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第11話 『ところで、これからどうすんだ、お前さん』

「うわあっ、なんだこりゃあっ」


 その光景を見たハンゾウは、思わず大きな声で叫んだ。


「うむ、さもありなん」


 ジュウベエは至って落ち着いた様子で、いつもの鹿爪(しかつめ)らしい顔を崩さない。


 赤い夕陽が辺りを照らす中、ある一点を中心とした謎の人の環。

 無駄にキレイな同心円を描くように並んで、皆眠り込んでいた。


 大外の環は、若手であろう冒険者たち。みな何かから後ずさりしているかのように仰向けに向けて倒れている。

 真ん中の環には、ベテランらしい冒険者たちが揃っていた。何故か皆一様に両手を上げ、前のめりに倒れていた。

 最前列には件の公儀護衛官、中年武士が三人揃って、なんとも美しい土下座を、これでもかと決めたまま眠り込んでいる。


 そして、環の中心にはミトがいた。彼女は走り出した直後にパッタリと倒れたような、不思議な格好で気を失っていた。というより寝ていた。可愛らしい寝顔と可愛くないイビキとともに。


 ミトの周辺を調べていたハンゾウは、ふいに大声を上げて笑い出した。

 倒れているものを順に介抱して回っていたジュウベエは、笑うハンゾウに訝しげな表情で近づく。


「いや、原因が判ったぞ。こりゃ、あの閃光弾を使ったんだ」


「閃光弾というと、目眩しに使うものだろう。それだけで、こんな風になるものなのか」


 日頃から刀一筋で、こういった小細工には、とんと疎いジュウベエは訝しげな表情を深めた。


「ああ、あれは特別製でね。中には炸裂と同時に発動する眠りの術を仕込んでおいたんだ」


「そんな怪しげなものを、この娘に与えていたのか」


 訝しさを通り越し、呆れ顔となったジュウベエに、ハンゾウは胡散臭くも涼しい顔で答える。


「より安全に逃げられるように、山の民謹製の逸品だったんだが」


「使った本人まで眠り込んでいるではないか」


「閃光弾ってのは、光で目を眩ませるもんだ。普通は投げたら、光に背を向けるもんなんだがな」


「この娘は光に向かって飛びだした、ということか」


「おそらくな。眠りの術も光を見た者に効くようになってた筈だ」


「ふむ、おおかた娘が何かやらかしたのだろう、とは思ってはいたが」


 顔を見合わせて、苦笑いをするふたり。ミトは気持ち良さそうな寝顔を見せていた。


 倒れていた者たちも概ね息を吹き返し、ハンゾウは労いの言葉を掛けて周っている。

 最後に、彼は公儀護衛役と何か話すと、お互いに深々と頭を下げ、こちらに向かってきた。

 護衛役たちも、号令のもと冒険者たちを率いて、ぞろぞろと何処(いずこ)かへと去っていった。


 いつまでも目を覚まさないミトを介抱していたジュウベエだったが、仕方なさそうに彼女を背に負ぶった。

 まるで仔猫でも抱き上げるかのように、ひょいとミトも持ち上げたところで、折から近づいてきたハンゾウに声を掛ける。


「貴様、公儀の役人に頭を下げさせるなど、見かけによらず余程偉いのだな」


「今回は俺が依頼者だったっていうだけさ。所詮(しょせん)俺は半端者のハンゾウだよ」


「だが、仕える主がいるというのは武士の誇り。羨ましい限りだ」


「ははっ、俺の上役ってのは、ホント、ロクでもないやつだけどな」


「だが、正しいことを為そうとしているようだ。性分には目を瞑っておけ」


「人ごとだと思って、よく言うぜ。でもまぁ、大体のとこは当たってるか」


 歩き始めるハンゾウに、何となく横に並び、歩みを揃えるジュウベエ。


「ところで、これからどうすんだ、お前さん」


 ハンゾウの言葉は、自身の身の振り方までも問われた。そう考えたジュウベエの心は少しだけ波打つ。


「今朝がた、お前さんたちに出会った宿場に宿を取ってあるんだ。良かったら一緒に来ないか」


 心配していたのは今夜の宿であったハンゾウに、鹿爪(しかつめ)らしい表情を、ほんの少し緩めるとジュウベエは答えた。


「この娘のこともある。ありがたく参ろう」


 まだうっすらと明るい、初夏の夕闇の中、三人は道を急ぐ。

 とは言ってもミトは、ジュウベエの背中で、すやすやと寝息を立てていたが……。



  ○ ● ○ ● ○



 宿に着いた一行は、襖一枚隔てた隣室にミトを寝かせつけると、宿の売りである大浴場を堪能した。


「随分と上等な宿だな。風呂まであるとは」


 脱衣場にまで刀を持ち込んだジュウベエ。褌一丁になったハンゾウも笑顔を隠し切れない。


