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【リアルロボット系社会SF】蒼翼の獣戦機トライセイバー  作者: 硫化鉄
   第三話 「香川頼造の場合」
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一 絶望からの転落。

(前回のあらすじ)



 過去も未来も失った男、真島一樹。それが三人目だった。


 光を拒絶し、あたたかさから逃げ、闇を求めて彷徨っていた彼は、見た事のないマシンに遭遇し、それに乗り込んだ。



 地下施設から脱出した彼が見たものは、眼下に広がる広大な廃墟と化した街だった。

 薄々気付いてはいました。


 いや、はっきり確信していたと言ってもいいかも知れません。

 だからそれが現実として目の前に現れた時も、驚きはありませんでした。やっぱり来たか、とうとう来たか、と。


 驚きはない代わりに、あらゆるものに対しての深い失望と、実際これからどうするべきかという、あまりにも重い問題が私を押しつぶそうとしていました。


 事実上の解雇通告。


 私が立ち上げ、軌道に乗せた様々なプロジェクト。そこから何かと理由をつけて次々と排除されていく間、このような結末になる事には薄々気付いていたのに。私は転職の準備をするより、なんとかこの会社で正当に評価されるよう力を尽くしていたのでした。


 後の祭り、と言うのは簡単です。でも、そうはいかない事情もありました。妻と娘に苦労をかける事は何としても避けたかったのです。すぐにでも次の職を探さなくてはなりませんでした。


 翌日から、いつもの時間に家を出て職探しをし、いつもの時間に帰る、という生活が始まりました。


 しかし、46歳という年齢で新たに職を探すというのは簡単ではありませんでした。面接を受けさせてもらえる事も稀、面接までいっても前職を辞めた理由を聞かれると答えに窮してしまい……。すぐにでも再就職をしなければならないという焦りの中、時間はあっという間に過ぎ去っていきました。


 そして……、私が命を絶とうと決意する事になる、今日という日が来たのです。


 すでに、職業斡旋機構で見つかる企業は断られたところばかりになっていて、公園で時間を潰しながら、就職情報誌をチェックするだけの日が続いていました。

 いつもと同じように帰宅時間まで時間を潰して家に帰ると、家に明かりは灯っていませんでした。


「ただいま」


 そう声をかけると、祈るような気持ちで「おかえりなさい」の声を求め、心臓の音が大きくなるのを感じながらリビングへ。暗いリビングのテーブルの上には、一枚の紙が置いてありました。


 妻の署名捺印済み離婚届。すーっと首筋が寒くなっていく感覚。


 妻は私が解雇されたことを知っていたのでした。会社から妻へ連絡が入ったのでしょう。それで離婚届を準備していたのに違いありません。最後の給料と退職金が振り込まれる今日まで待っての離婚届というわけです。


 私は呆然と立ち尽くすのみでした。耳の奥でキーンという音が鳴り響いていました。





 気がつくと私は家を出て、ふらふらと街を歩いていました。いつも歩いている街なのに、全く違う街のような違和感。全ての音が遠く、全ての色が明度と彩度を落としていました。


 身体に誰かがぶつかっても、全く気になりませんでした。足元も前も眼に入らず、私はただ上を見上げたまま街をさまよっていたのです。

 できるだけ高いビルを探して、より高いビルはないかと歩き回っていました。ぶつかった人からの怒声も耳に入らず、何かにつまずいて倒れようが意に介さず……。


 突然誰かに肩をつかまれて、無防備の鳩尾に拳を叩き込まれ、血の混じった胃の内容物を吐き出しながらひざをついた時も、私の眼は一番高いビルを見つめ続けていました。


 身体はのた打ち回るような苦痛に悲鳴を上げているのに、私の意識にはぼんやりとした遠い感覚として、他人のようなよそよそしい感覚としてしか、この苦痛を認識してはいませんでした。周りの状況も見て、聞いて、感じているのに、それが自分に与えるのは、夢のような、おぼろげな、薄ぼけた情報でしかなかったのです。


