無数とも思える牙が垣間見える。


 足下を流れる潮もハンゾウの足首付近にまで達し、彼の動きを鈍らせ、頻りに降り注ぐ雨粒は小粒ながらも、彼の視界を奪っていった。

 先ほどより格段に鋭くなった大ウツボの攻撃を、ひらりひらりと交わし続けるハンゾウの目の片隅に、妖の目と目の間に刻まれた呪印が映る。


 赤黒く浮き上がったその呪印の意味を、ハンゾウは瞬時に理解した。あれがコイツの持つ力の源だ——。



 ハンゾウは、あの町の冒険者組合の長に話を聞いた時点で予感はしていた。コイツは何者かが悪意を以てに送り込んだ妖ではないかと——。

 冒険者の間では、人外のもので、その正体が不明なものまでを含め、人に害をなすものを妖と呼んでいる。

 妖の多くは、瘴気に毒された獣が狂気に駆られ、破壊衝動のままに暴れまくる、害獣との境界線が曖昧な存在だ。

 少々厄介なのは、業の深い彷徨える人の魂が、瘴気を媒介に獣の身体とひとつになり、化け物と化した場合だ。


 ただ国中が乱れた戦乱の世ならまだしも、そんな形で妖が出没するなど、年に何件か数えるほどしか起こりはしない。

 今日のように一つの町を挟んだ、海と山という複数の場に第一級災害指定となり得るような妖が自然発生することなど有り得ないのだ。


 術士の中には、妖を使役する術を使う流派の者も僅かに存在する。何らかの方法で妖を呼び出す、或いは作り出すことも可能だと言われている。

 この前片付けた、都近くで起こった妖の騒動。先頃より頻繁に起こる大小の妖絡みの事件。偶然なのか、それとも俺たちの危惧していた事態になったのか。


「まったくもって、厄介なことに巻き込まれたもんだぜ」


 頭の中を去来する様々な思いを振り払い、ハンゾウは大ウツボの鼻先へと飛び込む。

 そして、この大妖を葬るべく呪印を目掛け、破壊の術式を込めた拳銃による最後の一撃を放つのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