「この宿は、お武家様御用達だ。保安も充分。部屋に置いといても盗まれる心配はないぞ」


「そういう問題ではない。刀は武士の魂。いかなる時も手放すものではないのだ」


 ふたりは、食卓の前に着く。通常の食膳ではなく、大きな一枚板を使った立派なものだ。

 そこに、彼らが入浴している間に用意されたであろう夕食が、この町の名物を中心に並んでいた。


「食事も豪勢だな。だが、こんな宿に泊まるような持ち合わせはないぞ」


 ジュウベエのその言葉を聞いて、ハンゾウはハタと思い出したように背嚢を探る。


「ああ、お前さんに忘れないうちにこれを渡しとくぜ」


 取り出されたのは、小さくはあるが重そうな革袋。中には銀銭と銅銭がかなりの量詰まっていた。


「なんだ、これは」


「今日の任務は、すっかりお前さんを巻き込んじまったからな。これはその取り分だ。取っときな」


 彼の言葉に暫く考えていたジュウベエだったが、やがて軽く頭を下げて、それを受け取った。


「そうか……。ならば有り難く戴いておこう」


「ここの宿代も飯代も、俺が出しとくぜ。安心しな。今回の任務の必要軽費ってもんだ」


 知り合ったばかりの、胡散臭い男との顔を突き合わせての食事。だがジュウベエは、不思議と嫌な気分ではない。


 飯も酒も進んだ頃、ハンゾウは杯の酒をグイと飲み干し、何気ない調子でジュウベエに聞いた。


「ところでお前さん、冒険者になるつもりはないかい」


「うむ。先だって、ある流派の免許皆伝を受けた。後々の仕官先は決まっているのだ」


「道理で、すご腕だと思ったぜ。で、なんでまた今更武者修行なんかに」


 彼が訝しむのも無理はない。武者修行とは、旅先で名を上げて、仕官先を見つけるためのものだからである。


「免許皆伝を受けたものの、己にはまだ力が足りていないと感じるのでな」


「本当はお前さん、人よりも刀に仕えたい手合いか」


「そんなことは考えてもみなかったが、言われてみればそうかもしれん」


「まぁ、俺も似たような理由で冒険者やってるんだ。気持ちは判るぜ」


 ジュウベエも、杯を傾け酒を呷る。ふと、奥の襖に視線を移すとぽつりと呟いた。


「あの娘はどうしたものか……」


「ああ、それだったら安心していいぜ。明朝……」


 と、その時だった。突然スパーンと襖が開かれ、ミトが部屋の中に転がり込んで来た。


「ずるーい。ふたりだけで美味しそうなもの食べてるー」


 唖然とするふたりを余所に、空いている席にさっと座り込み、パンっと手を合わせる。


「いっただっきまーすっ!」


 挨拶を合図に、怒濤の勢いで食卓の上の料理を食べ始めた。


「すごーい、これ、名物の豆腐尽くしよね。美味しー」


 次々と皿を空にしていく彼女を、ふたりが慌てて(たしな)める。


「君は食事の前には手を洗え、と習わなかったのか」


「もう食べ始めちゃったんで、食べ終わったらねー」


「そんなに慌てて、かっ食らうなよ。せめてもっと味わってくれ」


「充分味わってますー。こっちは育ち盛りなんだから」


 ひとしきり食べ終わった後、今度は酒の入ったお銚子に手を伸ばすミト。

 それをふたりは、酒なんぞ以ての外とばかりに、必死になって引き止める。


「ふむ、そんな歳から酒を嗜んでいると背が伸びなかろう」


「お酒は大人になってからだ。お嬢ちゃんには早過ぎる」


 ようやく大人しくなったものの、仏頂面の彼女は誰にも聴こえないような声で呟いた。


「でも生まれてからの年月だけだったら、ワタシが一番長いと思うんだけどな……」


 ま、いっか、とばかりにミトはふたりに向き直ると、いつになく真剣な面持ちになる。


「ふたりにお願いがあるの」


「ふむ、却下だ」


「それはダメだ」


 ジュウベエとハンゾウは同時に断った。


「なんで、大人って人種はみんなそうなのっ。ワタシの話も聞きもしないでっ」


「うむ、では聞くだけは聞こうではないか。話してみなさい」


 ジュウベエの言葉に、ぱぁっと顔を輝かせるミト。


「ハンゾウは?聞いてくれないの?」


「聴くと面倒なコトになりそうだしなぁ。でもいい。聞いてやるさ」


 そういうハンゾウに、ミトはニッコリと頷く。


「実はワタシ、故郷を飛び出して、修行の旅に出まして……」


「うむ、それは知っている」


「要するに、そりゃ家出だろ」


「もーっ、黙って聴いてよ。これからが本題なんだから。っていうか何でアンタたち、それ知ってんのよ?」


 騒ぎ出したミトに、ハンゾウは諭すように事の次第を話始めた。