 私を殴った若い男が吐き捨てるように何か言い、私の顔に唾を吐きかけて歩き去っていくと、遠巻きに見ていた野次馬たちも散っていきました。

 私は吐きかけられた唾を拭いもせずゆっくりと立ち上がると、再び一番高いビルを目指して歩き出したのでした。


 そう。自分の人生を終わらせる、私だけのステージに上がるために。





「おじさん、何してるの?」


 不意に後ろから肩を叩かれた時、私は32階建てタワーマンションのエントランス付近でうろうろしていました。オートロック式のエントランスで、建物内に入ることができなかったのです。でも、高さは充分だったし、商業ビルやオフィスビルでは屋上へ出ることが難しいことを考えると、私が人生を断ち切るのはこのビル以外考えられませんでした。


「おじさん。ちょっとお話聞かせてもらえますか?」


 肩を叩いた男は若い警察官でした。職務質問というわけです。

 彼は、声をかけられても振り向こうとしない私の前に回りこんでくると、油断のない眼で私を上から下まで一通り眺め、少し苦笑気味に嘆息しました。


「ずいぶんひどい感じになっちゃってますけど、何かありましたか?」


 確かに、その時の私の顔はひどいものでした。口の周りは嘔吐物のカスがこびりついていたし、右の目元から頬にかけて、吐きかけられた唾が流れていたし、眼はうつろで表情もなかったのです。目端の利きそうなこの若い警官は、このタワーマンションへ侵入しようとしている風の私の目的が、窃盗の類ではない事を見抜いたようでした。


「ちょっと交番で、熱いコーヒーでも飲みながら落ち着いて話聞かせて下さいよ。まぁたいしてうまいコーヒーではないですけど」


 若い警官はそう言うと、私の背中をそっと押して、歩き始めました。


「申し訳ないですねー、おじさん。ご足労願っちゃって。立ち話もね、アレですしね。一応仕事なんで、そこらで一杯やりながらってのもね。

 仕事じゃなきゃ僕んちが近いんですけどねぇ」


 一言も返さない私にそんな言葉をかけながら、彼は路地に面した喫茶店の入り口まで私を連れてくると、


「あ、おじさん、ちょっと待っててくださいね」


そう言って、喫茶店の中に入っていきました。



 彼はすぐに店を出てきました。手には湯気の立つおしぼりが2つ。


「さ、おじさん、まず顔拭きましょう。さっぱりしましょうよ、ね?」


 私は促されるままおしぼりを受け取ると、顔に押し当てました。


 思わず声が出るほど熱いおしぼり。私は慌てておしぼりを広げ、少し振ってからぐいっと顔を拭いました。吐きかけられた唾や嘔吐した跡を拭くと、若い警官はもう一つのおしぼりを差し出してきました。


「おじさんの声、やっと聞けましたね。さ、これ」


 すっかり汚れてしまったおしぼりと新しいおしぼりを交換し、丹念に顔を拭っていると、不意に眼から涙があふれてきました。おしぼりで眼を押さえ、身体の奥から感情がうごめき、湧き上がってくるのを感じたその時、地の底から響いてくるような凄まじい音とともに、大地がうねり、私は投げ出されるように地面に倒れこみました。


 立っていることすら出来ない上下動。やっとのことで少し身体を起こすと、あの若い警官が地面にはいつくばったまま私のほうへ手を伸ばし、何かを叫んでいました。しかし、轟音が全てをかき消してしまい、何も聞こえません。私は彼のほうへ身体を向け、近づこうとしました。なぜか、彼が何を叫んでいるのかが気になったのです。敵と他人だけになってしまったこの世の中で、最後に、あたたかいつながりを持ってくれた人だからなのかもしれません。


 地面のゆれが激しくなって地割れのひびが走り、私はただ地面にしがみついていました。

 指がひびにかかり、それを支点に彼のほうへ身体を近づけようとした時、崩れ落ちてきたコンクリートの巨塊が、一瞬にして彼を私の視界から消し去りました。顔に飛び散ってくる熱くどろっとした液体。

 そして次の瞬間、私を支えていた大地が崩れ去り、私の身体は無限の底へ飲み込まれていきました。

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