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【リアルロボット系社会SF】蒼翼の獣戦機トライセイバー  作者: 硫化鉄
   第三話 「香川頼造の場合」
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四 守りたい者。

 私、華夕ちゃん、伊藤さんの順で縦に並んで歩きながら、話題は「何が起こったのか」に集中していました。

 これからの事を話すには情報がなさすぎ、また「どういう経緯で巻き込まれたのか」という話題はそれぞれの記憶が生々しすぎて思い出すことを忌避していたのでしょう。


 地震による災害、テロや戦争による何らかの攻撃……。考えられる可能性はそれほど多くありませんでしたが、それでもどこかしらに不自然さや矛盾があり、納得できる答えは見つかりませんでした。

 そもそもあまりにも情報が不足していて、結論など出せる状況ではなかったのです。しかしここでも不思議だったのは、まだ子供と言っていい年頃のはずの華夕ちゃんが、大人二人が舌を巻く程の説得力を持った分析を見せたことでした。


「情報が少なすぎて、はっきりとした事はわからないですけど……」


 華夕ちゃんはそう前置きして、私たちが話したことを含め現状の分析をまとめました。



 まず、地震や地滑りのような自然災害の可能性。


 一番可能性が高そうですが、建物が倒壊し地面が崩落するほどの縦揺れと、初期微動がほとんどなかった事からも直下型、しかも震源はかなり浅かったはずで、それならば今自分たちがいるこの施設内の被害が小さすぎるのではないか、というのが華夕ちゃんの見解でした。確かに、ここの床にはたくさんの損壊した遺体と、崩れた瓦礫の破片が転がっているのに、埋まってしまうわけでもなく、この空間が残っているのは不自然だと言えます。奇跡と言って済ませるのは簡単ですが……。



 二番目に、戦争やテロ等の武力攻撃。


 これについては全く問題になりませんでした。陸上、航空どちらからの攻撃にしても途中で感知されるはずだし、またあれほどの地震を起こすような兵器の爆発なども起きていませんでした。

 地下に潜入したテロリストによるテロとしても、あれほど大規模な崩壊を起こせるほどの兵器を人力で持ち運び、運用することは不可能です。また、地中を移動する特殊兵器などは、コスト面や有効性から見ても開発されているとは考えられませんでした。



 三番目が、人災やミスによる事故。


 これが考えられるとすれば、この都市の地下に、それだけの破壊力やエネルギーを持った何かがあったという事になります。そのようなものを人口の密集する都市の地下に建設していることはありえません。



 情報不足で何も結論など出ないことはわかりきっていました。しかし、私たちは話すことで、この絶望に囚われてしまいそうな気持ちを忘れ、前に進もうとしていたのでした。





 いくつもの角を曲がり、ドアを開け、果てしなく続く迷宮をどれだけ歩いたのでしょう。実際は、すべてのルートをつぶしていく「左手法」で歩いていたために多くの距離を歩いているだけで、それほど広大な施設というわけではなかったのでしょう。でも、かなりの規模であることは間違いないようでした。


 いくつ目になるかわからない角を越え、左折しようとした私は思わず立ち止まりました。華夕ちゃんが私の背中にぶつかって小さな悲鳴を上げ、続いて伊藤さんが不満げな声を上げました。


「香川さん、急に立ち止まらないでください。何も見えないんですから!」

「おじさん、どうしたの? あ、もしかして……!」


 華夕ちゃんが私の体の陰から身を乗り出して前をのぞき込みました。


「あ……あれ……!」


 曲がり角を左折した先に、光が見えたのです。通路の突き当りは右折する曲がり角になっていて、そちらの方から光が差し込んできていました。光量は少なく、明るいとは言い難いですが、空気中の埃に乱反射して、斜めの光の柱がはっきりとそこに見えていました。


「行こ! おじさん。おねえさんも早く!」


 今にも駆け出しそうな気持になるのを抑えながら、慎重に、ゆっくりと、私たちは最後の暗闇の中を進んで行きました。そしてとうとう私たちは光の柱の中にたどり着いたのです。





 うすぼんやりとした光の中でも、暗闇に慣れきった私たちの眼は、久しぶりに「見る」ことができた喜びに沸き立つように、大量の情報を私たちの脳へ送り始めました。華夕ちゃんや伊藤さんの顔、周囲の状況……。見るものは尽きることなく私たちの周りに存在しました。今まで、視覚がどれだけ大量の情報をもたらしてくれていたのか、改めて思い知らされたような気持でした。


 私は、ここまで行動を共にしてきた二人の戦友を見つめました。


 伊藤さんは髪の長い、はっきりとした顔立ちの美人でした。いわゆる「才色兼備」なタイプなのでしょう。こんな状況で髪が乱れていても、顔や服が汚れていようと、それははっきりとわかりました。ともすればきつくなりがちな、自信に満ちた話し方も、自然に醸成されたものなのでしょう。スタイルもよく、自分を磨くことに対してのこだわりも強いようでした。


 華夕ちゃんは最初に聞いた声の印象そのままの、まだ幼い、かわいらしい少女でした。小学校高学年くらいでしょうか。愛梨がそのくらいの年齢だった頃より小柄なように思えました。こんな幼い子が、なぜあれほどしっかりした考えを持っているのか、不思議でなりませんでした。


「おじさん、大丈夫……? 顔が……」


 華夕ちゃんが心配そうな顔で私を見上げていました。左手で顔を触ってみると、何かが張り付いて固まっているような感触があり、強くこするとぬるっとした感触が指に残りました。

 指先を見ると、黒く染まっています。はっとなって、思わず握りしめていた右手で顔をぬぐおうとした時、私は右手にずっと何かを握っていたことに気づきました。


 それは、あの警官が私のために喫茶店で借りてくれた、おしぼりでした。


 私の脳裏に、あの警官の最期が鮮明によみがえってきました。あの時顔に浴びた熱い液体、それは彼の血だったのです。


 わたしは乾いてしまっているおしぼりで、強く顔をぬぐいました。彼はこのおしぼりで私の心を救い、私にこの血を残して死んでいったのです。私の眼に熱いものがあふれ、私はおしぼりを目に当てたまましばらく動くことができませんでした。


「大丈夫……?」


 そっとやさしく、華夕ちゃんが背中を撫でてくれて、私はやっとおしぼりを目から離す事が出来ました。丁寧に畳んでポケットへしまいこみ、大きく息をひとつ吐くと心が据わってきました。あの警官の心と血、そして私の二度の涙をしみこませたこのおしぼりは、私に力を与えてくれるお守りになったのです。


 私はもう一度、二人の女性を見ました。彼女たちを守り抜き、無事にここから脱出させること。人生の「やるべきこと」が全て失われていた私にとって、これが最後の「やるべきこと」だと確信を持って。


「よし、行こう。光に向かって」


 私はそう言うと、伊藤さんに笑顔でうなずいて見せ、華夕ちゃんの手を取って歩き始めました。

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