「お嬢ちゃんには、今朝早く捜索願いが出されてるんだ。明日の朝には迎えが来ることになってる」


「また兄様の仕業ね。いつもいつもワタシを子ども扱いしてーっ」


「しかも第一級の任務として依頼が来てるんだ。周りの者に迷惑をかけず、大人しく帰りなさい」


 しかし、ミトはここにはいない、兄様とやらに文句を言うのに夢中で、ハンゾウの言葉など耳に入らないようだ。


 やれやれと首を竦めるハンゾウに、そっと尋ねるジュウベエ。


「あの娘は、そんなに名家のお姫様だったのか」


 彼の疑問も、もっともだった。

 彼もまた冒険者ではないものの、組合の依頼により、一門の者たちと共に妖討伐に参加したことは一度や二度ではない。

 そして、彼らのような冒険者以外の手を借りなければならない討伐依頼など、年の内にそうそうあるものではない。


 それこそ、第一級災害指定扱いの手強い妖どもが相手でもなければ、到底ありえないことであった。

 つまり、失せ人の捜索で第一級の指定が付くのは、名家の主人や子息などが誘拐された場合等の事件に限られる。

 今回のように、明らかに自発的な家出というのが判っている者の捜索に、第一級の序列が付けられるのは異例であった。


「ああ、諸般の事情で詳しくは明かせないが、お前さんも名前くらいは聞いたことあると思うぜ」


 散々悪態をついた後、ミトは両手を畳に突き、がっくりと項垂れている。

 その様子を横目で眺めながらジュウベエは、ハンゾウにぼそりと呟いた。


「ふむ、貴様の閃光弾とやらの効き目を、もう少し強くすれば良かったのではないか」


「おっ、何故俺が謀ったと判った」


「何となくだ。貴様なら、あの娘の性分を読んだ上で、寝かしつけるのが得策と考えそうだからな」


「お前さん、以外に周りの者を見てるんだな」


 ハンゾウは、追っ手役の冒険者たちに、術に対する護符を持たせた上で、かなり強力な眠りの術を仕込んだのだと説明した。


「こんなに早く目を覚ますとは思わなかったぜ」


 ボヤくハンゾウが、ふと気がつくと項垂れていたミトが顔を上げ、ふたりを見ている。

 そして、ゆっくりと立ち上がると、左手を腰に当て、右手をビシッという音が聞こえそうな勢いでこちらを指差した。


「約束っ!」


 突然の言葉に、訳が判らず顔を見合わせたふたりにミトは続ける。


「約束よ、約束っ。したでしょ、アンタたちに騙されて追っかけっこする前にっ。ワタシのお願い聞いてくれるって」


 ああ、あれか——。得心するふたりに、彼女は更に畳み掛けた。


「これから修行の旅に出ます。アンタたちふたりは、ワタシの護衛をするように」


 何を言い出すんだ——。慌てるハンゾウを余所に、ジュウベエはすっとミトに歩み寄る。


「修行の旅か。娘ながら、その心意気まことに良し。微力ながらわたしも手伝わせてもらおう」


 ジュウベエの思わぬ意思表明に、さらに焦った素振りを見せるハンゾウ。


「おい、何をとんでもないこと言い出しやがる。そんなことしたら、お前さん(かどわ)かしの罪を着せられるぞ」


 ならば、とジュウベエは、ハンゾウに向かって振り向きながら口を開く。


「貴様も一緒に来い。わたしの行いを見定め、無実の証人となるが良い」

 そして、とジュウベエは、更に言葉を続けた。


「今日の所は任務失敗だ。明日からも続けて、娘の保護と帰還に勤めれば良かろう」


 いまや完全にミトの横に並び立ったジュウベエは、口元だけで薄く微笑んでいる。

 ミトはといえば、満面の笑みを浮かべて、胸を張りハンゾウを見つめていた。


「わかった、わかった。どうせ西の都に着くまでに、幾つか任務があるんだ。ついでに面倒見てやるよ」


 やれやれ——。額に手を当て、首を振るハンゾウであった。

————とある宿場町の『ご宿泊のしおり』より


 わが町では、どのような旅の方にも安心して休んで戴けるよう、様々な宿をご用意しております。

 どの宿も、この町の名産品を使った夕食、翌朝出立前にお召し上がれる朝食が付いております。

 お風呂をご利用になりたい方には、各宿からの割引券にて格安で公衆浴場に入ることができます。

 食材をお持ち込みのお客様、また近隣の飲食店にてお食事を済まされたお客様のために、素泊まりできる宿もございます。

 基本的には、どの方も個室でお泊まりできますが、繁忙期には相部屋になってしまいますことをご容赦くださいませ。

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